第七十四話 当事者意識
※字下げを実行しました。
現代日本に戻ってから、そう時間が経たないうちに、洋市は再び異世界のワープスポット『パキラ』に戻ってきた。
『スキル【隠形】』
自らの姿や気配を完全に断つスキルを発動させ、もはや夜の帳が下りた森の中を駆け抜ける。
かつては警戒心全開で、枝を伝って泉まで向かっていた洋市。
しかし、その後の死闘で急速に力をつけ、さらに土地勘も身に付けたことから、今回はスムーズに命の泉まで辿り着けた。
『……体感で十五分、ってとこか。速くなったな』
森の影を縫うようにして移動し、必要な戦闘を完璧に避けた洋市は、自分の能力値が大幅に向上しているのを感じた。
一週間やそこらで、自分が人外になってしまったと軽くため息を吐き、引き続き砦まで駆け抜ける。
”パキラ”から、通算三十分ほどかけて無事辿り着いた、前方の堅牢な砦に目を向ける。
「こうしてみると、昼間より夜の方が、砦の風格が映えるな」
絵画であれば、群青色のベースに黄土色、そこに黄色やピンク、黒などを足して仕上げていくのだろうか。
砦は闇に溶け込みつつも、照明の灯りで幻想的に演出されており、ここにバルでもあれば完璧な観光地だと洋市は思った。
入口に向かう前、木陰で洋市は人間の姿に戻り、ノアから借りっぱなしのローブを羽織る。
念のためナイフ類を帯刀し、少し前に購入したアイテムいっぱいのマジックバッグを背負い、見張りの兵士に声をかける。
「ヨウイチさんか!」
砦の門前で緊張した面持ちで見張っていた兵士――ハーフエルフのスフェンが、洋市の姿を見て安堵の声を上げる。
あるいは、少々の焦燥があったかもしれない。
「バルカスさんとお約束しておりまして、砦の中に入れていただけますか?」
「何よそよそしいこと言ってんだ!この砦は冒険者大歓迎だ!特に今はな!」
何かあったんですか?と洋市が聞こうとする前に、スフェンは大扉の横にある、職員通用口を開けた。
「今は夜だから、こっちから入ってくれ」
洋市は、夜は色々物騒だし、大扉を開けないことになっているのだろうと理解した。
砦の中は、ストラグルウルフの群れの襲撃があったときのような、物々しい雰囲気だった。
『まだ数時間しか経ってないのに、何があったっていうんだ?』
洋市は、おそらくバルカスの想定していた用事とは違う何かが、この地で突発的に起こったのだと踏んだ。
あるいは、当初の予定を大きく超えた何かが起こったのか。
何にせよ、話を聞かなければ始まらない。
洋市は、周囲の喧騒をかき分けて、砦内の大きな建物の三階・バルカスの執務室へと向かう。
建物の一階には、これから戦でも始めようとしているのか、兵士たちが装備の準備をしている。
ちょうど入口を塞ぐ形で作業をしていたので、洋市は一言挨拶をして通してもらおうとする。
「すみません、ヨウイチというのですが、バルカスさんのところまで行こうと……」
おお、と兵士たちが洋市の方を見る。
「聞いてるぜ!Dクラスに昇格したんだってな」
「違うぞ、彼は特別ルールの適用者だ」
「どっちにしても歓迎する、これからよろしく頼む」
いつの間にか、自分のことがなぜか兵士たちにも情報共有されている。
ノアたちが説明したのか。
それともライとスフェンだろうか。
思いのほか顔が売れていることに驚いたが、自分がゴブリンになれることは、おそらく知らないだろう。
そうであって欲しいと思いながら、兵士たちにお辞儀をして建物の中へ入る。
階段を上って、執務室の扉をノックする。
「入れ」
バルカスの野太い声が響き、失礼します、と断って洋市が入室する。
そこには、バルカス、ガッタ、セミーン、マンナの四名がいた。
どうやら、彼らは机の上で地図を広げ、何かを検討していたようだった。
入室時は険しい顔をしていたバルカスは、洋市の姿を認めるなり表情を緩めた。
「おお!早かったな!まあこっちに来てくれ」
アサンの水源メンバーにも軽く会釈し、話の輪の中に入る。
「皆さんで集まってどうしたんですか?何かトラブルが?」
洋市が尋ねると、セミーンが事情を端的に説明する。
「前にバンパイアワイバーンを殺ったダンジョンな、また騒がしくなってんだよ」
マンナが補足する。
「私たちが戦った時点で五匹以上が外に出ていたから、何となく予想はしてたんだけど、ここまで早いとは思わなかったわ」
まだ洋市はよく分からない。
「何かが起こったんですか?」
バルカスが口を開く。
「ダンジョンブレイクだ。ヨウイチは知らないだろうが、ダンジョンってのは放置すると魔物がどんどん出てきちまう。だから定期的に冒険者が入場し、そこで魔物を間引くわけだ。当然、いっぱい出てくりゃ街にも被害を及ぼすから、今回はできるだけ早めに対処しようってことになった。ここまではいいか?」
バルカスが洋市に理解度を確認する。
