表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、人助けポイント稼がないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬
第二章 ゴブリンマン活躍編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/72

第五十六話 トイレマナーと吸血種

少し長くなりました。

職人たちと別れた洋市、亜希、ガッタ、マンナの四名は、ハンスルのメインストリートから一本路地に入った場所にある、冒険者御用達の中級宿を確保した。


料金は一泊一人につき15,000メルで、とりあえず洋市は『1メル=1円』のレートで理解した。

お金はパーティー払いとなるようで、洋市たちはマンナに感謝した。


通されたのは四人部屋だが、中央の扉で寝室が男女別に仕切られており、それぞれの部屋にベッドが二つずつ配置されている。

一階には大浴場まで完備されており、旅人がくつろげる設備を整えているのは非常に好感が持てた。


部屋の中には小机と鏡、椅子が整然と並び、お湯の入った保温ポットと茶葉が用意されているため、部屋でお茶を楽しむこともできる。

日本のティッシュペーパーほどの柔らかさはないものの、口を拭いたりするための「ちり紙」らしき紙も置かれており、都市の中でもかなり良い水準の部屋であることが窺えた。


残念ながら、トイレに関しては各個室にあるわけではなく、男女別の水洗トイレが階ごとに設置されている。

水洗式ではあるものの共用のため、用を足すには一度部屋の外に出なければならないのがネックだ。


加えて、マンナは一言、洋市に付け加える。


「ヨウイチさん、この宿でトイレを使う時は男性も絶対に()()()用を足してね。もっと高い宿だと個室にトイレがあるんだけど、ここは違うからいろんな冒険者が用を足すの。それで、人種によってはその……汚しちゃう人がいるのね、立ってすると」


異世界での思わぬ注意に亜希が吹き出した。

洋市は、レディにこれ以上説明させるのも忍びないと思って、その先を引き継いだ。


「勢いよく出ることもありますから、分かりますよ、私も座る派ですから大丈夫です」


それを聞いたガッタが笑う。


「ははは、ヨウイチさんも調()()されたクチだな?俺もそうだけど、最近はいろいろと世知辛いんだよ。冒険者の品位、ってやつが問われる場面が増えてるからな」


マンナはガッタが悪ノリしないよう、いったん話をまとめる。


「まあ、一回トイレを見てもらえば分かるわ。座りやすい構造になってるから」


トイレの説明が終わったところで、洋市はしみじみと心の中で昨今の日本におけるトイレルールを思い返していた。


『掃除、面倒くさいもんなあ。このあたりの世知辛さは日本と変わらないな』


洋市には、日本における一般男性としての感覚で、妙な納得感があった。




荷物を置いた一行は、さっそく一階の食堂へと降りた。


夕食のメインディッシュには、宿のキッチンにお願いして、今日討伐したばかりの「ピロウリザードの肉」を出してもらっている。

宿の主人に頼んで、塩とハーブでシンプルに香草焼きにしてもらったのだ。


こんがりと焼き色のついた肉から、食欲を暴力的に刺激する脂の香りが漂ってくる。

焼きたてのパンと、彩り豊かな温野菜が添えられたプレートが運ばれてくると、四人は一斉にナイフとフォークで肉を切り始める。


「んんっ……!」


一口食べた瞬間、亜希が両手で頬を押さえて悶絶した。


『なにこれ……すっごく美味しい! 白身肉なのにパサパサしてなくて、適度に脂を感じて、噛んだ瞬間に上品な旨味が口の中で……とろけるぅ……』


亜希が心の中で優雅に食レポをしている横で、洋市は目を血走らせ、一心不乱に肉にかぶりついていた。


『うまい、うまい、うまい!!』


かろうじてナイフとフォークを使ってはいるものの、フォークに刺した肉を噛みちぎるその様は、人間離れした魔物のそれである。


「はははっ! ヨウイチさん、よっぽどお腹空いてたんだなあ!」


「ちょっとヨウイチさん、周りの目もあるんだからもう少しお行儀よく……んっ!?」


大笑いするガッタと、周囲の視線を気にして(たしな)めようとしたマンナだったが、彼らも一口肉を頬張った瞬間、ピタリと動きを止めた。


次の瞬間、ガッタもマンナも会話を忘れ、洋市に負けず劣らずの勢いで皿の上の肉を無我夢中で貪り始めたのだった。




食後の満足感に包まれながら、部屋に戻った四人は温かいお茶を飲んでいる。

マンナがふと、ギルドで言い淀んでいた「バンパイア」の差別の歴史について口を開いた。


「昼間にも少し言ったけど、かつてバンパイア、今でいう吸血種は人類には含まれていなかったの。魔族として、私たち人類と完全な対立構造にある恐ろしい存在だったとされているわ」


