第三十八話 そして、四人は集まった
私事で恐縮ですが、5/16~17は所用のため、更新をお休みさせていただきます。
5/18 19:50より投稿を再開させていただきます。
それを踏まえ、今回は文字数を多めに調整させていただきました。
お楽しみいただければ幸いです。
冒険者となったノアは、依頼をこなしながら各地の文献を漁り、古い伝承を訪ね歩くフィールドワークを続けていた。
しかし、『アサン』という名の手がかりは一向に掴めないまま、数年の歳月が流れた。
そんなある日、ノアはある町の魔物討伐の依頼で、一人の大柄な戦士と即席のパーティーを組むことになった。
「俺はセミーンだ。前衛は任せてくれ」
身の丈ほどもある大斧を軽々と担ぐセミーンは、見た目の無骨さに反して非常に冷静で、理知的な戦い方をする男だった。
無謀に魔物の群れに突入したように見せて、実際には魔物の攻撃を自分にあえて集めさせ、他のパーティーメンバーが魔法や弓で攻撃しやすいよう、しっかり盾の役割をこなしている。
彼の的確な防御と、ノアの後方からの魔法攻撃は見事に噛み合い、二人は無傷で依頼を達成した。
その夜、野営の焚き火を囲みながら、ノアはふと、自分が冒険者になった理由――『アサン』という声の主を探しているという事情を打ち明けた。
この話自体は、他のパーティーで仕事をしていたときも話したことはあったが、大抵「知らない」とそっけなく返されるか、軽く馬鹿にされるような感じで軽口を叩かれるか、「疲れてたんじゃないのか?」とねぎらわれるかのいずれかであった。
しかし、セミーンは驚いた顔でノアの顔を見つめた。
「……アサン。あんた、もしかして『水の精霊アサン』のことを言ってるのか?」
「えっ!? セミーン、知ってるの!?」
ああ、と短く肯定した後、セミーンは事情を説明した。
「俺の生まれ故郷はな、水上都市『アサンシャ』なんだ。だからレゾルグ王国ではなくアムス共和国の出身だ。簡単に説明すると、昔々、毒の沼地だらけの大地を浄化して豊かな水を与え、アサンシャの基盤を作ってくれたのが水の精霊アサンだっていう言い伝えがある。だから、あっちの神殿ではアサンを信仰しているところが多いな」
アムス共和国は、シーマンと呼ばれる海上種族が暮らす島国で、アサンシャはそのほかにも様々な種族・国籍の人類が貿易にやって来る水上都市として知られる。
都市に入る者を拒まず、出る者を追わない、自由な雰囲気の中で育ったセミーンは、基本的に宗教に関心はないが、学校では誰もが教わる伝記のため名前は知っていたのだった。
このとき、ノアの全身に鳥肌が立った。
点と点が繋がった瞬間だった。
神に見放された自分を導いてくれたのは、神ではなく、水の精霊だったのだ。
「セミーン!私、決めたわ。あなたと正式にパーティーを組む!」
「どうしたいきなり、さっきまで『次は王都に行こうかしら』とか言ってたのに。俺と組んだら逆方向だぞ?」
「精霊アサンの導きよ! 私たちのパーティー名は、そうね……『アサンの水源』! これで決まり!」
強引なノアの押しに、セミーンは戸惑いつつも、彼女の魔法の出来については大いに認めていた。
魔術師志望だったセミーンは、自分が魔法を使えないと分かった後でも、魔術師のスキルを最大限に活かす戦い方を研究していた。
そして今日、その戦い方が上手くハマったことから、悪くない提案だと承諾した。
これが、のちにCクラスパーティーとして名を馳せる『アサンの水源』の始まりだった。
二人がパーティーを組んで半年ほど経ったころ、駆け出しの冒険者である犬耳の獣人、ガッタと出会った。
犬、またはオオカミを先祖に持ち、身体能力が高い彼は、獣王国ミザリンで冒険者の資格を取得した後、近場の依頼を受けていたところで遭遇した。
ガッタは魔力を持っていたので、純粋な魔法への憧れから、最初は魔術師として身を立てようと決意した。
