第二十三話
「ええと、どういたしまして……こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ありません。私の言葉、通じますか?」
洋市は、いったん自分を落ち着かせ、フリーランスとして初対面のクライアントに向けた声を意識して発声した。
ゴブリンの喉から発せられたその声は、残念ながらプライバシーボイスのそれだったが、間違いなくこの世界の標準語としてノアの耳に届いた。
「えっ……! 喋った! やっぱり! ゴブリンスカウト程度の知能じゃ、そんな流暢に言葉は操れないわ。あなた、中身は人間ね!?」
ノアは目を輝かせ、ずいずいと洋市に歩み寄る。
「その胸の紋章……間違いないわ。文献でしか見たことがない、魔王の呪い! 人間を魔物の姿に作り変え、自我を奪い本物の魔物にするという最悪の呪い……。でも、あなたはこうして正気を保っている。もう人間種で生存者はいないはずなのに!奇跡よ! どんな術理なの? 年齢は? いつからその姿なの!?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問のシャワーを浴びながら、洋市の頭はフル回転していた。
『魔王の呪い? 人間を魔物に変える? ……あいつが魔王だったのか!?』
洋市は、秘境駅で遭遇したコスプレの二人のうち、顔色が悪い角を生やした男を思い出した。
自分が思ってもみない形で、この身体の秘密と、そもそもの元凶が分かったことになる。
だが、問題は自分が厳密には現状、すなわちなぜ人間の姿から変身できるのか、そのメカニズムを説明できないことだとも思った。
正体がバレてしまったことにより、下手な言い逃れは自分の立場を悪くするだけだと洋市は考えた。
「すみません、実は、私もどうして今のような状況になったのか、まったく説明ができないんです。正直なところ、道に迷ってこの砦に来たようなものでして……」
洋市は再び、嘘にならない範囲で自分の立場を説明した。
それを聞いたノアは、バツの悪そうな顔で洋市に謝った。
「あっ……こちらこそごめんなさい。そういえば最近遭難者が多いとかバルカスさんがおっしゃってたわね。あなたもその一人なの?でも、ゴブリンが砦に入ったなんて話は聞かないし」
これは実際に見てもらった方が早い。
そう思った洋市は、相手に敵意がないことを理解し、一時的に変身を解くことにした。
「こういうことなんです」
洋市は右手で紋章に触れ、元の塩顔人間に戻った。
それを見てノアは、その興奮をひた隠すように両手で顔を覆い、手で隠れた口元はニンマリしている。
『何この人!?ゴブリンから人間に戻れるって何それ?文献にも書いてなかったそんなこと!この人新種なの?ヌヘ新種の人間?ゴブリン?ヌヘ普段何食べてるの?そもそもこの人なんで寝間着なの?ヌヘヘ』
自分の知的好奇心が変態的領域まで振れ始めたノアは、高速で思考を回転させつつ洋市をガン見している。
その様子を洋市は不安に思ったが、ひょっとしたらこの状況に理解が追い付いていないのかもしれないと考え、事情を簡単に説明することにした。
「私はもう一人の仲間と一緒に、気がついたら森にいて、命からがら魔物から逃げて来たんです。それをバルカスさんにお伝えしたところ、お宿に泊めてもらえることになったんですが、オオカミたちの襲撃があったもので右往左往していた次第です。先ほどは、たまたまオオカミの隙をつけたので、倒すことができました」
説明を聞いたノアは正気を取り戻し、自分の変態性を脳みその端に置き、洋市をねぎらった。
「そ、そうだったの……ごめんなさい、無神経なことばかり聞いちゃって。あなた強いわね。助けてくれて本当にありがとう。とりあえず、自己紹介しましょうか。私はノア。Cクラスパーティ『アサンの水源』のリーダーよ。あなたは?」
「ヨウイチといいます。もう一人、仲間にアキ、という女性がいます」
いずれ合流した際に不審がられないよう、洋市は亜希の存在についても説明した。
また、ノアが苗字を名乗らなかったことから、名前だけを名乗ることにした。
「正直、聞きたいことばかりなんだけど、今は最低限、砦の仲間に事情を説明しなくちゃいけないから、それだけ協力して。何だったら、そのボロボロの服の替えも都合するわ。命の恩人だしね」
「ありがとうございます。助かります」
ひとまず話がまとまったところで、洋市たちのもとに走ってくる者がいた。
「洋市さん!」
カーゴパンツのポケットを、クズ魔石で膨らませた亜希が、戦い終わって話し込んでいる洋市たちのもとへ走ってきた。
「亜希さん、無事だったんですね!なぜ砦の外へ!?」
「ちょっと色々あって、魔石を探していました!洋市さんってあんなに強いんですか!?私、魔物とゴブリン姿で戦っているところ、初めてちゃんと見ました!メッチャカッコいい!」
亜希は、さながら物語の世界に迷い込んだ少女のような感想を洋市にぶつけてくる。
