第百三十話 お金の使い方
本来であれば、9/25(金)に公開する予定であったところ、誤って9/23(水)に更新してしまいました。
申し訳ありません。
別話を9/25(金) 21時頃に公開いたします。
現代日本の地方都市・須田市から、ひょんなことからアルトヤ界という異世界・死闘の森へワープした洋市は、DVに悩んでいた隣人のガールズバーキャスト・亜希を異世界へ連れ出した。
二人は望む・望まざるにかかわらず、異世界でのサバイバルや戦闘を経験するが、その一方で生涯忘れ得ぬ出会いも得られた。
新進気鋭の冒険者パーティー『アサンの水源』と協力し、凶悪な魔物・魔王の刺客を討伐するほか、水の精霊アサンの眷属・ジルファとの繋がりを得た。
洋市たちが訪れた当初、死の臭いに満ち満ちていた森は、いつの間にか平穏を取り戻しつつあった。
森の中に生まれた新ダンジョンも、かつて死闘を繰り広げた面影はなく、現在は管理されたダンジョンとして多くの冒険者が訪れている。
そして今、ワープポイント『パキラ』を経由して洋市の部屋に戻ってきた洋市・亜希の二人。
緑色の肌と鋭い眼光を持つゴブリン姿の洋市と、少し頬が痩せたガールズバーキャストの亜希は、直面している非現実的な現実を受け止めながら、今後の動きについて話し合っていた。
「……洋市さん、お金、どうしましょうか……」
亜希は、自身のギルドカードに刻み込まれた、途方もない金額に頭を抱える。
「……宝くじを当てたいと思ったことはありますが、いざ当たってみると、使い道に困るもんですね……」
洋市もまた、亜希とさほど変わらない金額が刻印されているカードを見て、思考停止気味に目をうつろにする。
「とりあえず、というか、まずは悪手だけ想定しましょうか。絶対にやってはいけないことを考えましょう」
「そうですね……まずは無駄遣いですけどさっそく韓国に行きたいとか思ってて怖いですごめんなさいすいません」
亜希の頭の中では、韓国グルメやエステ、チムジルバンなど、かつて旅行サイトでチェックした情報がイメージとなり、煌びやかに浮かんでは消えている。
洋市は、そんな亜希の様子に理解を示すように微笑む。
「しょうがないですよ。私だっていろんな妄想が頭を駆け巡ってもおかしくない。今は頭が馬鹿になってますけど」
亜希ははっ、としたように、頭に浮かんだ一般的な男の欲望にブレーキをかけようとする。
「あの! もしキャバクラとか行くつもりならCheers! に来てください! エミちゃんとかに伝えとけばメッチャ盛り上げてくれる……」
「いや私そんなにお酒飲めないので。あと夜の街はどちらかというと苦手なんです」
40代という年齢のこともあり、洋市は亜希に自分の嗜好を告白するのが若干恥ずかしかった。
いい大人になって、夜の街の楽しみ方を知らないというのは、自分なりにコンプレックスに感じていたのだった。
しかし、亜希はむしろ好感を前面に出し、洋市をフォローする。
「全然いいじゃないですか!? 男がみんなガールズバーに行くわけじゃないんですから! 洋市さんはそのままでいてください」
亜希は素直な気持ちを言葉にしたに過ぎないが、洋市は気を遣われたような気がして、少し申し訳なさが先立った。
とはいえ、いい大人がそれを態度に出すべきでもないと考え、洋市は咳ばらいをして手元のマグカップを右手で持ち、ブラックコーヒーを一口分、喉に流し込んだ。
「……できれば整形でもして、ゴブリンから人間に戻りたいところですが……さて、冗談はさておき、いったん話を『絶対にやってはいけない悪手』に戻しますか」
亜希は洋市のジョークに微動だにせず表情を引き締め、コクリと頷く。
「洋市さんは何が悪手だと?」
「『急激な生活水準の変化』でしょうね。そもそも、日本で百万、千万、億というお金を急に使い始めるのは、分かりやすくリスキーです。金額によっては税務署から目を付けられますし、亜希さんの身の回りからも不審に思われます」
まるで税務署が親の仇であるかのように話す洋市だが、亜希はいま一つ税務署に対するイメージが湧いておらず、共感できずにいた。
「すみません、私、税務署がどういう場所なのか、詳しく分かっていなくて……」
「分からない方が賢明です。しかし、税務署という組織は、儲かった人間に対して厳しいものです。だからこそ、普段はきちんと一般人らしく生活することが大切なんです」
