第二話
窓から差した目を焼くような朝日に、たまらず洋市は起き上がった。
「今日はずいぶん朝日がキツいな」
洋市が暮らす家の寝室の窓は東向きで、基本的に日の出が目覚まし代わりとなる。
夏場は4時台に目が覚めることも珍しくないのだが、秋冬の時期に強い朝日を感じることはそう多くなかった。
それだけに、陽光が目に強烈に焼き付くのは、違和感があった。
それに、どこか声がおかしく、プライバシー保護のため加工された音声のようだ。
『昨日は慣れないことをして疲れたんだろう』
そう思い直し、洗面台で顔を洗うことにした。
そして鏡の前に立ったとき、洋市は自分の目を疑った。
「……え……?」
まず、顔が緑色である。
目尻が吊り上がり、瞳孔は妙に小さく、三白眼、いや四白眼になっている。
鼻は少し高いが尖っていて、耳は三角形、というか先が立っている。
歯はどうか?
全体的にどこかギザギザしているというか、尖っているような気がする。
そして、そして!
髪の毛が……ない!
ないとはどういうことだ。
確かに最近は薄毛気味だったけれども!
いっそ坊主にしてしまおうか悩むくらいだったけれども!
でも一気に“ゼロ”ってのはおかしいじゃないか。
何だこれは?
どうしてこうなった?
鏡から目を離し、自分の服装を見てみる。
どうやらパジャマや下着はそのままのようだ。
手は?
やはり緑色で、どうにも爪が鋭くなっている気がする。
足は?
こちらも緑色で、手ほどではないが固そうな爪をしている。
「……こいつ、誰?」
洋市は素直な感想をつぶやいた。
当然である。
これまで40年以上人間として生きてきた男が、いきなり全身コスプレ状態で目覚めたのだ。
他人どころか、まったく人間に見えないルックスに、脳は徹底的に混乱していた。
体感で5~10分ほど呆然とした後、洋市は自分が何者になったのか調べようとしたが、どうすればよいか分からない。
「そうだ、俺の姿を写して、その写真を検索してみよう」
そう思ってスマホを持ってみたものの、爪が長いせいでフリック入力もおぼつかない。
何とか撮影に成功し検索すると、検索結果はAIに要約され、次のように表示された。
[こちらは異世界系コミックで登場する代表的な雑魚キャラ、**ゴブリン**のコスプレをした男性の画像ですね。細部までこだわるため、全身をビリジアンに塗りつぶし、爪や耳も付け爪・特殊メイクで仕上げています。非常に質の高いコスプレといえるでしょう。]
洋市は思い出した。
ゴブリン。
そうだ、そんなモンスターがいた、確か。
「いやそうじゃねえのよ」
問題は、今、現在、俺がそのモンスターになっていることだ。
どうしてそうなったのか、おそらく昨日の夢が原因だったとして、これをどうすればいい?
今月は10月だから、ハロウィンを理由にある程度はやり過ごせるかもしれない。
にしても、今日は2日。
あまりにも時期尚早。
混乱した頭で、洋市はとりあえず考え続けた。
「とりあえず今は対面の仕事はないからいいとして、この状況を何とかしないと。いや、そもそもこれを記事にしたら絶対バズるよな」
どうやら、思ったよりも自分はポジティブな性格をしていたようだ。
「とりあえずSNSに自分の姿をアップするか、タイトルは……毎日ゴブリン生活とか?」
そう思いながら将来を想像すると、やはりこのままでいるのは非現実的だということに気付いた。
「……いや、日常生活に絶対支障をきたすだろこれは。警察にマークされるだろうし、最悪拉致されてサーカスで働くことになるかも……」
正直に事態を説明したところで、誰も納得してくれないのは目に見えていた。
とりあえず、何とかしてこの変身を解かなければならない。
驚きから少しずつ冷静になってくると、何となく家の中が明るすぎるように感じてきた。
ゴブリンについて洋市は詳しく知らなかったが、そういえば洞窟で暮らしている種もいたはずだと、頭の片隅にある知識を総動員して考えた。
「道理で目が焼け付くように眩しいわけだ。」
状況はまったくつかめていないが、とりあえずこの身体をどうにかしなければ、日常生活も困難になるだろう。
そのためには、もう一度あの秘境駅にあった“揺らぎ”を探してみるしかない。
「……せっかくなら、目立たない夜に行ってみようか」
おそらく、終電に乗ってアクセスしなければならず、あの“揺らぎ”が見つからなければ誰もいない駅で一夜を過ごすことになる。
しかし、こんな姿をしている奴を熊も襲わないだろう。
そんな風に、楽観的に洋市が考えていると、隣の部屋から物音がする。
どこか剣呑とした物音が。
ネタを探すブロガーとしての本能なのか、はたまたゴブリンになって耳聡くなったのか、洋市は壁に尖った耳をつけてみた。
『………もうやめ……ださい!私は………と別れたんです!近づかないでください!』
『……に何言って……。………分からせないと………な。お前が俺の……を害する……』
洋市はケンカだと理解できた。
それも、彼氏側がDVをしているクソのタイプで、彼女はこのままだと殺されるかもしれない。
──関わるな、今の俺はこんな姿で、かえって問題になるかもしれない──
そう息を殺しながら、警察に電話すべきか考えていると、瞬間、頭の中に声が響いた。
【ソレガ オマエニハ オニアイダ】
……は?
【オマエハ モウ ダレニモ ヒツヨウト サレナイ】
……何だ?
【オマエ カラ ミンナ ハナレル】
……何だと?
【オマエノ コトニ ダレモ キョウミナンカ モテナイ】
……誰だ?
【オマエニハ ソノスガタガ オニアイダ】
……どういうことだ?
【オマエハ ダレカラモ アイサレナイ】
……なぜだ?
【オマエノ シゴトハ ダレカラモ ヒョウカサレナイ】
……どうしてそう言える!?
【オマエハ フツウノ シゴトガ デキナイ】
……うるさい!!
【オマエハ イツカ ナニモカモ ウバワレル】
……お前に何が分かる!!
【オンナヒトリ タスケラレナイ】
……ふざけやがって!!
【テイヘン ダナ】
洋市は、頭の中から聞こえてくる言葉が誰のものなのか分からなかった。
しかし、日に日に落ち込む収入と、孤独の中でもがく日常が、自分にそのような声を聞かせたのだと思った。
「……やってやる、やってやるぞ。化け物の姿だからこそ、誰かを助けられることもあるかもしれない。後のことなんで知るか!」
このとき、洋市は気付かなかった。
普段の自分なら、絶対にそんな無茶な考えなど起こさなかったことに。




