第六十二話 フリーランスは異世界でタイピングする
少し長くなりました。
一瞬の闇の後、一行は死闘の森の砦入口に戻ってきた。
無事帰還した喜びと感謝を分かち合う暇もなく、一行はおそらく執務室のソファで一眠りしているであろうバルカスのもとへ向かった。
案の定、日中の仕事を終えて仮眠をとっていたバルカスは、ドアのノックの音で目を覚ます。
ドアを開けると、アサンの水源、トゥイ、洋市、亜希のほかに、防衛兵のライ、スフェンの姿もあった。
「この感じだと……まーた何かあったのか、今度は火山でも噴火したか?」
バルカスがやや呆れたような声を出した後、ライとスフェンは両手両足を揃え、敬礼とともに報告する。
「報告します!命の泉から見て反対の山間に、ダンジョンらしきものが出現しています!」
バルカスは、思いっきりソファでのけぞった。
まるでギャグマンガのキャラクターのように。
「な、なん……ダン……ダンジョンだと?」
ライが返答する。
「はっ、バンパイアワイバーンの巣穴が、何らかの環境変化によりダンジョン化したものと思われます!」
スフェンが今後の方針、及び自分たちの活動について確認をとる。
「我々はこれから報告書を作成します。早期提出が必要と思われますので、本日の夜警はルーデンたちと交代してもよろしいでしょうか?」
ルーデンという同僚の名前を出し、シフト交換を申し出たスフェンに、バルカスが頷いて答える。
「んあ?あ、ああ、そうしてくれ、ダンジョンともなれば早急に内務省……あと魔法省か?報告が必要だから、とにかく報告書の下書きを書いてくれ。できたら俺が適当にまとめるから」
「はっ!」
「よし、お前らはさっそく書き出してくれ、今日はご苦労だったな。討伐報酬も加算しておくから」
「「はっ!失礼します!!」」
こうして、ライとスフェンは部屋を出て、詰所で報告書を執筆することとなった。
その後、魔石と素材を集めている間に、新しい遭難者の衣服らしいものを見つけた旨をノアが伝えると、いよいよバルカスは頭を抱え、ホラー映画の化け物が出すような、渋い倍音の効いた声を出した。
「はぁぁぁぁぁ…………冗談じゃねえよ、ここ最近仕事ばっかり増えやがる」
トゥイはバルカスが疲れる理由を理解していたが、あえて茶化すようにフォローした。
「喜ばしいじゃないっすかー、新しいダンジョン見つかったから、冒険者がゾロゾロやって来ますよー」
バルカスは、喧嘩を売られた時のような険しい顔をして、それ以前の問題と言わんばかりに返す。
「お前よぉ、ダンジョン見つかったらすぐ冒険者が集まるとでも思ってんのか?」
バルカスによると、ダンジョン発見の報告が王国、および冒険者ギルドを通じて拡散されたとしても、その後様々な地域から冒険者が集まってくるかどうかは未知数だという。
死闘の森は、これまで冒険者にとって“高リスク地域”であり、DクラスどころかCクラス以上でなければ挑めないほどに魔物が凶悪だった。
それゆえに、ネガティブなイメージが払拭されるまでに時間がかかる可能性が高いのである。
ノアが祠を建立したことにより、将来的にはローリスク・ハイリターンの狩場になることは間違いないものの、それを広範囲にアピールするのはどうしても時間がかかる。
さらに言えば、仮に多くの冒険者がやって来たとしても、宿泊施設や商業施設の建設が終わらなければ、さあどうぞと大勢を受け入れることなどできない。
バルカスは、さらに砦周辺で現在進行形の事件について、悲壮感を訴える。
「ただでさえ!ただでさえ過渡期なんだこの砦はよ!それなのによりによって、やれ遭難者だ、やれ異世界転移者だ、おまけに魔王だ何だかんだ……すぐに報告上げなきゃなんねえってのに、見張りの人手も少ねえから全然報告書なんか書けねえよ……」
自分のことだけでなく、部下のことにも気を配っている分、バルカスの心労は大きいものだった。
「……本当なら、ライやスフェンたちの負担だって減らしてえんだ。前例がねえし、なんて書いていいか分かんねえ」
優秀な文官なんてこんなとこ来ねえしよ、と投げやりになり、とうとうソファに横になってしまった。
その姿を見て、年齢的にも中堅どころを過ぎたと思われる身体には、日々の仕事は負担が大きいのかもしれないと洋市は思った。
もっとも、これはバルカスの置かれている状況を考えれば、無理のない話であった。
レゾルグ王国の辺境開拓軍は、軍務省という大きな権限を持つ省庁の管轄であるものの、仕事内容は国境付近や人が少ない地域の警護にあたるのが基本である。
警備だけでなく、必要に応じて開拓要員も確保し、国土すべてを効果的に運用できるよう整える役割も担っている。
単なる兵士としての仕事だけでなく、食料を調達したり、商人や農民の真似事をしたりと、百姓よろしく様々なことを少ない人数でこなさなければならない地域も多い。
メリット、デメリットがはっきり分かれるため、レゾルグ王国兵の中でも人気が二分している。