そう言うと、洋市は分かりやすい例を挙げる。
「あくまでも例えばですよ? 亜希さんが須栄町のタワマンに引っ越したとします。そして私が高級車で職場まで送迎をするようになったとします。お店で働いている人はどう思うでしょうね?」
須栄町とは、須田市における一等地であり、駅前にはタワマンや大型デパートなどが揃っている地域。
住宅手当がもらえるような、首都圏の転勤族が暮らす地域として、地元民からは認知されている。
「そりゃあ怪しまれますよ。二人とも同じアパート暮らしだし、職場のみんなは絶対知ってるし……」
「税務署だって同じです。金の臭いをさせた生活をしている人間は、金の臭いを漁る人種からロックオンされるんです。だからこそ、アルトヤ界で稼いだお金は、無計画に日本円に両替すべきではありません」
熱心に語る洋市の言葉に引き込まれる亜希だったが、それでも旅行やレジャーへの魅力には抗いがたいようで、気が付けば身を乗り出して洋市に提案していた。
「じゃ、じゃあ、日本でどういうことに使うのは問題ないのか、ルールを決めませんか?」
洋市は亜希の提案に頷き、亜希の目を真っ直ぐに見つめる。
「そうですね。具体的な金額の上限も決めるべきでしょう」
こうして、洋市と亜希は、それぞれの良心に基づいて、1ヶ月あたりの使用額・条件をまとめた。
【洋市】
○利用上限額:300万円
○利用可能用途:グルメ、旅行、競馬、仕事関係
○1イベントあたりの利用額上限:50万円まで
【亜希】
○利用可能額:500万円
○利用可能用途:エステ、ボディケア、グルメ、旅行、飲み会
○1イベントあたりの利用額上限:100万円まで
それぞれが使用額・条件をメモ紙に書いて見せあうと、洋市と亜希の意見が割れた。
「……亜希さん、多くないですか? これだとすぐに使い込んで無一文ですよ」
「洋市さんこそ……仕事やグルメはいいとして、競馬って何ですか? ギャンブルは破滅の入口ですよ」
「安心してください。競馬は一口100円から賭けられる健全なギャンブルです。仕事上の雑談で話題にもなりますし……私は亜希さんのエステ、ボディケアが気になります。美容のコストは青天井ですから注意が……」
「いやいやいや! 女子にはエステとかスパとか、マッサージでしか得られない栄養っていうのがあって……」
「アルトヤ界なら『精霊水』があるじゃないですか? それを使えば亜希さんの美しさは十分保てるんじゃないですか?」
「洋市さんそんな口説こうとしたって……え? 本当ですか? って違う!とにかく、夜の街で働き続けるにはそれくらいのコストをかけたって別にいいと思います! 洋市さんは競馬を絶対見直してください」
「うーん、別に毎週競馬場に行くわけじゃないんですけどね。今ならスマホで簡単に馬券が購入できて……」
「もっとダメじゃないですか!! 私と一緒に行動するなら、競馬は控えてください! せめて競馬場だけで馬券を買うようにしてください!」
二人の意見は割れ、喧々諤々の議論を三十分ほど続けた後、条件は以下の通り落ち着いた。
【洋市】
○利用上限額:100万円
○利用可能用途:グルメ、旅行、競馬(スマホNG)、仕事関係
○1イベントあたりの利用額上限:30万円まで
【亜希】
○利用可能額:100万円
○利用可能用途:エステ(1ヶ月1回まで)、ボディケア(1ヶ月2回まで)、グルメ、旅行、飲み会
○1イベントあたりの利用額上限:50万円まで
「……こんな感じでいいですかね?」
亜希が最終確認のつもりで、やや枯れた声を出す。
「……そうですね。このあたりが妥協点でしょう」
洋市もまた、うなだれながら亜希に答える。
「月100万円の利用額、かつ1回あたりの利用額を最大50万円に抑えれば、なんとか誤魔化せる上限に落ち着くでしょう。もっとも、これでも十分心臓に悪い金額ですが。それと、アプリ経由で引き出したお金は別口座に移さないようにしましょう」
亜希はホッとしたように微笑むと、ふう、と一呼吸置いた後で、次の議題を持ちかける。
「アルトヤ界での行動ですけど、結局どうします? ギルド長さん? から、クラスアップした人向けのパーティーに出るよう言われてましたけど……」
洋市は首を横に振った。
「ノアさんたちとも事前に検討しましたが、正直なところ、私たちはセレモニーには参加すべきではないと考えています」
ノアやバルカス、トゥイの寂しげな表情が頭をよぎり、亜希はぐっと目元に力を込めた。
