第百二十四話 故郷の調べ
新しいミナの身体は、ツインテールの闇堕ち魔法少女のようないで立ちで、黒色のフリルがついた上衣に、黒地に白いラインが入った同じくフリルのスカートを穿いている。
その目は相変わらず赫く光り、誰をも見下すような薄笑いは、見る者すべての顔を凍り付かせる。
「……どういうこと……?」
マンナは、以前とまったく違う容姿にもかかわらず、目の前の存在を『ミナ』と認識している自分に強烈な違和感を覚えていた。
「この子はミナ、って名前じゃないけどね。アタシが客として通ってたホストクラブにいた頭おかしい女だよ。本指の邪魔になりそうだったから殺した。多分イメクラかどっかで働いてたんじゃないかな……って、アンタたちには分かんないよね」
ミナは、自分の話を理解できそうな二人が行動を制限されていることを少し残念がった。
そして、パーティーメンバーに衝撃の一言を放つ。
「……一応聞くけどさ、アンタたち、アタシに勝つ気でいる?」
「「「「「「!!」」」」」」
圧倒的な自信を見せつけるミナは、その根拠としてさらにプレッシャーを強くする。
洋市の入ったシャボン玉は小刻みに震え、今にも割れそうな勢いだ。
亜希が包まれている闇の柱からも、何かがひび割れるような音がする。
ミナのすべてを舐め腐るような態度に、バルカスは怒りを押し殺しつつも、ドスの効いた声で逆質問する。
「なんでオメェは俺たちに勝てる気なんだよ?」
ミナは根拠を端的に伝える。
「ピリピリしないもん。洋市さんみたいにさ」
「……んだとぉ?」
「洋市さんから聞いてない? アタシも洋市さんもそうだと思うけど、強い敵が近くにいたり、死の可能性が近いところにあったりすると、なーんか肌がピリピリすんだよね」
ミナは、自分の皮膚の違和感について正直に説明したが、バルカスはそれを皮肉と捉えた。
「……俺たちが“勇者”じゃないから楽勝、って言いてえんだな?」
バルカスが台詞を吐き捨てた直後、ミナの足元から尻尾のように黒鞭が飛び出し、バルカスの身体を地面に叩きつけた!
「ぐあっ!!」
ミナはどこか憐れむような、嘲るような笑顔を見せてバルカスに声をかける。
「抵抗できる? やってみな」
バルカスは怒り心頭といったように顔を赤らめ、うつ伏せになった身体を腕立て伏せの要領で持ち上げ、全身で鞭に抵抗する。
身体は持ち上がったが、すぐにミナに動きを止められ、再び地面にうつ伏せにされる。
「くっ!!」
ミナがバルカスをもてあそんでいる間、トゥイはスキル【隠形】でミナの後ろに回り、隠し持っていたナイフで首を刻もうとする。
『逝け』
そう念じ、首にナイフを突きつけたところで、ミナの裏拳がトゥイの姿を捉えた。
「ぐあっ!!」
攻撃の瞬間、カウンターを取られたトゥイは、裏拳を顔にまともに食らう。
そのまま地面に吹き飛ばされた後、バルカスを押さえていた鞭は二つに分かれ、もう片方でトゥイの身体も押さえつけられた。
「あっ……がっ……!!」
ベテランの二人が赤子のように動きを抑えられている状況を見て、ノア、マンナ、セミーンの四名は、次の一手をどうすべきか思いつかない。
ここでセミーンが動く。
「おらぁっ!!」
聖杖・破邪消滅モデルを振りかざし、ミナとその周辺を薙ぎ払うように光をぶつける。
さすがのミナも、魔王戦の遺産の力は無視できないようで、たまらず鞭を放して空中で光線を避ける。
『……っぶねえ! あの光はヒリヒリする! ヤバい!』
ポーカーフェイスを気取ったミナだったが、セミーンは杖の光線が確実に弱点であると見抜いていた。
魔石を左脇に抱えながら、ミナの軌道やそこから導き出せる到達点を狙い、ひたすら光線を放つ。
次第に、ミナのコスチュームが破れはじめ、バルカスたちを押さえていた鞭を防御のため身体に巻く。
そこをセミーンは見逃さなかった。
「真ん中ァ!!」
光線は黒鞭を貫いて、次第に鞭はハラハラと黒い粉になって消えていく。
鞭による防御壁が消えたとき、そこにいたのは上半身裸で、左胸を貫かれたミナだった。
「ちっくしょう! 油断したァ!!」
そう叫んだ後、ゴフッ、と血を吐く。
しかし、黒いオーラがミナの身体を包んだ後、あっと言う間にコスチュームが復活する。
「テメェが一番先!!」
太くまとめた黒鞭は、セミーンが右手に握る聖杖を狙っている。
うねりがセミーンを捉える直前、隙を見て精神を集中させていたノアの詠唱が完成した。
「地に宿る土の精霊よ、天にそよぐ風の精霊よ、忌まわしき者を閉じ込める檻をここに! 燃え盛る火の精霊よ、強くしぶく水の精霊よ、檻にて渦巻き悪を滅し給え!! 【四元素の断罪牢】!!」
ノアが杖を高らかに上げると同時、ミナの足元の床が木の根のように伸びあがり、堅牢な土の壁となって四方を囲い込んだ。
上下には暴風によって真空の蓋が作られ、ミナの逃げ場は失われた。
「なっ……クソッ!? どけよッ……!!」
焦ったミナは、何とか黒鞭を振るおうとするが、土の壁と身体との距離が狭く、十分に鞭を展開できない。
土と風によって作られた“檻”の中には、極大の炎の渦と高水圧の激流が同時に注ぎ込まれた。
相反する属性の攻撃が、逃げ場のない狭い空間で激突・爆発する!!
