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【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、人助けポイント稼がないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬
第二章 ゴブリンマン活躍編

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第五十七話 正当防衛は成立しますか?

翌朝。

宿の食堂で温かいスープとパンの朝食をとっていた洋市たちは、スープに昨日のピロウリザードの肉が使われていて歓喜した。


『やっぱこの肉は旨ぇなあ!』


『ピロウリザードは処理が面倒くさいけど、いい肉は本当にいい肉ね!』


『うまい、うまい、うまい!!』


『焼きたてのパンと爽やかな香草のスープ、まるで東欧の朝食みたい……』


それぞれに感想を抱きながら、あっという間に朝食を平らげる面々。

身体を暖めたガッタ、マンナ、洋市、亜希の四名は、いったん部屋に戻り、冒険者ギルドに隣接する巨大市場に向かうための準備を始めた。




「わあ……すごい活気!」


亜希が目を輝かせて周囲を見渡す。

ハンスルの市場は、この城塞都市の豊かな経済力と、そこで暮らす人々のエネルギーを象徴するような場所だった。


日本ではあまり見られない、六角形のタイルが使われた石畳の通りには、所狭しと売り場が並ぶ。

おそらく、近隣の農村から運ばれてきた色鮮やかな野菜や果物が、市民全員にでも売る勢いで山積みになっている。


精肉店の店先には、洋市たちにも馴染みのある牛や豚、鶏らしき動物の肉から、どう見ても体長数メートルはあろう魔物の巨大なブロック肉までが豪快に吊るされていた。


武具や道具を扱う区画に入ると、両刃のスラッとした長剣やバックラーと呼ばれる円形の盾、ガラス瓶に詰められた赤や青のポーション類が朝日を浴びて輝く。

まさに異世界、といった雰囲気に、洋市も亜希もすっかり引き込まれてしまった。


「水筒も用意しておきましょうか」


マンナが指差した先には、丈夫な革袋で作られた水筒がずらりと並んでいた。

日本で良質な水筒を購入するのはそう難しくないが、アルトヤ界に持ち込むのは色々と面倒があると考えていたため、二人は現地で購入できてよかった、と思っていた。


市場の給水所では、空の水筒に水を満たしてくれるだけでなく、1杯分あたり100メルで、あらかじめ煮出した冷たいお茶を入れてもらうこともできるらしい。

宿屋でも同様の補充が可能だという。


初めて見る異世界の市場に目移りして、どうしてもキョロキョロしてしまう洋市と亜希だったため、ここでベテラン冒険者であるマンナが手綱を握った。


「はい、観光はそこまで!必要なものをパパッと揃えるわよ」


マンナの的確な指示のもと、四人は移動用の水分や携行食、万が一に備えたポーション類を無駄なく買い揃え、それぞれのザックやバッグに荷物を詰め込んでいった。


買い物が一段落したところで、亜希がふと何かを思い出したように鞄の中を覗き込んだ。


「そういえば、マンナさん、これ……どうしましょうか?」


亜希が取り出したのは、布に厳重に包まれた例の『黒い魔石』だった。


かつて魔物化した元カレの翔が討伐された後、コールタール状の液体から個体化したものだ。

アルトヤ界観光アプリの機能で換金すると目立つため、どう処理すべきか、洋市と相談して保留になっていた品である。


「ああ、それね」


マンナには当てがあった。


「今日の『同行者』に会った時に、ちょっと話を通してギルドで内々の査定を予約してもらいましょう。その方が、何かと面倒も少ないからね」


「ありがとうございます、助かります!」


野球ボールよりも一回り大きく、ずしりとした重さのある黒い魔石は、今回の旅でいよいよ換金できそうだ。

洋市と亜希は、一も二もなくその提案に賛同した。




一通りの準備を終えた四人は、隣の冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

朝のギルドは、これから依頼に向かう冒険者たちでごった返していたが、待合スペースの隅で一際目を引く人物が軽く手を振ってきた。


「おはようさーん! 君たちが『アサンの水源』と、新規登録のヨウイチくんにアキちゃんだね?」


声の主は、一見すると十代半ばの少年のようだった。

朝の太陽に似つかわしくない、黒地に白い文様のあるローブを羽織っており、その中にある顔は美白美人もびっくりの肌の白さである。


何より特徴的だったのは、彼が笑った時に覗く、エッジの効いた犬歯。

昨日話した内容もあいまって、洋市と亜希の頭は『吸血鬼?』という疑問に支配された。


