第百三十一話 嬉しいお誘い
「いやーごめんねいきなり、ちょっと報告と確認がてら、アキちゃんとお喋りしようと思ってさー」
亜希がスマホの着信ボタンを押すと、ノアの映像と音声が画面を通じて届く。
現代日本に戻って間もない状況で連絡が来たことから、急を要する連絡と洋市は覚悟を決める。
「……そちらで何かあったんですね?」
洋市のやや深刻そうなトーンをノアが慌てて否定する。
「いや、全然悪い話じゃないのさ。むしろいい話だからちょっと相談をね」
「いい話?」
亜希がやや前のめりになると、ノアはイタズラっ子のような微笑みを見せる。
「ほら、例のクラスアップ者で集まるセレモニーがあったでしょ?あれ、ヨウイチとアキちゃんは正式に参加しない方向で決まったのね」
洋市は安堵の表情を浮かべるが、次にノアが発した一言に困惑する。
「でー、その代わりといっては何だけど、ルーハンさんからお願いがあるんだってさ」
「お願い? ですか?」
新人の自分たちに何の指名があるのかと、戸惑いを隠せない洋市。
その一方、亜希は興味津々といったようにスマホの画面を覗き込む。
「まー、考え方によっては全然難しくない依頼でもあるし、難しくもある、のかな?」
ややまどろっこしいノアの言い回しに、洋市は結論を急ぎたくなったが、刺々しい印象を与えないよう柔らかく質問する。
「……つまるところ、どういった依頼になるのでしょうか?」
ノアは洋市の困惑を察し、今度こそ端的にルーハンの依頼を伝える。
「覚えてるかな? 冒険者ギルドには新人冒険者が受けられる『有料講習』があるって話」
洋市と亜希は顔を見合わせる。
「覚えててくれたみたいだね。で、その講習の指導要領なんだけど、これから魔王戦を想定して刷新することになったんだ」
亜希は戸惑いつつも、自分の予想を口に出す。
「えっと……その新しいプログラムを私たちが受講する、ってことですか?」
ノアは首を素早く二度縦に振った。
「そうそう! でねー、本来なら有料なんだけど、今回は試験的導入ってこともあって、一部の講座は無料で受けられるんだ」
亜希の顔がぱあっと明るくなる。
その一方、洋市は講師にきちんと報酬が支払われるのか不安になる。
「その、無料になるのは大変有難いのですが、講師の方に給料は支払われるんですか?」
自分のメリットではなく、講師のメリットを気にする優しさを見せる洋市に、ノアは感心した様子で首をかしげる。
「へぇー、ヨウイチは講師側の立場を考える人なんだね。そっちの世界でやってたことあるの?」
「まあ、近いことは」
「私も詳しいことはよく分かんないんだけどさ。報酬はギルドから出てるはずだよ。でないと誰もタダ働きなんかやんないでしょ?」
洋市は、冒険者ギルドで働く職員、または雇われ講師の権利が守られていることに安堵し、わずかに表情を緩める。
その一方、かつてサービス残業が当たり前だった時代、そのことに疑問を抱かなかった自分は異常だったのかもしれないと思い直す。
『アルトヤ界でも、自分の権利はきちんと主張しないとダメだな。いくらハイクラスとはいえ、騙す奴は絶対に寄ってくるはずだ』
ノアと洋市のやり取りを聞く中、亜希は先に自分の判断を表明した。
「私はやりたいです! もともと洋市さんと二人で『片っ端から受けたい』って言ってたくらいですから!」
これに対して洋市はいったん躊躇した。
ルーハンの食えない笑顔が頭に思い浮かんだからだ。
『基本的には、こちら側にとって有利な提案だと思う。しかし、預かり昇格者となってからすぐさま、飛びつきやすい要件を提示するということは……裏があるのか?』
戸惑いながらも、洋市はいったんは亜希の意見に同意することにした。
「……私たちは、レゾルグ王国や冒険者ギルド、引いてはそちらの世界について知らないことが多すぎます。ですから、こういった機会は大事にしたいと思っています」