マンナはお茶の入った自分のコップを見つめながら、静かに語る。


「で、彼らは魔王の支配下で生きていた。ノアが言ってた“魔王の呪い”を実際に運用していた種族だったから、エルフや魔人が住んでいる地域では、今でも差別があったりするのね」


マンナが一呼吸おいたところで、簡単に魔王戦時代の歴史を話す。


「二代目の勇者世代は、バンパイアに洗脳された親世代と、命を懸けて戦うことを強いられた過去があるの。エルフや魔人は、その魔力の強さをバンパイアに悪用されて、魔王好みに洗脳された。街を破壊したり兵士を殺したりするだけでなく、狡猾な手段で人類を奴隷化した地域もあったみたい」


その先を言いよどんだマンナに代わって、ガッタが補足する。


「その“奴隷種”の中には、獣人種や人間種が多かった。で、忠誠を誓わせるために家族を人質に取られたり、場合によっては裏切り者の同胞を殺さなきゃいけなかったりと、やりたい放題やられたんだよ。それは勇者の家族も例外じゃなかったから、中には親殺しの罪を背負った後、十歳で狂人になって、片っ端から魔物を皆殺しにして世界を放浪した勇者の子供もいたんだ。誰からも恐れられ、恋の一つも知らずに死んだって話さ」


ガッタの話を聞いて、洋市と亜希は絶句する。


「……残忍な……」


「ひどい……」


マンナはこれ以上雰囲気が暗くならないよう、バンパイア側の視点も説明する。


「でも、当のバンパイアも危機感はあったのよ。自分たちだって魔王を裏切れば、または不義理を働けばどうなるか分からない。戦況が悪くなれば、自分たちも戦線に送られるのは間違いないし。昔はバンパイアって不死だと思われてたみたいだけど、命の輪廻には組み込まれてるし、血液を定期的に摂取しないと栄養失調になるし、別に魔物ってわけじゃないのね。あくまでも魔王の力で不死性に近い力を得ただけってことで」


洋市が話を促す。


「では、何か歴史上の変化がバンパイアにも起こったと」


「そう。バンパイアの貴族『ツェペル侯爵』が、魔王に対して蜂起し人類側への協力を申し出たの」


亜希が疑問を抱く。


「あの、自分たちが敵視されてるのを分かってて、しかも魔王の手先であることも分かってて、どうしてそんなことを?」


ガッタは『待ってました』とばかりに、亜希に回答する。


「このツェペル侯爵ってのは、世界史ではヒーローの一人なんだけどよ、まあ話が多いんだわ」


ガッタはツェペル侯爵が好きなようで、簡単に彼が何をしたのかを列挙した。


「“血液分析技術”と“闇魔法”を駆使して、魔王が世界にもたらした奇病の特効薬を作っただろ。魔王の呪いの影響を最小限にするメソッドの原型も編み出した。さっき言った狂気の勇者の死後、勇者とその家族の墓を訪れてアンデッドとして……いや、悲しみに暮れて彷徨っていたそれぞれの魂を呼び戻し、彼らが望んだ三ヶ月間だけ、家族みんなで幸せなひと時を過ごさせてから見送ったって話もある。こいつぁ演劇でもよくやるんだけど、よほどのザコ役者でない限り絶対に泣けるぜありゃあ」


他にも色々あるけど、とガッタは続ける。


「大体、世界中で知られてる話はこんくらいかなあ。結局、当時のバンパイアにも良心の呵責ってのはあって、自分たちの生命線、つまり血の提供者がいなくなってしまえば、緩やかに自分たちも滅ぶってのが分かってたんじゃないかって話だ。実際、今でも人間種や獣人種、エルフなんかの血は吸血種に定期的に寄付されてるからな」