「ギャアァァァァァァッ!!!」
檻の内部で巻き起こされた破壊的なエネルギーの乱気流によって、ミナは全身を燃やされ、そして流された。
断末魔のような悲鳴とともに、檻は内側から弾け飛び、水蒸気と煙がダンジョンの部屋全体を覆い尽くす。
「やったか……?」
「……」
圧倒的な攻撃の波。
四元素を操る天才・ノアでなければ成せなかった大技。
「はあ……はあ……できた……」
ノア自身、もうほとんど魔力は残っていない。
「これなら……!?」
マンナも周囲の様子を探り、新たな敵やトラップの可能性はないと判断する。
「まだだ!!!」
ガッタの叫びの後、煙の中から黒鞭が蛇のように飛び出してきた!!
「うおっ!」
「きゃっ!」
「わあっ!」
「ぐおっ!」
煙が晴れた後、そこには衣装がボロボロに崩れ落ち、全身傷だらけで膝をつくミナの姿があった。
黒いオーラを身にまとい回復を試みているようだが、チロチロとか細いリボンのように周囲を舞うだけで、傷そのものは回復の兆候が見えない。
ダメージが大きいためかミナも戸惑っており、明らかに肉体の回復が追いついていない様子であった。
まさに千載一遇のチャンス。
バルカスは残りの力を振り絞り、剣を赤く染めて全力で切りかかる!
「らぁっ!!」
振り下ろされた剣は、間違いなくミナの傷ついた身体、正中線を捉えていた。
しかし、刃がミナを真っ二つにすることはなかった。
闇の衣がミナの身体を包み込み、剣は硬岩を叩くごとく弾かれてしまった。
「ガアァァァッ!!」
しかし、衣の中からはミナの絶叫が響く。
思わずバルカスも他メンバーも耳を澄ませる。
「っ、おい! 話が違うじゃん! アタシまだ戦ってる途中……」
何者か、おそらく魔王と話をしている様子が見て取れる。
しかし、ミナ以外の声は聞こえない。
「ちょ、やだ、ごめんって、もう油断しないから……アグアアアァッ!!」
断末魔とともに、何かが砕け、千切れる音が聞こえる。
歴戦の猛者であるバルカスでさえ戦慄するその音は、明らかに”身体が魔物に貪られている”音だった。
「ガアアァァッ!! ゴオアァァッ!!」
次第に、ミナの人を馬鹿にしたような声色は聞こえなくなり、代わりにプレッシャーを帯びた人外の声が場に響く。
「ヤハリ 凡人ハ 使エナイ 駒ダナ」
──魔王。
その声の存在感は、あらゆるものを一瞬で恐怖に陥れる。
戦いの場にいるメンバー全員が、魔王のプレッシャーに負けまいと、何とかして戦意を保とうと身体に力を入れようとする。
しかし、長い戦いの中でノアは魔力をほとんど消費し、他メンバーも戦闘による疲労蓄積が著しい。
全員がおのずと、闇の衣に目がいき、魔王の声に耳をそばだててしまう。
「人間ノ 精神ノ ママデハ 十分ニ 戦エナイ コレハ 日本モ 同ジカ」
魔王は、異世界の人間を、まるで自身の失敗作扱いするように、淡々と独り言ちた。
「純粋ナ 暴力ノ 実現ニハ 破壊欲ノ 純度ガ 重要ダ」
次の瞬間、ミナを包んでいた闇の衣は、内側から一気に弾け飛んだ!
