第七話
樹木の最上部にある枝に、猿のように両手で飛び移りながら、何とか洋市は湖畔までやって来た。
途中、数匹のリス(エビルスクワロル)に手を出してカロリーを消費しつつ、捕食しながらいくつかのアナウンスを聞いた。
> 現在のレベル ゴブリン・スカウト Lv.10
> スキルレベル 隠密 Lv.5、夜目 Lv.2、盗取 Lv.1、毒爪 Lv.3
『確か、隠密のレベルが上がって、毒爪っていうスキルが手に入ったんだったな。あとでステータスを確認しないと』
リスに関する情報は分からないが、今思えば紫色に茶色の毒々しい毛皮だったので、おそらく猛毒でも持っていたのかもしれない。
ゴブリンには毒は効かないのか、あるいはたまたま耐えられたのかはよく分からないが、何か問題がある場合は身体が反応してくれるのだろうと、なぜか洋市は楽観視した。
湖畔に到着した段階で日は落ちていたが、星や月と思われる空のきらめきに加えて、ゴブリンの夜目が仕事をしていたので問題はなかった。
空は暗い色をしているのに、周囲の様子はしっかり目視できるため、なかなかに幻想的な風景である。
『もうダメだ、のどが渇いた、水を飲もう』
本来、どんなにきれいな湖の水であっても、洋市の衛生観念では人間の身体なら“ろ過”を試みるところである。
しかし、現在はゴブリンという特異な身体をしているため、洋市は自分の体感センサーに危険度の判断を任せることにした。
果たして、何の問題もなく、洋市は美味しい水を飲むことができた。
『ありがたい、まさに“命の泉”だな、これは』
勝手に洋市がそう命名したとき、新しいアナウンスが頭の中に鳴り響いた!
> 新スキル【マッピング】を獲得(Lv.1)
> 使用時は紋章に左手で触れ、メニューを選択
ご丁寧に、新スキルの利用方法まで説明され、いったいこのアナウンスはどうなっているんだと疑問に思う。
そして、テレビゲームに慣れ親しんだ洋市としては、当然の疑問が生まれる。
『レベルアップとかスキル取得って、敵を倒したタイミングじゃないのかな?今回のマッピングってスキル、なんで獲得できたんだろうな』
疑問を抱きながら、水を飲んで少し冷静になった頭で、周囲の状況を確認する。
現時点では、巨大オオカミや猪など、凶悪な(勝てそうもない)モンスターが近くにいる様子はないようだ。
『よし、ステータスを確認してみよう』
左手で紋章に触れ、サイネージを表示してみる。
すると、いつものステータス画面に加えて、方角と点が表示された画面が登場した。
点にはそれぞれ名前が記されており、赤く点滅しているものはおそらく自分の現在地だろうと推測できた。
なぜなら、その点のすぐ近くに、青い点と【命の泉】という名称が見えたからである。
『“地名”を付けたことで、マッピング機能を覚えたのかな?』
加えて、そこから北の方角には【パキラ】という名称の点がある。
おそらく、ここがワープポイントだろう。
『とりあえず、スキル獲得のルール考察は後にして、今は何とかしてここに戻らないと……』
洋市がそう思ってから間もなく、急に周囲がざわめき出す。
どうやら、人間または他の種族が、水または休憩場所を求めてやって来たらしい。
洋市は、自分が人間の身体でないことを思い出し、話しかけようとするのを止めて茂みに隠れた。
「助かった!こんなところに水があるなんてな!」
「まったくだ、今日に限ってノアが調子悪いから、魔法も使えねえ」
「とりあえず、ここで野営しましょう」
あれは、多分、冒険者……ってやつか?
洋市も小説などでは見聞きしているが、本当に剣や革鎧などを着こんでいる。
男性2名と女性1名、女性の方は軽装だが、いわゆる斥候というやつか。
『こんな状況で俺なんかが登場したら、絶対に悪者だな』
おそらく、速やかに処分されてしまうという予感がある。
静かに様子を見よう。
そう洋市が考えたとき、湖の中から大きな影が飛び出してきた!
