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【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、多分人助けしないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬
第二章 ゴブリンマン活躍編

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第五十五話 異世界と冒険者の常識

※字下げを実行しました。

 レゾルグ王国が誇る城塞都市、ハンスル。

 その巨大な門をくぐった洋市と亜希は、目の前に広がる光景に息を呑んだ。


 ハンスルの街並みは、日本人が漠然と思い描く『中世ヨーロッパ』のファンタジー感に近い基盤を持ちながらも、決して古めかしいだけではなかった。

 石造りの建物はカラフルに塗られており、中には日本のバブル期に建てられたビルのような、ゴージャスな雰囲気のものもある。


 到着したのは夕暮れ時だったが、通りには青や黄色の幻想的な光を放つ街灯が規則正しく点灯し始め、メインストリートと思しき通りは多くの人々の活気と喧騒で満ちていた。

 ふと遠くを見上げれば、巨大な水道橋のような構造物が街を跨いでおり、遠方から豊かな水資源を引き込んでいることが窺える。


「すごい……本当に映画の世界に迷い込んだみたいです」


 亜希が目を輝かせると、洋市も同意するように頷いた。


「これは……日本で読んだ小説や漫画の想像以上に文明レベルが高いんですね」


 しばしその光景に感嘆し見とれていた二人だったが、御者台から飛び降りたマンナがパンパンと手を叩いて現実に意識を戻す。


「ほら二人とも、観光は後回し、あーとーまーわーし!まずは冒険者ギルドへ向かうわ。ガッタ、馬車はそのままギルドの裏手へ回しておいて」


「おうよ」


 マンナの指示に従い、洋市たちも歩き出そうとする。

 その時、洋市は自分がまだゴブリンの姿のままであることに気がついた。


『ローブは羽織ってるが、さすがに魔物の姿ってのはまずいか』


 洋市はいったん馬車の陰に隠れ、すっぽりと被ったローブの中で、ステータスの変身状態を解除した。

 緑色の肌が紫色の光とともにスッと引き、元の塩顔・中肉中背の人間の姿に戻っていく。




 マンナに連れられてやってきた『冒険者ギルド』は、木造の古びた酒場のような建物を想像していた洋市の予想をあっさりと裏切った。


 それは四階建ての四角く頑強なビルだった。

 窓にはめ込まれた透明なガラスが夕日を反射しており、この世界に一定水準以上のガラス加工技術があることを明確に示していた。


 重厚な扉を開けて一階に入ると、そこは洋市たちが思い描いていた「ギルド」のイメージに近い、活気に溢れた空間だった。

 正面の受付カウンターには制服を着た職員が三名立ち、次々と訪れる冒険者たちの報告や手続きを忙しそうに(さば)いている。


 入り口の右側には巨大な掲示板があり、チョークのようなもので様々な依頼や討伐目標などがびっしりと書き込まれていた。

 左側はテーブルと椅子が並ぶ飲食・歓談スペースになっており、すでに一仕事を終えたであろう冒険者パーティーが、水筒のようなものから水分を補給しつつ話し込んでいる。


 そのさらに奥には階段があり、上の階だけでなく地下フロアへと続いているようだった。


「私は列に並んで報告と手続きをしてくるから、二人はそこの空いてるテーブルで待ってて」


 マンナはそう言い残し、受付の列へと向かった。

 ガッタは外で馬車の警護をしているため、洋市と亜希は静かに隅のテーブル席に腰を下ろした。


「……洋市さん、なんだか怖い人ばっかりじゃないですか?絡まれないかなぁ……」


 亜希が周囲をチラチラと見ながら小声で囁く。


 確かに、屈強な戦士や鋭い目つきの魔法使いらしき人物など、いかつい風貌の者も多い。

 しかし、洋市が観察していると、思いのほか周囲の冒険者たちは紳士的だった。


 大声で笑い合ってはいるものの、他のテーブルの客に絡んだり、ジロジロと干渉したりするような野蛮な様子はない。

 皆、自分の仕事と仲間にのみ集中しており、意外とモラルがしっかりしてるんだなと洋市は思った。


 しばらくすると、カウンターで手続きを終えたマンナが戻ってきた。


「お待たせ。それじゃ、外の馬車から荷物を運び出して、地下に持って行きましょう」


 洋市たちは立ち上がり、マンナに続く。


「はい。それにしても、冒険者って思っていた以上に真面目なんですね。私の勝手なイメージですけど、もっと荒々しい感じというか……」


「まあ、見た目はどうしてもいかつくなっちゃうからね。でも、基本的に冒険者は試験合格者でないとなれない専門職だし、私もそうだけど、ある時期から養成所上がりの冒険者が増えてるから、それもあるんじゃないかな」


