第六十話 ダンジョンブレイクと地雷系女子
薄暮れ時、遠くに見えている巣穴から、五匹のバンパイアワイバーンが怒り狂ったような雄叫びを上げて舞い上がった。
「五匹……!?多くないか……?」
想定以上の個体数に、洋市は思わず不運を嘆いた。
「おかしいね。バンパイアワイバーンって、こんなに繁殖欲旺盛じゃなかったはずなんだけど」
後方の茂みに身を潜めていたトゥイも、信じられないというように首をかしげる。
「おい! 奴ら、完全に戦闘態勢に入ったぞ!!」
上空の魔物の動きを見上げていたガッタが、緊張感全開の声で叫ぶ。
五匹のワイバーンは、異物らしき存在がいる周辺を旋回すると、先ほど仲間を殺したであろう洋市と亜希を狙った。
空気抵抗を切り裂くように、魔物とは思えない整然とした隊列を組んで、凄まじい風圧を伴って一斉に急降下してくる。
『ど、どれから狙えばいい!?』
ゴブリンの動体視力によって、動きそのものは見切れたとしても、すべてを一度に相手にする実力はない。
そもそも、異世界での戦闘にそれほど慣れていないこともあって、洋市は隊列を組んだ魔物に対して無力であった。
──その時。
『暗幕!』
トゥイが省略した詠唱の後、洋市と亜希の周囲は闇の幕で覆われた。
バンパイアワイバーン側からすると、突如として標的の姿が消え去ったように見える。
急降下していた五匹のワイバーンは唐突なことに混乱し、体勢を立て直すようにして上空で翼を動かし、すぐ下の“仇”に対する警戒感をあらわにした。
「今だ! 出るぞ!」
歴戦の冒険者、そして厳しい現場で戦う兵士たちは、ここぞとばかりに茂みから飛び出した。
まずは、ノア、セミーン、マンナ、ガッタの四名が素早く陣取る。
そこから少し離れたところで、脇をガードするように、トゥイ、ライ、スフェンの三名が展開する。
洋市たちが危機に瀕したことをシグナルに、パーティーたちはサポートに回る。
「……まだ出んのかよ!」
セミーンが盾と斧を構えたまま、山の斜面に目を向ける。
巨大な巣穴の奥から、さらに何匹かのバンパイアワイバーンが飛び出し、まるで基地近くを飛ぶ戦闘機のように、巣穴の周囲を警戒している。
その敵の数、圧倒的と言わざるを得ず、すべてが一気にかかってきたら損害は避けられない。
死闘の森における通常の生態系から完全に逸脱したその異常な光景に、ノアとトゥイの頭に一つの、にわかには信じがたい可能性がよぎった。
後衛同士、近づいて意見交換をする。
「ノアっち、馬鹿なこと聞いていい?あいつらダンジョンから出てきてるよね?」
「はい!信じられないですけど、死体、残ってないです!」
ノアが指差した先には、本来あるはずの、先ほど洋市が切り裂いたはずのワイバーンの死体がない。
その代わりに、鋭い牙と大ぶりな魔石が落ちており、このドロップアイテムの性質は、自然界の魔物というよりダンジョンモンスターの生態であった。
倒れた後で光の粒子となり、素材やアイテムを遺すのは、アルトヤ界において、ダンジョンなどごく限られた環境でしか見られない現象。
しかし、今危機に瀕しているアサンの水源メンバーは、自分たちがダンジョンモンスターと戦っていることに驚いていた。
「間違いないわ、ダンジョン!!あの巣穴『ダンジョン』になってる!」
ノアの叫びを聞き、マンナ、ガッタ、セミーンの顔色が変わる。
「ちょっと、ダンジョンブレイクしてるの!?」
「放っとくとまだ出るぞ!」
「ノアに魔法を撃たせろ!守れ!」
三名は即座にノアを取り囲む形で陣形を密集させ、全方位からの攻撃を迎え撃つ構えをとった。
暗幕が消え、ダンジョンについて騒いでいる面々を見て、洋市と亜希は戸惑いを隠せない。
「洋市さん、ダンジョンって、どうしたら!」
「……多分、これからもっと多くの敵が出てくるのかも……」
どう行動すべきか迷っている二人に、トゥイからの指示が飛ぶ。
「ヨウイチくん、君たちは『そっちに来た奴』だけやっつけて!!」
その端的な言葉を合図にして、トゥイとライ、スフェンの隊は離れる。
洋市の周囲から人が減ったのを確認したのか、上空を飛んでいた五匹が再び陣形を組み、特攻機のように一塊となって洋市たちの方へ突っ込んできた。
「こっちに合流しろ!!ヨウイチ!」
セミーンからの指示が飛び、洋市は亜希を抱っこする形で距離を縮めた。
亜希をノアのそばに配置した後、三人が作る陣形に合流する。
洋市は前回同様、爬虫類向けの毒を纏わせた【風刃】をバンパイアワイバーンたちに放つ。
しかし――。
「あれっ……!?」
五匹が密集して急降下することで生み出された強烈な風圧は、真空の刃の勢いを殺してしまった!
