第七十話 思惑
昼過ぎの砦の広場で、洋市と亜希は悩んでいた。
バルカスに「食事が終わったら執務室に来るように」と言われたものの、実はあまり時間がない。
洋市は仕事量こそセーブしているものの、月曜からたまった仕事を片付けなければならない。
亜希の方は、最悪明日の夜六時までに戻れれば何とかなるが、それでも色々とやるべきことはある。
亜希が洋市に相談する。
「……どうしましょう。また前みたいに事務作業を任されるのはちょっと……」
洋市も同意する。
「そうですね。日本に帰ってからゆっくり休みたい、というのはあるんですが、ただバルカスさんサイドにも事情はあるでしょうから……」
マンナは、二人が迷っているのを見逃さなかった。
そして、親切心を絡めつつ提案する。
「ヨウイチさんもアキちゃんも忙しいのね。だったら、私から事情を説明しておくけど、どうする?」
そこでセミーンがブレーキをかける。
「おいおい、そうだったとしても、別に街一つ離れてるわけじゃねえんだから、ちょっとぐらい挨拶してけばいいじゃねえか」
ノアも一応、という感じで洋市たちにお願いしてみる。
「忙しいところ悪いんだけどさ、バルカスさんにはウチも色々と助けてもらってるから、特に祠の件とか祠の件とか……時間があるならちょっとだけ……」
ガッタが“祠の件”に反応する。
「ん?ノア、なんか便宜図ってもらったのか?」
ノアは慌てて否定する。
「い、いや、そういう生々しいのじゃないけどさ、聖都にも報告入れてもらう立場だし、国からの聞こえは良くしておきたいっていうか……」
洋市と亜希の目から見ると、パーティー内でも意見が分かれているようだ。
それぞれの思惑が見えにくくなり、かえって時間がかかりそうなので、じゃあ、ということで提案する。
「こういうのはどうでしょう。私たちはいったんあちらに戻り、明日からの予定を少しだけ確認し、やらなければならないことだけ済ませて戻ってきます。それからお話を聞くというのは」
洋市としては、亜希だけでも須田市(現代日本)に戻せばシフトに穴を空ける心配はないし、いざとなれば召喚機能で自分を呼び寄せてもらえばいいと思っていた。
亜希は短い付き合いではあるものの、何となく洋市の考えていることが分かったので、特に指摘しなかった。
マンナは一般論を装い、恩義を主張しつつ洋市たちの意見を汲んだ。
「それがいいんじゃない?やっぱり恩人をこっちの都合で引き留めるのは良くないと思う」
ここで義理人情に厚いセミーンが、仕方ない、といった感じで納得する。
「そう言われちまうと弱いんだよな、すまねえな、ヨウイチ、アキ」
洋市と亜希は、自分たちの意見が認められたので、日本人特有のすまなそうな笑顔を演出して対応した。
方針がまとまったところで、マンナが話を引き継いだ。
「じゃあ、ヨウイチさんとアキちゃんを送っていくわ。防壁の目立たないところまでね」
こうして、洋市と亜希はアサンの水源メンバーと挨拶を交わし、防壁の中でも人気が少ない場所まで移動した。
「では、マンナさん、今回も色々とありがとうございました」
「ありがとうございました!」
洋市たちは、話が長くならないよう、マンナに簡潔にお礼を言う。
マンナが申し訳なさそうに返す。
「ううん、こちらこそごめんなさいね。こっちの都合に巻き込むような感じになっちゃって……」
「いえ!むしろ配慮してくれて助かります!どうしても明日から外せない仕事があるので、こちらこそすみません」
亜希の邪気のない返答に、少しマンナは自分の対応に疚しさを感じたが、それは決して表に出さない。
では、と、亜希はスマホを取り出し、洋市は汽車ぽっぽ体勢になる。
何となく洋市が遠慮がちなのが気になったので、亜希は洋市に指示する。
「あの、もう少し近づいてもらっても大丈夫ですよ。私だけワープしちゃったら魔物に襲われたときが怖いので……」
「ああ、すいません」
そう言って、洋市は胸を亜希の背中にピッタリと付けた。
『えっ……!?いや、こ、これでいいのかな……』
言い出しっぺのため、亜希はさすがに「近すぎませんか?」とも言えず、少しだけドキドキして質問する。
「ぱ、“パキラ”でいいんですよね?」
「はい、そうです」
行き先を確認した後、必要な分の魔石を取り出しスマホでスキャンし、魔石をポケットへ入れる。
亜希がスマホをタップすると、淡い光に二人は包まれ消えていった。
「……とりあえず、準備する時間はできたか」
独り言ちるマンナ。
周囲を確認し、ポーターを呼んだときの折り紙を出すと、速やかに指で文字を書く。
メモを書き加えた紙を鳥の形に折った後、ズボンのポケットから小さな魔石を取りだして当てる。
魔石は小さな光とともに紙の鳥に吸収され、それを確認してからマンナは鳥を空へと放した。
白い鳥は空高く、ハンスルとは違う方向へと飛んで行った。
ワープポイント“パキラ”に戻ると、巨大な根を張った異世界のパキラが出迎えてくれた。
現在、このあたりには魔物が近づいていない様子で、水の精霊の眷属・ジルファが仕事をしてくれているのかもしれないと洋市は思った。
「いやー、マンナさんには助けてもらってばかりですね。何かお土産でも持って行きましょうか」
自宅に帰れるという安心感からか、能天気なことをいう洋市。
「あ、はい、そうですね」
亜希も軽く同意したが、胸には少し引っかかるものがあった。
『マンナさん、何か、ノアさんたちに隠してたりするのかな……』
まったく根拠はない。
単なる、間違えも往々にしてあり得る直感に過ぎないが、亜希は少しだけ胸騒ぎを覚えていた。
「では行きましょう」
特にマンナの機敏に気付いていないらしい洋市は、亜希の手をつないで“揺らぎ”に足を踏み入れた。




