第六十九話 時間は待ってくれない
魔物の血や内容物、死骸が辺り一面に散らばっている。
この悲惨な状況に、洋市はガッタにこれからどうすべきかを尋ねた。
「改めて……これはどうしたらいいでしょうか」
「こんだけ量が多いとなあ。ま、今回は冒険者ギルド経由でポーター依頼するか」
そう言うと、ガッタはポーターという職種について洋市、亜希に説明する。
ポーターとは、冒険者をサポートする職種の一つで、直接戦闘には参加しない。
大量発生した魔物に冒険者が遭遇したケースなどで、魔物の素材や魔石、ダンジョンであれば宝箱といった重い荷物をギルドまで運び、換金の手助けをしてくれる。
馬車でやって来ることが多いが、中には力の強い魔物を飼いならしたテイマーが担当することもある。
一般的には、誰が討伐したのか分かるように、魔物の死骸や素材などに荷札をつけ、ポーターがその荷物をギルドへ持ち込めば、討伐者とポーターそれぞれに報酬が支払われる。
「でも、こんなところまで、どうやってポーターを呼ぶんですか?」
現代日本であればスマホがある。
しかし、異世界に通信用の端末はないものと洋市は考えている。
するとマンナは、軽鎧の懐から、折り紙のような小さな紙を取り出す。
「こんなときのための、レスキューアイテムがあるの。まあ見てて」
マンナは紙に何か書くように指を動かした後、器用に鶴のような鳥を折った。
それをガッタに手渡すと、ガッタは紙細工に魔力を通し、空へ向かって放り投げた。
紙の鳥は、いったん空中でピタッと静止し、その後ハンスルに向けてすっ飛んでいった。
「これでいいわね。あとはポーターが、他の冒険者と一緒にここまで来て回収してくれるでしょ。私たちは魔石だけを確保して先を急げばいいわ」
マンナによれば、こういうケースに冒険者は比較的遭遇するとのこと。
ポーターや他の冒険者としては、低リスクで報酬が得られるメリットがある。
Dクラスを護衛につけ、E~Fクラスの冒険者がポーターとして仕事をするのはよくあることらしい。
洋市と亜希は、異世界の便利な連絡手段に驚いたが、何とかなるならこれ以上悩むこともないと気持ちを切り替えた。
言われるがまま、洋市はマンナと一緒に魔石をスキル【盗取】で回収し、無事砦まで帰ってきた。
砦に戻ると、中央の広場に設けられた屋台の前のテーブルで、一行はノアとセミーンが休憩をとっているのを見つけた。
ノアが気付いて手を振り、セミーンも一行の方を向く。
「おかえり!いっぱい買い物した!?」
Dクラス冒険者の洗礼を受けたであろう、洋市と亜希にノアが聞いてくる。
「ただいま戻りました……鎧は予約していて、武器と道具、それからマジックバッグを買いました」
「何だか成金になった気分です……」
洋市の報告と亜希の感想に、思わずセミーンが吹き出す。
「ふっ……ふふふ、買い物だけで随分落ち込んでるじゃねえか。これからだぞ、金かかるのはよ」
とにかくまずはおめでとう、と、セミーンは新しい冒険者たち二人を祝福した。
洋市がノアたちに深々と頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございます。おかげで納得のいく買い物ができました。マンナさん、ガッタさん、ノアさん、セミーンさんに出会えていなかったら、こんなにトントン拍子に話は進みませんでした」
洋市のお辞儀に亜希も習う。
その神妙な様子にノアはかえって恐縮した。
「いいっていいって!命助けられたし、パーティーの名前だって売れたんだからさ!私たちはまだお祈りが終わってないから、しばらくこの砦に滞在するし、何かあったら気軽に聞いて!」
相変わらず明るい調子で、ノアは洋市たちをねぎらった。
ここで、亜希がスマホの時計に目をやると、時刻はすでに日本時間で午後三時半となっていた。
そろそろ日本に帰らなければならない。
もはやこの世界を名残惜しいとさえ感じていた二人だったが、タイムリミットは近づいている。
亜希が切り出した。
「ノアさん、すみません。これから“あちらの世界”へ戻ろうと思っています。また三日後くらいに砦に戻りますが、あちらにも仕事があって、帰らないといけないんです」
顔に『あっ、そうだった!』と書いたような様子でノアは目を瞬かせ、洋市、亜希が自分たちとは違う異世界から来ているという現実を思い出した。
「そうだったよね。なんか寂しいわー、一緒にお湯浴びした身としてはね」
「最っ高でした!髪のお湯通りもいいし、お肌つやつやになるし!本当にありがとうございます!」
精霊水の恩恵を熱く語る亜希に、ノア、マンナがうんうんと頷く。
ガッタとセミーンも恩恵を受けているのだが、女性陣ほど違いが分かっていないことを自覚しているためか、特に反応せず黙っていた。
ここで洋市が、先ほど獲得した魔石の分配について質問した。
「すみません、先ほどバッグに入れた魔石ですが、今回はどんな感じで分配しますか?」
マンナが内訳を軽くセミーンに説明し、その後セミーンが答える。
「今回はポーター呼んでるみてぇだから、そんだけたくさん素材があんだろ?だったら素材はこっちが全部もらって、魔石はそっちに全部やる感じでいいかな」
「いいんですか?」
「ああ大丈夫だ、むしろこっちが悪いくらいだけど、まあ分かりやすいからいいかな?」
「こちらはまったく構いません。魔石が欲しかったので」
マンナが補足する。
「魔物の死骸は、基本的に使える部分が全部素材になるから、場合によっては魔石より実入りがいいの。魔石に関しては、一応レートらしきものはあるんだけど、個別に内包されている魔力量を計算するから、やってみないと分かんないのよね、金額が」
洋市は理解した上で、自分たちにとっての魔石の重要性を話す。
「自分たちは、どうしても移動で魔石を使用することになるので、正直魔石はあるだけありがたいです」
それならいいわね、と、マンナは分け前の交渉を締めた。
問題なく魔石が手に入ったことで、亜希はさっそくスマホアプリを開き、ワープスポット“パキラ”を選ぶ。
新しい通知もいくつか入っているようだが、それは洋市の部屋で見ればいいと判断した。
「じゃあ、洋市さん!私の肩を触ってください!」
亜希がスマホを操作し、洋市が汽車ぽっぽの要領でスタンバイすると、ノアとセミーンが慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待てアキ! こんな人目につく場所でいきなり消えるんじゃねえ!」
「待って待って、なんかせめて防壁の端っことかさ……」
さすがに、異世界流のワープは目立つらしく、いったん二人は思いとどまる。
一方、マンナは少し焦ったように周囲を見回した。
彼女は速やかにワープして欲しいと考えているようだ。
そこに、髭面の大きな身体が歩み寄ってきた。
「おお、お前ら戻ってたのか。ヨウイチ……いや、ヨウイチくん、アキちゃんも一緒か」
洋市は、少しバルカスの自分の呼称が変わったように感じた。
彼は洋市を補佐官にすることを諦めていないようだ。
(……チッ)
マンナが聞こえないように舌打ちをする。
「ちょうどよかった。君たちに少し話があるんだ。飯を食い終わったら俺の執務室に来てくれ」
バルカスはそう言い残し、屋台でワイバーンの香草サンドを買った。
洋市と亜希は顔を見合わせ、スマホの時計が時を刻む中、バルカスの依頼を受けるべきかどうか決めかねていた。




