第二十七話
ノアの語った強烈な推論は、その場を沈黙させる強烈な内容であった。
しかし、それは必ずしも、洋市をネガティブに評価する材料とはならなかった。
重苦しい空気の中、セミーンが洋市の方に手を置き、話しかけた。
「……ヨウイチ、お前、そのことを知らないで、俺たちを助けてくれたのか?」
洋市は素直に答えた。
「……はい、全然、知りませんでした」
洋市は、文字通り何も事情を知らなかった。
自分が魔物になれることについて、ゲーム感覚で捉えていただけに、ショックがそのまま言葉になって出てきたのだった。
だが、セミーンはそんな洋市の素直な態度に好感を抱いた。
自分のことを何とかしようとする前に、困っている誰かを助けようとする心意気が、まさに冒険者のあるべき姿だと感じたからである。
実際、洋市はほとんど何も言えなかった。
打算や演技ではない、本物の恐怖で声が出なかったのだ。
だが、その無言と蒼白な顔色は、セミーンには“過酷な運命に耐える男の沈黙”として映った。
「バルカスさん」
セミーンは、状況を把握できず戸惑っているバルカスに声をかけた。
「正直、俺もノアの言っていることは全然分かっちゃいないが……ヨウイチは悪い奴じゃない、ってことは分かります。あの服の持ち主たちはどうだったか知りませんが、現にヨウイチは魔物のスキルを使いこなせている。俺たちと会話することもできる。少なくとも今は、脅威にはならねえでしょう?」
「ん、んまあ、そうだが、こいつは俺の一存で片付けられる話じゃねえぞ?」
「ノアの推測が事実だったらでしょう?まだ仮説だから、国や聖都が動く案件じゃない。それに、現段階では直接的に何らかの被害が出ているわけじゃない。ストラグルウルフの件だって、今まで起こったことがない事案じゃない。要するに、俺たちはまだ、この亡骸やヨウイチについて、何も分からない状態なんです」
ノアがセミーンに助け舟を出す。
「そ、そうよ!さっきは興奮してまくしたてちゃったけど、別にヨウイチが魔物化したとしても、特段有害ってわけじゃないわ!人間種の呪いで生じた魔物は、長命種に比べて穏やかだったって記録が残ってたから、その点はきっと大丈夫!」
現代日本でいうところのエビデンスに基づく説明をしつつ、ノアはヨウイチを擁護した。
肝心の洋市はというと、自身の最悪の未来を想像して、呆然としていた。
そんな洋市の耳に、少し冷静さを取り戻した亜希がささやく。
「“やっぱり、森の中に答えがある気がするんです”」
「……やっぱり、森の中に答えがある気がするんです」
考えがまとまらないまま、結局、洋市は亜希の言葉を復唱した。
亜希もまた、ここまでのやり取りを踏まえ、ある考えが浮かんでいた。
現代日本で暮らしていたであろう人物の服が、この世界にあるということは、何らかの形で日本からアルトヤ界へやって来たのは間違いない。
ただ、彼らと洋市との間には決定的な違いがあり、それは「自我を失うことなく魔物化している」という点ではないかと考えていた。
亜希自身は、洋市がゴブリンになった経緯について知らないが、その違いを読み解くにはいったん現代で“なぜゴブリンになったのか”事情を聞いた方がよいと判断した。
また、亜希自身も明日の夜八時までに出勤しなければならないというミッションを抱えており、洋市のように戦う方法も知らない状況で、このまま異世界に居続けるのは厳しいと感じていた。
幸い、洋市は砦の人たちとは良い関係性を築けているようなので、現段階で対応を誤らなければこちらの言い分を聞いてくれるだろうという打算もあった。
しかし、洋市が発した次の一言は、亜希の良心を強く揺さぶった。
「……私は、完全に魔物にはなりたくない。せめて人としての記憶と、心を持ったまま生きていたい」
それは嘘偽りのない、本音だと、その場にいるすべての者に伝わった。
『私のバカ!洋市さんの都合も考えないで!自分だけ帰ってどうするつもりだったの!?それなら別々に行動するとか、考えようがあるでしょ!』
軽はずみなことを言ってしまったと、亜希は自分の行動に後悔していた。
そして、青ざめた顔をした亜希を見たマンナが、この話は潮時だと判断した。
「ねえ、その子が不安がってるよ!私たちだけで話を進めないで、いったん話を整理した方がいいんじゃない?」
セミーンとバルカスは、マンナの意見に同意した。
「それもそうだ。いきなり色々なことを話しても、混乱するのは当然だ」
「……んまあ、砦の防衛戦に貢献してくれたことは間違いないし、今夜は宴だし、いったん小休止して夕飯でもいいんじゃないか?」