「ぬおっ……!?」
「イカれてる……」
現れた姿は、歴戦のバルカスやトゥイでさえ見たことがない、魔王戦時代の災厄クラスの魔物。
肉と皮を完全に削ぎ落とされ、骨だけになった、おそらく「ミナだったであろう誰か」の姿があった。
骨は、ミナの血を吸い上げたかのように、禍々しく真っ赤に染まっている。
光沢はルビーのように輝き、芸術品と説明されれば、前衛的な芸術のそれであった。
「……皮肉のつもりかよ……クソッ……」
セミーンには、魔王の意図がわずかながら理解できた。
ミナは容姿にこだわりがあると、早い段階でセミーンは見抜いていた。
特に、異性を煽情する目的の服装や容姿、化粧を意識していることは、かつてアサンシャという大都会で遊びまわっていたセミーンにとって容易く理解できた。
だからこそ、魔物にする場合、彼女のこだわりをすべて失わせ、純粋な力だけを醸成しなければならなかった。
そうセミーンは推測した。
数多くの人間を屠り、その身に浴びたであろう”血”と、こだわった魅力のすべてが削ぎ落された”骨”だけを主成分にして──。
とうとう彼女はその蠱惑的な肢体を失い、代わりに自らの本質として、紅い輝きを骨にまとったのだと。
もはや、骨となったミナには、美意識やプライド、妬みといった感情は見られない。
迷いも奪われ、純粋に目の前の敵を屠るためだけに存在していた。
「ギッ」
赤い骨がわずかに軋んだ後、不気味に発光する。
全身から、強烈な呪詛が組み込まれた赤光線が放射状に放たれた!
「散れ!!」
バルカスの号令で、メンバーは散り散りに光線を避ける。
幸い、光は軌道を変えることはなく一方向へと照射されるが、その数が問題だった。
人間の骨は、成人で206本あるとされる。
ミナもまた持っている206本の骨は、それぞれに赤く輝き、別方向に光線を放っているのだ。
太い細いの違いはあれど、あらゆるものを呪詛により朽ちさせる光線は、パーティーメンバーにとって間違いなく脅威だった。回避するだけで精一杯の状況下、わずかでも光線が肉体を掠めれば、その箇所から呪いは間違いなく浸食する。
「クソ……っ!」
「ヤバ……っ……」
疲労困憊のノア、ガッタは呪いに蝕まれ、立ち上がるのがやっとの状態になる。
ノアは魔法【水鏡】で光線の軌道を変えながら対応しているが、すべての光線を防御できる余裕はなかった。ガッタの身体強化をもってしても、すべての光線の処理には限界がある。
マンナは光属性による防御が付与されたセミーンの影に隠れながら、身体に『呪い除けの札』を巻きつつ、ノア、ガッタの解呪に向かおうとする。しかし、鎧の光属性効果が落ちたことで、セミーンもまた呪いの影響を受けて身体が動かなくなる。
「セミーン! 大丈夫!?」
「……まだいけるが、お前を守り続けられるかどうかわからん。何枚か置いて行ってくれ」
言われた通り、ストックの呪い除けの札をいくつかセミーンに渡した後、マンナは再びノア、ガッタのもとを目指す。
「あぁっ!!」
しかし、無数の光線の束に引っ掛かり、その動きは完全に止まった。
マンナ真正面を狙う一本の光線。
その間にトゥイが急いで飛び込み、トランポリン状の黒い膜で打ち払う!
「……っ、危なっ!!」
属性の親和性もあり、光線の影響は押さえられたが、魔力はやはり徐々に減少していく。
バルカスも剣を構え、闇の波動を剣にまとわせ、赤黒い刃を骸骨に向けて振り飛ばした!
「ギギ」
刃は骸骨に当たったが、わずかに軋む音だけを立てるのみ。
パーティーは、完全に攻撃の糸口を失い、誰もが”全滅”という言葉を思い浮かべる。
意識が薄れる中、ノアは後悔していた。
「……『世迷いの笛』は、やっぱり私が持っておく……べきだった……」
現状において、誰もが骸骨に対する効果的な一撃を持たない。ならば、敵味方を問わず予測不能な事態を引き起こした方が、チャンスは生まれるとノアは考えていた。
しかし、笛は亜希が持っている。
他の誰でもない、自分が指示した結果のことだった。
ふと、亜希が籠っているはずの黒い柱を探す……。
ない!!
黒い柱も、その中にあるはずの薄白い結界も、亜希も、いない!!!
「アキちゃん! どこ!?」
意識を取り戻すと同時に思わず声を荒げ、亜希の姿を探すノア。
彼女の言葉に触発され、同じように亜希の姿を探すパーティーメンバー。
しかし、戦闘中の焦りもあって、誰も亜希の姿を眼に捉えることができずにいる。
そのとき──。
日本でいうリコーダーの音色のような笛の音が、ある旋律を奏で始める。
音が聞こえたと同時に、赤色の光線も勢いを失う。
それは、アルトヤ界に暮らす面々にとっても、郷愁を誘うメロディだった。
忘れてしまった純粋な時代。
何かを夢見て旅立った青年時代。
そして、何かを取り戻そうと古巣を訪ねた時代。
「フ……ル……サ……ト……」
シャボン玉の揺りかごの中で、洋市は、かつての記憶を取り戻そうとしていた。
そして、彼のそばには、世迷いの笛を真剣な表情で演奏する亜希がいた。
> 状態変化【世迷いの笛】
> 魔力属性、および容量の変化を確認
>[人間味] 20 → 50 へ回復
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