第五十四話 人間離れ
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一回目は何も起こらない。
二回目も何も起こらない。
三回目に発動を意識したところ……。
ポコンッ。
間抜けな音とともに、洋市の手のひらに、親指大の濁った緑色の石が瞬間移動するように現れた。
ピロウリザードの魔石らしきものである。
死体の体内、しかも猛毒が詰まった袋の中から直接取り出されたにもかかわらず、その魔石には毒液や血肉の汚れは一切ついていなかった。
「……えっ?」
ガッタが目を丸くし、獣耳をピンと立てて驚きの声を漏らす。
「ヨウイチさん、今……何をしたんだ?袋は破けてないのに、なんで魔石を持ってるんだ?」
何が起こったのか分からず戸惑うガッタに、洋市は手の中の魔石を見せながら説明した。
「私のスキルに【盗取】というものがありまして。これを使って、袋の中にある魔石だけを直接『盗み出した』んです」
「盗み……?ちょっとよく分かんねえな」
前衛の剣士であるガッタは、斥候系のスキルについては明るくない。
頭の上にハテナマークを浮かべたまま、ガッタは「とりあえずマンナに聞いてみよう」と、洋市とともに少し離れた馬車の近くまで戻ることにした。
馬車近くで待機していたマンナと亜希に事の顛末を説明し、洋市が綺麗なままの魔石を見せると、マンナは目をひん剥いた。
「んなっ!」
普段は冷静なマンナが、素っ頓狂な声を上げて絶句する。
「ち……ちょっとヨウイチさん! これまさか、死体の中からスキルで魔石だけを抜いたってこと!?」
「はい。以前陰蛇を倒したときも、同じように動かなくなってから魔石だけ取り出したんです。便利なんですよ。これなら毒袋を傷つけるリスクもありませんし」
洋市は、かつてアルトヤ界にワープしたばかりの頃、こっそり毒殺した大蛇のケースを例に出した。
「便利とかそういう次元の話じゃないわよ! 確かに私も【盗取】のスキルは持ってるけど、そんな使い方考えたこともなかったわ!」
マンナが言うには、スキル【盗取】自体を取得・保有している斥侯は少なからず存在するとのこと。
しかし、そのスキルを持っていたといても、それを『魔物の体内から臓器や魔石だけを盗む』という用途に使うという発想自体が、アルトヤ界の人間には存在しないらしい。
「マンナさん、変な話ですが、一般的な【盗取】はどういう風に使うんですか?」
洋市の純粋な疑問に、マンナは社会通念上、至極まっとうな回答をする。
「まあ……ご想像の通り、正しく社会で暮らしている人間は使わないわね。もし冒険者の斥侯が使うとしたら、盗賊の懐から大事な書類をスったり、隠密行動をしていて機密書類を抜き取ったり、そんな感じじゃないかしら」
「なるほど」
「そもそも、冒険者ギルドの養成所では、基本的に探索向けのスキルしか学べないの。ただ斥候って、倫理的に結構危ない橋を渡る場面が珍しくない職種だから、まっとうな人間ならそのプロセスの中で先輩冒険者から学んだり、やむにやまれぬ事情で取得したりするのが一般的」
「……ちなみにマンナさんは?」
「秘密♡」
さりげなく肝心なところをぼやかされた洋市だったが、そこをツッコむ間もなくマンナは興奮して話し出した。
「ヨウイチさんのその使い方は大発見かもしれないわ! だって『部位を傷つけずに魔石だけを安全に取り出す技術』としてギルドに報告すれば、スキルの新しい可能性として報奨金が得られるかもしれない!斥侯の評価も向上するのは間違いないわね!」
「報奨金ですか!?それはいい話ですね!」
「でしょう? 街に着いたらさっそく報告ね!」
一通り会話が盛り上がったところで、洋市と亜希は、ガッタがこれから行うピロウリザードの解体作業を見学させてもらうことにした。
せっかくハンスルの街に行って冒険者として本格的に活動するなら、魔物の素材をどう処理するのか、解体の基礎を勉強しておいて損はないからだ。
