第百二十三話 無力化、そして……
白昼夢。
洋市は過去の記憶に囚われていた。
あの日、フランクフルトはいっぱい並んでいた。
でも、食べられなかった。
どうしてだろう?
どうして食べられなかったんだろう?
思い出せない。
遠くへと手を引く母の姿。
ついていく自分。
あれから、フランクフルトはなぜか受け付けなくなった。
どうしてなのか、思い出せない。
祭りも行かなくなった。
どうしてなのか、思い出せない。
寂しい。
誰もが集まる中、誰もいないような孤独感。
あの人を、俺は────。
「フランクフルトオォォッォッォッ!!!!」
漆黒に染まった洋市は、誰の目にも明らかに正気を失っていた。
おそらく、パーティーの中で亜希しか共通の理解がない食べ物を連呼して、ダンジョン最深層の部屋の中にあるものを叩き壊していく。
その様子を見て、アサンの水源メンバーは互いに見つめ合う。
「セミーン、ヨウイチを足止めできる!?」
「分かんねぇ! でもやってみる! 」
「詠唱に入るからみんな助けて!!」
「「「了解!!」」」
アサンの水源メンバーであるマンナ、ガッタ、セミーンは、リーダーのノアが使う大規模魔法の詠唱時間を稼ぐため、洋市の周囲に陣取った。
「折るなり切るなりは手足だけに留めろ! おらっ!!」
セミーンは聖杖を構え、光属性の光線を洋市の脚に当てようとする。
しかし、洋市は四つん這いになったあと、カエルのように大きく飛び跳ね、光線を右へ躱す。
「遅ぇぜ、ヨウイチさん!」
避けた先を予測して、ガッタは洋市の身体を羽交い絞めにしつつ、身体強化の詠唱を行う。
「火の精霊よ、我望攻守回! 【身体強化】!」
ガッタの全身の筋肉が隆起し、手足をしっかりと極めた隙を突き、マンナがゴブリンの嗅覚を強烈に刺激するアイテムを鼻先に叩きつけた。
「ごめん、ヨウイチさん!」
「アババババァ!!!」
ゴブリンは人間より鼻が利くため、その嗅覚を強烈に刺激する臭い袋を至近距離で食らうと、咳き込んで動けなくなる個体がほとんどだ。
そして、洋市もまた例外ではなかった。
「……クソッ、さすが、強ぇな!!」
しかし、臭い袋をぶつけ、獣人種のガッタが身体強化した状態でも、魔王の呪いで理性を失った洋市の身体を抑えるのは厳しい状況。
セミーンはやむを得ず、聖杖で洋市の脛を思いっきり叩いた!
「ガァッ!!」
弁慶の泣き所に弱点属性の強撃を食らい、たまらずその場で動きを止める。
ガッタ、セミーンが次の一手を待つ中、遠くから声が聞こえる。
「水の聖霊よ、迷える子の悲しみを祓い給え、清らかなる慈愛の雫を集め、邪悪を洗い流す揺り籠をここへ!! 【浄化水泡】!!」
ノアの詠唱が終わると、洋市の身体は巨大なシャボン玉のようなボールに包まれ、そこに水が注がれていく。
「ガボボボボ……」
やがて、洋市は水が充満しているシャボン玉の中に閉じ込められ、動けなくなる。
この時点で、バルカス・トゥイも含めた亜希以外の六名は、シャボン玉周辺で円陣を組み様子を見守る。
バルカスは、隊長(一応)である自分を差し置いてノアたちが率先して動いたことについて、確認をとった。
「ノア、別にいいが、俺たちがヨウイチを『殺す』と思ったか?」
ノアは一瞬戸惑い、首をぶんぶんと振った。
「いえ! 単純に……過ごした時間が長かったからで……」
トゥイが渋い顔をしてノアに忠告する。
「ノアっち、君は優しい。そこが魅力でもある。だからこそ時には冷静さも必要だよ。」
ノアは明らかに不服そうに頬を膨らませる。
「……ヨウイチくんを無力化する方向性自体は正解だ。でも、アキちゃんが狙われたときのこと考えてた?」
「あっ……」
「この場で一番無防備なのは、結界を解いたアキちゃんだ。きっと精神的にも……」
