第百二十話 もう人間じゃない
ミナの背部から放たれた黒鞭は、一本一本が洋市たちを狙うように波打っている。それぞれが防御態勢を取りつつ、反撃の糸口を探るべく、バルカスは黒鞭が向かう方向を一本化しようと試みる。
「全員! 一つにまとまるぞ!セミーンは黒鞭を集めろ!! 」
セミーンは自身のスキル【誘導】を使い、黒鞭のしなりをすべて自分の方へ向けようとする。
しかし、スキルは効いていないのか、むしろ作戦を邪魔するかのように鞭は多方向へとしなり続ける。
「それなら!!」
セミーンは魔石を使い、聖杖から光属性の光線を放つことで対処する。光属性の即死光線を食らった鞭はすぐさま千切れるが、すぐにミナの背部から新しい鞭が生成されていく。
「おらあっ!!」
ガッタもまた、ミスリルメイスに火属性の魔力を強く込め、疑似的な光を生み出して鞭を叩く。
ノアは大規模魔法の詠唱を始め、マンナはその隙を守るように、大量に用意した『呪い除けの札』を使い鞭を退ける。
バルカス、トゥイは、鞭の軌道が逸れたタイミングを狙ってミナに切り込むが、ミナの仮面が怪しく光ると、周囲には無色透明のゴムボールのような結界が生まれ、二人の斬撃を柔らかく跳ね返す。
「表情が見えねえな!」
「どこから攻撃が来るか分かりにくいね!」
ベテランの二名は、ミナが仮面をつけたことにより、攻撃の意図が見えにくいと愚痴をこぼす。
そうはいっても、さすがに歴戦の猛者らしく、鞭の攻撃を素早く処理して攻撃を展開し続ける。
各人が戦闘態勢を取り、何とかしてミナに一撃を食らわそうと工夫するが、打開策が見いだせない状況だった。
そんな中、洋市は亜希を抱えながら逃げ回っていた。ミナの激しい憎しみをストレートに受けたことで、亜希の思考が一時的に停止し、戦意を喪失してしまったからだ。
『ミナ……ちゃんは……私の……せいで……』
洋市は、憔悴した様子の亜希から手を放さず、身体強化した肉体でスキル【隠形】を使い逃げ回る。幸い、黒鞭は隠形によって消えた姿を追いかけるのは難しいようで、ちょうどCheers!のカウンター部分、ミナの背後に身を隠すことができた。
洋市は、少なくとも自分の身を守ってもらえるよう、亜希に声をかける。
「亜希さん……結界を……」
「洋市さん……私……どうしたら……」
「……何を考えているんですか?」
「ミナちゃんは……私がいるせいで不幸になるって……でも……私だって別に好きでこんな生き方してるわけじゃないのに……」
洋市は、亜希の心の中に自身を責める気持ちだけでなく、ミナに対する不満も生まれていることに、ささやかな光明を感じた。
「では、自分の気持ちをぶつけてみては?」
「……え……?」
「亜希さん、これは魔王の刺客との戦いでもあり、亜希さんとミナさんの人生のぶつかり合いでもあると私は考えます。結界の中から本音をぶつけてみてはどうですか?」
「……でも! そんなことしたら、結界が割れたら……洋市さんだって危ないし……なら私がいなく……なっちゃえば……」
「もうその段階ではありません、亜希さん」
戦闘の緊迫感と自責の念から、完全に鬱モードに入ってしまった亜希を、洋市は何とか戦闘に参加できるよう勇気づける。
「亜希さん、あなたがまったく苦労しないで生きてきたとは、決して私は思いません。むしろ、ミナさんに比べれば、極力誰かを利用せず、正攻法で生きようとしてきたのではないかと考えています」
洋市は亜希をなだめつつ、亜希が声を発することによる戦術的メリットにも触れる。
「ミナさんは亜希さんを憎んでいる。それは事実です。だからこそ、亜希さんが声を発することで、敵の注意を亜希さんに向けられる。そこで生まれた隙はバルカスさんたちの攻撃の機会を増やします」
続けて、洋市は亜希にとって厳しいであろう一言を、少しだけ表情を緩めて言った。
「今ミナさんから逃げても、ただ野垂れ死ぬだけです。今回の戦いのキーパーソンはあなたです。少しだけ勇気を出してくれませんか?」
「勇気を……出す……でも……」
洋市の説得は、わずかに亜希の心を打ったようだが、まだ恐れを吹き飛ばすには至らない。
この時点で洋市は、言葉による説得では、亜希の心を縛る恐れを断ち切れないと判断した。
『荒療治になるが……仕方ない』
洋市は、覚悟を決めて頭の中にあるプランを実行した。
「亜希さん、これから私たちはミナさんの下へ向かいます」
「えっ!? ちょ……待っ……」
かつて、護衛のために異世界へ亜希を連れて行ったときのように、洋市は身体強化された力を使い、強引にミナがいる場所へと向かっていく。鞭が当たらぬよう細心の注意を払い、黒い波の裏に隠れてミナの後ろを突く。
ミナと洋市たちの距離が数メートルほどに近づいたとき、後ろを向いていたミナが唐突に振り返る。
洋市は気付かれたことを察知し、亜希に大声で叫ぶ。
「結界!!」
「は、はい!!」
さすがに敵の間近で迷う暇はなく、亜希は手を震わせながら、何とか自らのスマホを必死で操作する。果たして、洋市たちは攻撃を受ける前に結界を発動できた。
「アキ コロス」
確実に亜希を認識したミナは、まるで機械のように端的に、自身の殺意を亜希に向ける。これまで他のパーティーメンバーを狙っていた鞭は一つにまとまり、食らえばひとたまりもないほどの太さとなって結界に振り下ろされる!!