メリットは、俸給が都市部に比べて高いこと。
デメリットは、自由時間が少なく、余暇の過ごし方も限定されていること。
地方の家族にお金を送りたいなどの理由から働く場合や、数年間働いて貯金したい場合などは向いているが、何十年も勤め上げるような働き方には向かないとされる。
しかし、開拓が上手くいった場合のインセンティブは魅力的だ。
まず、兵士が一定レベルの開拓に成功した場合、その地域において無償で土地や家を持つことができる。
今回のケースでいえば、ダンジョンを発見した後、そのダンジョンを運営して利益が出れば、その利益額に応じて国が報奨となる土地や家を与えるという格好だ。
バルカスは砦の守備隊長であるが、厳密には経理や採用などのバック業務も統括しているため、場合によっては砦がそのまま自分のものになるレベルのインセンティブが見込める。
もっとも、別にバルカスはそのような待遇など望んでおらず、ただ砦で暮らす者たちのために身体を張っているだけだ。
メリットだけを考えれば、たくさんの冒険者が来ても良さそうなものだが、いかんせん死闘の森は危険度が高い。
そんなわけで、バルカスの部隊は、予算はあるが基本的に人員不足だ。
自ら戦う術を持たない文官など、砦にやって来てはくれない。
とはいえ、バルカスは仕事をサボる性格ではなく、やらなければならない定常的な報告や、すぐに伝えなければならないイレギュラー事項は、随時軍務省や内務省に連絡を入れていた。
しかしながら、ここ数日に立て続けに起きたイベントは、事務職の心得に乏しいバルカス一人でさばけるものではなかった。
祠の建立は、魔物の弱体化傾向について触れつつ、外務省経由で聖都に報告を入れる必要がある。
異世界からのものと思われる衣類の紹介については、実物とともに説明を添えて軍務省に送らなければならない。
それに加えて新ダンジョンの発生。
これは内務省だけでなく、魔法省という魔法技術およびダンジョン研究を専門にする省庁に報告せねばならず、加えて最寄りのギルドにも注意喚起、受け入れ態勢が整えば誘致をしなければならない。
やることが満載なのである。
このような背景もあり、バルカスは半ばやる気をなくしつつあった。
しかし、洋市はバルカスたちの会話を聞く中で、書類作成という一点において、あるビジネスチャンスを確信していた。
『……これ、俺のライティングスキルが活かせるんじゃないか?』
洋市はいったん、ザックからメモ帳とボールペンを取り出した。
仮に、自分が現地語で報告書の草案を書けたら、バルカスの負担は大幅に軽減するだろうと思ったのだ。
しかし、メモ帳に書いた日本語は、当然ながら現地語に翻訳されることはない。
『さすがに翻訳は無理だよな……』
仕方ない、とあきらめかけた時。
洋市の脳内に、久しぶりにあの無機質なアナウンスが響き渡った。
> 特殊スキル【タブレット】を取得
> タブレットのようなサイズ感の画面を、目の前の空間上に表示させ、各種作業ができる
> 参考モデル『G-Slate Series Ⅳ』
> 特殊スキル【キーボード】を取得
> 目の前の空間上に表示させた、映像状のキーボードで文字入力ができる(JIS配列)
> 特殊スキル【コピー】を取得
> 指で長押しして選んだ文字列をコピーできる
> 特殊スキル【ペースト】を取得
> コピーで選んだ文字列を貼り付けることができる
> 特殊スキル【転記】を取得
> アルトヤ界の紙面や石板などに、タブレット上にある文字情報を現地語に変換して貼付け可能
『いやいやいや何だよそれどうなってんだよ』
洋市の猜疑心が全開になった。
誰が、どういう目的でこんな機能を俺にぶち込んでるんだと。
ご丁寧にタブレットはG社の最新バージョン。
キーボードはJIS配列。
ここまでくると、日本、というか須田市に縁が深い何者かが、自分をカスタマイズしている気さえする。
しかも、自分が『報告書の代筆ビジネス』について頭に思い描いた瞬間にスキルが降りてくるなど、第三者の思惑が絡んでいる未来しか見えない。
『これじゃまるで、テストプレイ中に操作されているキャラクターだ』
あまりにもご都合主義。
あまりにもピンポイント。
あまりにも親切。
洋市はすっかり疑心暗鬼になったが、ビジネスパートナーに言わないわけにもいかないと、隣の亜希に小声で今さっき手に入れたスキルについて共有する。
すると、亜希はまったく心配する様子を見せず、むしろ喜んでいた。
「えっ、やったじゃないですか!私もアプリに結界が追加されてるし、きっと神様が『頑張れ』ってサポートしてくれたんですよ、良かったぁ、うらやましいなあ」
清々しいくらいに心配しておらず、世界を信じている亜希の様子に毒気を抜かれた洋市は、まずはバルカスをサポートできるかどうかチャレンジしてみることにした。