ダメージが通っていないことを直感的に理解した洋市だったが、その姿は隙だらけで、先頭の一匹が洋市の頭を噛み砕こうと迫る。
「洋市さん!!」
とっさに亜希が洋市の身体に触れたまま、スマートフォンの画面を強くタップした。
――ガギィィィンッ!!
何もない空中に、薄いパネル・六角形状の光の壁が、ドーム状に展開された。
亜希は、画面上のチャートを見て、アプリの新機能『結界』を洋市の魔力を使って発動させたのである。
勢いよく飛びかかってきたワイバーンは、強固な壁に顔面から激突し、
「ギャンッ!?」
と悲鳴を上げて、その自慢の牙を失ってしまった。
『結界強っ!!』
洋市は、バンパイアワイバーンの牙を砕くほどの、思いのほか頑丈な結界の強さに驚いた。
「洋市さん!この結界、内側から外に攻撃する分には大丈夫そうですか!?」
亜希の言葉にハッとした洋市は、試しに光の壁の中から身体を一部露出し、至近距離でもがく牙の折れたワイバーンの首筋を、スキル【毒爪】でガッツリ引っかいた。
引っかかれた個体は断末魔を上げて倒れ、その直後、光の粒子となって霧散する。
やはり、牙と魔石が残されている。
「ギャァァァッ!」
「ガアァッ!」
仲間の死を目の当たりにし、残る四匹は危険を察知して慌てて上空へ逃れようとした。
しかし、その一瞬の隙をアサンの水源メンバーは見逃さなかった。
「行かせないッ! 『炎弾』!!」
ノアの杖から放たれた、粘度の高い灼熱の火球が、一匹の翼に触れて激しく燃える。
「落ちろォッ!」
ガッタが放った強烈な矢は、別の一匹の翼と胴体の間の急所を撃ち抜き、たまらずワイバーンは降下する。
逃げるのは悪手と判断した一匹が、まだ外に身体が出ている洋市を狙う。
「おらッ!」
そこにセミーンが立ちはだかり、盾で牙を受けた後、戦斧で脳天をカチ割った。
あっという間に、四匹のうち三匹が深刻なダメージを受け、すぐにアイテムになる。
「ギィィィッ!」
生き残った最後の一匹は、仲間と合流するつもりなのか、体勢を立て直して巣穴に向けて反転した。
「逃がさねえ!」
「やるぞ、ライ!」
別動隊として動いていたスフェンとライ。
その放った矢は、歪みなくワイバーンの両翼を射抜いた。
バランスを崩して高度を落としたワイバーンの背後に、静かに素早くトゥイが回り込む。
「逝け」
闇魔法『闇刃』の刃が振るわれ、首無しワイバーンが出来上がった。
五匹はそれぞれ光の粒子となり、地面には大量の牙や皮、魔石が落ちている。
その様子を見て、巣穴近くを飛んでいたバンパイアワイバーンは、いずこかへと逃げて行った。
「ダンジョンが……できてる……どうして……」
ノアは、命の泉で祈りを捧げていて、周囲の雰囲気が和らいだと感じていた。
だからこそ、魔物の住処であるダンジョンが生まれた理由を理解できずにいた。
「環境の変化の過程なんだろ、お前のせいじゃねえよ、気にすんな」
ノアが落ち込んでいるのではないかと思ったセミーンは、状況を客観視しつつフォローの言葉をかける。
「これは事件ね。新しいダンジョンがレゾルグ王国で報告されるなんて。バルカスさん喜ぶかも」
マンナは経済的な側面から、ダンジョンからもたらされるメリットを推察した。
「とりあえず、素材回収しようぜ?放置ってのはもったいないだろ」
ガッタは現実的な判断から、手に入れた素材と魔石を回収し始めていた。
レゾルグ王国を含め、アルトヤ界の多くの国では、自然界で遭遇する人類に対して敵意のある“魔石を体内に宿す者”を魔物、ダンジョン内で活動するものをモンスターという形で、区別して呼んでいる。