言い出しっぺのノアもバルカスに乗る。
「そ、そうね!詳しいことは宴のあとでもいいじゃない!ごめんねヨウイチ、いきなり興奮して説明しちゃったから……アキちゃんにも伝えといて!」
こうして、洋市と亜希はいったん報告を終える形となり、ノアに見送られる形で再び宿の自分たちの部屋へと戻ることになった。
洋市と亜希が部屋へ戻った後、バルカスとノアを除く『アサンの水源』のメンバーは、再びバルカスの部屋で今後について話すことにした。
状況が吞み込めず、それぞれが沈黙する中、口火を切ったのはガッタだった。
「……なあ、ヨウイチさん、別に悪い人には見えないよな?何つーか、俺が獣人ってのもあるんだけどよ、悪人特有の臭いはしないんだ。むしろ、警戒心が薄いようにさえ見える」
セミーンが反応する。
「『うさん臭さ』ってやつだろ?こう、どこか嫌な汗臭さがあるって、あれだよな」
「そう、ノアがいうにはゴブリンに変身できるって話だけどさ、その割には清潔っていうか、もちろん血の臭いは残ってるんだけど」
マンナも話に乗る。
「そうかもね。それでいうとアキちゃんだっけ?彼女も香水か何かつけてるのよね。こんな危ない場所で。そう考えるとさ、その異世界ナントカ?あり得るかもね」
パーティーの三名が、洋市と亜希の印象について話している間、バルカスは遭難者の問題をどうすべきかについて考えていた。
『魔王は数百年前、勇者の子孫たちによって討伐されたはずだが、呪いは残っている……?となると、この時代も決して安泰ではないってことか……。きな臭い世の中にならなきゃいいが、今回の遭難者問題を放置しておくと、この砦も危ないか』
バルカスは、ストラグルウルフ防衛戦に関しても、おそらく洋市が少なからず関係していると予測していた。
もっとも、洋市自身が原因というのではなく、洋市が事件か何かに巻き込まれたことそのものが重大だという認識である。
『森の中に答えがある気がするんです……か……。実際、遭難者も森で見つかっているわけだし、その勘は正しいのかもな』
考えを巡らせた後、バルカスは三名に今後の方針を告げることにした。
「パーティー『アサンの水源』に依頼する。内容はヨウイチ、アキ二名の護衛と死闘の森探索。スタートは明日の朝からだ。砦の魔時計で八時から。頼めるか?」
マンナは少し驚いた後、詳細を詰めるため質問した。
「報酬は後からでもいいわ。依頼の達成要件を教えてちょうだい」
バルカスは一瞬、逡巡して、回答した。
「新たな遭難者が見つかるか、またはヨウイチ、アキの“秘密”が分かったら、だな」
セミーンが質問する。
「秘密?何か二人が隠してるってことか?単純に知らないんじゃなくて」
マンナがセミーンの疑問に答える。
「多分だけど、ヨウイチさんかアキちゃんのどちらか、あるいは両方が、別の世界からこの森にやって来た理由を知ってると思う。もちろん、記憶を失っている可能性や現状を把握し切れていない可能性はあるけど、何も知らないままあの森で生き延びるのは不可能よ。たとえヨウイチさんがゴブリンスカウトに変身できるとしても、ね」
ガッタが補足する。
「んで、その秘密を共有することは、多分俺たちにとって悪いことにはならない、そんな感じか?」
バルカスが大きくうなずいて、答える。
「そうだ。んまあ、今日明日の問題ではないし、洋市が遭難者を作った当事者ではないだろう。だが、放置しておけば問題が大きく膨れ上がる可能性がある。そうなると、砦の責任者である俺の首も危ねえってわけだな」
バルカスは、自分の内にある正義感を責任問題と称してごまかしながら、パーティーに危機感を共有した。
『あとはリーダーのノア次第だが、多分、二つ返事で引き受けるだろうな』
ノアは魔術師でありながら研究者気質のため、おそらく好奇心から引き受けるだろうとバルカスは推測していた。
もちろん、リーダーとして荷が重いと感じたら断るだろうが、何といってもレアな魔王の呪いについて知るまたとない機会を逃すとは思えない。
バルカスが話し終えたのを見て、マンナは依頼を受けるかどうか回答した。
「私、ガッタ、セミーンは大丈夫よ。あとはノアが帰ってきてから聞いてみましょう。多分、両手を挙げて賛成すると思うけど」
いつの間にか、時間は日本時間で夕方の四時になろうとしていた。
> クエスト【契約・隣人の盾】継続中
> 受託条件:倉橋亜希の身辺警護(48時間継続)
> 報酬:20時間経過。人間形態維持+200分(700/1170分)
> 変身時間:残700分




