第百三十二話 ゴブリンマンと熱狂のチアイベント
「ゴーブリンマン、ゴーブリンマン、ゴーブリンマン!!」
水曜日の夜。
明日には異世界で有料講習を受ける予定の中、洋市は亜希と店長に頼み込まれた。
ガールズバー『Cheers!』はハロウィンに行われる一大イベントを控えており、その前哨戦として、再びゴブリンの姿でじゃんけん大会に参加することとなった。
かつて、亜希に説得されてCheers! に出勤した後、洋市は客と飲み放題無料の権利をかけたじゃんけんを行った。
そのイベントは強烈なゴブリンマン人気を巻き起こし、平日の夜における最高売上を更新した。
本日のイベントでも、合計30名が入れる店内は満員御礼。
フードメニューやドリンクメニューの中には、すでに在庫がゼロになってしまったものもある。
『……何だか、変なところで盛り上がるようになっちゃったな……』
洋市は、店長のSNS捌きに感嘆するとともに、今は自分の仕事をきちんとこなせるよう集中する。
「ではいきまーす、ジャン、ケン、ポン!!」
勝った者は歓声を上げ、負けた者は全力で悔しがる。
最終的に、洋市とじゃんけんを続けて勝った三名は、今日の飲み代が無料になる。
しかし、今回はそれだけでなく、勝った三人がじゃんけんをする。
褒賞は「チアガールによる全力応援」とのことだが、洋市には何をするのか正直よく分からない。
勝ち残った男性二人、女性一人が数回あいこを繰り返し、最終的に勝利したのは女性だった。
すると、亜希以外の本日出勤のキャスト4名が、女性の周りを取り囲む。
亜希がマイクを握り、とびきりの笑顔で女性客に問いかける。
「じゃんけん大会優勝、おめでとうございます! お姉さん、お名前は?」
「えっ、あ、ヒロミ……です」
「ヒロミさんですね! それでは、見事勝ち残ったヒロミさんの明日のハッピーを祈って、私たちCheers! キャストから全力の『チア』をプレゼントしまーす!」
亜希の掛け声とともに、店内のBGMがアップテンポなチアリーディング曲に切り替わる。
キャストたちはいつ用意したのか、金色のキラキラしたポンポンを取り出し、両手に装着した。
引き続き亜希が音頭をとり、ホイッスルを「ピーッ!」と吹き鳴らす。
「いっきまーす! スリー、ツー、ワン!」
ポンポンをリズミカルに振りながら、キャスト4名が息の合ったステップを踏む。
「レッツゴー! ヒロミ! ユー・アー・ナンバーワン!」
「C・H・E・E・R・S! チアーズ!!」
キャストたちが腕をアルファベットの形に曲げて文字を作り、一斉にジャンプする。
「フレッ、フレッ、ヒロミ! ガンバッ、ガンバッ、ヒロミ!」
「こーいもしごとも(こーいもしごとも)、GO! FOR! WIN!」
まるでホストの『コール』のような、いやちょっと違うような、チアガールたちのコールに洋市の耳は釘付けだ。
周囲はその勢いにやや押され気味で、どうノレばよいのか困惑しているが、当のヒロミと呼ばれている女性は徐々にテンションが上がっている様子だ。
「最後にみんなで〜、スマイル!! イェーーイ!!」
狭い店内という、限られた空間を活かした効率的なフォーメーション移動。
そして、アメリカンダイナー風のコンセプトにぴったりな、日本人には恥ずかしくも元気いっぱいのコール。
突然の全力応援の中心で戸惑っていたヒロミは、最初は恥ずかしさから両手で顔を覆っていた。
しかし、このイベントを知る常連客の手拍子や「イェーーイ!!」という合いの手が入ると、だんだん笑顔で状況を受け入れ始める。
最後は、ヒロミ自身もキャストに促されて一緒に「イェーーイ!」と右手を高く突き上げ、店内は拍手喝采と歓声に包まれた。
『……こういう笑顔の作り方もあるんだな……』
ゴブリンの姿でカウンターの上を片付けながら、狂騒の輪から少し離れて様子を見ていた洋市は、夜の街の存在意義を改めて理解した。
時に、人は本気で笑顔になるために、心の箍を外さなければならない。
その背中を押してくれるのが、夜の街なのだ。
