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【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、人助けポイント稼がないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬
第二章 ゴブリンマン活躍編

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第五十九話 人間の尊厳 ~ノアとトゥイの場合~

食事中の方はご注意ください。

分厚いローブの下で、ニヤニヤしながら昔を思い出しているトゥイと、そのトゥイの姿を見て恥ずかしそうにしているノア。

その他の面々が戸惑う中、トゥイが気さくにノアに話しかける。


「僕ね、あれから何年かして、ギルド職員になったんだ。だから最近のノアっちの活躍は色々と聞いてるよ、頑張ってるじゃなーい」


「は、はい……あのときは本当にお世話になりました」


「うんうん、そういう素直なとこ、やっぱ好きだなー。ねえ、僕のお嫁さんにならない?冒険者続けていいからさ」


「ご、ご冗談を……」


「さっすがにもう赤くならないか、成長したねえーノアっち。僕は……うぅ……嬉しい!」


「あ、あの、それで試験内容っていうのは……」


「つーれない、つーれないなあ!もうちょっと感動の再会って感じで話そうよ。ミザリンで毒に冒されたときだって……」


「わーっ!わーーーっ!!」


トゥイがノアの恥部を知っていると考えたマンナは、面白半分でニコニコしながらトゥイに質問した。


「仲が良さそうですね、もしよかったら、何があったのかお聞かせいただけますか?」


これはマンナの悪ノリだ。

気付いたノアが猛禽類のような目でマンナを睨むが、どこ吹く風でトゥイが昔話を始めた。




ノアがまだ駆け出しの冒険者だった頃、彼女は魔法については四属性をそつなくこなす実力者ではあったものの、実戦経験やフィールドワークの技能に乏しかった。

獣王国ミザリンで採取依頼を受け、各種薬草の見極め、同定を行っていたときに、事件は起こった。


『ヤバッ……これ……毒草だわ』


持ち歩いた“薬草だったはず”の毒草の花弁から花粉が飛び、それがノアの鼻を通って体内に入り込んでしまった。

アルトヤ界では、別人種にとって無毒でも、人間種にとって有毒なケースは往々にして存在する。


お腹がグルルと鳴り、どうにも調子が悪い。


水魔法の回復魔法では、基本的に毒そのものを無毒化することはできず、このときは毒消しのポーションを持参すべきだった。

しかし、知識不足から『花粉から毒を吸い込む』リスクについてノアには十分な理解がなく、あいにく毒消しポーションは手元になかった。


『どこかで用を足さないと……でも、その間に魔物が来たら……』


警戒を解いて人間の尊厳を守るか。

今の不快をあきらめて、生き延びることを優先するか。


経験値の少ないノアは決断を迫られる。



「君、大丈夫かい?」



真上から声がして、ノアは驚きのあまり限界を迎えそうになり、その場にへたり込んでしまった。

しまった、という焦りはあったものの、ここは命を守るのが優先と、震える手で真上に仕込み杖を構える。


そこには、今まさにノアを狙おうとしていた鳥型の魔物を(ほふ)ったばかりで、木にぶら下がっている少年の姿があった。

鋭い牙が口から露出していることから、おそらく吸血種だと推察する。


事情を把握したものの、お腹の痛みは最高潮に達し、思うように声を出すことができない。

少年は、乱雑に魔物の死骸を投げ捨てた後、すぐにノアの体調を確認するため近づいた。


「ちょっと痛いよ」


そう言って、トゥイはノアの左腕を手に取り、その鋭い牙に近づける。


「ちょっ……」


ノアが反抗する間もなく、トゥイはノアの血を少しだけ吸って咀嚼し、即席で血液分析を行った後で血を吐いた。


『下痢性植物毒……アンテライラか……採取中だよね、ちょっと袋借りるよ』


トゥイは採取した中に毒草の花弁があると判断し、それを採取袋ごと闇魔法で処分する。

残念なことに、体内で毒素を中和できるタイプの解毒剤になりそうな植物はなかったため、ただちに毒素を体内から排出する方向で対応することにした。


「いい?君の身体は毒に冒されてる。このままの状態を放置すると、下痢がずっと続くだけじゃなくて、栄養をきちんと体内に摂取できなくなるんだ。この毒は早期に排出すれば予後は良好だ。大丈夫、僕が何とかするから安心して」


