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【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、人助けポイント稼がないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬


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第二十九話

「ヨウイチ!これから夕飯だから!一緒に食べよ!アキも連れてきて!」


ノアの声に返事をした後、洋市はベッドから立ち上がり、胸の紫色の紋章に右手を当てた。


> 人間形態維持:開始

> 残り時間:695分(1分ごとに1ポイント消費)


紫色の光が全身を包み込み、緑色のゴブリンの肉体が、浅井洋市の塩顔と中肉中背の身体へと戻っていく。

変身が完了した瞬間、洋市は肺が圧迫されるような重苦しさと、手足の可動域が狭まったような窮屈さを感じた。

研ぎ澄まされていた夜目も、分厚いフィルターを通したように鈍くなる。


『やっぱり、人間の身体が不便だと感じ始めている……これはマズいな』


魔物としての感覚を「快適」と感じ始めている自分に、改めて薄ら寒いものを覚えながら、洋市は乱暴な動きでボタンが飛んでしまったパジャマの胸元を寄せた。


ドアを開けたところには、両手にローブを持つノアがいた。


「いやーごめんねー、私のサイズだと、きっとヨウイチの身体には合わないんだけどさ、上半身くらいは隠れると思うから、使って」


基本的に、魔術師用のローブは、全身が隠れるような丈のものを用意する。

しかし、ノアの身長は155~160cmほど、洋市は172cmのため、丈がどうしても足りない。


とはいえ、これで紋章は隠れると洋市は安堵した。

ノアから受け取った予備のローブを上からかぶると、意外に快適な着心地だった。


「お待たせしました。行きましょうか」


「はいっ」


「行こ行こ!」


亜希やノアとうなずき合い、三人は部屋の扉を閉めた。




砦の中庭は、先ほどまでの血生臭い死闘が嘘のように活気に満ちていた。

日本でいうところのバーベキューコンロのような器具があちこちに置かれ、防衛戦を生き抜いた兵士や冒険者たちが、木のジョッキを片手に肉をむさぼっている。


ノアに案内された席には、『アサンの水源』のメンバーであるガッタ、セミーン、マンナがすでに陣取っていた。


「来たな、こっちに座れよ!」


巨体を鎧で覆ったセミーンが、豪快に笑って隣の丸太を叩く。

尖った犬耳を持つガッタも、串焼きの肉を頬張りながら手を挙げた。


「ほら、ヨウイチ、アキ。遠慮しないで食べて! ストラグルウルフの肉よ!」


ノアから手渡されたのは、無骨な木の枝に刺さった大きな塊肉だった。

まだ焼けていない肉もちらほらコンロに置かれており、赤身が強い筋肉質な肉のように見える。


しかし、自分のそばにある肉は艶やかで、焚き火の煙と香ばしい匂いが食欲をそそる。


『オオカミの肉か……。蛇の姿で丸呑みした時は味なんて分からなかったが』


洋市は恐る恐る、一口かじってみた。


「……美味い!」


予想に反して、肉は噛み応えがありつつも、強い旨味が感じられた。

岩塩のような粗い塩味と、赤身の強い旨味が非常に良く合う。


現代日本で食べるジビエ料理、例えば上質な鹿肉などに近いかもしれない。

一昔前、北海道の居酒屋で食べた鹿肉は得も言われぬ旨さだったが、これも似たような魅力がある。


亜希も一口食べて目を丸くし、


「美味しい!」


と満面の笑みを浮かべていた。


「意外だろ?俺は正直共食いみたいでウルフ系の肉は嫌いなんだけど、死闘の森のストラグルウルフは、よく運動してるせいか肉が引き締まってて最高なんだ」


ガッタが洋市、亜希の気持ちを汲んだように語る。


「だが、今回は本当に危なかった。ヨウイチさんが影から援護してくれなかったら、俺もセミーンも首が飛んでたかもしれないからな」


「全くだ。魔法じゃない、見えない刃のスキル……。魔王の呪いってのは恐ろしいが、あんたが味方で本当に助かったぜ」


セミーンが木のジョッキを洋市に突き出す。

洋市はローブの袖をまくり、ジョッキを打ち合わせて乾杯の代わりとした。

亜希もノアからジョッキをもらい、異世界の酒にチャレンジしている。


「偶然、私のスキルが役に立っただけです。皆さんが最前線で体を張ってくれたからこそですよ」


フリーランス経験を活かし、相手を立てる話術で謙遜すると、セミーンとガッタはさらに上機嫌になった。


一方、ノアは亜希の隣に座り、身振り手振りで「これは美味しい?」「辛くない?」と世話を焼いている。

亜希は足元のリュックサックのポケットに忍ばせた、スマホの翻訳機能を頼りに、笑顔で頷き返していた。


圏外のスマホに強制インストールされた『アルトヤ界観光ガイド』だが、しっかりとコミュニケーションをサポートしているようだ。

