第百三十五話 信仰と託宣
もう何度も通っている、命の泉からワープスポットまでの帰り道、洋市におぶられながら亜希はお土産のことを考えていた。
「塩辛いものはポテトチップスでいいと思うけど……ハンスルにも何か似たような食べ物があったらガッカリするかな……甘いものはアズミヤのあんころ餅か、グリムちゃんのミルクチョコレートか……あー迷う!」
心の声がダダ漏れになっているのを洋市はスルーしつつ、超高速で駆け抜けながら自分でも案を練る。
『ガッタさんとセミーンさんはお酒を飲むのだろうか……それならタラかま、チーかま、珍味系がイケるのかもしれない。甘いものでアルトヤ界の食文化的に受け入れやすいものは……ラスクやドーナツだろうか』
本筋の品物を探す前に、身内のお土産を考えてしまうのは、日本人の性なのかもしれなかった。
スキル【隠形】で姿を消した二人は、もはや周囲の魔物や動物を置き去りにして、再び大きな枯れ木、ワープスポット“パキラ”の下へ辿り着いた。
『ここが“出入口”なのね』
『!!??』
唐突に洋市の頭の中に響いた、優しくも凛々しい女性の声。
命の泉の祠近くで聞いた声とは、完全に異質なものだった。
洋市の背中から感じる鼓動や身体の震えから、何か問題が発生したと直感する亜希。
「な、何かあったんですか!? 洋市さん!」
何かあった。
一瞬、背筋を冷たいものが通り過ぎる。
しかし、一呼吸してから空気を読むと、どうやらプレッシャーは感じない。
洋市は気持ちを切り替えて、亜希に状況を伝える。
「どなたかが私に話しかけています。今からコミュニケーションをとるので、背中から下りたら、そのまま私から離れずに待っていてください」
そう言うと、洋市は亜希を背中から下ろし、周囲に敵がいないのを確認する。
念のため、亜希に自分の魔力を使って結界を張るよう指示しようとすると、再び頭の中に声が響く。
『大丈夫。視てるから。そのまま少しお話しましょうか』
洋市は、不可視の存在に向かって念を飛ばす。
自分の直感を混ぜ込みながら。
『間違っていたらすみません。あなたは“アンジェ”さんですか?』
『うん、そうよ。さっきジルファに起こしてもらったの』
『“起きる”というのは、意識が戻ったということですか?』
『ああそんな感じ。あなたたちから通じ合えない世界で、ずっと長く眠っていたの』
『今回、お声がけいただいたのは?』
『色々と事情を聞いて、まずは私から直接ありがとうを言いたくてね。ありがとう』
『ど……どう致しまして……と言えばいいのかどうか、私は私が生きるために、必要に応じて動いたに過ぎませんから』
『うん。そうみたいね。でも、あなたたちのおかげで森が昔の姿に戻るなら、それは私も嬉しいから』
『それならよかった。ところで、これから依代となるものを探しに行くのですが、何かリクエストというか、希望はありますか?』
『姿かたちは別になんでもいいわ。ただ、邪気や瘴気に染まったものは受け付けないから、純粋な想いやエネルギーが詰まっているものがいいわね』
洋市は、アニマートでフィギュアを購入した自分の選択を後悔した。
しかし、アンジェはまるでそれを察したようにフォローする。
『大丈夫。アサンとかジルファはまた“別物”だからね。信者数っていうの? あなたの国だと。それがたくさんいるから、ポーションの空瓶でも祈れば依代になるのよ。でも妖精はそもそも信仰の対象じゃない。だから私的には使ってて“気持ちのいい”依代がいいかな』
そんなことを言われても、簡単に見つかるものではない。
一瞬、洋市の頭にそんなボヤキが浮かぶが、今は念話中だと気持ちを切り替える。
しかし、アンジェの話を聞いて、洋市はそもそも依代を安置することに疑問を抱く。
『依代を祠に安置したら、面倒なことになりませんか?』
『どんな?』
『祠には信仰者が少なからず集まります。そこで同じように信仰されたとして、気分が悪くなりませんか?』
『悪い念じゃないなら別にいいかな。それはこっちで結界を勝手に張るから大丈夫。加護だって気に入った人にだけ与える感じだから。いつも私はそう』
『そうですか、安心しました』
『うん、安心して。ところでこの木、枯れかけてるね。依代使えるようになったら何とかするから』
洋市にも異世界のパキラが枯れ始めていることには気付いていたが、ワープに影響するとなると放置はできないと、ありがたくお願いする。
