第百二十八話 舌鼓と状況確認
時を少し遡る。
洋市が笛の音を聞き、自我を取り戻しつつある頃。
赤い骸骨がセミーンによって消滅させられたタイミング。
未だ人間味を回復しきれていない洋市は、ノアが作り出したシャボン玉の牢獄から放たれ、ノアとコミュニケーションをとっていた。
「ヨウイチ、その『フランクフルト』っていうの、食べたい?」
「タベタイ」
はっきりと自分の意思をノアに伝える洋市。
しかし、彼の幼さが残る表現に、ノアは魔王の呪いの底知れなさに怖気を感じる。
「理性を著しく抑制する……神経系の魔法の中でも、かなり後遺症が残るリスクが高い術理だね……」
とはいえ、現時点において、洋市から敵意や殺意は感じられない。
漆黒の肌の色に変色した洋市だったが、ノアは簡単な言葉のやり取りで理性が多少戻ったと判断し、安堵するように小さく何度も頷いた。
そして、亜希にダンジョンに残されたセットで調理を始めるよう促す。
「じゃあ、お願いしていい?」
「はい! 少し待っててください!」
亜希は、調理スペースにあった電子レンジを使い、人数分のフランクフルトを解凍する。
解凍モードではなく、500Wで2本ずつ、1分ほど温めると、そのままホットプレートに油を引いて焼き始める。
『なんで電気が通ってるのかは分かんないけど……今はそんなこと気にしてる場合じゃないか』
パチパチと音が鳴り、やがて香ばしい肉の匂いが周囲に漂う。
ここがダンジョンであることを忘れてしまいそうなほど、その風景は家庭的だった。
良い焦げ目がついたことを確認すると、亜希は冷蔵庫からケチャップとマスタードを取り出す。
おそらく、洋市以外の全員が初体験の味になると思った亜希は、スタンダードな味つけにすることにした。
洋市と亜希の分も含め、八本を焼き調理を終えると、一同は現代日本の串焼きに釘付けとなった。
「……ただの腸詰だろ? なのに何でこんな旨ぇんだ?」
「香辛料が肉の邪魔になってないね。このマスタード? っての気に入ったな」
「いやーズルいわアキちゃん、こんなもの手軽に作れて食べられるの?」
「これパンに挟んだら旨いぞきっと」
「いやスープに刻んで入れるべきだ、腹も膨らむしな」
「アンタたちさっきから肉の話ばっかりじゃない、ちゃんとヨウイチさんの様子見て……あれ?ヨウイチさん、肌の色……」
マンナは、亜希にフランクフルトを食べさせられている洋市の様子を観察していた。すると、頭の上から徐々に漆黒の肌が緑色へと変色し、心なしか目の光も落ち着いているように見える。
「……亜希さん、どうしました?」
こうして、洋市は記憶と人間味を取り戻し、再びパーティーの一員となったのだった。
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「……この度は、大変ご迷惑をおかけしました」
洋市は、祭りの記憶に現を抜かしていた頃、パーティーメンバーに迷惑をかけてしまったことを沈痛な面持ちで陳謝した。
セミーンは洋市を労うように、その厳つい顔で笑顔を作る。
「気にすんなヨウイチ。アンタがあんなに食べたくなるのも分かる味だぜフランクフルトは。俺もアンタたちの国でたらふく食ってみたいぜ」
「そ……そう言ってもらえると助かりますが……亜希さん、そもそもあのフランクフルトはどうやって?」
どうやら自分がフランクフルトを食べたがっていたことは理解できたものの、もはや祭りの記憶は夢のように洋市の脳内から薄れ始め、自分がフランクフルトにこだわっていた理由がおぼろげになっていた。
加えて、異世界のダンジョンでフランクフルトを焼くというシュールな状況を、もはや洋市は受け止め切れていない。
亜希が事情を説明する。
「ミナちゃんは、あの調理スペースにこだわりがあったんです。お父さんと彼女のお母さんが言い争っていたときの家、覚えてますか?」
洋市は過去の記憶を辿り、学校の階層で見せられた、夫婦が言い争っているときの家のデザインをイメージする。