ノアを窘めた後、トゥイは円柱状のオブジェを指さす。
「あれは……結界ですか?」
「僕が作ったものをアキちゃんの結界に付け足してる。今は、戦うことも逃げることもできる状態じゃないから……」
そう言うと、トゥイは現在の亜希の状況について報告を始めた。
洋市のフランクフルトを求める叫びを聞くうち、いつしか亜希は結界の中で泣いていた。
恐怖からではなく、洋市の不憫さを憂いていた。
『洋市さん……そんなに貧乏だったの……?』
夜の世界にどっぷりとは浸かっていない亜希には、良くも悪くも純粋なところがある。
それがCheers!の面々に好かれる理由でもあったが、この場合は誤解も多分にあるだろう。
『前々から思ってた……洋市さん、お金については結構シビアだって……でも、フランクフルトも食べられないくらい……だからあんなに冷蔵庫の中身も少なくて……』
亜希の妄想は加速する。
『そんなつらい状況なのに、私は自分のこと話してばかり……どうして気付いてやれなかったの! バカ! もっと何か食べたいものでも聞いて、いっぱい作ってあげればよかったのに!』
洋市の経済状況を(勝手に)慮り、しまいには今の状況を作ったのは自分自身だと責任を感じ、とうとう亜希の目から堰を切ったように涙が流れた。
亜希の心境を把握できるはずもないトゥイは、洋市がアサンの水源と戦闘中、スキル【隠形】で亜希の護衛を行っていた。
その中で、声も出さず涙を流す亜希を見て、戦闘継続は絶望的と判断した。
『今はこの子を守るのが先決か……ふがいないね』
魔王の刺客(の身体)を倒した洋市は異世界人。
その洋市をサポートしていたのも異世界人。
自分たちの力を、まさにひよっこ扱いされたトゥイにとって、自分の力不足は決して許されるものではなかった。
しかし、酸いも甘いも嚙み分けた分、感情と行動を切り離すスキルは身に着けている。
「死神の慈悲を賜りたく。未来に怯える者へひとときの夜を。今しばらくの夢うつつを。【闇の壁】!」
亜希が展開している結界ごと、黒い石柱が亜希を包む。
石柱が完成したのを確認し、トゥイは洋市を包むシャボン玉に集まるメンバーと合流した。
「……で、どうすんだ? ノア」
シャボン玉を作り、洋市の行動を制限したノアに対して、バルカスが次の一手を聞く。
ノアはうーん、と唸ってから、頭の中にあるイメージを共有する。
「とりあえず、ヨウイチの行動抑制と精神安定が優先です。完全に魔物化しているなら、言語は話せないはずなので、いったん落ち着かせて簡単な意思疎通ができるかどうか様子を見ます」
バルカスは頷き、魔王の呪いを受けた人々が集まる施設の名称をつぶやいた。
「おそらく”支援施設”行きになると思うが……」
トゥイは否定材料を探すように言う。
「まだ早いっすよバルカスさん。あそこは手遅れになった人だけだし、ヨウイチくんはまだ意思の疎通が……」
バルカスは現実を見据えたように、洋市の特異性を指摘する。
「異世界人だぞ。内務省・魔法省はまず放置しねえ。自分たちで囲おうとするだろうよ」
舌打ちをして、自分の古巣のやり方に対する嫌気を表現するトゥイ。
話がノア、バルカス、トゥイの三者で進んでいることを受け、状況が理解できていないガッタが質問する。
「なあ、これって結局どういうことなんだ? ヨウイチさんはどうなったんだ?」
その子供のような純粋な問いに、誰も答えを出すことはできず、沈黙の時間が流れた。
「「「「「「!!!」」」」」」
突如、忘れていたプレッシャーが場に戻ってくる。
「お待たせ♡」
全員が天井を見上げると、そこには新たな肉体を得て登場した、ミナの姿があった。
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