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【ゴブリンマン】~40代フリーランスが異世界でゴブリンになったら、人助けポイント稼がないと人間に戻れなくなった件~  作者: 広瀬


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第二十五話

バルカスの部屋に向かう道中、マンナはパジャマ姿の遭難者に興味を持ち、多少の警戒感を持ちながら観察していた。


『あんなに丁寧な言い回しが自然に出てくるってことは、どっかの国の文官か、あるいは大店の商人か、ってとこだろうね。でも、尊大な雰囲気は感じないし、商人の線が固いかな。バルカスさんは何て言ってたっけ。念のため、ガッタとセミーンがこの人の気を害さないように注意しておこう』


人間観察を得意とし、その経験を活かして斥侯に転職したマンナにとって、人間関係の調整は決して難しいものではなかった。

しかし、自分にとって得体のしれない存在とどう触れ合えばよいのかについては、誰しも多くのデータを持ち合わせていない。


それゆえに、今のマンナにとっては、注視するという選択肢が最適解であった。




マンナは斥侯として働き始める前、といっても十数年前だが、ある町の宿屋の娘だった。

宿屋の娘といっても決して上流家庭というわけではなく、人を雇わず家族総出で経営する小規模なものであり、マンナは六人きょうだいの末子である。


齢八歳という年齢から両親の仕事を手伝い始め、多くの宿泊客に愛想を振りまきつつも、直接商売に関与しないオブザーバーの立場として人間観察をしていた。


宿屋には大人数が入れる浴槽があり、マンナは清掃の手伝いや石鹸の交換などを手伝っていた。

お風呂場で石鹸を交換する際は、高慢な人間ほど貧弱な身体をしていて、礼儀正しい人間ほど引き締まった身体をしている例を数多く見てきた。


後に、後者の職業が[冒険者]であると知り、次第に興味を持つようになる。

多くの若者が進路を決める十五歳の頃、マンナは宿屋を継ぐのではなく、冒険者になると決意した。


幸い、宿屋の経営は十も歳が離れた長男が次いでおり、その点に関して問題はなかった。

もっとも、貴重な労力が失われることに対して、家族は残念な気持ちを隠さなかったが。


晴れて冒険者となり、斥侯の適性を見出された後、持ち前のマンウォッチング能力を糧に着実に成長を続けた。

後に、ノア、セミーン、ガッタたちと出会ってからは、パーティー『アサンの水源』がCクラスに成長する絵図を描くのに貢献した。


パーティーの幾度のピンチを、自らの機敏な対応で潜り抜けてきた自負もあるマンナではあったが、今回の件については事の善悪、パーティーにとっての損得を判断しかねていた。

ノアが遭難者によって命を救われたこと自体は不幸中の幸いであったものの、遭難者たちの素性が分からない状況において、どこまでパーティーが協力すべきかは交渉の余地がある。


最悪の場合、ノアの気持ちを無視して冷徹な判断を下さなければならない。


『悪役になるなら、私がなろう』


バルカスの部屋までの移動中、ごくわずかな時間の間に、そうマンナは決意して遭難者たち観察を続けた。




バルカスの部屋に到着した六人。

パーティー『アサンの水源』の全員が集まり、どこか物々しい雰囲気を感じたバルカスは、念のため六人が部屋に入った段階で鍵をかけ、音消しの魔道具で声が漏れないよう準備した。


「おう……随分大人数で来たもんだな、何があった?」


部屋奥の執務椅子に深く座るバルカスに発言を許可された後、口火を切ったのはノアだった。


「ただいま戻りました!砦と私を救ってくれた腕利きをお連れしましたよ!」


バルカスは、ノアの突然の報告と、行方が分からなくなっていた遭難者たちがノアから紹介されていることに驚いた。

若干、ノアが興奮気味だったことも、少し違和感を覚えた。


「なんだぁ?お前らどうしてノアと一緒にいるんだ?……救ってくれたってどういうことだ?」


「言った通りの意味ですよ!ヨウイチが私をヒュージウルフから守ってくれたんです!魔石もここにありますよ!」


そう言ってノアは、バルカスにヒュージウルフの魔石を見せた。

ストラグルウルフと比べて二回り以上は大きい魔石を確認したバルカスは、まずは洋市よりもパーティーの他メンバーに事情を聞いた方がよいと判断した。


「ノアが言ってるってこたぁ……んまあ、本当なんだろうけどよ、ちょっといきなり過ぎて話が見えねえ」


バルカスはそういうと、ガッタ、セミーン、マンナそれぞれに視線を投げ、特によく反応したセミーンに話しかけた。


「セミーン、説明してくれるか?」


バルカスの問いかけに対し、セミーンは一度低く咳払いをしてから、持ち前の冷静なトーンで話し始めた。


「バルカスさん、俺とガッタは、森側の防衛線でストラグルウルフの群れに囲まれ、押し切られそうになっていた。その時、どこからともなく不可視の『風の刃』が飛んできて、次々と魔物どもを切り裂いたんだ」


「風の刃……風魔法か?」


「いや、俺も最初はノアの援護かと思ったんだが、発動のタイミングや威力のバラつきからして、魔法ではないと判断しました。おそらくスキル、それも、魔物やそれに類する者が使うものだと。しかも、完全に姿を隠したまま、俺たちを的確にサポートしていた」


