第二十一話
ガッタとセミーンは、砦の守備隊長であるバルカスが一息ついている部屋で、今回の防衛戦の顛末を報告している。
その内容について、バルカスは二つの意味で驚きながら聞いていた。
「……結局、誰がお前たちを助けたのかは分からずじまいか。んまあ、状況だけで見れば魔物同士の争いってのが分かりやすいが、意図的にお前たちを援護した可能性も否定できないと」
バルカスの考察をセミーンは肯定し、そこにガッタは自らの疑問をぶつけた。
「はい。手練れのスキル、という感じではなかったのですが、魔法かどうかというと違う気がします」
「何だセミーン、それってスキルかもしれないってことか?あれは俺は風魔法だと思うが」
「魔法にしては規則性がないように俺は感じた。現に、足を切ったときの刃と、オオカミの足止めをしていたときの刃は単体の強さが違っていた。ああいう、複数の発動時点における威力の意図的な使い分けは魔法にはできないはずだ」
「何だっけ……それ冒険者養成所で習った気がする。一つの火の玉は一つの火の玉でしかない、だったっけ?」
「確か『威力は詠唱に制限される』だな。その辺はノアが詳しいが、火の玉が強いとか多いとか、そういう使い分けは詠唱ありきだから、基本的にスキルみたいに自分の調整で手加減はできないはずだ」
セミーンは魔法が使えない適性であるが、かつては魔術師を志していたため、魔法については多少の知識を持っていた。
アルトヤ界において、魔法を使えるかどうかは当人の適性が大いに関係するが、まったく適性がない代わりに魔法の影響を受けにくい者もいる。
そのため、セミーンは武器にも魔法にも強い、盾役になることを選んだ。
ちなみに、ガッタは魔法の適性はあるものの、それを使いこなすための頭に自信がなく剣を選んだクチである。
二人のやり取りを聞きながら、バルカスは話をいったん締めることにした。
「んまあ、とにかく危機は乗り切った。さっきノアから報告も聞いたが死者はいないって話だ。ストラグルウルフの肉も不味くはないし、今日は回収した魔石がいくらになるか換算しつつ、勝利の飯を美味しくいただくとしよう!」
大きな戦いが終わった後、仲間と勝利を分かち合う儀式は、いつの時代、どこの世界でも同じようであった。
ノアは、砦の平野側の入口付近にある、傷病者を横たえ治療するための施設にいた。
彼女は魔力適性が平均的な人間の魔術師でありながら、火・水・風・土の四元素の魔法を使える、魔術師としては恵まれた適性を持つ。
その一方で、かつては神官になることを希望し、聖都で洗礼を受けるための試験に臨んだこともある。
そこで、光属性への適性がないことを理由に不合格となってからは、在野の魔術師として水属性の回復魔法に磨きをかけた。
その力でもって、ノアは多くのけが人を治療していた。
「ノアさん、あんた本当にすげえ人だよ!俺は色んな戦場を転々としたけど、元中位の神官って言ってた奴の治癒魔法より、バッチリ効いてる気がするぜ!」
「ふふ、それなら良かったです。ゆっくり休んでくださいね」
ノアが使用できる水属性には、減少した体力やケガの回復力を急激に高める“回復魔法”がある。
これに対して、光魔法の場合は“治癒魔法”となり、傷口をふさいだり解毒したり、欠損した部位を再生したりと、より根本的な治療ができる。
それぞれ、使い手の実力によって回復または治癒のスピードは異なり、腕の良さ、つまり魔法や詠唱に対する理解度の高さが変わる。
ただ、基本的に“詠唱した魔法以上”のことはできない。
ノアはそれを理解した上で、より一つひとつの魔法の効果を高めるため、詠唱をいじった。
あらかじめ二重掛け以上の効果を出せるようにしたり、発動時の魔力を節約したりできるよう、研鑽を重ねてきた。
加えて、発動の手間を減らすため、無詠唱魔法の勉強も独学で行った。
そのおかげで、一部の簡単な魔法については、無詠唱で発動できる。
ノアを知る者の中には『その美しい魂を精霊が愛したゆえに、神に愛されなかった』とさえ言う者もいる。
四元素は精霊の管轄、光属性は神の管轄、闇属性は死神の管轄、というのが、アルトヤ界で語り継がれる魔法のルーツだ。