 魔王と戦っていた時代は、テーブルコーナーでお酒を飲んで荒れていた冒険者もいたらしいが、現代冒険者は自分の命をわざわざ縮めるような生き方はしない者が多いらしい。

 マンナの現実的な見解を聞いて、洋市は日本の『草食系』な生き方がアルトヤ界でも進んでいるのかと推察した。



 ガッタと合流し、荷物を抱えて地下フロアへと降りた洋市と亜希は、その思いのほか広大な空間に驚いた。


「ここはただの地下室じゃないからね」


 驚く二人に、マンナが詳細を説明する。


「冒険者ギルドの地下は、建物の裏にある『解体場』と、隣にある『市場』と直接つながっているの。市場は商業ギルドの管轄ね。ハンスルは魔物討伐の案件が多いから、討伐した魔物とか採取した素材とか、広々とした場所で、面倒なく取引できるようになってるってわけ」


 洋市は過去の依頼で、須田市にある中央市場の朝方を取材した経験がある。

 よくよく見れば、確かに市場のような不思議な活気があった。


 ギルドの専門職員が冒険者から素材を買い取った後、すぐ隣で商業ギルドの担当者がその素材に値付けをし、流通へ回す算段をつけている。

 これは見事な効率化だ、と洋市は思った。


 ガッタが荷物を窓口に預け、査定を待っている間、マンナが洋市たちに向き直った。


「これからね、報酬の総額が確定したらパーティーで分配するんだけど、その前に二人にも『冒険者ギルド』に登録してほしいの。身分証にもなるし、口座代わりに報酬を預けておくこともできるから」


 銀行代わりにもなるのかと、洋市は感心したが、通帳の管理などはどうするのかが気になった。


「そうなんですね。預けたお金の金額は、何か確認できるものってありますか?」


 マンナは、サポート役らしき亜希ではなく、洋市が意外と細かい質問をすることに驚いたが、少し感心して言った。


「危機管理がなってるわね、ヨウイチさん。昔は全部ギルド側に問い合わせないと分からなかったんだけど、ウチのリーダーが土魔法で面白いのを開発したから、そのおかげで今はギルドカードで預金が確認できるようになってるわ」


 マンナによると、パーティー『アサンの水源』がCクラスになれたのは、魔物討伐だけでなくギルドへの特別な貢献がプラスに働いているそうだ。

 何でも、ギルドカードに特殊な性質を持つ鉱石をはめ込み、そこに魔力を通せば残高が分かるようになっているのだとか。


 魔力がない人の場合は、ギルド職員に言えば残高がカードを通して確認できるルールになっており、一応はこれで透明性は確保できるらしい。


 マンナが洋市の意図を汲んだように続ける。


「そんな質問をしたってことは、ある程度はお察しだろうけど、これ昔ウチのパーティーがギルド絡みの不正に巻き込まれたときに作ったものなの。それから、国のお金の専門家が冒険者ギルドに査察に来るようにもなったし、とにかくあの人トラブルに好かれるのよねえ」


