第二十二話
ノアがヒュージウルフの餌になりそうになる少し前、洋市は変わっていく自分の存在に疑問を抱きながらも、亜希をこれ以上待たせないようダッシュで砦に戻っていた。
マッピング機能を使い、自分が「死闘の森入口の砦」として覚えていた場所まで、点にまっすぐ向かうイメージで走り続ける。
やがて、砦が目視できたタイミングで【隠密】スキルを意識し、静かに素早く塀の陰に隠れようとする。
すると、門近くの塀で、何やら大きなモノが、何かを食べている影が見える。
『……あいつは!?』
近づくにつれて、洋市が忘れたくても忘れられない、恐ろしいオオカミの後ろ姿が見えた。
その傍には、二回り以上も小さなオオカミの成れの果てが横たわっている。
洋市は、頭を殴られたような衝撃とともに、宿敵に出会ったことにより戦慄した。
『……さすがに戦いたくない、森側の陰から側面の塀に移動して、遠回りだけど逆側の門から入ろう』
しかし、洋市がそう決断したタイミングで、生成色のローブを着た女性が門から出てきた。
華奢に見えるが、髪は赤毛に近い金髪で長く、その手には杖を持っている。
その女性は、オオカミの存在に気付くと、静かに後ずさりをした。
だが、洋市は同じ魔物としての直感からか、このままだと彼女は食べられると容易に想像できた。
瞬間、洋市は考える間もなく走り出した。
オオカミには勝てなくても、彼女を抱えて逃げることくらいはできるかもしれない。
そこでローブの女性は、オオカミの顔めがけて水を飛ばした。
魔法だ!
生まれて初めて見る魔法の発動に洋市は興奮したが、その水に当たらないよう移動したことで、結局女性を抱えることは難しくなった。
駄目か。
そう思ったとき、ふいに、亜希を助けに行ったときに聞こえた不思議な声が頭に響き、周囲の動きがスローモーションになった。
【カンジンナ トコロデ ヤクニ タタナイ ヤツダ】
……あ?
【オマエノ タタカイカタハ ニゲテ バカリ】
……なんだよ。
【ヨワムシノ イキカタ ダ】
……うるさい。
【カオダシ ハ イヤナンダ】
……何だ。
【ダレカニ カンショウ サレタクナイ】
……は?
【ダカラ ダレカノ シゴトヲ テツダウダケ】
……悪いかよ。
【ダカラ ケイヤクヲ キラレル】
……馬鹿にしてるのか?
【オマエラシサ ナンテ ナカッタ】
……うるせぇ!!
【テイヘン セイゼイ ガンバレヨ】
……っざけんじゃねえ!!!
何者かは、洋市がこれまでの仕事で抱いていたコンプレックスを、鋭利な爪でえぐるように言葉をぶつけてきた。
それで感じた怒りが、ステータスを一時的に上昇させたのか、洋市は巨大オオカミへの恐怖よりも、何かを破壊したいという衝動にかられた。
大蛇に変身することもなく、オオカミの背に乗り、両手の爪で扉を開くように身体を裂こうとする。
力ずくで毛皮と皮膚を裂いて肉が見えたところで、右手を上の切れ目、左手を舌の切れ目に入れ、洋市は上下にオオカミの身体をぶった切るイメージで、スキル【風刃】を発動させた!
「ぶち切れろ、クソが!!!」
その言葉を向けた先は、かつて自分を苦しめた魔物に対してだったのか。
それとも、自分の働き方をふがいないと馬鹿にした声に対してだったのか。
ともかく、この日洋市は、衝動に任せて凶悪な魔物を縦に真っ二つにするという、およそ人とは思えない戦い方を実現した。
上下の刃に切り裂かれたヒュージウルフは、飛び掛かる勢いそのままに縦にちぎれてローブの女性を避け、風刃は天地にぶつけられた。
そして、せっかくの上質なパジャマは、洋市の乱暴な動きによってボタンが全部飛んでしまった。
> 魔物【ヒュージウルフ】を討伐。
> レベルアップ:Lv.23 → Lv.26
> スキル【風刃】がLv.5にアップ
> スキル【身体強化】がLv.3にアップ
> 緊急クエスト【精霊に愛された者】の救出成功
>【人間味】 65 → 70 にアップ
> 持ち物【隠形】がスキルにクラスアップ
> スキル【隠密】が【隠形】に進化
> 勇気の欠片(小)+2を取得(11/15)
危うくヒュージウルフの餌になるところだったノアは、目の前で魔物が真っ二つになって自分を通り過ぎていくのを、呆然としながら見送った。
『えっ?……助かった、のかな』
自分が無事である理由を把握できていない状態のまま、血で汚れた自分の顔を水魔法で軽く洗うと、そこには人間と同じ背丈のゴブリンがいた。
『あ、ゴブリンスカウトかな、死んだわこれ』
一難去ってまた一難、ゴブリンの中でも比較的知能が高く、簡単な言語なら話せるというゴブリンスカウトの姿。
ご丁寧に服まで着ているところを見ると、殺した冒険者から奪ったのだろうか、などと冷静に推測しながら死を覚悟した。
だが、その胸に光る紋章を見たとき、ノアの頭に神官を目指していた頃の記憶がよみがえった。
『あれ…確か……えっ、“魔王の呪い”!ウソ!?』
初めて見るレアな呪いに、ノアは恐怖を通り越して強烈な興味に襲われた。
かつて、勇者が魔王と人類の存亡をかけて戦っていた時代、人類を味方につけるため魔王がかけたと言われている呪い。
魔王との戦いを経験し、その紋章を持つに至った者は、長寿種であるエルフや魔人などを中心に、現代のアルトヤ界にも一定数存在しているとされる。
魔王の呪いは、大きく分けて三つ確認されている。
人間をモンスターへと変貌させ、人間らしさを失わせる呪い。
エルフや魔人などを洗脳し、狂暴化させる呪い。
意図的に死者をよみがえらせ、凶悪なアンデッドにする呪い。
いずれも、胸などに紋章を刻み、特定の手順で人類に仇なすよう人格を変貌させる効果があるとされる。
しかし、現代においてはその呪いを完全に消せないまでも、緩和するメソッドが各国で共有されている。
年代的に、魔王に呪われた人間種は、もう生存していないはず。
それゆえ、ノアは“人間をモンスターへと変貌させる”紋章を持つ、洋市への興味が湧いたのであった。
『この時代にまだ人間の生存者がいたなんて!でもどうやって寿命を延ばしたの?それとも長寿種とのハーフだったりするの?こんな間近で呪いが見られるなんて!ヌヘ極まりない!貴重!』
怒りに任せてヒュージウルフ(巨大オオカミ)を倒した後、洋市の目の前には、自分の姿を見て恐れるどころか、ずっと胸を見て鼻息を荒くするローブの女性がいる。
何か声をかけたいが、紋章を見ているのか、ゴブリンの身体を見ているのか分からず、反応に困り呆然と立ち尽くしていた。
やがてノアは、辛抱たまらないという感じで、洋市の胸にある紋章に触れた。
「あっ」
とっさに洋市は吐息が漏れ、二人の間に何か悪いことが起こらないようにと、ノアから身体を離した。
そこでノアは、自分が冷静さを失っていることに気付く。
「ご、ごめんなさい!あまりにヌヘ……違う、貴重だった、うん?珍しかったもので!た、助けてくれてありがとう!」
かなり興奮した様子で話すローブの女性に戸惑いながらも、洋市はおそらく敵意はないのだろうと思い、コミュニケーションをとることにした。