できることの幅が広く、自分が挫折した経験もあって他者に対しても寛容な女性であったことから、いつしか周囲の尊敬を集める存在になっていた。
「さて、私も少し休まないとね」
負傷者の治療で魔力をほとんど使ってしまい、疲労困憊気味のノアは、長年の冒険者生活で無理することのリスクを十分に理解していた。
同じパーティーの仲間であるマンナとおしゃべりでもしようかと、比較的元気な人間が集まっている広場へ向かおうとすると、塀の外から物音が聞こえた。
『……まだ誰か外にいる?助けを呼んだ方がいいかしら』
そう思って、門前の見張りに声をかけようとするが、戦いの後処理でバタバタしていたせいか、門周辺から離れており忙しそうだ。
『邪魔しても悪いか、様子だけでも見ておこう』
最悪、数回は攻撃魔法も使えるだろうと、ノアはこれまでの実戦経験から判断した。
同時に、杖に仕込んだスピアをいつでも出せるようにしておく。
『あんまり、直接戦いたくはないけど……』
Cクラス冒険者パーティーのリーダーをやっているだけあって、ノアも一応近距離戦闘の訓練は積んでいる。
もちろん、プロに比べれば当然弱いので、ストラグルウルフとサシで戦って無傷というわけにはいかない。
最悪、何かあれば風魔法で音を鳴らせば、誰かが戦闘だと気付いて応援に来てくれるはず。
そう判断したノアは、一人門を抜け、物音がした場所へと移動を開始した。
しかし、この判断は、ノアが冒険者になって、おそらく初めての、疲労からくる油断であった。
「……あれぇ?意外と小さいなあ、この魔石」
勝利ムードで浮かれている人々の目をかいくぐり、何とか平野側の入口から外に出た亜希。
そこで、アルトヤ界観光ガイドで確認した、マップ内にある魔石を拾おうとしたところ、その大きさはことごとく小さかった。
亜希の誤算は、魔石が基本的にそこら辺に落ちている石だと勘違いしたこと。
ストラグルウルフの体内から獲れる魔石は、亜希が人目を避けて移動している最中、その多くを冒険者や防衛兵が飯の種として回収してしまっていた。
砦近辺で仕事をしている者は、最低でも冒険者で言えばDクラス以上の能力を持つため、ある程度倒した段階で戦闘をサポートする者が亡骸や魔石を回収する。
したがって、現在外にある魔石は、商品価値がないクズ石のようなものである。
それでも、数さえあればワープが発動すると信じて、亜希はチャック付ポケットに魔石を詰め込んでいく。
『結構拾ったから、一回どこかで数を数えてみようかな』
そう思い、門の前まで戻って来たとき、亜希はローブ姿の人物に襲い掛かる巨大オオカミの姿と、それを一瞬で片付けたパジャマ姿のゴブリンを目撃した。
『!!』
物音がする方へと足を運び、ノアは戦慄した。
そこには、戦士たちが回収しそこねたストラグルウルフの死骸を食べている、ヒュージウルフが陣取っていた。
ストラグルウルフは、屈強な存在たちが集まる死闘の森の中でも、比較的御しやすい種の魔物である。
縄張り意識があり、親玉の影響が強い中では、基本的に無遠慮に暴れることはない。
これに対してヒュージウルフは、単体でも戦況がひっくり返るほどの力を持つ、クラスBの実力を持つとされている。
かつて、洋市が自分の意思でアルトヤ界にワープしたとき、追いかけまわされたのがこの種であった。
『これは……一人では勝てない……応援を呼ばないと』
静かに、音を立てずに後ずさろうとするノア。
しかし、彼女は“身体を使う”ことについては決して得意ではない。
焦りからブーツが土をかむ音を、魔物の耳は聞き逃さなかった。
ゆっくりと、ヒュージウルフはノアの方へ振り向く。
『……やるしかないわね、“水の束”!』
ノアは、ヒュージウルフの目を狙い、水を細く圧縮して高速で発する魔法を発動した。
使い慣れた無詠唱の水魔法で、目を潰して逃げる算段だった。
しかし、オオカミは水勢に逆らうように額で水の束を受けながら突進してきた!
その速さに、ノアは杖からスピアを抜いて構えることもできず、目を見開いて死を覚悟した。
しかし、その目に見え、ノアを通りすぎたのは、真っ二つに切り裂かれて血を流しながら突進する、ヒュージウルフ“だったもの”だった。