「ああ、なんかカントリーチックな……」
亜希はその大きな目をパチクリさせた後、素早く首を二度「うんうん」と動かした。
「ミナちゃん、アメリカンダイナーが好きだったんじゃないかって思ったんです。フランクフルトは厳密には多分違いますけど、一応Cheers! のフードメニューには含まれてますし。好物だったんじゃないかなって」
洋市は魔王の刺客・ミナの意外な一面を垣間見るとともに、それをダンジョンで再現しようとする執念に若干の怖気を覚える。
「それで、ダンジョンにキッチンまで再現したと」
「私はそう思っています。ただ、他に考えていたことがあったのかもしれないし、今となっては分からないですけど……だって、私もミナちゃんも、きっと洋市さんがフランクフルト好きだったなんて知らないですよ!」
洋市もまた、自分がフランクフルトを食べたがっていたことに、戸惑っていた。
もう二十数年、あるいはそれ以上、食べていなかったから。
しかし、洋市はどうしてそうなってしまったのか、思い出せない。
フランクフルトに思い入れがあったことなど、久しく忘れていたし、頭の片隅にすら残っていないメニューだった。
『……たまたま、だったんだろうな』
まさか洋市の好物を想定して、わざわざフランクフルトを用意しているとも思えない。
結局のところ、運。
今回の奇跡に近い出来事について、洋市はそう結論付けた。
洋市と亜希が検討を続けていたとき、マンナが洋市に明るいトーンで声をかける。
「ね、洋市さんって能力を自分で見られるんでしょう? 確認してみたら?」
洋市はきょとんとして、子供のように素朴な質問をする。
「どうしてですか?」
マンナは洋市に漆黒化する前後の記憶がないと判断し、簡単に理由を伝える。
「洋市さんが、魔王の刺客に一度はとどめを刺したのよ、覚えてない?」
洋市は、自分のマチェットで女性の首を切り落とした感触を思い出した。
「……そうでしたね。ということは……」
「きっと能力値は上がってるはずよ」
洋市は久しぶりに、胸の紋章を左手で触り、ステータスを確認した。
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[種族]
ゴブリン(変異種)
[ジョブ]
スカウト(斥候) Lv.45
[体力/魔力]
11,000 / 5,500
[スキル]
隠形 Lv.3 : 自らの姿を隠し、人間や魔物から見えなくする(明るい場所でもわずかに効果有)
夜目 Lv.6 : 光がまったくない場所でも、周囲の風景を認識できる
盗取 Lv.5 : 相手に気付かれず、モノやスキルを盗むことができる(確率50%)
毒爪 Lv.7 : 爬虫類に効果的な毒を、自分の爪から出すことができる(致死率70% / 攻撃回数)
※(爬虫類以外にも効果があるケースもあるが、効きは悪い)
風刃 Lv.8 : 爪で空気を切り裂くと、真空の刃を飛ばせる(属性付与可能)
身体強化 Lv.6 : 筋力・瞬発力・耐久力・跳躍力などを向上させる(6倍)
マッピング Lv.2 : 過去に自分が行って命名した場所を簡単に確認できる
※(マッピング箇所を増やすことでレベルアップ)
うわばみ Lv.2 : 陰蛇時、消化スピードが早まる
蛇睨み Lv.1 : 陰蛇時、目が合った相手の動きを止める(効きは互いの強さに左右される)
咆哮 Lv.1 : 陰蛇時、咆哮によって強烈な殺気を周囲に放ち、相手の動きを止める(効きは互いの強さに左右される)
[魔法]
○毒魔法 : 魔物が使用する毒を、魔法の形で魔力を消費して発動できる
○毒魔法リスト
・エビルスクワロルの「爬虫類毒」
→爬虫類特化型の神経系毒。他の種族でも毒は回るが、身体がしびれる程度に効果はとどまり、命を奪う効果は期待できない
・ゴブリンの「酸毒」
→モノを酸化させて使い物にならなくしたり、生物の身体から水分を奪ったり、激しい痛みを与えたりできる毒を爪から出すことができる