『ありがとうございます。ワープできなくなったらどうしようかと不安ではありました』
『うん。何とかする。じゃ、よろしくね』
アンジェの最後の言葉のあと、周囲の空気はどこかのんびりとした余韻を残して、元の状態に戻った。
亜希も同様に空気の変化を感じ、洋市に確認をとる。
「ええと、会話、終わったんですか?」
「はい。今回は依代のリクエストを承りました。ちょっと探すのに骨が折れるかもしれませんね」
そう言って、洋市はアンジェの希望を伝える。
「……うーん、純粋な想い、エネルギー……アンティークショップなら見つかるかなあ」
「場合によっては、人から譲り受けることも検討した方がいいでしょうね」
純粋な想い、エネルギーが詰まったオブジェとは、果たしてどのようなものだろうか。
洋市と亜希は、それぞれに期待に応えそうな品をイメージしながら、現代日本へとワープした。
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洋市と亜希がアンジェと遭遇していた頃。
死闘の森の砦・応接室では、バルカスと、口髭を蓄えた隻眼の男とその部下らしき男二名がソファに座っている。
ノア、セミーン、マンナ、ガッタの四名は扉側に立ち、洋市と亜希の所在について(濁して)報告したところ、隻眼の男から詰問されていた。
「もう一度聞く、どういうことかね?」
「はい、命の泉祠にて日々の行に勤しんでいたところ、ヨウイチ、アキの二名で新たな眷属の形代となる品を探すよう精託を受け、パーティーリーダーとして捜索を命じました」
隻眼の男はノアの言葉を鼻で笑う。
「君が巫女であり、優秀な冒険者であることは認める。しかしだ、そんな突拍子もない精託が、これから講習を受けなければならない者に事を任せる内容というのは滑稽ではないか」
ノアは涼しげな目のまま、トーンを崩さず反論する。
「託宣は時に人類の常識を飛び越えます。ヨウイチ、アキ両名に任せろという指示があれば、それに従わざるを得ません。託宣を疑った後の悲劇の例は枚挙にいとまがございません」
隻眼の男は、ソファに身体を投げ出し、目を鋭くしてノアに問う。
「例えばどんな?」
「分かりやすい例であれば『無名の時代』があげられます。私見ですが、私は創成の女神の託宣を王家が疑ったことが、そもそもの悲劇の発端と考えます」
「再生の男神には正義がないと?」
「そうではありません。信仰は信仰として、託宣は託宣として、それぞれの解釈を違えぬことが最善の道であったと」
「託宣とは? 具体的に」
「神都に伝わる『天の御定めに、地の理を交えることなかれ』という箴言は、端的に託宣の本質を突いています。我々は目の前のことを処理するには自力に頼ります。それゆえに視座はどうしても低くなりがちです」
「当時の王家は解釈を誤った、そういう意味で捉えてよいのかな?」
ノアは揚げ足取りに少し苛立ったが、目の前の相手が王家関係者であることを踏まえ、努めて丁寧に言い換える。
「解釈の問題ではなく、そもそも人類の認知能力に限界がある、という意味で申し上げております。人類の叡智において正しいことが、神々の箱庭において最適解とは限らない、そういう意味合いで申し上げております」
「……ほう」
隻眼の男は、わずかな怒りを瞳孔に湛えたが、一応の納得を示すように頷く。
部下の一人に耳打ちした後、変更後の予定について確認する。
「では、まずそのヨウイチ、アキ両名が戻るまで、いったん有料講習改善委員会の動きは止まると。期限は未定になるわけだが、その間は君たちがAクラス冒険者として講師を務める、ということでいいのかな?」
ノアは作り笑いを見せながら、洋市、亜希の能力ならさほど時間はかからないと判断し、逆に提案を行う。
「それでもまったく構いませんが、上手くいけばさほど時間はかからないと思います。その間、せっかくですから、実際に祠をご覧になりませんか?」
さらに少しだけ口角を上げたノアを横目で見ながら、マンナはノアが悪いことを考えていると気付き、心の中で苦笑いした。
次回の更新は、10/9(金) 11時、または21時頃を予定しております。
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