ノアたちと出会ったときは、杖とローブ姿でゴブリンたちと戦っていたが、魔法の制御が絶望的に下手で、火の玉を出すたびにゴブリンと自分を燃やしていた。
「火の精霊の名において、敵を滅する火の玉を放つ、【火玉】!」
詠唱後、杖から発せられた火の球は、ゴブリンとガッタに飛んだ。
「アチチチチ!!なんで俺を狙うんだよ!?あっちに飛べよ!」
その様子を見ていたノアは頭を抱え、残りのゴブリンをセミーンに任せた後、ガッタに説教を始めた。
「バッカァ!詠唱がおざなりじゃないの!?誰を狙うのかきちんと文言に加えなさいよ!それが嫌なら敵に当たる状況を頭の中ででイメージするの!」
そう言って、ノアは自ら杖を構え、ガッタに正しい詠唱のお手本を見せた。
「火の精霊よ、我が杖の向く先、前方に立つ小鬼を的と定め、その身を打ち据える火の玉を放て、【火玉】!」
ノアが杖を振るうと、空中に生み出された火の球は一直線に飛び、寸分の狂いもなくゴブリンの胸板に命中した。
「いい?『敵』なんてふんわりした言葉だけじゃ、魔力はどう飛べばいいか迷っちゃうの!イメージがつかめないうちは、杖の先、何歩前、誰に当てるのか、みたいに、具体的に言葉で指定して、魔力の道筋を作ってあげるのよ!」
これを聞いたガッタは舌を出して驚いたが、すぐに率直な感想を述べた。
「すげえな姉さん……けど、戦っているときに言葉にすんの面倒臭えな……姉さん、なんか端折る方法とか知らない?」
「私を勝手にあんたのお姉さんにすんな!妹かもしれないでしょ!?」
「いや、名前知らないからそう呼んだだけで……」
「それと、詠唱端折ったらさっきみたいに自分がダメージ受けるでしょ!?だから丁寧に詠唱を……でも確かに省略して効果が得られるならその方がいいわね」
怒っていたと思ったら、今度は真剣に何かを考え始める。
ガッタは目の前のローブの女性を『なんか面白い人だな』と思った。
その後、ガッタはしばらくノアたちと一緒に依頼を受けるようになり、その過程で杖を捨てて剣で戦うことを選んだ。
冒険者になるにあたり、もともと道場で剣術を学んでいた経験もあったことから、魔法を使うよりむしろスムーズに戦えた。
加えて、ノアが『詠唱なしで魔法を使う方法』を、ガッタ向けにカスタマイズしてくれたのも大きかった。
「あんたは小難しい詠唱が苦手だから、自分にかかる詠唱だけを覚えればいいのよ。で、魔法の効果に慣れたら詠唱も省略していい。名付けて『身体強化法』よ!!」
ガッタの魔術師としての弱点は、どんな魔法を、誰に、どこに向かってかけるのか、具体的に言葉で指示するのが苦手なことだった。
その点をサポートするため、ノアは『自分を強化すること』だけに特化して、魔法が使えるよう詠唱をいじった。
詠唱は非常に単純である。
「火の精霊、我望攻守回!【身体強化】!!」
この詠唱と、自由自在に身体を動かせるイメージとを組み合わせ、ガッタは攻撃力・守備力・回復力を劇的に高めることができるようになった。
ガッタの獣人特有の身体能力と魔力が爆発的に噛み合い、彼は瞬く間に優秀な前衛アタッカーへと成長した。
「ノアの姉御といると、俺はもっと強くなれそうな気がするんだ。頼む、俺を正式にパーティーに入れてくれ!」
セミーンは苦笑いし、苦虫を嚙み潰したような顔をしているノアは、一つだけ条件を付けた。
「入れてもいいけど、一つだけ条件があるわ。私を『姉さん』とか『姉御』とか呼ばないでちょうだい。あんた私より年上でしょ?ノアでいいわ」
こうして、ガッタがパーティーに加わった。
根は素直な性格ながら、その獰猛な戦いぶりから、後に”狂剣士”の異名を得るほどに成長することになる。
さらに数年後。
三人が交易都市へと向かう商隊を護衛する依頼で、斥侯として臨時加入したのがマンナだった。
冒険者は、一般的に[ギルド]と呼ばれる、冒険者を管理する組合から依頼を受けることが多い。
