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☆第二章本編完結済/【ゴブリンマン】~魔王にゴブリンにされた40代フリーランスは、人を救うたび人間に戻る~  作者: 広瀬
第三章 ゴブリンマン『ビジネス』編

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第百四十話 街の片隅、ひとつの救い

「……マスター。実は私、人を殺したことがあるんです」




 マスターと亜希のやり取りを黙って聞いていた洋市は、二人の間にある認識のギャップを埋める必要があると判断した。

 人生に対して感じている理不尽と、それに対する行動が違い過ぎるからであった。


 亜希はそもそも、亜希のあずかり知らぬところで進んだ物事によって、命の危機にさらされた。

 ミナと殺し合いをしなければならなかったのは、運命の糸の綻びと言われればそれまでである。


 加えて、元カレにも殺されかけるという不運の連鎖が、彼女に「まずは自分が幸せにならなければならない」という思いを抱かせるのも無理はない。

 そして、誰かに自分の幸せを奪われるのが「許せない」と感じることも、自然な反応だと洋市は感じている。


 一方、マスターは七十年という長い歴史の中で、過去に悔いるほどの過ちを犯している。

 その上に成り立った幸せだからこそ、瓦解するのは致し方ない、という諦めが生まれている部分は否めない。


 そこまでシビアに判断した上で、洋市はエッジの効いたトピックを選んだ。

 果たして、暴力の重みを知る者として、マスターは洋市の言葉に耳を傾けた。


「実質的には正当防衛……ではありました。しかし、自分が生き残るために、同じ人間の命を奪ったことは事実です」


 黒鉄のマチェットの重み。

 刃が肉を切り、骨に当たる感触。

 そのすべてを洋市は覚えていた。


「……彼女がいなかったら、私は人間を辞めていたかもしれません」


 洋市はいったん呼吸を整え、隣で涙の跡を拭う亜希に目を遣ってから、再びマスターの方を向く。

 そして、人生の曲がり角を迎えようとしている四十代の視点で、今を振り返る。


「罪を背負うことは、必ずしも不幸に甘んじることを義務付けないと、私は思います」


 少々難解な言い回しに首を傾げる亜希。

 マスターは、洋市から目を逸らさず、無言で続きを促す。


「先代のマスターが、死への渇望を抱えながらもあなたを『喫茶店のマスター』として育て上げたのは……果たして人生を失った者への“贖罪だけ”だったんでしょうか」


 洋市の問いかけには、誰も答えない。

 洋市は語り続ける。




「生き残った人間がするべき『精算』とは、永遠の自罰ではないと私は考えます。犯した罪による人生への影響を加味し、周囲からの非難糾弾を受け入れながら、他者の役に立つこと……それだけではないでしょうか」




 40歳という“不惑”の歳を過ぎ、社会の理不尽を自分なりにいなすほかなかった、一人のしがないフリーランス。

 理屈っぽく、しかしながら感情が込められた言葉。


 亜希の心の叫びと洋市の言葉は、確実にマスターの心を揺らしている。


「それに!」


 亜希が、洋市の言葉を引き継ぐように身を乗り出す。


「奥さんだって、全部分かった上で一緒になったんだから、もう共犯ですよ! マスターの美味しいサンドイッチを、もっとたくさんの人に食べさせてあげるだけで、もう十分……じゃないですか」


 マスターは、驚きの表情で亜希を見る。

 文字通り『はっ』としたような表情だった。


「息子さんがどんな方だったのか、私は分かりません。でも、今もマスターの心に残るくらい、素敵な人なんだな、っていうのは伝わります!」


 亜希は再び感情がこみ上げて、声が詰まる。

 涙声で、マスターの心の奥底に届けとばかりに、言葉を振り絞る。




「私が死んじゃったとして、お母さんが泣いてばかりいたら、私は嫌です!」




 マスターの肩が大きく揺れた。




『おとーさん、コーヒーってにがいね、ぼくきらい』


『なんで悪いことした奴を殴ったらダメなの? リョウくんいじめられてたからホンダ殴っただけなのに』


『俺思うんだけど、メシ食ってるときって、人間は基本的に他のことできないんだよな』


『まいったよ、また新人辞めちゃった。あの料理長ホントクソだわ。今度の休み月末だってさ、悪いな、手伝い行けなくて』


『親父、俺、アイツ殴らなかったよ。殴ったら、もう親父のカレー食えないもんな』




「浩紀……お前は……いつだって……僕の……」


 右手で両目を押さえ、時々咳き込みながら、ドレスシャツと黒ベストを震わせるマスター。

 洋市と亜希もまた、その目に浮かぶ涙を止めることができなかった。

次回の更新は、10/22(木) 11時、または21時頃を予定しております。

それよりも早く更新できる場合は、別途「活動報告」にてお知らせします。


いつも応援ありがとうございます。

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