第六十八話 予期せぬ戦闘
精算のため冒険者ギルドへと戻った一行は、受付で洋市・亜希それぞれのお客様控えを提出して、精算手続きを行った。
手続きの間、洋市たちはテーブルコーナーで軽く雑談をする。
「結構な額を使ってしまった……」
「本当ですね……バッグに二人で三百万円……」
現代日本であれば、立派な成金の行動だったが、これも必需品を買うためだと洋市、亜希は意識を切り替えようとする。
その様子を見ていたマンナとガッタは、自分たちがDクラスになって装備を新調したときのことを思い出していた。
「懐かしいわねえ。私たちも昔、お金がなくて困ってたっけ」
「セミーンはレンタル防具に手を出したからな。『戦ってりゃ臭いなんて気になるかよ』だと。あいつのああいう変に合理的なところは正直すげえよ」
あの臭すぎる防具を装備したのかと、衝撃を受ける洋市と亜希。
そんな二人にガッタは「セミーンは根性あるんだよ」と陰で褒めた。
少し経ち、カウンターで受け取った自分たちのカードを、ギルド内の魔道具にかざして残高を更新する。
ご丁寧に、ギルド側で明細もくれた。
明細には、洋市と亜希にとって恐ろしい数字が書き込まれていた。
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【洋市の出費】
防具(軽鎧・発注中):1,500,000メル
武器(ナイフ2本): 800,000メル
マジックバッグ(筒型・大): 2,500,000メル
ポーション・消耗品一式: 500,000メル
個人出費小計: 5,300,000メル
残高: 9,700,000メル
【亜希の出費】
防具(軽鎧・発注中):1,500,000メル
武器(特注の鞭): 300,000メル
マジックバッグ(ポシェット): 500,000メル
個人出費小計: 2,300,000メル
残高: 12,700,000メル
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『一千万切ってる!!』
洋市は、自分の残高がすでに七ケタになっている現実に打ちのめされた。
「冗談じゃねえよ……車より高いじゃねえか……」
思いのほかお金が飛んでいき、つぶやく言葉も汚くなる。
そんな洋市の様子に、いたたまれず亜希が声をかけた。
「よ、洋市さん、もしあれだったら、私今回そんなに買い物してませんし、私の方、が残高が多いですし、カードからお金少し移しましょうか?道具類も結局買ってもらったし」
気を遣って提案する亜希。
マンナは軽く笑って亜希を止め、洋市に言葉をかける。
「大丈夫だから、このくらいの初期投資は仕方ないのよ。またすぐ稼げるから安心して」
真綿のような言葉に、洋市はなんとか気持ちを落ち着けた。
再びハンスルの入口門から外に出た一行は、死闘の森の砦へと向かって歩き出した。
道中で、亜希のスマホアプリ『アルトヤ界観光ガイド』のファストトラベル機能を使うための魔石を確保すべく、ガッタの提案で魔物を狩ることになった。
今回はたまたま遭遇するのを待つのではなく、積極的に魔物を探して狩る形となる。
そのため、あえて街道から少し外れ、森側に近いところを探索する。
しばらく歩くと、前方の茂みの奥に魔物の気配を感じた。
近づいてみると、大きな角を持ち、額のあたりに魔石らしき輝きを宿す、鹿のような魔物がいた。
ガッタが静かに説明する。
「ありゃ『ランスホーンディア』だ。あの角は鋭利で大きいから、武具の素材として売れる。あと、肉は赤身の旨味があって悪くない」
「では、私がやってみます」
ナイフの切れ味を試そうと意気込む、すでにゴブリン化した洋市に、ガッタが注意する。
「首か心臓を狙うんだ。できるだけ一撃で仕留めて、他の魔物がやって来ないようにするんだ」
洋市は、さっそく購入したばかりのクナイ型のナイフを取り出し、切れ味を試すことにした。
スキル【隠形】を発動させ、森の木々と同化するように気配を消す。
周囲を警戒しながら草を食んでいるランスホーンディアの背後へ、素早く忍び寄る。
近づいてから、スキル【風刃】をナイフに付与するイメージを描き、鋭く右首を切りつけた。
音もなく、ランスホーンディアの首が綺麗に刎ね飛ばされた。
戦闘自体は文句なしに終わったはずだった。
しかし、首が地面に落ちると同時に、切断された太い動脈から血が勢いよく噴き出した!