巨大オオカミを真っ二つにしたのだから無理もない話ではあるが、実際は40代底辺ブロガーだという自覚がある洋市にとって、向けられる目の輝きは眩しいものであった。
「相手に隙があったので、何とか倒せた感じです。ところで、どうして外へ?」
「魔石を集めてたんです!あのアプ……」
アプリ、と言いかけたところで、洋市の反対に立っている女性の存在に気付き、説明を止める。
どうしよう、と顔が少し青ざめたところで、ノアは亜希を気遣った。
「大丈夫よ、アキちゃんね。さっき説明は受けたわ。……あなたは言葉が分からないの?でもヨウイチは分かる、ってことは、あなた外国人なのヨウイチ?」
「まあ、そういうことになるのかもしれませんが、正直そうなのかどうかも……私は皆さんが話す言葉が分かります。彼女は分かりませんが」
ノアは少しだけ考えて、洋市に質問をする。
「えっと、その子とあなた、血はつながってないのよね?」
「はい、ですが、大切な家族のような存在です」
それを聞いたノアは、一人大きくうなずいた。
多分、この女の子は、戦闘前に倉庫にかくまわれる予定だった子だ。
森の様子がおかしいことに気付いて、バルカスさんに報告をあげたとき、チラッと話を聞いたような気がする。
今、一人でいるということは、おそらく周囲の様子が不安で、洋市を探して外に出てきたのだろう。
服が多少膨らんでいるのは、今後の生活のため、ウルフたちの魔石でも拾っていたのかもしれない。
そこまでノアは考え、アキにこの砦のルールを説明する必要があると判断した。
「ヨウイチ、もしあなたがアキに伝えられるなら伝えて欲しいんだけど、基本的に、この砦周辺で回収された魔石は、魔物を討伐した者を除いて砦のものになる。だから、道に落ちている魔石を拾って売ることはできず、砦側に回収されるの。そのポケットに入ってる魔石は、残念ながら売れないわ」
魔石?
洋市は、亜希のポケットが膨らんでいることには気づいていたが、それが魔石だとは知らなかった。
そこで、ノアから言われたことを説明するついでに、亜希に事情を聴いてみることにした。
「亜希さん、どうして魔石を集めていたんですか?今ならこのローブの女性も言葉が通じないので、こちらでうまくまとめますから、事情を説明してもらえませんか?」
亜希はそこで、自分がアルトヤ界観光ガイドを使わないと言語が分からない・伝わらないことを思い出し、洋市に説明を試みた。
「ええと……アプリにワープ機能?っていうか、魔石を集めると湖に飛べる、みたいなメッセージが送られてきたんです。それで、早く帰れるならその方がいいと思って、外にある魔石を拾ってたんです。でも、大きいのはなくなってて」
ワープ機能?
詳しく知りたいが、とりあえず洋市は亜希の動機を理解し、砦の事情から魔石が持ち帰れない、使えないだろうことを説明した。
亜希は残念に思いながらも、今の洋市ならちょっとした魔物くらい簡単に狩れそうだ、とも思った。
「そうなんですか……じゃあ、私たちで魔物を退治する必要があるってことですよね」
「そうなりますが、そういえば、あの巨大オオカミが魔石を持っているかもしれません。それを使えばワープ機能を使える可能性はありますか?」
亜希は洋市からの質問を受けて、もう一度メッセージの内容を思い出してみる。
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▶ ※注意事項:本機能の実行には「魔石(小20/中10/大1)」が必要です。
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「あっ、そういえば、大きい魔石なら1個で問題ないとか、そんな表示があった気がします!」
「なるほど、じゃあ、ちょっとこの方と相談してみます」
洋市は、ノアに相談して、魔石を譲ってもらえるようお願いすることにした。
「ご説明ありがとうございます。魔石のルールをまったく知らなかったので、拾った魔石は砦の方に届け出ます。それで、もしよろしければこちらのオオカミの魔石は、私がいただければありがたいのですが」
「大丈夫よ、それに、この事件を報告するとき、ヨウイチやアキの悪いようにはしないから。多分、倉庫にかくまわれてた子よね?作戦会議のときにチラッと聞いた気がする」
「そうだったんですか」
「あなたが心配だったのよ、きっと。大事にしなさいよ。仲間は失ってからじゃ遅いのよ」
ノアの言葉はどことなく実感がこもっており、洋市はこの人たちも仲間を喪う経験をして生きてきたのだろうと推測した。
洋市が言葉に詰まったのを見て、ノアは何となく照れ臭くなり、どこかよそよそしくも近しい距離にある二人に声をかけた。
「何にせよ、まずはこのデカブツから魔石を回収して、バルカスさんのところへ報告に行きましょう」
こうして、三人は連れ立って歩き出した。