スマホの画面の中に映るノアは、太陽のように眩しい笑顔を見せて、洋市と亜希に感謝を伝える。
「ありがとー、助かるわー。こういう依頼受けるのは、なかなかウチらだと難しくってさ。」
洋市は自然とノアを気遣う。
「ただでさえ、お祈りとかで忙しそうですもんね」
しかし、ノアから返ってきたのは意外な理由だった。
「……こういうことを、これから受講する当人に言うのも何だけどさ、ウチのパーティーが受講すると講師が気を遣うんだよね。私たち、色々とやっちゃってるから」
そう言って舌をペロッと出すノア。
洋市は、アサンの水源というパーティーが、多方面で功績を挙げたり事件に巻き込まれたりしていたのを思い出した。
「……要するに、有名人ってことですか」
「ただでさえそうなのに、今回クラスアップしちゃったから、変な話、私たちって講師にならないとおかしいクラスなわけさ。でもそんな柄じゃないし。ヨウイチたちは逆にさ、ちょうどいい立場っていうか、いい機会っていうか」
「そうですね」
突然、ノアは何かを思い出したように声を上げる。
「あっ! それでお祈りの件なんだけど、多分そのうち泉の祠は完全にアサン様の管轄になるって。そしたら砦の兵士がお祈りする形でも問題ないみたい」
亜希がノアのお祈りの苦労を労う。
「お疲れ様でした! これでまた本格的に冒険者として活動できるんですね!」
ノアは、どこか戸惑いがちに頷いた。
「まあ……ね。ただAクラスになっちゃったから、逆に自由に依頼は選びにくくなるかも」
洋市は、ライターとして独立してから実力をつけていった後、自身の文字単価が上がるにつれて、Web上にあふれる安価な公開依頼が受けにくくなった現実を思い出した。
「自分のレベルが上がると、相対的にレベルの高い依頼を受ける必要性が生じてくるんですね」
「うん、まあ、そんなとこかな」
ノアはちらりと空を見た。
異世界の空は夕暮れ時である。
「ごめんね、話し込んじゃった。じゃあルーハンさんには参加の意向、伝えとくから。もちろん、そっちの世界のスケジュールは組み込んでるから安心して」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
「うん! アキちゃんも元気でね!」
「はーい、ありがとうございますー!」
スマホに映ったノアの顔は消え、画面には『通話終了』と表示された。
亜希は願ったり叶ったり、といった様子で洋市に笑顔を見せる。
「やりましたね! 有料だと思ってたものが無料になるなんて! これも神様のオボシメシってやつですかね?」
「まあ……今はそう考えておきましょうか」
「?」
洋市の慎重な回答を聞いて、首をかしげる亜希。
しかし、洋市は過去の経験から知っていた。
タダより怖いものはない、という格言が、まさに現実に存在することを。
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「まあ、ヨウイチもそばにいるよね」
つい先ほどまで洋市たちと話すために使っていた、魔法で出現させた水鏡を消し、ノアはぽつりと呟く。
「……ヨウイチ、多分勘付いたかな。だからアキちゃんだけに話した後で事後報告的に済ませたかったんだけど。やっぱズルだよね、それは」
元来、小狡いことが嫌いなノアにとって精一杯の策略だった。
しかし、ノアは心のどこかで洋市を騙さずに済んだことに安堵していた。
「ルーハンさんには口止めされたけど、講義ごとにギルド幹部や冒険者の『参観』があるって、やっぱり言っておいた方が良かったのかなあ……」
空は次第に闇を帯び始め、美しい夕日は山の向こうに消えていこうとしている。
ノアはふう、と息を吐いた後、命の泉に建てた祠のそばにいる他メンバーと合流した。
次回の更新は、9/27(日) 11時頃を予定しています。
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