「うおっ!」
洋市は慌てて後ろへ飛びのき、なんとか返り血を浴びずに済んだ。
しかし、どこか可愛らしさを残す鹿の首が飛んだ、その衝撃的瞬間を目の当たりにした亜希は、顔を青くしてよろける。
「あっ……!」
意識が遠のきかけた亜希を見て、マンナがとっさにみぞおちへ軽くパンチを入れる!
「げほっ!」
「大丈夫? アキちゃん」
機転を利かせ、何とか強制的に亜希の意識を呼び戻す。
その後、マンナは優しく亜希の背中をさすった。
亜希は咳き込んだ後、目の前で起こった生々しい死の現場を、少しずつ受け入れていく。
一方、ガッタはこれから起こることを予期して、腕を組んで、うーん、と唸る。
「見事な腕前なんだけど……もう少しいいやり方をギルドで勉強してもいいかもしれないな。さあて……俺も動くか……」
周囲の木々がざわめき始めた。
ランスホーンディアの首元から噴き出した大量の血の匂いは、森の奥の魔物たちにとってエキサイティングなものだったようだ。
地面を這いずるように近づくリザードタイプの魔物。
木々の間、あるいは上から鎌首をもたげる蛇タイプの魔物。
奇声を上げながら枝を伝い、まるで「飯はどこだ!」とわめく、狂暴な猿のような魔物。
その先、かなり奥からは、ドスンドスンと足音を立て、殺気を全開にした熊のような巨体を持つ魔物の気配がする。
「ははは、血の匂いで一気に集まっちまったな。アキちゃん、下がってな!」
ガッタが愛用の剣を鞘から抜き、久しぶりにちゃんと戦えるといった様子で、闘気を身体全体から醸し出す。
「アキちゃん、これ借りるね」
マンナはアキが購入した鞭を構え、さながら新体操競技前のポーズのように迎撃態勢をとった。
「亜希さん、私に触れて結界を発動してください。その場から動かずに!」
洋市が亜希に指示すると、亜希はアプリから結界を展開し、洋市のバッグと一緒に閉じこもった。
戦闘が始まった。
先に仕掛けたのはガッタ。
『我望攻守回!身体強化!』
詠唱を極限までそぎ落とし、自身の身体を強化して、猿の魔物の群れに飛び掛かった。
「「「キキィイッ!!」」」
複数匹の猿たちが、一気にガッタを取り囲むが、それはガッタの戦術の範疇。
次々と首を刈られ、その奥にいる親玉らしき大きい個体の心臓が刺されると、たちまち残りは逃げて行った。
「右から来るぞ!気をつけろォ!!」
ガッタが警告した通り、洋市の右からリザードタイプの魔物が足元を狙って突進してくる。
洋市はもう一つのナイフ、黒鉄製のマチェットを構え、突進に合わせるようにして飛びのき、リザードの胴体を叩き切る。
「グゴォ!?」
思わぬ深手に苦しむリザード。
その様子を見て洋市は、右手にマチェット、左手にクナイを持ち、傷口を刃物で押し開くようにしてリザードを真っ二つにする。
「アギャアアァァ!!」
壮絶な断末魔の後、ほどなくしてリザードは事切れた。
その様子を見てガッタが心の中でぼやく。
『もう少し上品にやった方がいいんだけどな……』
これまでの洋市の戦い方を見て、ガッタは洋市のとどめの刺し方があからさまなことを心配した。
もっとも、それもそのはず。
洋市には魔物の急所がどこにあるかなど分からないので、真っ二つにするとか首を刈るとか、そういう戦い方しかできないのである。
一方、蛇たちは、狡猾にも一番弱そうな亜希に向かって飛び掛かる。
しかし、すべての攻撃が結界に阻まれている。
とはいえ、結界越しに蛇の群れを見る亜希の様相は想像に難くない。
「イヤアァ!!来ないで!来ないでよぉ!!」
結界がしっかりガードはしているが、その中でひたすらポシェットを振り回す。
そこに、遠くで蛇の群れを叩き殺していたマンナがサポートに入る。
「アンタたち、全部相手してあげるわ!!」
鞭を全方位に振り回し、ソニックブームをパァン、パァンと鳴らしながら、マンナが亜希のもとへ向かう。
マンナの近くにいた蛇たちは、強烈な鞭の風圧で吹き上がり、蛇たちの頭は舞い動く鞭に叩き潰されていく。
結界を攻撃していた蛇たちは慌てて逃げようとするが、一度風圧の餌食になれば逃げる術がない。
こうして、亜希を襲っていた蛇たちは、もれなく頭無しになった。
「──はあぁっ、はあっ、はあっ……」
恐怖におののく亜希に、マンナは結界の外から声をかける。