「初めまして、今日同行させてもらうギルド職員のトゥイだよ。見ての通り『吸血種』だけど、よろしくね!」


あっけらかんと名乗る気さくな少年に、洋市は内心で納得し手を打った。


『昨日の夜、マンナさんが時間を取ってバンパイアの歴史を説明してくれたのは、今日会うギルド職員が吸血種だと事前に分かっていたからか』


洋市が感心した視線をマンナに向けると、マンナはそれを見越したように肘で洋市の脇腹を小突いた。


「……偶然だから。本当にただの偶然だから」


小声かつ早口で釘を刺してくる。


そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、トゥイはニコニコと笑いながら軽口を叩いた。



「今日のターゲットはバンパイアワイバーンだっけ? 大層な名前ついてるけど、別に僕の親戚ってわけじゃないから、遠慮なくやっちゃってね!」



自虐的なその冗談に、マンナとガッタは「あはは……」と少しだけ困ったような苦笑いを浮かべる。

実は、マンナもガッタも予備知識として吸血種の存在は知っていたものの、実際に会って一緒に行動するのは初めてなのである。


しかし、洋市は自分が『ゴブリン≒人間』の状態であることから、勝手にバンパイアワイバーンに対して親近感に近いものを抱いてしまっていた。


『ここは異世界だ。自分がゴブリンの姿になった人間としてここにいる以上、バンパイアワイバーンのフリをした吸血種の親戚、あるいは呪われた姿という可能性がゼロとは言い切れない。もし後から「身内を殺された」と訴えられたら、ちょっとマズいことになるんじゃないだろうか』


およそ冗談でもないのかもしれないと、フリーランスとして法的リスクの事前確認は絶対に必要と覚悟を決め、大真面目な顔で口を開いた。



「……すみません、万一にもご親戚だった場合、正当防衛は成立しますか?」



一瞬のきょとんとした間。



亜希は『この人は唐突に何を言ってるんだ!』とあんぐりしている。


マンナとガッタも、突然の発言にフォローの一言が思いつかない。



しかし、トゥイはツボにはまったのか、


「ぷっ、あはははは!」


とお腹を抱えて大爆笑した。



「ヨウイチくん!君いいね、面白いね!魔物が襲ってきたら、そりゃあ正当防衛は成立するよ!っていうか魔物は国民でも何でもないけどね!あははは、何だか魔物目線で気を遣われちゃった気がするよ!実は君、中に魔物でも入ってるのかい?あはははは!」


痛いところを突かれた洋市は、ローブの下でピクッと肩を震わせ、引きつった愛想笑いを浮かべるしかなかった。


そんな洋市の悪意のない、本気で心配しただけの、妙にとんちの効いてしまった返しによって、初対面のやや硬かった空気は一気に和らいだ。


それなりにギルド職員とのやり取りに慣れているマンナにとっても、なかなか衝撃的な一言だった。


『言うわね、ヨウイチさんも』


種族のタブーという心理的な(ひだ)にあえて踏み込み、一気に距離を縮めたのだと、マンナは洋市の対応を高く評価した。

もっとも、洋市は本当に自分の思い込みで話しているだけで、スキル【人間離れ】の補正もあり、たまたま目の前の吸血種の気持ちをつかんだに過ぎないのだが。




「ふふっ……ッスーッ、今日はよろしくお願いします。それでトゥイさん、出発の前に一つ相談があるんですが」


すっかり良い雰囲気になったところで、マンナが『取引先と話す営業マン』よろしく息を整え、黒い魔石についての話を切り出した。

事情を聞いたトゥイはウインクする。


「いいよ任せちゃってよ、バシッと話通してくるからさ」


そう言うと、黒い魔石を洋市から受け取った後、ギルドの受付と少しの間話し込む。


結果として、詳細な査定の予約を兼ねて、その黒い魔石はいったんギルドの金庫で安全に預かってもらうことになった。

トゥイは番号が刻まれた木版を洋市に渡す。


「はい、これ預かり証。なくしたら面倒くさいからなくさないでね」


洋市は将来の収入の種を、大事にザックの奥へとしまい込んだ。

これで、素性の分からない厄介なアイテムを持ち歩くリスクからは解放されたことになる。


「それじゃ、旅程の最終確認をしようか」


トゥイが地図を広げる。


「ここからハンスルを出て街道を戻り、死闘の森の砦でお祈りしているノアっちと合流。その後、夕暮れを待ってバンパイアワイバーンの生息地に踏み込む。これで間違いないかな?」


マンナは旅程に問題がないことを確認する。


「ええ、よろしくお願いします」


互いの意思とスケジュールを確認し合った五名は、賑わうギルドを後にした。

朝日に照らされる巨大なハンスルの門を抜け、一行は再び、何度も訪れた死闘の森の砦へと続く街道を歩き始めた。

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