エピローグ③
洋市と亜希が、ハンスルの冒険者ギルドでのやり取りを思い出している間に、長い挨拶は終わっていたようだ。
その後、命の泉での表彰セレモニーはつつがなく終了し、一行は砦の宿屋に泊まることになった。
今回は、一番の功労者である洋市たち六名に、もっとも大きな部屋が割り当てられた。
日本で見られる宿とは違う変わったレイアウトで、入口から見てベッドが左右に三台ずつ並んでおり、そのうち二つが窓際に配置されている。
部屋の中央には丸いテーブルがあり、そこには茶葉とポット、人数分のカップが置いてある。
過去に洋市と亜希が泊まった部屋に比べると、格段に豪華なインテリア・アメニティである。
「ま、このくらいは砦の責任者として、きちんと用意させてもらいますよ」
妙に慇懃な言い回しで、一番良い部屋をあてがったと言わんばかりのバルカスに、一同は感謝しつつも笑いが生まれる。
「バルカスさん、そんな気の回し方も知ってたんだな」
ガッタが裏表なく正直な感想を述べると、バルカスは苦笑する。
「俺を何だと思ってんだ。これでも来賓に丁寧に接する術は心得てるわ」
バルカスの言い回しに洋市が興味を抱く。
「やはり高官ともなれば、接待の教練というか、勉強をする機会も?」
「教練って……変なところに興味を持つんだな。まあ別に大したことはしねえぞ?最低限のこの国のもてなし方や、各国の軍隊共通の礼儀みたいなもんを頭に入れるだけだ」
洋市は、地球における自衛隊や各国の軍隊が学ぶ内容を連想したが、バルカスの言い方からそれよりは砕けたマナーなのかもしれないと思った。
その一方で、亜希はその”来賓”たちがどこに泊まるのか疑問に思う。
「そういえば、セレモニーにいた、ええと……お偉いさん……はどちらに?」
バルカスは少しだけ眉をひそめ、レゾルグ王国の事情を亜希に解説する。
「統括や直属の兵士、それから内務省の連中や来賓は、砦の外に天幕を張ってる。魔物除けの鉱石……マハタイトを室内に飾ってるから、魔物は寄ってこねえし、広いスペースに自分たちの家具や調理器具なんかを配置できるから、砦に泊まるよりは疲れねえ」
スケールの大きさに、目を皿のようにして驚く亜希。
まるでモンゴル帝国の時代のような発想に、洋市は王国の幹部たちに勢いを感じる。
「……幹部が泊まるような環境ではない、ということですか……」
洋市の発言を聞いて、慌ててバルカスが誤解を解く。
「そういうことじゃねえんだ。何つーか、兵士たるもの常に戦場にいるつもりで動け、ってことなんだよ。ヴォルフ統括はその辺、特に頭が固い人なんだ。だからどんな街に行っても、基本的に街中には泊まらねえんだ。市民に迷惑かけるからってな」
話を聞いていたノアが、少し神妙な表情でバルカスの話に補足を入れる。
「内務省の職員や来賓の場合は、そもそも抱えている情報の漏洩を防ぐ目的もあるんだよ。だから部隊とは別に天幕を設けるケースは珍しくないの。少数なら宿に泊まることもあるけど、今回は来賓も旧貴族家とかギルド関係者がいるから、冒険者に聞かせたくない話もあるんじゃない?」
一通りの説明を聞いて、ようやく洋市は納得した。
「ありがとうございます。レゾルグ王国がよく統率されていることが分かったように思います」
バルカスはふう、と軽く息を吐いた後、気の抜けた笑顔で現実を語る。
「あくまでも辺境開拓軍、あとは今回のセレモニーに関する話だけだ。他のとこはよく分かんねえ。外部だからな」
セミーンもバルカスに同調し、洋市に忠告する。
「ダンジョンであった話、覚えてるだろ? 一皮むけば何やってるか分かんねえぞ。特に暗部はな。どの国にも言えることだけど、お偉いさんとは距離を保つべきだ」
マンナがバルカスの心を案じてフォローに入る。
「そこまで露骨に言わなくていいでしょ。ま、どの国も良いところと悪いところがあるってだけよ。ヨウイチさんの国だってそうでしょ?」
洋市はマンナに話を振られ、Web上でよく見られる陰謀論を思い出した。
「表には出てこない何者かが世界を牛耳っている、という物語はよく聞きますね」
マンナは軽く頷いた後、少しだけ口角を上げる。
「そういう認識でもいいから、あまり特定の国に肩入れしない方が身のためよ。特に冒険者は自由がモットーだから」
そう言った後、ちゃっかり窓際のベッドに腰を下ろすマンナ。
同時に、洋市と亜希は顔を見合わせ、亜希が部屋の使い方について確認する。
「あの、今回は仕切りとかないみたいなんですけど、ベッドはどこを選べば……」
「前回は客人扱いだったけど、今は私たち『アサンの水源』預かりって立場だから、これからは一緒の部屋で寝泊まりするのが当たり前になるわ。つまりベッドは早い者勝ちよ」
マンナの発言と同時に、ノア、ガッタ、セミーンは淡々と自分の好みの場所を取ろうとする。
しかし、日本という謙遜を美徳とする国で生まれ育った洋市と亜希は、結局ベッドが余るまで待っていた。
「何だぁ? 二人とも欲がねえなあ。入口前だと落ち着かねえんじゃねえか?」
さすがに動きのない二人をセミーンが気遣う。
結局、洋市と亜希は特段不満を述べず、ドア前の二つのベッドを選択した。
「私は別にどこでも寝られますから!」
まるで鍛えられた軍人のようなことを言う亜希。
その言葉に秘められた説得力を目の当たりにしてきた洋市は、やはり女性とは精神的に逞しい存在なのだと実感する。
これまでの死闘を経験し、つい父親になったような優しい目になる洋市であった。