 ため息を吐いたマンナを励ますように、洋市はフリーランス、そして昔ブラック企業で働いていた頃の経験をもとにフォローを試みる。


「私もそうです。朝七時から夜十一時まで、一部無給で働かされていた時期がありますから……」


「それはクズね。そんな仕事辞めて良かったと思うわ」


 二人で軽く笑い合う中、亜希は翻訳機能を使って会話を聞いており、意外と洋市も苦労してるんだなあと思った。


「ところで、登録には何か試験や条件があるんですか?」


 洋市の問いに、マンナは冒険者の根幹である『クラス(階級)制度』について説明を始めた。


「冒険者のクラスは、基本的に下から順にこんな感じで割り振られるの」


 ─────────────────


【Gクラス】 ギルドの採用試験に合格した初心者はここからスタート。


【Fクラス】 お金を支払って『冒険者養成所』に通い、卒業した者がスタートするクラス。


【Eクラス】 GまたはFから依頼をこなし、一定量の実績と経験を積んだ者が昇格。


【Dクラス】 「魔物」に分類される生き物を討伐した実績が認められると、このクラスにアップ。


【Cクラス】 Dランク到達後、ハイレベルな採取やキャラバンの護衛、危険な魔物討伐の依頼などをこなして昇格。中堅の証。


【Bクラス】 「重要討伐」や「要人護衛」といった国やギルドからの指名依頼を一定回数こなすことで昇格。一流の証。


【Aクラス】 難攻不落のダンジョン踏破、各国での爵位や上級市民資格の獲得など、圧倒的な実績を出した者が到達できる領域。


【Sクラス】 世界中で名前を知られるような、いわゆる『勇者レベル』の偉業を成し遂げた者が対象。魔王戦時代の長命種も含め、現在、世界に数名しか存在しない。


 ─────────────────


「普通、ヨウイチさんたちが冒険者になるなら、まずは簡単な採用試験を受けてGクラスから下積みをしなきゃいけないんだけど……」


 採用試験と聞いて、洋市と亜希が苦い顔をしたのを見て、マンナはそこで悪戯っぽく笑った。


「ハンスルのように近隣に魔物が出没しやすい都市では、例外規定があるの。すでに『パーティーで魔物が討伐できる実力がある』と判断された場合は、飛び級で【Dクラス】からスタートできるわ。本来は、訓練を受けた兵士が退役して冒険者登録する時のための便宜的なルールなんだけどね」


「じゃあ、私たちはその例外にあてはまるんですか?」


 亜希が尋ねる。


「そうよ。今回はヨウイチさんが単独でピロウリザードを討伐した実績があるから、ヨウイチさんも、サポートに回れるアキちゃんも、揃ってDクラスで登録申請を通しておいたわ」


「おお、それはありがたいですね」


 洋市が、あからさまにホッとした顔で言うと、


「ただし……」


 マンナが人差し指を立てる。


「ギルド側も本当に実力があるか確認しなきゃいけないから、登録後に一、二回かな?ギルドの『同行者』を入れて能力を計測する実務テストがあるの」


「なるほど、試用期間中の実技をチェックするわけですね。その時の依頼というか、テスト内容は決まっているんですか?」


「ええ。ちょうど手頃な依頼があったから受けておいたわ。ターゲットは死闘の森に生息する『バンパイアワイバーン』の討伐よ」


 バンパイア、という不穏な単語に、洋市と亜希は顔を見合わせた。

 その様子を見て、マンナはさらっと補足を入れる。


「あ、バンパイアって名前がついてるけど、別に人間の血を吸う化け物みたいなイメージじゃないわよ。夜行性で生肉を好む習性があるから、そういうイメージで名付けられただけ。そもそも……」


 マンナは少しだけ声を潜めた。


「“バンパイア”って言葉自体、今は立派な差別用語なのよ。公式には“吸血種”とか“長命種”って呼ぶのが一般的なんだけど、お堅い国や公的な文書なんかでは“月下種げっかしゅ”なんて気取った呼び方をしたりするわね。まあ、魔物の名前に名残があるのは皮肉な話だけど、そこは過去の訣別(けつべつ)とか何とかで、あえて放置してるって話」


 バンパイアが魔物ではなく、むしろ人類に分類されていることに、洋市と亜希は驚いた。


「人がたくさんいるところで話す内容でもないし、後で簡単に宿で話すわ」


 そう言って、マンナは会話を打ち切った。


 マンナの口から語られた「差別用語」という概念に、洋市はアルトヤ界がただのゲームのようなファンタジーではなく、複雑な社会構造と歴史を持った現実であることを改めて実感した。


「さて、依頼を受けるとなると、砦に残っているノアとも合流する必要があるわね。今日はもう遅いし、手続きが終わったら職人さんたちとはここでお別れして、私たちは宿屋に泊まりましょう」


 マンナの提案に異論はなく、洋市たちは新たな拠点となるハンスルで、最初の夜を迎える準備を始めるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ページ下部からの評価(☆)、ブックマーク、ご感想など、いつも大変励みになっております。

これからも『ゴブリンマン』をよろしくお願いいたします。

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