セミーンはそこで言葉を区切り、視線を破れたパジャマ姿の洋市へと向けた。


「ついさっき、ノアがヒュージウルフから救われたという報告も、ノア本人から受けました。ヒュージウルフを真っ二つにするほどの凄まじい斬撃……俺たちを影から援護していたのも、あんたで間違いないな? ヨウイチ」


室内は一瞬、誰の息の音も聞こえなくなった。

全員の視線が集中する中、洋市は伏し目がちに、しかし内心では次の対応を冷静に考えていた。


『俺、うなずくだけでいいんじゃないか?苦しい言い訳を捻り出す手間を、全部セミーンさんが肩代わりしてくれた感じだ』


バルカスさんの目の前でなら、事情を話してもいいと伝えた手前、否定する理由もなかった。

洋市は首を縦に軽く振って肯定し、バルカスは信じられないというように目を見開いた。


「おいおい……寝間着の商人が、見えない刃を飛ばしてヒュージウルフを両断したってのか? そんな真似ができるのは、高位の魔術師か、それこそCランク相当の魔物くらいだぞ」


「それについては私が補足します」


ここで、たまらずといった様子でノアが一歩前に出た。


「彼は魔物じゃありません! 彼は……『魔王の呪い』を受けている人間種なんです!」


ノアの説明を聞いたバルカス、ガッタ、セミーン、マンナは一斉に驚き、無意識にガッタは腰の剣に手を当てて構えていた。


「ま、魔王の呪いだと……!?」


バルカスが椅子から腰を浮かせ、ガッタが息を呑む。

魔王という単語が放つ絶対的な絶望感は、この砦の歴戦の戦士たちにすら強い動揺を与えていた。


ここでマンナが、初めて口を開いた。

彼女は洋市を刺激しないよう、あくまで柔らかな、警戒を解かせるような声色を作った。


「ヨウイチさん、あなたがノア、セミーン、ガッタを助けてくれた恩人だということは分かっているつもりです。でも、魔王の呪いというのは聞き流せる話じゃありません。ノア、何か知ってるなら詳しい事情を話して」


マンナは、洋市自身がペラペラと自分のことを話さないのを見て、おそらく洋市自身も自分の身に何が起こっているのか分からないのではないかと推測した。

でなければ、わざわざ自分の問題、それも“魔王の呪い”という特級クラスのトラブルについてバルカスに共有しようとはしない、と。


そして、助けられたノア自体は、洋市を不審がるどころか、どこかいきいきと紹介したがっているように見える。

その意図が見えないため、まずは先に当事者から一通り話を聞いてから判断を下すべきだとマンナは考えた。


嘘を吐けば必ず見抜く。

静かに周囲にプレッシャーをかけ、マンナはノアと洋市の発言に集中しようとしていた。


ノアは、周囲の誤解を解くように話し始めた。


「大丈夫、この呪いはアンデッドやエルフ、魔人にかけられたものじゃないわ。狂暴化のリスクはゼロじゃないけど、あそこまで広範囲に影響をもたらすものではない」


「そう言える根拠は?」


バルカスが当然の質問をする。


「バルカスさん、現代で確認されている魔王の呪いの種類、ご存じですか?」


「んあ?3種類だろ?長命種とアンデッドと……ん、人間か!?」


「はい、ヨウイチは、世にも珍しい()()()の呪いの保有者なんです!」


「いや、ありえねえ!魔王がいなくなってから何百年経ったと思ってんだ!もし呪いの保有者だったとしてもとっくに死んでるか、知性を失った魔物になってるはずだ!」


「私もどうしてヨウイチが呪いを受けたのかについては分かりません。ただ、彼が人間でありながら魔物になれるのは事実なんです。それに、人間種の呪い保有者は、仮に魔物になっても無害であることが多い。神官の筆記試験のために読んだ調査報告書にも記載がありました」


ノアが確証を持って言えるのは、自らが過去に受験勉強で学んだ箇所だったからであった。

もちろん、実物を見るのはノアも初めてだったわけだが、洋市の丁寧な受け答えに加えて、人間にもゴブリンスカウトにもなれる柔軟性から、まだ人間味が失われていないとも判断した。


「……ここまで話しておいて悪いけど、ヨウイチ、あとはあなたから説明してくれる?どうしてそんな呪いを受けることになったのか。記憶が戻っている範囲でいいわ」


話を振られた洋市は、どう切り出すか迷っていた。


素直に地球、日本からやって来たことを話すべきか。

それとも、ある程度にごして話すべきか。


多分、この人たちは悪人ではない。

しかし、魔王の呪いとやらには非常に敏感だ。


言い方を間違えてしまうと、自分が牢屋、または外出できない施設で一生を終えてしまう可能性もある。

そうなれば亜希も日本に帰れなくなる。


混沌とした頭で声を発そうとする直前、亜希がさりげなく後ろについて、洋市に助け舟を出した。


「“()()()()()()()()()()()()()()()()”って言ってみてください」


「……森の中に答えがある気がするんです」


かつて日本のワイドショーをにぎわせた“()()()()()()”よろしく、亜希から聞いた文言を逐一伝える洋市であった。

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