「でも……やっぱり、それだと事前の約束とは……」
洋市は顔色を変えず、亜希に淡々と返答する。
「私も出たいのは山々ですが、現時点ではレゾルグ王国・冒険者ギルドの基礎知識があまりにもなさすぎる。そのような状態で要人と接触すると、思わぬところで足をすくわれかねない。例えば情報漏洩」
「情報漏洩……私たちが異世界人だってバレちゃうってことですか?」
「すでにバレているといえばバレているのですが、バルカスさんたち一部の人間を除けば、基本的には異国の民という認識にとどまっています。少なくとも、内務省や魔法省といった省庁が大きく動くほどではない」
ここで亜希は、自分たちの素性が割れたとき、自分たちがどうなるのかについて想像を始める。
「……やっぱり、レゾルグ王国から出られなくなっちゃうのかな……」
洋市は一度頷いた後、右上に目をやりながら、亜希の疑問に推測を返す。
「可能性は十分あります。少なくとも、自国で囲い込むための何らかの干渉はあると見るべきです」
洋市から論理的に理由を説明されたものの、やはりノアたちに対する申し訳なさは拭えずにいる。
「……分かりました。でも、やっぱりノアさんたちに申し訳ないかも……」
「それを踏まえて、対案は用意しています」
洋市は亜希の目を見据え、アルトヤ界での新たな行動方針を伝える。
「ギルド長のルーハンさんにも伝える予定ですが、私たちは『預かり昇格者』であることを謙虚な姿勢で貫き、冒険者ギルドの有料講座を片っ端から受けるのが妥当だと思います」
亜希は目を見開き、そんなものがあったな、と顔に書いたかのように驚く。
「そうだ! せっかくお金があるんだったら、今のうちに目一杯勉強しておいた方がいいですね!」
まんざら勉強が嫌いでもなさそうな亜希の態度に、洋市は『若いのにしっかりしてるな』と思いつつ、亜希の発言に同意する。
「知識は身を助けます。特に、私たちがよく知らない地域での活動においては」
亜希は専門学校に通っていた頃を思い出し、懐かしさからか笑顔がこみ上げてくるようだ。
「こう見えても私、須田ビジ専をトップで卒業してるんです! アプリ経由で講義を録画して、後で早回しで復習すれば、きっと効率よく勉強できますよ!」
須田ビジ専とは『須田市ビジネス専門学校』の略で、公立かつ入学試験が難しいことで知られている。
意外に堅実なキャリアを積んでいることに洋市は驚いた。
「そんないいとこ出てるなら、いくらでも就職先はあったんじゃないですか?」
亜希は怒りをあらわにするように吐き捨てる。
「全っ然! 私経理志望だったんですけど、経験者じゃないと須田には正職員の募集がないんです! 首都圏に引っ越すお金もないし、だから非正規で働いてたんですけど、そんなに給与も高くないし……」
それでガールズバーでバイトするようになったんです、と亜希。
いつしか、そこが亜希の新しい職場になったことに、洋市は人間の適性はなかなか自分では分からないものだと痛感する。
「人間、どこでどう転ぶか、立ち上がるのか、本当に分からないものですね」
しみじみとする洋市に、亜希は笑顔を見せる。
「いいんです、そのおかげで洋市さんやノアさんたちに出会えたから! おまけにとんでもない金額……」
思わず再び、宝くじに当たったかのような高額が記載されているギルドカードを見て、現実に引き戻される亜希。
「ゆっくり慣れていきましょう。私も少しずつ現実を受け入れるつもりです」
不安そうな顔をする亜希に、作り笑いにしか見えない笑顔を見せる洋市であった。
ふと、机の上のスマホが震えた。
画面を点灯させると、『アルトヤ界観光ガイド』の通知画面に『ノアさん』からの着信が表示されていた。
☆人物紹介☆
ルーハン・ルーローサン
現ハンスル冒険者ギルド長。
レゾルグ王国から遠く離れた東国の出身。
かつては警備隊で騎馬部隊を率いていたが、自由な生活とダンジョン探索に憧れて冒険者に。
現役を退いてから冒険者ギルド職員になった後、東国とレゾルグ王国との要人顔繋ぎに成功。
ハンスルに赴任してからは商業ギルドと連携して素材のスピーディーな流通経路を確保するため、タフな交渉を何度も経て案件を取りまとめた。
ハンスルを死闘の森周辺の大都市にまで成長させた立役者の一人だが、大っぴらに目立つ行動は避けており、その功績と比較して知名度は低い存在。




