第百三十六話 難しい品探し
──現代日本、須田市、洋市の部屋。
ワープスポット“パキラ”を経由して、無事自宅に戻ってきた洋市は、亜希とともにシャワーも浴びずリサーチに勤しんでいた。
洋市はパソコン、亜希はスマホで須田市にあるアンティークショップ、ガーデニングショップをチェックしていく。
「……輸入骨董品屋が数件ありますが、ここなら妖精の置物が見つかるかもしれませんね」
「ガーデニングショップはもっとありますよ!」
須田市の主幹産業の一つに農業があるため、ガーデニングショップが多いのは頷けた洋市だったが、人口30万人都市に複数のアンティークショップがあることに驚きを隠せない。
「よくもまあ、こんな地方都市で骨董品なんか取り扱うことにしたもんだ」
決して多くの顧客が見込めるわけではない、蒐集家を相手にした商売を、地方都市で行うモチベーションはどこから来るのか、洋市は取材したい気持ちにかられた。
「えっ!? これ前に見たやつ! あーこれもカワイイ!」
亜希はガーデニングショップの公式サイトや画像検索、AIによる概要説明などから、取扱商品のデザインを見て萌えている。
情報収集を続けること三十分。
さすがに重い腰を上げようと、洋市が車の鍵を机の引き出しから取り出す。
「亜希さん、まずは気になるお店を見て回りましょう。多分、ノアさんはできる限り早めに見つけて欲しいはずなので」
亜希はノアのすまなそうな笑顔を思い出した。
「そうですね……じゃあちょっと着替えてきますね」
ネルシャツ、カーゴパンツの上に軽鎧を身に付けている亜希は、荷物を持って隣の部屋に移動した。
『俺も着替えないとな』
女子とショッピングするのにジャージはないだろうと、洋市は普段あまり穿かないジーンズに、シワの少ないグレーのワークシャツを合わせることにした。
「お待たせしましたー」
異世界での緊張が拭えない時間と違い、現代日本での亜希は、信頼できるパートナーのそばで気を抜いていた。
外出時の普段着に近い、クロムグリーンのスウェットにオリーブのプリーツスカートを合わせ、スニーカーは白でまとめている。
ボブカットの髪は少し伸びており、それにワックスで動きをつけたことで、同じ20代の交際相手ならドキッとする姿に仕上がっている。
「なんか、こういうお出かけも久しぶりですね!」
亜希も多少は異性として洋市を意識しているため、少々気合いを入れていた。
しかし、当の洋市の男心は、ボディガードを請け負っている状況が継続していることもあり、まったくざわめいていなかった。
「眩しく見えますね。素敵です」
端的に、しかし率直にコーディネートを褒められた亜希は、リンゴのように顔を赤くしてしまった。
「あ、あははは、も、もう、洋市さん、はは、行きましょうか!」
「そうですね、行きましょう」
二人は、洋市の運転する軽自動車で、当てをつけたお店を回ることにした。
JRの駅がある須田市の中心地・須栄町。
ガード下外れに立ち並ぶ商店街の奥に、アンティークショップ『フェアリーライト』があった。
洋市は安直に「妖精」を意味するフェアリーという単語が表記されているお店を選び、置物を探すことにしたのだった。
ひし形の小窓がついた古めかしい木の戸を開けると、そこには所狭しとヨーロッパ・アンティークらしい食器や小物、家具などが並んでいた。
店長は、いかにも西部劇が好きそうないで立ちで、白いエプロンにワンピーススカートを合わせた細身の店主だった。
期待感が高いと判断した洋市は、さっそく事情を説明する。
「すみません。妖精の姿の置物を探しているのですが……」
店主はピンポイントのリクエストに少しきょとん、とした様子だったが、すぐに営業用の笑顔を見せて商品を紹介する。
「妖精……ですと、19世紀、ヴィクトリア朝の頃のアイテムや、それを模したデザインのものがございます。ご覧になってください」
決して広くないスペースからいったん外に出て、裏手の倉庫を案内してもらうと、そこにはたくさんの妖精をモチーフにしたオブジェが並んでいた。
長い年月を重ねていることもあり、独特のくすみや緑青が見られるものの、可愛らしい子供に羽が生えた姿は魅力的である。
『……ないな』
『……違うよなあ……』
しかし、洋市と亜希が探しているのは「大人の女性」のデザインである。
一方で、アンジェからは『姿かたちにはこだわらない』とも聞いていたため、洋市はそれぞれの品のバックボーンについて聞くことにした。
「ありがとうございます。どれも可愛らしくて魅力的だと思うのですが、差し支えなければこれはどういった経緯で……?」
「ええ! こちらに並んでいる品々は、19世紀のヴィクトリア朝イギリスにおいて、産業革命による目覚ましい経済的・科学的進歩の裏で巻き起こったフェアリー・ブームに由来して作られたものなんです……」
その後も、歴史背景や一つひとつの作品についての説明を聞くが、どうにもしっくりこない。
『……多分、アンジェさんが言っていたのは、作り手の思い入れじゃ……ないよな』
亜希も、洋市と似たような感想を持つ。
『そもそもコレクションしていた人が売りに出したってことは、別に想いも何もないんじゃないかなあ』
強い思い入れから品物を購入した。
あるいは、飾り続ける中で愛着が湧いた。
そのような品こそ、アンジェに相応しいのではないか。
二人は、頭に浮かべた言葉こそ違えど、ほぼ同じ結論に達していた。
もう一つ。
洋市にはどうしても納得できない部分があった。
『年季が違うとはいえ、せいぜい10数センチの高さの置物が“十万円”というのは、頷けないな』
アンティークは青天井。
少なからずそう思っている洋市にとっても、この金額の高さは許せるものではなかった。
結局、二人は丁寧にお礼を述べた後、今度は品数豊富そうなガーデニングショップへと向かった。
「あ! ありましたよ洋市さん! ……って、あれ?」
屋外の展示品を駐車場から眺めた亜希は、思わぬ光景に愕然とした。
ネットの画像検索や公式サイトで見たとき、綺麗にレイアウトされていた洋風のガーデンオブジェたち。
しかし、実物はパレットの上に無造作に直置きされていたり、完全に雨ざらしになっていたりする跡が見られた。
泥がはねた犬の置物や、苔が生えてしまった縁石、台座が少し欠けたアニメのキャラクターなど、到底商品として魅力を感じるものではなかった。
「……結局、屋外で使うことを想定してるから、実用品扱いなんでしょうね」
言葉が出ない亜希に代わって、洋市は冷静に状況を分析する。
農業が盛んな須田市においては、確かにガーデニング用品の需要は高い。
実際、田舎を車で走れば、玄関前や庭にたくさんのオブジェを飾っている農家もちらほら見かける。
しかし、その芸術的価値、または思い入れのほどは分からない。
美術館に飾られている彫刻のように、一つひとつがどこまで大切に扱われるかは、結局のところ持ち主の考え方次第である。
泥にまみれ、大量生産品として雑に扱われている品々からは、とても何者かの純粋な想い・エネルギーなど感じられなかった。
結局、市内にある数軒の店を回ってみたものの、二人の条件に合う品はまったく見つからなかったのである。
「……骨董品選びって、難しい、ですね……」
「ガーデニングショップも……なかなか見ると聞くとでは大違い……」
この時点で、すでに出発から2時間ほどが経過し、太陽は南から西の方角へと移動しつつあった。
慣れない品探し、理想と現実のギャップ、異なる世界の往復。
疲労が溜まった二人の腹の虫が、ほぼ同時に小さく鳴った。
次回の更新は、10/11(日) 11時、または21時頃を予定しております。
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