「じゃ、ベッドの位置はこれで決まりだね。水浴びしたい人!」
ノアも含め、全員が手を挙げたところで、バルカスが苦笑いする。
「お前ら仲いいな。んじゃ、俺はおいとまするわ。仕事がクソほど溜まってるんでな。もし時間があったら、ヨウイチ、手伝い頼むわ」
「はい、お任せください」
洋市は、バルカスが再び事務仕事を自分に依頼するつもりなのだと理解し、ライターとしての自負とともに返事をした。
そこにマンナが茶々を入れる。
「言っとくけどバルカスさん、もしヨウイチさんに仕事させるなら、パーティーにきちんとお金払ってちょうだいね」
「こりゃ手厳しいな」
バルカスは部屋入口の戸を閉めることなく、ひらひらと手を振り執務室に続く階段へと向かっていった。
──────────
死闘の森、山間。
人間種を中心に多くの人種・民族が暮らすレゾルグ王国と、吸血種を中心に構成される月下公国レジエールとの境目。
森の奥深く、マハタイトの防壁に囲まれた集落に、表彰セレモニーに参加していないトゥイがいた。
「あんれえ、トゥイさんでねえの。長老に会いに来たんか?」
「はい、報告がてら、ちょっと」
顔見知りらしき見張りに案内され、トゥイは集落の中で少し大きな建物、教会の扉を開けた。
会衆席からは、一部の魔族が信仰する神・サイラ神のステンドグラスがある。
「長老、トゥイさんが来てくれたよ!」
見張りの男性からの声かけに、祈りを止めて振り向いたのは、長く垂れた眉毛と筆のような顎髭をたくわえた老人であった。
「おうおう、よくいらっしゃった、トゥイさん。でも今日はいつもより早いお出ましだあ、何かあったのかい?」
「ええ、少しお時間いただけますか?」
「うん、いいよぉ、収穫手伝いに行くまでの間ならなぁ」
見張りは教会を出て、トゥイと長老は会衆席のベンチに座った。
「……そうかぁ、魔王の手下とやり合ったんだなぁ。これからウチらもちょっと暮らしにくくなるかもなぁ」
「心配は要りません。この地域はギリギリ、レジエールの管轄下にあります。レゾルグ王国との協定上、三十年前のような事態にはなりません」
「あん時はありがとうなぁ。トゥイさんが動いてくれなかったら、みんなサイラ様の懐ん中だったぁ」
「あの事件の実際の顛末は、細工して暗部にも見つからないように処理しています。もっとも、魔物の大量出現というイレギュラーがあったからこそ、何とか隠蔽できたようなものですが……」
「そんで……バルカス坊は……元気なのかい?」
「ええ。砦の守備隊長だけでなく、新しく創設される部隊の部隊長も兼任するそうです」
「そっかあ……あの子が引退したら会いたいと思ってたが、ワシが生きている間には難しいかもなあ」
「……申し訳ありません。力足らず……」
「いんやぁ、こっちがどうこう言える話じゃないからなぁ。あん時、当時の長老が頭固いこと言わなきゃ、面倒事になることもなかったんだから」
「……」
「なぁ、トゥイさん。バルカス坊には、本当のこと、言うつもりないのかい?」
「……言いたいのは……山々なんですが……」
「まぁ、そうだよなぁ、時期も悪いし。ウチらがあの子の中で死んでいた方が、あの子にとって色々と都合もいいんだろうしなぁ」
「……推測ですが、もし彼に皆さんが生きていることを伝えたら、王国兵を辞してこの集落を目指すでしょう。それがただちに居場所を特定されることにはつながりませんが、彼には身内がいます」
「……」
「英雄の不可解な失踪は、それだけで疑念を深めかねない。当然身内にも影響が出るでしょう。私が暗部を辞められたのは、ある種、時代に救われたところもある」
「……レゾルグ・レジエール両国の関係が劇的に良くなったからなぁ。でも、あれもホントは工作なんだろう?」
「すみませんが……それ以上は……」
「うん、そうだなぁ。いや、分かったよ。忙しいのにありがとうねぇ」
「……」
「ホントはさぁ、あの子にこっちに来てもらって、所帯でも持ってもらえばと思ったんだよ。そりゃあ容姿はどうか知らんけど、気立てのいい子はいるからねぇ」
「……」
「あの子は勇敢だけど、醜い戦いは似合わなかった」
「……」
「とぉっても綺麗な魂をしていた。でも、ウチらのせいで、汚しちまったのかもねぇ」
「……」
「思えばトゥイさんも損な役回りだよ。誰にも本当のことを言わずに、この三十年ずっとウチらを助け続けてくれた」
「……そのようなことは……王国におけるマハタイトの流通にも、引き続き貢献してくださっていますし」
「それぐらいはしないとダメさぁ。あの子の人生狂わせておいて、何もせずのうのうと暮らすなんて、サイラ様の神罰が下る」
「……ありがとうございます。本当に、申し訳ありません」
「……さて、そろそろ収穫手伝わないとなぁ。もし時間があるならゆっくりしていけば……」
「いえ、私も仕事がありますので、これで」
「そうかい、何も構えず悪かったねえ」
「ありがとうございました」
「あんがとなぁ」
トゥイと長老は握手を交わした後、教会の大きな扉を一緒に開けた。
眩しい日差しが二人に振り注ぎ、トゥイはローブのフードを目深に被り直した。
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次話の更新(閑話:エピローグ最終話)は、9/20(日)11:00~11:10頃を予定しております。
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