そう言って、トゥイはノアのそばに一瞬で穴を掘る。

闇魔法の一つ『暗闇の穴(ダークホール)』を使い、円形の比較的深い穴を作った。

その穴には、すべてを飲み込まんばかりの、深淵とも見える闇が存在している。


「その穴で用を足すイメージで。僕が姿を隠すから」


いきなりとんでもないことを言われて、うろたえるノア。

十代の女性が、隠れていたとしても異性の前で用を足すのは、恥じらいどころか屈辱にさえなり得る場面。


しかし、自力で何とかするのは難しいほどに激痛がぶり返す。

恐怖なのか、恥辱なのか、よく分からない感情がとめどなく溢れる中、情けない一言が出る。



「……うぅ……お嫁に……行けないよぉ……」



静かに泣きながらそう訴えるノアの初々しさを、トゥイは優しく受け止めた。



「じゃあ、僕のところにおいで」



唐突なプロポーズの言葉に、えっ?と心が揺らぐノア。

その隙をトゥイは見逃さず、丹田のあたりを押さえて闇魔法の魔力を注入していく。


「死神の慈悲よ、脈打つ毒を泥へと還し給え。赤きことわりを今書き替えん──『血液(ブラッド)循環(サーキュレーション)』」


トゥイは、自分が舐めた血液の中にある毒素・アンテライラをイメージして、それを腸内に流し込むように血液を()()()()流動させた。


その後、


「『暗幕(ブラックアウト)』」


闇色の幕がノアと円形の穴を包み込み、その姿は見えなくなった。

もちろん、トゥイからも物理的には姿が見えず、音も漏れない。



───こうして、ノアの人間としての尊厳は、ギリギリのところで守られたのであった。




「……っとまあ、こんなことが昔あったんだよね」


「あの時は……ありがとうございました……あれから採取の依頼はベテランと組むようにしてました」


「それがいいね。採取って戦闘リスクが低いから、みんな軽く見やすいんだけど、実は危ないんだ」


トゥイが洋市たちに、冒険者の心得の一つとして、採取時のリスクを講釈する。


「ヨウイチくんやアキちゃんも覚えておいて。花粉経由で入る毒があった場合、袋に入れていてもちょっとしたことで鼻から入って、体調を崩すことがある。帰って来てから治療できればいいけど、道中で魔物どころか動物に出会っても危ないからね。もちろん今は自力で解毒できるよね、ノアっち」


「はい!詠唱いじって解毒もできるようにしました!」


「よろしい!」


凛々しくハキハキと話すノアの姿を見て、普段とのギャップに笑いを必死に抑えているマンナとガッタ。

セミーンは似たような経験があるのか、苦々しい顔で過去を思い返していた。

兵士二人は採取の経験がなかったため、Dランクからの冒険者登録を見直すべきかどうか考えていた。


思い出話が済んだ後、本題の『バンパイアワイバーン討伐』に話が移行する。


ノアはわざとらしく大きな咳払いをして空気を切り替えると、


「そ、それで、今回の試験というのは?」


と、具体的な討伐対象の確認に入った。


トゥイが簡潔に説明を始める。


「今回の試験対象者はヨウイチ、アキ二名。バンパイアワイバーン一匹との戦闘は二名での対応。サポートメンバーはガッタ、マンナの二名」


「イレギュラーは?」


ノアが質問する。


「二匹目以降が現れたらセミーン、ノアのサポートも含めて問題ないものとします。複数体の群れだった場合は、トゥイがサポート、必要に応じて砦の兵士二名にもご協力願います」