しかし、百戦錬磨の彼らが、その隙を見逃すはずもなかった。
「おらっ!!」
バルカスはバスタードソードを横薙ぎ、真後ろから背中を切り付ける。ミナの周囲の空間が歪み、攻撃こそ身体に届かなかったが、黒鞭の勢いは逸れ、結界のすぐ近くに振り下ろされた。
そこに隠形で姿を隠していたトゥイが姿を表し、隠し持っていた曲刀でバルカスと同じ箇所を切りつけると、その刃は空間の歪みに邪魔されることなくミナのワンピースを傷ものにした。
「クソガ」
機械的な声で、無表情の仮面の中から汚い言葉を吐くミナ。
ターゲットがベテラン勢二人に変わるのかと思いきや、ミナは新しい一手を打つ。
「オマエラ デバンダゾ」
ミナの周囲に、何らかの文様が内部に描かれた円が生まれる。
その魔法陣のような円から、次々とゾンビやレイスといったアンデッドモンスターが登場する。
「この子……どんだけ屠ったんだ!?」
トゥイは、ミナが呼び出した十数体のアンデッドを見て、その魂の質と量を一瞬で看破する。
工場で着るような作業服がボロボロのゾンビ。
身体が風船のように膨らんでいるゾンビ。
顔がモザイクのようにぐちゃぐちゃのレイス。
現代日本の服を着たゾンビたちは、明らかに普通の死に方をしていないと分かる状態だった。
思わずトゥイは死因を分析する。
「轢死、溺死、圧死……ここまでの死なせ方を、彼女一人で?」
「バカオヤジ ノ イサン ト アタシ ノ チカラ」
無機質な声で、しかしどこか誇らしく、ゾンビの素性を明らかにするミナ。
魔法陣からは、さらに多くのゾンビが出現し、アルトヤ界のモンスターや人間らしき姿も登場する。
「テメェ……ウチの世界の奴も……」
身内を殺されたかのような怒りの目線を向け、ミナに問いただすようにつぶやくバルカス。
「サアネ ソレハ マオウサマ ノ オミヤゲ ダッテ」
まるで他人事と言わんばかりに、死体を盗品のように扱うミナ。
その姿を遠目に見て、亜希はミナに対する印象を一部修正する。
「あの子は……もう……人間じゃないんだ……」
敵の数がどんどん増えていく中で、パーティーは困惑を隠せず、いつしかアンデッドの処理に追われていく。
ノアは火魔法、ガッタは火魔法により模した光魔法、セミーンは聖杖、マンナは厄除けの木札と、それぞれの武器を活用して敵を倒していく。
しかし、そこに黒鞭の奔流が鋭い音を立てて迫る!
四名は何とか鞭も捌こうとするが、到底対応できるものではなかった。
「うわっ!」
「うおっ!」
「きゃっ!」
「わぁつ!」
強烈な鞭の攻撃を食らい吹き飛ばされるガッタ、セミーン、マンナ、ノア。
バルカスとトゥイがとっさに補助へと回るが、彼らにも無慈悲に鞭が迫る!
「ぐうっ……!」
「くっ……!」
六名がダメージを受けたところで、ミナは表情も仮面に隠れた顔を向ける方向も変えず、九つに分かれていた鞭を一つにまとめる。神社に飾られている大綱のような太さになった鞭は、明らかに洋市・亜希が入った結界を叩き潰そうとしている!
「あ……」
戦意を喪失し、呆然としたままの亜希。
洋市は覚悟した。
『ここで何もしないで死ぬくらいなら!!』
唐突に結界を離れ、スキル【隠形】で姿を消し、ミナのもとへ走り出す洋市。
「シネ」
綱のような黒鞭は、容赦なく直線上に存在する洋市と亜希に振り下ろされた。