洋市と亜希は、ガッタの“寄付”という言い回しに、日本の献血を連想した。

マンナがガッタの発言に付け足す。


「現代の話をすると、吸血種の医療面における貢献は群を抜いてるの。彼らは他者の血液を味わうことで、その詳細な成分を分析できるスキルを持ってるのね。でまあ、そのスキルを活かせばいろんなことが分かるわけ」


ここから先は、洋市も何となく想像がついた。


どんな生活をすれば体調が改善するのか。

どのような薬が身体に合って、何が毒になるのか。

お肌の調子を良くするにはどうすればいいのか。


このような膨大な医療情報を文章化、体系化しつつ、闇魔法と組み合わせた治療法を確立したのが、吸血種なのだ。


『医療のプロフェッショナルなのか、この世界のバンパイアは』


洋市は、いみじくもバンパイアの能力が社会に溶け込んでいることに面白みを感じた。

一方、亜希は未だ想像力が追い付いていない様子のようで、洋市は自分の意見を言語化した。


「つまり、血液を検査したり、最新の医療技術を提供したりして、人類への合流を図ったと」


ここで亜希がなるほど!という顔をする。


マンナは洋市、亜希の理解が追い付いたことを把握して、話をまとめ始める。


「そんなわけで、昔は血生臭い戦いの中にいたわけだけど、現代において彼らはバンパイアという旧称を捨てて、長命種あるいは吸血種という形で、人類の仲間入りを果たしたっていうわけ。だから、現代において吸血種は重要な種族なんだけど、一部の過激派は引き続き迫害を試みているし、他の魔族に分類される種族からは忌み嫌われているし、まあ、今でも複雑なのよ、色々とね」


重い空気を振り払うように、ガッタが明るい声を出した。


「俺の故郷でも、一時期は吸血種と獣人種はすげえ仲が悪かったんだ。でもな、今じゃ吸血種はミザリンじゃ恩人扱いされてるぜ。英雄シュナケのおかげでな」


亜希が首を傾げる。


「英雄……ですか?」


「ああ。結構最近の話なんだけど、数十年前、ミザリンで『全身脱毛病』っていうとんでもない伝染病が国全体で流行ったんだ。子供ばっかりが病気にかかって、当時の獣人の免疫じゃどうにもなんない病気で、いったんは国が滅びかけた。そこに、隣国から吸血種の医師だったシュナケがやって来たんだ」


ガッタは子供の頃、楽しかった思い出を語るように、饒舌に説明を続ける。


「シュナケのすげえところはさ、自分の身体に病原菌を取り込んで、自分の血と闇魔法を使って、三日三晩徹夜で特効薬となる『血清』を作りまくったことなんだ。……最終的にシュナケは力を使い果たして灰になって消えちまったが、その血清のおかげで数十万人の獣人の子供たちが救われた。それ以来、ミザリンの吸血種に対する印象はずいぶん変わったんだ。俺も小さい頃は絵本でしょっちゅう読み聞かされたくらいだからな」