「うわっ!」
「うおっ!」
「きゃっ!」
人間と思われる三名は、三者三様に声を上げ、体制を立て直して武器を構えた。
見据える姿は、ウミヘビともチンアナゴとも見えるルックスの大蛇で、白地に黒の棘のような斑を見にまとっている。
その目は赤々と光り、瞳孔は見えない。
目視する限り、人間たちの、およそ10倍以上の体高はあるだろう。
太さも大人の太ももどころか、まるで巨人のそれだ。
「冗談じゃねえ!こいつ“陰蛇”だ!」
「陰蛇だと!ランクBじゃねえか!」
「入口とはいえ、やっぱり“死闘の森”ってことね……」
彼らは何だか物騒なことを言っている。
死闘の森?
かつて何かとんでもないことが起こったとか、そういう話なのか?
あと、入口って言ってたな。
近くに村や街なんかがあるんじゃないか?
そういえば、ゴブリンの身体になる前、変なコスプレした二人が戦っていた。
あの影響もあったりするんだろうか?
そんなことを洋市がつらつらと考えていると、その陰蛇と呼ばれた大蛇は、容赦なくその三名に襲い掛かった。
「うわっ!」
「うおっ!」
「きゃっ!」
テンプレか?と思うくらい、さっきと同じ驚きの声を上げて、三名は大蛇の牙と身体を避けている。
もちろん、現状、洋市自身も危険な状況であることは間違いなく、仮に三名がやられてしまったら、次に襲われるのは自明の理だ。
しかし、巨大オオカミに襲われたときのようなヒリヒリ感を、洋市はまったく感じていなかった。
『案外、見掛け倒しだったりするのかな?』
別世界とはいえ、さすがに同じ人間が目の前で食べられるのは嫌だな。
洋市は、どこか冷静にそう考え、大蛇の視界が届かないであろうポジショニングを試みた。
幸い、現在大蛇は“エサ”である三人に集中していて、洋市には注意を向けていない。
『毒爪ってスキルを使ってみるか』
とりあえず、洋市は両手の爪に意識を向けて、毒が出るよう念じてみた。
すると、鋭い爪の間から、紫色の毒らしき血のような粘度の液体が出てきた!
深く考えず、まずは引っかいてみるか。
そう思い、洋市が大蛇の鱗を何度か引っかいてみると、思ったよりも鱗は柔らかく、筋肉まで爪が届いたような感触があった。
しかし、引っかいても大蛇はこちらに意識を向けていない。
繰り返し、違うところを引っかいてみるが、やはり意識はまだこちらに向いていないようだ。
ゴブリンごときでは大したダメージを与えられるわけではないのだと思い、洋市がこの場から逃げることを検討し始めたところ、少し経って変化が起きた。
まず、大蛇の動きがやや鈍くなった。
これ幸いと、襲われていた三人は荷物をまとめ、撤退しようとしているようだ。
次に、大蛇が苦しみだした。
おそらく、洋市が引っかいた傷を舐めようとするが、身体が硬直しているのか動かない。
最後に、大蛇は音を立てて倒れた。
この時点で、男女三人はすでに撤退しており、洋市だけがその場に立ち尽くした状態となった。
体感で5分、あるいは10分ほどだろうか。
結果的に、洋市はゴブリンとして彼らに認知されることなく、大蛇も倒してしまったということになる。
『……そんなにキツい毒持ってたの?あのリス?』
>【クエスト:冒険者たちの救出】を完了。
> 報酬:人間形態維持+720分、ステータス開示項目3項目追加、スキル解説能力開眼
> ボーナス:勇気の欠片(小)。
> 現在のレベル ゴブリン・スカウト Lv.20
> スキルレベル 隠密 Lv.8、夜目 Lv.3、盗取 Lv.1、毒爪 Lv.5
> 備考:ステータス表示は胸の紋章をタッチして閲覧可
知らない間に、大した努力もせず、自分が強くなっている。
洋市はその事実に驚きながらも、人間形態維持の時間が増えるための条件について、一つの仮説を立てていた。
『……ひょっとして、人助けをすることが、人間に戻る方法だったりする?』
日本でも、異世界でも、人助けによって人間形態維持の時間が長くなったことを踏まえ、洋市はそう仮説を立てていた。