今後の課題としては、亜希が自分の口で会話できるようになることだが、それはまだ難しい。


肉をつまみ、酒を飲み、和やかな空気が流れる中、ふと、洋市の隣に斥候のマンナが腰を下ろした。


「ヨウイチさん。お肉、お口に合ってよかったわ」


「ええ、とても美味しいです。マンナさんもお疲れ様でした」


「ありがとう。でも、少し気になってたのよね」


マンナは手元の酒を軽く揺らしながら、流し目で洋市を見た。

その視線には、歴戦の斥候らしい、人間の本質を見透かそうとする鋭さが潜んでいる。


「あなた、自分のことを『商人』だと言っていたわよね。でも、あの群れの背後を取る身のこなしや、存在を消す隠密の技術……ガッタとセミーンから聞く限り、ただの商人にしては、あまりにも手慣れているように見えたの。呪いで得た力だとしても、あそこまで冷静に戦況を把握できるものかしら?」


洋市は、マンナの不安ももっともだと考え、スキルについて説明することにした。


「ああ、それはスキルなんです。ええと、マンナさんに見えるかどうか分かりませんが……」


そういうと洋市は、左手でステータスを開示する。

そして、マンナはそのサイネージに似た画面に目を凝らすが、まったく画面が見えない。


「ごめんなさい、ヨウイチさんの目には見えるの?私は分からないわ」


「そうですか、では簡単に説明しますが、基本的に自分の存在を消せるとしたら、それは私が持つスキルの力だと思います」


「スキルってことは、ゴブリンだと【かくれんぼ】とか?でも、そんなに効果的じゃないわよね」


レゾルグ王国では、モンスターが保有するスキルについて、テイマーという職業がある程度解明している。

基本的にゴブリンは、特定の職種に進化する前だと低レベルであり、身を隠すスキルとしては【かくれんぼ】のように、数十秒間息を止めて水の中などに隠れる程度のスキルしか使えない。


洋市は初めて聞くスキルに興味を覚えたが、会話を続けることにした。


「いえ、私の場合は【隠密】でした」


「……は?」


マンナは思わず、持っていたジョッキを床に落としそうになった。

一般的な人間種の斥候が【隠密】を獲得するには、血を吐くような長期間の訓練が必須となる。それを、この寝間着姿の中年男性が息をするようにやってのけたというのか。


「そうだったの……それと、さっき『でした』って言ってたけど、ひょっとして……」


「ええと、今は【隠形】に上がったみたいです」


「んなっ……!!」


今度こそ、マンナは絶句した。

【隠形】は、斥候にとって到達点の一つとも言える神業だ。光の下でなければ存在を悟られることすらなく、日常的に命のやり取りをするような暗殺者でなければ、まず目覚めることはない。


「……ヨウイチさんは、どこかの国の暗殺者だったりするわけ?」


「いや、そんなことはないと思いますが、ただ修羅場は人より経験している……んでしょうかね。なにぶん、この場所については分からないことだらけですし」


ブロガーとして炎上スレスレのニッチな記事を書き、企業間のPV争いを生き抜いてきた「ライターとしての修羅場」を、異世界風に変換したらそんな感じだろうか。

一時期は、SNSで様々なジャンルのアカウント主と不毛な争いを続けたこともあった。


それを当時は匿名アカウントで行っていたため、そのあたりの経験がゴブリンスカウトという姿になった理由なのだろうか?


「自分自身、ここにいるのがどうしてなのか、知らない状況ですから」


洋市はそう言いながら、不毛な思考の海を泳ぐように、視線をわずかに右上へと泳がせた。


マンナは少しの間、そんな洋市の微細な目の動きを見つめながら、一つの仮説を立てた。


『右上へ視線を逸らすのは、頭の中で言い訳(作り話)を組み立てている証拠……。「分からないことだらけ」はホントで、「知らない」はウソ、ってとこか。でも、嘘を隠す訓練すら受けていないようだし、本職の暗殺者の線はないわね』


とりあえず、悪人ではなさそうだと、マンナは判断した。

あとは、明日の護衛時に評価すればいいと思考を止め、洋市との会話を続けた。


「色々と聞いちゃった。記憶がないんだっけ?職業柄、どうしても気になることは聞いてしまうの。気を悪くしたらごめんなさい。明日はしっかり護衛するから安心して」


「ええ、助かります。明日はよろしくお願いします、マンナさん」


マンナはいったん会話を止め、自分の席へと戻っていった。


『ノアさんもそうだが、みんな、悪い人ではなさそうだ。それだけに、秘密を明らかにするのはリスキーだな』


明日の夜八時。

亜希の出勤時間に間に合わせるための、日本への一時帰還。


まずはそれをしっかり実現すること。

そのために何ができるのか、何をしてはいけないのか、よく考えなければならない。


しっかりご飯を食べて、今日は早めに寝よう。

マンナが自分の評価に熱心だったことにも気付かず、洋市は明日に備えて気持ちを落ち着けようとしていた。

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