洋市は、ダンジョンという場所の生態について知らなかったが、端的な説明で分かりやすかったので頷いた。
バルカスが続ける。
「ただいいこともあってな。ダンジョンの魔物は“モンスター”って言って区別されるんだけどよ、死ぬと魔石を必ず落とすんだ。そのほかに素材も落とすが、メインは魔石だ」
洋市は、亜希がアプリで魔石を使ってワープすることからも、アルトヤ界で魔石は様々な役割をしているのだろうと推測していた。
ガッタがそのほかのメリットについても説明する。
「奥に行けば行くほど、お宝に出会えるチャンスもあるし、最深部でボスと戦えば新しいスキルを得ることもある。強い冒険者にとってはいい稼ぎ場所なんだ」
洋市が気になった点を質問する。
「ということは、ボスを倒せばダンジョンは終了、ということですか?」
ガッタは首を振った。
「いんや、ダンジョン自体を全面的に破壊しない限りは、近いうちに新たな形態で蘇るんだ。だから、新しいダンジョンを見つけたら、基本的に国が管理することになってる」
セミーンがニヤリと笑う。
「さっそく攻略を考えてるのか?積極的だな」
マンナがセミーンの煽りを制する。
「ヨウイチさんは本当に知らなかっただけでしょ、そうやって焚きつけないの」
ここから、マンナが現況について説明する。
洋市と亜希が須田市に帰ってから、間もなくして砦に負傷した冒険者が担ぎ込まれた。
死闘の森で素材集めをしていたところを、バンパイアワイバーンの群れに襲われたのだ。
冒険者は三名パーティーで、森の中の魔物たちが弱体化していることを受け、チャンスとばかりに狩りにいそしんだ。
それが仇となり、夕暮れ時の血の臭いに誘われた魔物たちが、集団で襲い掛かってきたとのこと。
一部の素材を放置して何とか逃げてきたが、血の臭いを追いかけてきた複数体のバンパイアワイバーンが砦を襲った。
歴戦の兵士たち、アサンの水源を含む有能な冒険者たちによって撃退はできたものの、負傷者が出てしまった。
「そんなわけで、今ノアは回復要員なの。一通り回復が終わったら私たちと合流する予定よ」
現況を共有したところで、マンナは亜希がいないことに気付く。
「……そういえば、アキちゃんはあっちに?」
洋市が事情を説明する。
「はい、現在、別件対応中のため現地待機しています」
ガールズバーの出勤前だから休ませたい、などと言っても伝わらないため、やや抽象的に亜希の状況を伝えた。
セミーンは、ああ、と何かに気付いたようだった。
「そういやヨウイチたちは商人だもんな。夜番もあるか。あんたはいいのか?」
洋市は、バルカスの事務仕事を行った際のスキルについて触れる。
「仕事は一部持ち込んでいます。事務方ですから、空いた時間にでも」
そこまでして来てくれたのか、と驚く一同。
バルカスが申し訳なさそうな顔になる。
「……マンナの言う通りだったな、こっちの都合に付き合わせちまうと、ヨウイチやアキちゃんへの負担が大きくなっちまうか……」
マンナがふう、と息を吐いて洋市を気遣う。
「現状はこんな感じだけど、今回は人数も多いし、ノアも討伐戦には参加するから、何だったらいったん帰ってもらっても大丈夫よ。ね、バルカスさん」
「んまあ、討伐戦がなかったら別件を頼みたかったんだが……ヨウイチは本当なら部外者だしなあ」
洋市は、一緒に過ごした時間の濃密さから、ここまで来て部外者扱いされるものどうかと思った。
『ホストの不審死の件もある。近々で起こった身の回りの事件については、自分なりに調べておいた方がいいだろうな』
バルカスやアサンの水源メンバーの気持ちを汲みつつ、自分の意見を述べる。
「私はもう、砦やアサンの水源に関連する話については、当事者のつもりです。ここまでお世話になっておいて部外者面はできません。できることがあればお手伝いしたいです」
あくまでも、自分の生活が脅かされるリスクを想定して、洋市は手伝う旨を伝えた。
しかし、洋市の言葉を『澄んだ覚悟』として受け取ったセミーンは、静かに右手を胸に添えて敬意を示した。
ガッタは自分が『この人はいい人だ』と判断した、かつての直感を誇らしく思って微笑む。
マンナは少し複雑な表情だったが、何かを決断した様子で洋市に感謝を述べた。
「……そういってくれると嬉しいわ。ありがとう。でも、本当に無理はしないでね。あなたやアキちゃんはこれからなんだから」
バルカスもマンナに同意しつつ、冒険者としての心構えを伝える。
「Dクラスは魔物討伐ができるクラスだが、その中では一番下だ。命あってこそ輝けるのが冒険者だ。勲章を狙うくらいなら生き延びろよ」
こうして洋市は話し合いに参加し、人生で初めての“ダンジョン攻略”に挑戦することとなった。
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