場の空気を一瞬で掌握し、非日常空間と活力を提供するスキルは、果たしてアルトヤ界ではどのようなスキルに分類されるのだろうか。
そんなことを考えながら、洋市は異世界の魔法のような魅力とは違う、現代のエンターテイメントに魅せられていた。
須田市中心部、須栄町のすぐ近くに、居酒屋、スナック、風俗店などが軒を連ねる区画がある。
その区画には「ソシアルビル須栄」という年季の入った看板が刻印された建物がある。
Cheers!はその四階、かつては魔王の刺客・ミナがチーママとして働いていたラウンジの一角を、現在のオーナーが借り上げて作ったガールズバーだ。
本店は首都圏にあり、須田市は4店舗目にあたるが、ゴブリンマンのおかげで今もっともホットな店舗として注目を浴びている。
営業時間終了後、Cheers! のキャストと店長、そして“ゴブリンマン”こと洋市は、イベントの無事終了を祝って打ち上げを行っていた。
「「「「「イベント成功を祝って、カンパーイ!!!」」」」」
個室内のメンバー全員が、生ビールの入ったジョッキを片手に乾杯する。
今回、洋市はタクシーで移動することになっているが、実際にはスキル【隠形】と【身体強化】によって、徒歩(爆走)で亜希をおぶりながら自宅に帰る予定である。
久しぶりにビールを飲み干し、サプリメントでは得られない、心の栄養を摂取する。
爽やかな喉越しを楽しんでいると、喧騒が始まる前の一瞬、アナウンスを聞いた。
> 毒「アルコール」を吸収
> 毒魔法リストに「アルコール」が追加
『とうとう須田でも日常的にスキルを覚えるようになったか』
洋市はこれまで、毒を吸収するにあたり、基本的には異世界でしか毒が獲得できないものと考えていた。
というのも、大好きなコーヒーに含まれる「カフェイン」も、厳密には毒だろうと踏んでいたからである。
実際には、コーヒーを飲んでも特段反応がなかったため、基本的にスキルは異世界、もしくは異世界に関連するイベントを経て進化するものと思っていた。
ところが今回、異世界と特段ゆかりのない人々とビールを飲んでいたのに、アルコールを「毒」だと身体が判定している。
『やっぱり俺、酒には大して強くなかったんだな』
これまでの経験上、自分が毒だと自覚したものは、ゴブリン特効でない限り生成・解毒できる。
この点を鑑み、洋市は今後アルコールで酔うことはないのだろうかと、少々の寂しさを覚える。
そんなセンチメンタルな気持ちを意に介さず、周囲にはキャストたちの遠慮のない快活な笑い声が響き渡っている。
「今日も大盛り上がりだったねヨウイチさん! やっぱり客のテンションが違うわ」
そう話すのは、黒髪のロングヘアが妙齢の魅力を感じさせるアヤ。
「アキちゃんも上手くなったよね、マイクパフォーマンス! 入店したばっかの頃とは大違いだよ!」
亜希の先輩兼親友のエミは、亜希が成長していることを素直に喜んだ。
その他、毛先だけがピンクに染まっている鼻筋の通った女性・マキ、ミディアムショートの高身長女性・ユナも、まるで自分のことのように喜ぶ。
洋市はその態度に好感を抱きつつも、なぜこのお店ではキャスト同士が協力し合う雰囲気が作られているのか疑問に思う。
「亜希さん……言いたくなければ全然スルーでいいんですけど、どうしてこのお店の皆さんはこんなに仲がいいんですか?」
亜希は唐突な洋市の質問に首をかしげるが、質問の意図を理解したエミが答える。
「それはみんないい人だから……って言ったら、信じます?」
「それならそれで理解できます。ただ、何というか、夜の街はもう少しピリピリしていると勝手に思っていました」
あー、と声をあげたのはマキだった。
「キャバとかラウンジはまた雰囲気がねー、髪型も一応NGあるし。ここはベースがチアガールだし、解釈が本場より緩いから、アタシもこんな色にしてるの、アハハハ!」
マキに続いて、エミが店長に了解を取ろうとする。
「店長、ヨウイチさんにお店のこと、話してもいいですか?」
店長は大きく頷いた。
「うん、もうお給料支払わないとダメなレベルまで協力してもらってるから、いいよ」
今日の働きで給料がもらえるのか!?