亜希は病名を聞いた瞬間、『全身脱毛できるならちょっとうらやましいかも』と素直に思ってしまったが、ガッタの説明を聞いてすぐに反省した。

幼少期に毛がきちんと生えない獣人は体温調節能力を失い、十歳にならないうちに死んでしまうという、極めて深刻な病だったのだ。


洋市もまた、アルトヤ界の人類の神秘に触れた思いで、話を黙って聞いていた。

同時に、獣人というのは恩を石に刻む性格なのかもしれないと推察していた。


二人は、異世界ファンタジーといえば、単純な「人間対魔王」の構図だと思っていた。

しかし、ここには現代日本が直面している差別意識と同じ、あるいはそれ以上に血生臭く、複雑な歴史を乗り越えてきた人間社会が確かに存在している。


その事実に、二人は深い驚きと感銘を覚えていた。




「さて!昔話はこれくらいにして、明日の予定を共有するね!」


しんみりした空気を切り替えるように、マンナがパンと手を叩いた。


「明日のスケジュールはこんな感じ」


────────────


【朝八時】 市場へ向かい、移動用の食料や飲料水を確保


【午前中】 冒険者ギルドへ行き、今回の依頼の「同行者」に挨拶と打ち合わせ


【昼〜夕方】 来た道を戻り、死闘の森の砦でノアに事情を報告して合流


【夕暮れ以降】 バンパイアワイバーンの討伐決行


────────────


「ターゲットのバンパイアワイバーンは、夕方から夜にかけて活動が活発化する。だから生息地には夕暮れを狙って踏み込む。基本的にはヨウイチさんがメインアタッカーよ」


「分かりました。今回はローブを着たゴブリンの姿のままで戦います」


洋市が頷く。


「その方がいいわね。ノアが魔法で、私とガッタが弓で遠距離から援護する。万が一敵が接近してきたら、セミーンが盾になって防ぐイメージになるかしら」


明日の打ち合わせを終えた後、四人は男女に分かれて一階の大浴場へと向かった。




男湯では、広い湯船に浸かりながら、洋市とガッタが『ピロウリザードの肉の美味さ』についてひとしきり盛り上がっていた。


「次は香草焼きじゃなくて、濃いめのタレで焼きたいですね」


「タレ?タレって何だ?」


「甘辛い味付けのとろりとした調味料で、あちらではよく肉にかけて食べるんです」


「そうなのか!でも串焼きも捨てがたいぜ」


「ああいいですね、炭火で焼いたらさぞ美味しいでしょう」


「直火で焼くってことか?そりゃあ贅沢だな」


すっかり食い気の話ばかりであるが、それほどに“当たり”の個体だったのである。


女湯では、亜希はマンナと二人きりだったが、翻訳機能アプリが入ったスマートフォンを脱衣所に置いてきているため、言葉を通わせることができない。

身振り手振りで愛想笑いを浮かべながら、互いにカラスの行水でサッと風呂を終え、早々に部屋へと戻った。


もっとも、これは部屋の鍵をマンナが管理していることも理由の一つだ。


部屋に戻り、再びアプリを介して会話ができるようになると、表向きは和やかな女子トークが始まった。


「アキちゃんとヨウイチさんって、どうやって知り合ったの?」


「あ、えっと……私がトラブルに巻き込まれそうだったところを、洋市さんに助けてもらって……」


マンナは、一見恋バナのようなテンションで、亜希と洋市の関係性に切り込む。

そこから、洋市が自分が知っている男たちに比べて紳士的であること、一緒の空間にいても安心して過ごせることなどを話した。


話が進むうちに、亜希はマンナ、というかパーティーの恋愛事情が気になった。


「そういえば、パーティーの皆さんって、誰かと誰かがくっついてる、みたいなのってあるんですか?」


マンナは亜希からのやや積極的な質問に驚きつつも、自分の見解について回答する。


「私は、あんまり恋愛って考えないのよ。命のやり取りもあるし、お互いに安心して背中を預けるには、うーんと……()()みたいな感じでパーティーメンバーを捉えているわね。他のメンバーも似たような感じだから、このパーティーは変な話、たまたまうまくいってると思う」


続けて、一般的な冒険者の見解について述べる。


「一般的に、冒険者のパーティーは()()って認識だから、カップルや夫婦たちがパーティーを組む例もある。あと、パーティーの外に恋人がいる人もいるし。ただ、家庭を持つなら、いくら高収入でも……もっと安全な仕事を選ぶ人が多いんじゃないかな。ちなみに、冒険者はDクラス以上になるとかなり稼げるわよ」


そこで、亜希が当然といえば当然の質問をする。


「その、それって寂しくないんですか?」


「多分、そこが冒険者として大成できるかどうかの分かれ目ね。長命種みたいに寿命が長い種族の場合、一人の人間種に添い遂げた後、冒険者として新しいパートナーを見つけるみたいな生き方をする人もいるけど、人間種や獣人種とかは寿命が限られてるから。何を優先するかで判断が変わってくる」


「寿命自体が違う……」


「そう。アキちゃんがいる世界は人間種だけなんでしょ?だったら、冒険者って生き方は少しリスキーかもしれないわね」


男女それぞれに、異世界の価値観をクロスさせた奇妙な交流で盛り上がった後、明日のワイバーン討伐という大きな任務に備え、四人は早めに照明の灯りを落とし、深い眠りにつくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