「バルカスさん、実は私、本業は事務方なんです。もしよかったら、報告が必要な内容を教えていただけますか?」
「ん?んまあ、やってくれるなら助かるけどよ……文字分かるんだっけか?」
「やってみないと分からないんですが、今回は特殊な方法を試してみたいと思います」
洋市はフリーランスとして、バルカスから報告すべき事項をヒアリングした。
内容は、大きく分けて以下の三点で、提出先はそれぞれ異なることも理解した。
【外務省-国交通商局】
・祠を建立したことによる、死闘の森の魔物の弱体化の可能性について
【軍務省─辺境開拓軍第三部隊長】
・遭難者の件の進展について(服の持ち主は異世界転移者の可能性あり)
【内務省 / 魔法省 / ギルド】
・命の泉の反対にある山間、バンパイアワイバーンの巣穴がダンジョン化している件について
情報が出揃った後、洋市はバルカスに書式について確認した。
「書式は同じでいい。こいつを使ってくれ」
そう言われ、洋市はザラ紙にたくさん印刷されている報告書の用紙に目を通す。
大まかに内容が頭に浮かんだところで、ライティングを開始することにした。
『【タブレット】起動』
洋市の目の前の空中に、憧れていた銀色の板状デバイス『G-Slate』が登場し、画面上では起動時の“Gマーク”のロゴが表示される。
指でアプリを操作し“メモ帳”を選ぶと、次に【キーボード】を起動し、空中でブラインドタッチを開始する。
文字キーを叩くカタカタという音と、エンターキーを叩いたときにたまに出る「ターン」という音が小気味よく、その音は他の面々にも聞こえているようだ。
ノアは新しい術理の可能性に変態的思考が止まらないようで、仕事に集中する洋市の周りをウロウロしている。
亜希はそんなノアのそばで、自分が分かる範囲で現代日本のガジェットについて説明している。
ガッタも興味深そうに洋市の仕事を見学しており、セミーンとマンナは両手を水平に上げて『私たちの分からない世界だ』とあきらめてから、空いている椅子に座ってのんびりしている。
バルカスは洋市のただならぬ雰囲気に圧倒されていたが、やがて気を取り直してトゥイと昔話をする。
トゥイも初めて見るスキルのため興味はあったが、それ以上に今は昔の仲間の愚痴を聞いてあげようと思ったのだった。
さっそく、外務省向けのドラフトが出来上がる。
歴や日付については分からなかったので保留し、洋市は分かる部分だけを執筆した。
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≪報告書≫
【提出先】 外務省─国交通商局
【件名】 死闘の森及びその周辺の環境変化並びに魔物弱体化の件
【本題】
死闘の森の泉(通称:命の泉)中心部への祠建立後に周辺域で遭遇する魔物弱体化、及び冒険者・兵士の戦闘時リスク軽減について
【状況詳細】
一、 パーティー『アサンの水源』リーダー・ノアによる『命の泉』での儀式、および祠の建立が完了。
二、 上記措置の後、死闘の森広域における剣呑さが低減。加えて遭遇する魔物の弱体化が、同上パーティー他防衛兵との実戦において複数回確認された。
三、 将来的に死闘の森一帯の危険度が下がるものと予想されるため、聖都および関係各所に情報を共有されたい。
【備考】
祠の信仰対象は以下の通り。
○水の精霊アサン
○水の精霊の眷属ジルファ
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いったん作業を終えた洋市は、できあがった文章をスキル【コピー】でコピーし、用紙にスキル【転記】で文字を写す。
何とも不思議なことに、用紙には現地語の美麗な文字がくっきりと、おそらくは読みやすく整えられた体裁で浮かび上がった。
「一応書いてみました。細かい部分は修正が必要になると思いますので、たたき台とお考え下さい」
そう言って、洋市は印刷が終わった報告書をバルカスに渡す。
報告書に目を通すと、たちまちバルカスの顔が真剣になり、上げた顔は驚愕していた。
「……とんでもねえな。備考は一応、神や精霊の名を呼ばないのがこの国のルールだから削除するが、あとはちょっと付け足せば完璧といっていい」
バルカスは、どこか遠慮がちに、しかし『可能であれば嬉しい』という態度を隠さずに、洋市に頼んだ。
「……ダンジョンの件はライとスフェンに任せるから、軍務省の件もやってくれるか?異世界転移者の話はとりあえず伏せていい。別ルートで報告する」
洋市はニコリと笑う。
「ええ、お任せください」
こうして、洋市は「ぜひ砦専属の補佐官に」と熱烈歓迎するバルカスをいなしつつ、指摘を踏まえ加筆・修正を行って書類仕事を終わらせた。
人様の役に立ち、自分の得意分野で評価される喜び。
今夜、ぐっすり眠れたのは、決してバルカスだけではなかった。
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