「大丈夫よ、アキちゃん。私が守るからね」
「うぐっ……うっ……ありがとう……ございます……」
涙を流しながらも、落ち着いてきた亜希の様子を見ながら、マンナは周囲を警戒する。
『さあて、あとは男たちに頑張ってもらいましょうか』
いよいよ、巨大な熊型の魔物が、ガッタと洋市の近くまでやってきた。
こいつらを倒せば全部俺の飯だと、どこか挑発的に唸っている。
ガッタはその傲慢な熊に、あえてニヤリと笑いかけ、逆に『来いよ』と挑発している。
洋市も皮膚がピリピリしないので、多分勝てるだろうと楽観的だ。
先に仕掛けたのは熊。
ガッタは熊が振るった右腕をかわし、斬撃で腹を切る。
血が出るが致命傷ではない、そのまま避けたガッタを追いかけようとする。
そこでスキル【隠形】を発動していた洋市が、さらに傷口をマチェットで広げる。
たまらずその場にうずくまる熊。
ガッタは飛び跳ね、重力を使って熊の目に剣を刺しとどめを刺そうとする。
うまく眼窩に入ったが、まだ暴れる余力があるのか、ガッタを振り落とそうとする。
そこで洋市が逆側から肛門部をマチェットで突き刺すと、絶叫してズシンと倒れ込む。
その勢いのまま、洋市はマチェットを下ろし抜き、とうとう熊は動かなくなった。
三人の連携により、わずか十数分で、群がってきた魔物たちはすべて死骸となった。
ガッタが感想戦に入る。
「あれだな、ヨウイチさんは、もっと素材を活かせる倒し方を覚えた方がいいな」
「……はあ、はあ、そうですね……」
複数体の魔物を相手にした経験がない洋市は、さすがに息を切らしていたが、ガッタの言うことには100%納得していた。
どこの世界にも、おそらく首狩りやケツ裂きしかできない狩人などいないだろう。
遠目から見守っていたマンナは、洋市のバッグを背負い、憔悴した様子の亜希の肩を支えながら二人に合流した。
「なんていうか、びっくりするくらい滅茶苦茶な戦い方するのね、ヨウイチさん」
「すみません。これでも魔物と戦う経験なんて、ほとんどないんです。ゴブリンの身体で何とかなっているだけで……」
身体強化によって、自分のイメージ通りに身体を動かしやすくなった洋市ではあるが、どんな倒し方がもっともお金になるのかにまで意識は向いていない。
亜希がフォローする。
「洋市さんは、ついこの間まで人間だったんです……」
「あの、まだ人間のつもりなんですが」
すかさず洋市がツッコむ。
ゴブリンは仮の姿、のはずだ。
こうして、思わぬ形で大量の魔物を倒した一行。
しかし、周囲は惨憺たる血の海であり、ここまで死骸が多いと運ぶのも難しい。
状況を見てマンナが提案する。
「ヨウイチさん、まずはスキル【盗取】を使って、とりあえず魔石だけ確保しない?私もやったことないから教えて欲しいの」
「分かりました」
洋市は、つい先ほど倒した熊の前に行き、魔石がどこにありそうか探る。
その様子を見たガッタが「胸だぞ」とアドバイスした。
クナイで胸の部分を裂くと、おそらく肺の間にある膜の中、六角形の石らしきものが見える。
洋市は、その魔石に膜越しに触れ、スキル【盗取】を念じた。
一回目は何も起こらない。
二回目も何も起こらない。
三回目でようやく、傷や汚れのない、六角形の魔石を手にすることができた。
綺麗な魔石を見て、マンナがため息をついた。
「ほわぁ……なるほど、魔石の近くで、魔石を意識して、スキルを発動させればいいのね」
同じ要領で、マンナはボスらしい大猿の心臓部までナイフで辿り着き、スキルを数回発動させた。
果たして、深緑色の魔石がマンナの手元にやってきた。
思わずガッツポーズをするマンナ。
「ヨウイチさん、これはすごい発見よ。少なくとも斥侯にとってはね」
洋市は、アルトヤ界における斥侯の立場がよく分からなかったので質問した。
「スキル【盗取】で魔石を確保できると、解体の手間が省けるからですか?」
「ううん。そういう段階の話じゃないの。前にも少しだけ話したけど、斥侯という職業の“地位向上”にさえつながる話なのよ」
詳しい話はあとで、と、いったんマンナは説明を打ち切ったので、洋市はそのうち聞くことにした。
当面の問題は、魔石を収集した後、これらの死骸をどうするかである。
洋市には、何も良い方法が思いつかなかった。