→イメージによっては、毒霧のように口から噴射することもできる
・ピロウリザードの「弱体化毒」
→対象の耐久力を下げ、物理、魔法、特殊能力等の攻撃を通りやすくする
・宝箱の「罠毒」
→これまで自分が覚えた毒魔法を、特定の物体または空間に充満させることができる
・セミーンの「催涙毒」
→対象の呼吸器官の機能を停止させる毒を使い、行動を一時停止させることができる
→獣人種、人間種、エルフなど、肺呼吸主体の呼吸器官を持つ種族、臭いに敏感な種族に効果的
→ゴブリン、オークには特に効果的
※(その他の毒は、レベルアップで覚えるほか、実際に自分が毒を受けて覚えることもある)
○水魔法 : 水の精霊の加護を得て、詠唱により水属性の魔法を使用できる
[変身時間]
4500/4500 分
[特殊スキル]
勇気の欠片(中): 日本とアルトヤ界を行き来するためのエネルギー(20/20)
勇気の欠片(小): 日本とアルトヤ界を行き来するためのエネルギー(9/15)
スキル解説(中): 現在自分が取得しているスキルの概要に、一部解説が追加される
変化:陰蛇 陰蛇の姿に変化できる
変幻:陰蛇状態の際、体長を数十メートルから数十センチ(手のひらサイズ)まで、魔力を消費して自在に伸縮・変化させることが可能になる。一回あたりの消費魔力「200」
人間離れ:魔物や怪異、神々や悪魔など、人ならざる者とのコミュニケーションが可能になる
[人間味]
70/100 : やや人間の思考・嗜好
[所持金]
9,700,000メル(ギルドカード内)
[持ち物]
黒鉄の堅鉈、導魔のダガー、軽鎧(バンパイアワイバーン革+ミスリル)、マジックバッグ(筒型・大)、各種ポーション、魔石(大・中・小各種)
【魔王の呪い】
加呪中(耐性有)
[ステ―タス開示状況] 10項目
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『ずいぶん覚えたもんだなあ……』
ステータス情報がサイネージに羅列されているのを見て、洋市は年季の入った居酒屋に貼ってある膨大な量のメニュー札を思い出す。
注文したとして、店主が本当に作れるのかどうか怪しいあれである。
『俺自身がきちんと把握していないと、こりゃあ、いざという時に役に立たないな』
呆然としながら虚空を見つめる洋市の様子に、マンナは洋市が保有するスキルのレベルが上がったか、あるいは新しい能力が追加されたものと確信する。
『……やっぱり、ヨウイチさんは今後も重要な戦力になる。国側に引き込まれるのだけは絶対に避けないと、今後の私たちの活動にも影響が出るわね』
マンナはアサンの水源、引いては自分自身の“将来”を勘案し、洋市を自分たちの側に留め置くための算段をめぐらせていた。
その上で、どのような能力が強化されたのかが気になり、さりげなく洋市に質問する。
「……それで洋市さん、何か新しい情報はあった?」
洋市は戸惑いながら、自身に起こった変化を羅列していく。
「全体的に、保有しているスキルのレベルが上がりました。盗取の確率なんかも上がってるみたいです。あと水魔法が使えるように……」
「ちょっとヨウイチ! それどういうこと!?」
耳聡く洋市の声を拾ったノアが、新たに洋市が水魔法を使えるようになったことに驚いて声を上げる。
洋市は、ゴブリンが水魔法を使えるようになるのは不自然なのか疑問を抱く。
「ええと……画面上では『水の精霊の加護を得て、詠唱により水属性の魔法を使用できる』と表示されています」
「えっ!? ……それって、レベルアップしたことでジルファ様のご加護が身についたってこと!?」
『左様』
「「!!!」」
洋市とノアは、聞き慣れた荘厳な声を同じように頭の中で聞く。
それは、命の泉と死闘の森を守る存在、ジルファの声であった。
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