通常、自然界の魔物は死体をそのまま残すため、解体の手間はかかるものの多くの素材を手に入れることができる。
一方、ダンジョンと呼ばれる空間に生息するモンスターは、素材が少量である代わりに魔石が大きい。
これは、ダンジョンそのものが巨大な魔物、または生物であり、そのダンジョンが魔物を定期的に生成しているから、とも言われている。
魔物は自然界で繁殖するほか、ダンジョンから外に出て一定期間が経過し、自然界に適応する例もある。
自然界に適応した種は、自然界同様の魔物に成長していき、やがて見分けがつかなくなると考えられている。
とはいえ、ダンジョンの生態はすべて解決されているわけではなく、魔王戦時代に出現したダンジョンには往々にして例外もある。
例えば、強大な魔力を特定の地域にとどめ、都市全体をダンジョン化した例もある。
自然発生するダンジョンは、洞窟や森の洞など、魔力が凝縮しやすい空間に発生することがほとんどである。
ゆえに今回の場合、バンパイアワイバーンが出現している巣穴がダンジョン化している可能性が想定されるのだが、これは冒険者ギルドにとっても、レゾルグ王国にとってもビッグニュースだった。
自国内にダンジョンができると、魔石の確保難易度が下がる。
ダンジョンのモンスター出現ルールは、自然界に比べると規則性があるため、攻略法を検討しやすい。
冒険者の中には、魔石獲得で生計を立てるため、ダンジョンプロフェッショナルを目指すものも多い。
自然界で様々な危機にさらされるより、リスク管理がしやすいダンジョンを選ぶ冒険者は一定数存在しているのだ。
つまり、死闘の森の砦は、危険度の低い魔石採取の一大拠点として、大いに盛り上がる可能性を秘めていることになる。
ライとスフェンは、砦に帰ったらこの事態を報告書にまとめなければならないので、少し憂鬱な顔をしている。
ただ、魔物討伐によるインセンティブは期待できるので、しょうがないか、といった感じで顔を見合わせる。
「ふう、お疲れ様。いやー、まさかダンジョン化してるなんてね」
トゥイは、緊張を解いて感想戦を始めようとした。
洋市と亜希も、自分たちだけ黙っているのも何だと思い、素材集めを手伝おうとした。
そこで、二人は思わぬものを見つけた。
「……洋市さん、これ……」
素材を集めていた亜希が、怯えたような声で洋市を呼んだ。
そこには、牙や魔石に混じって、ハンスルでも見かけなかった、女物の服が落ちている。
焦げや破けなどはないが、ひどく汚れていて、見方によっては血痕にも見える。
アルトヤ界の布地ではない。
どこをどう見ても、日本のアパレル製品。
フリルは黒を基調としており、可愛らしくも儚げな印象のリボンは、胸元で交差している。
レースも付いているが、とても着れたものではない、激しい汚れ方をしている。
「……地雷系女子……」
亜希が服装の傾向をつぶやく。
「亜希さん……知り合いに、こういう服を着る人はいますか……?」
洋市は嫌な汗をかきながら尋ねた。
「いません……。でも、これ絶対に日本の服ですよね……」
汚れた服の前で、深刻な雰囲気で佇む二人を見て、トゥイは未来のトラブルを予感していた。
『多分これ、厄介な事になるね』
トゥイは心の中でそう呟くと、努めて冷静な声で、明るく皆に告げた。
「とりあえず、今はダンジョンの可能性を模索しよう。ここから先は、ただの討伐依頼じゃ済まなくなるかもしれないよ。さあさあ、先行者利益が欲しかったら頑張ろうね!」
巣穴の奥からは、未だに魔物の蠢く音が聞こえているかのようで、洋市と亜希は不穏な空気を敏感に感じ取っていた。