砦の兵士は、ハンスルでDクラスに転向するケースの試験に立ち会う機会もあるため、ライ、スフェンともにスムーズに了解がとれた。


全員が頷き、ルールが確定したところで、一行は夕暮れめがけ、命の泉と反対側にそびえる山、バンパイアワイバーンの生息地へと、速足かつ隠密行動で移動を開始した。




夕暮れ時、木々の隙間から山間の巨大な巣穴が見えてきた頃。

巨大な翼を広げ、一匹のバンパイアワイバーンが獲物を探して空へと舞い上がるのを一行は見た。


「では、予定通りに」


トゥイの合図で、洋市と亜希以外のメンバーは、森の茂み深くへ身を潜めた。

上空を旋回していたワイバーンは、まんまと開けた場所にぽつんと立っている洋市・亜希という『無防備な獲物』を見つけ、ターゲットを絞ったようだ。


亜希は自身に戦闘能力がないため、後方でスマートフォンを握りしめ、アプリに何らかの新機能(お助け機能)が追加されないか画面を注視している。


その無防備な姿めがけて、ワイバーンが静かに素早く急降下してきた。

しかしこれは罠。


凄まじい風圧と鋭い爪が迫る中、身体強化された洋市が亜希の前に立つ。


『ワイバーンって、一応爬虫類だっけ? まあいいか』


洋市は身体強化された動体視力で、弾丸のように迫る敵の動きをスローモーションのように捉える。

鋭く【風刃】を放つのと同時に、先日手に入れたスキル【毒魔法】を起動し、自身の爪先から分泌させた爬虫類特化『エビルスクワロルの猛毒』を、真空の刃へと器用に纏わせた。


――シャンッ!!


猛毒を帯びた不可視の刃が、ワイバーンの巨大な左翼を深々と切り裂いた。


「ギィィィヤァァァァッ!?」


バランスを崩したワイバーンはそのまま地面に激突し、土煙を上げる。

もがこうとしたのも束の間、強力な毒が全身に回り、数十秒後にはピクピクと痙攣して完全に事切れた。


その直後、亜希のスマートフォンの画面がピコッ、と光った。


▶アプリに新機能【結界】が追加されました!

▶自分の周囲半径5mに、敵の攻撃を数発防御できる物理結界を張れます

▶自身が危機的状況に陥った際に、1日1回だけオート発動可能

▶パートナー“ヨウイチ”がそばにいるときは、ヨウイチの魔力を200消費して任意で発動可能

▶ヨウイチとの信頼関係の向上により、結界の強度はさらに向上します


「洋市さん! アプリに結界スキル?が追加されました!」


「えっ?」


亜希からの報告を受けて、洋市はアプリの新機能搭載ルールを考察する。


『亜希さんに何らかの危機やトラブルが生じたとき、それを解消するための機能が追加される、ってイメージで考えればいいのかもしれない』


戦闘中ということもあり、洋市はいったん思考を切り、亜希の方を向く。


「どんな機能ですか?」


「なんか、危ない時に結界が張れるんですって」


「うーん、なるほど、発動条件はどんな……」


魔物を無視して冷静に話し込む二人を見て、トゥイは洋市のおよそゴブリンスカウトらしからぬ能力に舌を巻いた。


「一撃必殺じゃん……多分あれ、風刃に毒も混ぜ込んでるなあ」


ノアやマンナたちも、改めて洋市のポテンシャルを感じ取っていた。


しかし、野生の勘を持つガッタは、引き続き警戒を解かない。


「……おい、落ち着いてる場合じゃねえぞ」


ガッタが弓を強く握りしめ、山の巣穴を見上げる。


血の匂いを嗅ぎつけたのか、あるいは同胞を殺された怒りか。

洋市が空を見上げると、薄暗くなり始めた空に向かって、さらに五匹のバンパイアワイバーンが、怒りに燃える雄叫びを上げて舞い上がっていた。

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