この場合、ギルドから報酬が差し引かれるものの、その分組合が依頼の質を担保するため、騙されたり高いリスクを負わされたりするケースは少ない。
しかし、今回は直接商隊から依頼を受けたため、ギルド側の斡旋がない分報酬も高めだが、騙されるリスクも一定数存在する。
直接依頼が初めてだった『アサンの水源』は、商隊のモラルの見極めをマンナに任せた格好である。
この依頼で、パーティーはトラブルに巻き込まれた。
護衛が無事終わろうとしていたとき、予期していなかったポイントで盗賊たちの襲撃を受けた。
ノアたちは力を尽くして戦い、撃退することには成功したが、何品か荷物が盗まれていたとの報告があった。
ノアが報酬を受け取りに行った際、商隊の頭領は報酬の支払いを渋ったが、そこでノアに同行していたマンナは頭領にこう伝えた。
「要は、盗まれた荷物を取り戻せばいいんでしょ?だったら私に任せてもらえる?」
「取り戻せたらな」
「じゃあ、目録をちょうだい」
そう言うと、頭領は少し考えてから、マンナに目録を渡した。
それをマンナは一瞥した後、荷物を入れたバッグから書類を出す。
「!!……それは……」
「黙っててちょうだい、今確認するから」
マンナは、頭領の執務室にある応接用のテーブルに、二つの書類を置いた。
「いい?これが頭領からもらった目録、そしてこれは私が盗賊たちから盗み返したものよ。ノア、一緒に目録を確認して欲しいの、これらが“まったく同じ情報”かどうかを」
頭領は慌てて言った。
「待て、その目録は不完全かもしれん!俺にも確認を……」
「その必要はなさそうね。答えが顔に書いてあるわ。『私が盗賊に依頼しました』ってね」
「何をいきなり!その目録が証拠だとでもいうのか!?」
マンナは冷たい笑みを浮かべ、二つの目録を指でトントンと叩いた。
「普通の盗賊はね、金目のものを手当たり次第に奪っていくの。でも、あいつらは特定の木箱だけを狙って一直線に向かっていった。多分、見た目だけ立派にして中身はガラクタの木箱ってとこかしら。不思議に思って私が【隠密】で後を追って、盗賊の懐からスってきたのがこの紙よ」
頭領の顔から、一気に血の気が引いていく。
「他にもあるわよ。これは……『奪うべき荷物のリスト』ってとこかしら?」
マンナはもう一枚、カバンの中から書類を出した。
そこには、どこに置いてある、どんな形の箱を盗むのかが、事細かに書かれていた。
頭領は慌てて言う。
「そ……そんなもの、盗賊が事前に荷物の情報を集めただけだろうが!俺は潔白だ!」
まだマンナは余裕のある顔をしている。
「へえ……じゃあ、誰がその情報を盗賊に伝えたのかしら?そして、荷物の番をしていた方は誰だったかしら?それはあなたたちの管轄でしょ?」
どこまでも冷静に話を進めるマンナに、少しずつ頭領は追い詰められていく。
「俺たちに非があるから、報酬は予定通り支払え、って言いてえのか!?こっちは盗まれた荷物がなくて、それだけでも大きな損失なんだ!お前らの非は認めずにおいてやってもいいが、予定通りの料金は支払えねえ!」
あくまでも報酬を渋る頭領を見て、マンナはいよいよ目をぎらつかせて牙を向いた。
「あくまでも白を切るつもりなのね。じゃあいいわ。セミーン、ガッタ、お願い」
ドンッ、と乱暴に頭領の部屋のドアが開け放たれた。
そこには、顔をボコボコに腫らした盗賊と、首根っこを掴まれた荷物係の男、そして冷たい視線を頭領に向けるキャラバンの仲間たちの姿があった。
「な……お前ら……」
驚く頭領に対して、盗賊を後ろ手に捕えたセミーンが言う。
「こいつが全部吐いたぜ。証人はお前の部下と仲間たちだ。」
もう一人、ターバンを巻いた男を捕えたガッタが詳細を説明する。
「悪人のニオイがプンプンしやがる、こいつと組んで盗賊を手配してたんだろ。今、アジトには兵士様が向かってるぜ」
何とか声を発そうとしている頭領だったが、すでに打つ手がない様子で、やがて頭を抱えてうずくまってしまった。