報酬が発生すると聞いて、わずかにテンションが上がる洋市。
しかし、実際に報酬がもらえるかどうかは定かではない。
洋市の期待をよそに、エミがお店のシステムについて簡単に説明する。
「えっと、お店では時給のほかに、ワンドリンクごとにバックが10%つくんですよ。それがキャスト指名なら20%。で、誰かのワンドリンクをサポートしても、バックが10%つくんです。あとフードはメイン・サポート両方とも15%ですね」
急に夜の街の歩合・報酬体系について説明され、すぐには頭が追いつかない洋市。
亜希がエミの説明の要点をつかみ解説する。
「普通のお店って、あくまでも自分にドリンクが入ったり、指名が入ったりするときにバックが入るんですよ。でも、ここはサポートメンバーにもバックが入る仕組みになってるから、みんな協力し合うんです」
なるほど、と洋市は手を打った。
誰かがドリンクをおごってもらい、そのドリンクを作るだけでも報酬が発生するなら、みんな売上に協力し合う。
店長が補足を入れる。
「最初、自分も入社してからシステムの説明を受けたときは、それで経営が成立するのか心配になりましたよ。でも、そもそも少数精鋭で回してるし、キャストも定期的に研修入ってもらってるから、採用面でのコストが結構抑えられてるんです」
採用か!
洋市は再び手を打った。
全国ネットの求人サイト・エージェントサービスを使えば、月に数十万円以上にものぼるといわれる採用コスト。
そこを抑えられるのであれば、地方都市においては大きな強みになる。
納得した様子の洋市を見て、店長が続ける。
「チアガールをコンセプトにしているのも大きいんですよ。アメリカみたいに本場だと、かなりの訓練をしないとチアリーダーになれないですよね?でも、日本ではいい意味で知名度が低いから、コスチューム・コンセプトの一環として捉えられやすい。他のお店ではガチのダンサーも副業として働いてますよ」
黒髪の妙齢美女、アヤも話に乗っかる。
「ここだけの話、Cheers! は緩い空気だから、年齢ごまかしやすいのもいいんだよね。ちゃんと化粧して身体鍛えてれば、生涯現役も夢じゃないから」
キャストたちが大笑いする中、ふーむ、と真顔になり洋市は考え込んでしまった。
高齢のチアリーダーが活躍しているという記事を、どこかで読んだことがあったからだ。
志が高いガールズバーなのかもしれないと、洋市は「旬」に囚われていた自分の認識を改めた。
同時に、自身の将来にも目を向ける。
『俺もまた、生涯現役のために何ができるのか、この経験をターニングポイントにしよう』
ゴブリンの顔で自らの将来を真剣に考えていると、次第に周囲の喧騒が収まり始め、やがて気分を害したのかと心配になったユナが声をかける。
「あの……何か……気に障るようなこと……」
洋市は場の空気を察し、首を大きく振って返答する。
「いえ、すみません! 皆さんが頑張っている姿を見ているうちに、色々と将来のことを考えてしまって……」
ゴブリンが明日の行方を憂うミスマッチに、場には緊張と緩和が生まれ、キャストたちは大爆笑した。
「そりゃそうだ! あれですよね、大っきい仕事パーになったんですもんね!アキちゃん絡みで!」
「せっかくコスプレ上手いのにもったいない!」
「いざとなったらCheers! でバーテンでもやればいいじゃん!」
「SNSで投稿したらいいじゃないですか! 何か“ゴブリンマンの日常”とか、そんな感じで!」
キャストそれぞれが、洋市の未来についてノリで案を出す中、洋市は現時点において日本で目立つのが得策なのか判断がつかなかった。
『異世界がらみで億の金があるだなんて……とても言えないな』
亜希もまた、場の空気に溶け込みながら、洋市と似たようなことを考えている。
『あれだけお金があるのに、真面目に将来を考えてるのが洋市さんらしいよなあ』
笑う人々の中で、笑いの中に一抹の不安を覚える二人。
宴の後、彼らは再び、異世界へ舞い戻るのだ。
【登場人物紹介】
●エミ
亜希より4~5歳ほど上の、活発なツインテールの童顔女子。
遠目から見ても近目から見ても少女に見えるが、亜希以上に修羅場を潜った経験がある。
●アヤ
黒髪の妙齢美女で、ロングヘアが魅力的。
Cheers! で働く前は、有名ラウンジで勤めていたが、足の引っ張り合いが嫌になり転職している。
●マキ
奇抜な色の髪に染めることが多い、自由人風のキャスト。
水商売はアルバイトで一通り経験し、その後Cheers! で本腰を入れている。
●ユナ
身長180cm弱の高身長キャスト。
ミディアムショートでスポーティーな印象だが、実はスポーツに真剣に取り組んだ経験はない。
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次回の更新は、10/2(金) 21時頃を予定しております。
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