「一口に魔物っていっても、いろんなタイプの奴がいるが、パターンを覚えればそんなに難しくねえ。かたっ苦しく考えずに見ていてくれ」
ガッタは慣れた手つきでナイフを取り出し、大トカゲの死体の前にしゃがみ込んだ。
「まずは血抜きだ。こいつを怠ると肉に臭みが回っちまう。さっきヨウイチさんが首を突いた傷口を少し広げて、逆さにして血を落とす。身体がまあまあデカいから、いつも持ち上げるのはセミーンにやってもらうんだけど、今回は木を使ってロープで吊るすかな」
ガッタが手際よく血を抜いた後、今度はピロウリザードを仰向けにひっくり返した。
「トカゲ系の魔物は、腹の皮が欲しい場合を除いて、基本は腹割りだ。顎の下から尻尾の付け根に向かって、腹の柔らかい部分にまっすぐ刃を入れていく。好みはあるけど、ピロウリザードは皮より肉なんだ。身体の一部に毒を持ってる魔物ってのは、意外と美味しかったりするんだよ」
その話を聞いて、洋市は日本の“ふぐ”を連想した。
柔らかそうな腹にスーッとナイフが通り、分厚い皮が左右に開かれる。
「先に美味しそうな部分から捌いてもいいんだが、俺は先に一番気を遣うところをやりたい。この首の後ろにある『毒袋』だ。下手に刃を当てて破いたら、俺たちも肉もパーになっちまうからな。だから、まずは毒袋と体内を繋いでいる管の根元を見つけて、こうやって丈夫な糸でキツく縛るんだ」
ガッタは皮と肉の隙間に指を入れ、袋の根元を器用に露出させると、持っていた麻紐でギュッと縛り上げた。
「これで、まずは中身が漏れる心配はないだろ?縛った部分の少し上をナイフで切り離せば……ほら、綺麗な『ピロウリザードの毒袋』のいっちょ上がりだ」
ガッタは、日本で見る水枕より少し大きめの、ぷよぷよとした袋を無傷で取り出して見せた。
その後、内臓を取り除き、皮を剥ぎ、食べられる肉の部位ごとに切り分けていく。
身体強化によって作業スピードも増しているガッタの動きは、まさに匠のそれ。
その一切の無駄がない職人芸に、洋市と亜希は感心しきりだった。
解体が終わり、綺麗な白身のブロック肉が並べられたのを見て、洋市は何気なく提案した。
「なんだか見ているとお腹が空いてきましたね。ちょうどいいし、この肉、少し食べませんか?」
「ははは!ヨウイチさん、いくらなんでも気が早すぎるぜ」
ガッタが血の付いたナイフを拭きながら、笑って洋市を窘めた。
「こんな街道のど真ん中で焚き火すんの、かえって面倒だからなー。兵士に見つかったら報告書と罰金だろうし、街はもうすぐそこだ。ハンスルに着いたら、宿屋かどっかで塩とハーブで焼いてもらおうぜ」
「……あ、そうですよね。ははは……」
洋市は笑顔で誤魔化したが、内心では冷や汗をかいていた。
目の前にある生のトカゲの肉、その艶やかな肉質に刺激されて、洋市の口内には大量の唾液が分泌されていた。
ゴブリンとしての本能が、生の血肉を激しく欲求している。
『今、生で食べたいと思ってるのは、きっと俺が日本人だからじゃ……ないな……』
自分の[人間味]が確実に削り取られていることに、洋市は戦慄した。
ピロウリザードの解体を終えたパーティーは、各種部位を馬車に積み込み、再び街道を進み始めた。
その後の道のりは順調そのもので、魔物に遭遇することもなく、馬の足音と馬車の車輪の音がのどかに響き続けていた。
やがて、街道の先、開けた平野の向こうに、巨大な石造りの城壁と、それに守られるようにそびえ立つ無数の建造物が見えてきた。
「見えたわよ、ヨウイチさん、アキちゃん」
いつの間にか、馬車の御者台に座っていたマンナが、前方を指差して明るい声を上げる。
アルトヤ界のレゾルグ王国が誇る、巨大な城塞都市の一つ。
一行はついに、ハンスルの門の入り口へと到着したのである。
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