この状況をまとめるように、マンナが手口を解説する。
「商隊の情報を共有し、自作自演の襲撃で護衛への報酬を浮かせて、商人ギルドで盗難保険の請求を行う、ってとこかしら。まあよくある手口の一つではあるけど、斥侯がいるパーティーを護衛に招いたのが運のツキね。もう逃げられないわよ」
こうして、パーティーは商隊から本来の護衛報酬を正当に受け取りつつ、交易都市経由で冒険者ギルドに報告が入り、ランクアップを実現したのだった。
宿屋に戻り、報酬をギルドの銀行に預けてホクホク顔のノアは、目を輝かせてマンナの両手を取った。
「マンナ、あなた凄いわ! 私たちだけだったら、騙されてタダ働きさせられてたかも! お願い、私たちのパーティーに入って!」
「いいけど、あなたたちのパーティーの場合、斥侯よりも回復役がいた方がいいんじゃないの?あなた魔術師でしょ?」
「私は水魔法の『回復系魔法』が使えるの!こういっちゃ何だけど、そこいらの神官や巫女には負けないわよ」
「ふーん、まあ、一人だと何かと不便だし。まずはお試しってことで」
こうして、前衛のセミーンとガッタ、後衛のノア、そして遊撃と知恵袋を担うマンナという、現在に至る四人のバランスの取れたパーティーが完成したのだった。
――そして、現在。
『命の泉』のほとり。
ノアは過去の記憶から意識を浮上させ、静まり返った泉の水面を見つめた。
『……あの日、アサン様が私に冒険者になれと言ったのは……この日のためだったの?』
あのまま神官になっていれば、死闘の森に来ることはなかった。
セミーンと出会わなければ、アサンの名を知ることもなかった。
ガッタやマンナがいなければ、冒険者として生き抜くことはできなかった。
すべては、日本という異界からやってきた「人間であり、ゴブリンであり、陰蛇である」特異な存在、洋市と亜希に出会うためなのだろうか。
そして、この森の主であるジルファから、精霊アサンの真意を託されるためなのだろうか。
ノアだけでなく、隣に立つマンナもまた、斥候としての鋭い直感で同じことを悟っていた。
「……ねえ、ノア。これは私の直感でしかないんだけど」
マンナは、自らの怪我を治してくれたノアの肩にそっと手を置いて、言った。
「ヨウイチさんが何者なのか、アキちゃんがどこから来たのか、全部は分からない。ただ……私たちが今日、この日、この時間に、あの二人を連れてこの場所に来たことは、決して偶然なんかじゃない。目に見えない大きな力に『導かれていた』んじゃないかって」
マンナの言葉にガッタも同調する。
「そうそうないぞ、魔王の呪いを持っていて、しかも陰蛇に変化できる人間に出会うなんて」
セミーンは、どこかこの必然を納得したような表情だった。
「……そうだな、俺たちでなければならない必然性はない、はずなのに、出会えたということは……」
すべてをまとめるように、ノアが言葉を続けた。
「……そうね。私たちは、導かれた」
ノアは両手を胸の前で組み、命の泉に向かって、神官になれなかったあの日よりもずっと純粋な祈りを捧げた。
「ジルファ様のおっしゃる通りにするわ。私はこの泉のほとりに、精霊アサン様とジルファ様を祀る祠を建てる。ヨウイチが戻ってきたら、彼にも手伝ってもらう。……ジルファ様は『魔王の呪い』について言及されていたわ。私たちの本当の役割は、ひょっとしたら魔王との戦いを見据えたものなのかもしれない」
四人の冒険者たちは、森の奥へと消えていった一匹のゴブリンと異世界人の少女が、必ず自分たちの元へ帰ってくると信じ、静かにその時を待ち始めた。
【再掲】
私事で恐縮ですが、5/16~17は所用のため、更新をお休みさせていただきます。
5/18 19:50より投稿を再開させていただきます。
それを踏まえ、今回は文字数を多めに調整させていただきました。
お楽しみいただければ幸いです。




