第百十八話 最深層へ
聖杖を持ったエルダーリッチという、およそ一般的なダンジョンでは出会うことのない敵の存在は、魔王の異質さを際立たせていた。
また、闇属性のモンスターが光属性の武器を身に着け、バルカスとトゥイを苦戦させたという事実は、パーティー全員に新たな警戒感を抱かせるに至った。
バルカス、トゥイはエルダーリッチ戦の、ノアはミナとの邂逅・交渉のやり取りを言語化し、八名でそれぞれのイベントを検証していた。
「ハッキリしたのは、魔王はやっぱり異質だってことだね」
属性を無視したモンスターの生成や、ミナの変異について把握したことで、自説に対する確信を強めるトゥイ。
ノアも基本的に賛同しつつ、一方で困惑から少し目じりを下げて自分の意見を述べる。
「はい……ただ、これはヨウイチたちには悪いんですが、彼らが生活している環境にも問題があるというか、魔王の思念の影響を受けやすい生活をしている人が多いような気がしました」
バルカスは、ノアの婉曲的な言い回しが少し気になり、目を鋭くして詳細を確認する。
「どういう意味だ?」
「ヨウイチからも聞いたんですが、彼らが暮らす世界、もしくは国というのは、同調圧力が異様に強く、そこから離れた者への制裁が容赦ないようです。彼女はかつて、自分を守るために他の子を殺したそうなんですが、それは正当な自己防御にはならないと。むしろ裁かれる対象になると」
トゥイは、かつて吸血種が今以上に差別に苦しんだ時代を思い返しながら、ややシニカルに言った。
「まあ正義ってそういうもんだから。大多数が生きやすいような雰囲気を守ってるだけなんだよ多数派は。ただ同人種でそれをするのは、ちょっとよく分かんないけどね」
三人の話を聞いていた洋市が、少しだけ補足を入れる。
「皆さんの世界における人間種がどんな人たちで構成されているのかは分かりませんが、私たちの国の争いというのは、基本的に同調圧力から始まると私は考えています。肌の色や言語で差別されることもありますし、違いを認めて生きられない“固い頭”の人間が蔓延った結果、優しい人が我儘を受け入れざるを得ない、そんな雰囲気が全国的に生まれているのは現実問題として存在します」
トゥイは洋市のシビアな社会洞察に理解を示しつつも、社会の成り立ちとして『相互扶助』が抜け落ちながらも成立している印象を抱き不思議に思う。
「みんなが同じであろうとすることは、かえって社会を停滞させると思うけどね。人間種だけなら価値観も生存要件も近いし、それぞれのスキルを活かせば争う必要なくない?」
洋市はトゥイの洞察に理解を示しつつも、ゴブリンの姿で目を細め、自虐的に私見を述べる。
「平等や標準という概念を、生き方ではなく『生活』にまで浸透させようとした歴史があるんです。そして、国民が国の作り出した概念に踊らされた結果、国全体の活力と豊かさは失われていき……」
ダンジョンという緊迫した環境で話すにはあまりにも哲学的な会話に、たまらず亜希とマンナが切り出す。
「よ、洋市さん! なんか難しすぎて全然分かりません! 早く次の階に行かないと!」
「トゥイさん、まずは戦利品をあらためましょう」
現実的、かつ場にマッチしたツッコミが入り、深刻な雰囲気は一気に崩れる。
「……ったく、オメエらは宗教家か賢者かよ……」
バルカスはトゥイ、洋市が危機感なく世界観の議論を始めたことに皮肉を述べる。
トゥイは舌を出してバツの悪そうな顔をし、洋市は素直に「すみません」と頭を下げた。
空気が変わったことを察知し、マンナが意図的に話題を切り替える。
「それで、ノア? その杖はどんな代物なわけ?」
質問を受けたノアは、エルダーリッチが装備していた聖杖・破邪消滅モデルについて説明する。
「光属性の、対魔王戦用の武器。聖杖は魔王戦時代の勇者や高位の神官が使用していたもので、汎用級と特別級に分かれるの。汎用級でも十分強いけど、これは破邪消滅の魔力を発動できる呪文を込めた特別級だね」
ノアはどこか幾何学的な、現代アートのような装飾が施された杖を撫でながら、少しずつ魔力を込めていく。すると、杖上部に装着されている白水晶玉が輝き、長文の呪文をすぐ上の空間に映し出す。
「これが詠唱の内訳。魔力さえ込めれば無詠唱で、敵を貫く光属性の光線が打てる。それこそ魔石を使っても打てるだろうから、マンナでもセミーンでも、アキちゃんでも打てるんじゃない?」
ノアが杖のメカニズムを淡々と説明する中、洋市は自分の身に起こった問題に疑問を抱く。
「しかし、私がこの杖を握ると、まったく力が入りませんでした……」
トゥイが、かつて洋市に指導した『属性』について、今回のケースを踏まえ再度説明する。
「僕もそうだけど、ヨウイチくんは闇属性の身体だから、光属性の武器は基本的に受け付けないんだ。魔王戦時代の武器だから魔力の付与率も高いだろうし、無理やり持ったり使ったりすると、あっという間に動けなくなるよ」
ノアもトゥイの説明に頷き、再度聖杖の解説を引き継ぐ。
「そもそもあのエルダーリッチが装備できる、ってのがおかしいの。本来、闇属性のアンデッドが聖杖に触れたら、それだけで昇天する代物だからね。属性による反発を抑えているから、何らかの方法で理をいじったんだろうけど……」
聖杖に関する説明が複雑化したところで、ガッタが耐えられずストレートにノアに聞く。
「いや結局よ、そいつはこの戦いで役に立つのか? 俺でも使えたりするのか?」
ノアはガッタが獣耳を下げ『わけわからん』という態度を前面に出しているのを見て、子供でも分かりやすいように説明し直す。
「使える。基本的には誰でも。即死魔法クラスのものが。光属性だけどね」
「ふーん、じゃあ今回はアキちゃんが持ってれば?」
突然自分の名前が出て、目を大きく開いて驚く亜希。
「わ、私ですか!? でも私には鞭が……」
マンナは亜希を指導した立場ということもあり、自分が見初めた得物を大切にする発言に好感を抱くが、それとこれとは別、と顔を引き締めて亜希に提案する。
「アキちゃん、残念だけどその鞭じゃ、あの女には立ち向かえないわ。結界があっても彼女の間合いに踏み込んで戦えないだろうし、そもそもさっき、結界を張る前に黒鞭で吹き飛ばされたでしょ?」
もっともな発言に、首を垂れ下げてシュンとする亜希。
マンナは少し声のトーンを上げて、杖の性能を説明しつつ元気づける。
「大丈夫、アキちゃんが持ってる魔石やヨウイチさんの魔力を使って、その石板と同じように魔道具として使えばいいの」
マンナのアドバイスに、ノアが少し専門知識を付け加える。
「聖杖はね、一種の魔力増幅器なの。特定の効果に限り最大限の出力を、最小限の魔力で発動できるように作られているから、魔力がない人でも魔石があれば十分発動できる。汎用級の方が必要な魔力は少ないけど、特別級も十分イケるから」
機能を説明して一呼吸置いたところで、ノアはもう一つ重要なことを亜希に説明する。
「それでさ、いったんヨウイチに触れて、ヨウイチの魔力で発動するかどうか実験してみるといいよ」
結界と同じ理屈か、と、亜希はノアのアドバイスの意図を理解した。
話を聞いていた洋市は、亜希に自分の右手を差し出す。
「どうぞ」
亜希は左手で握り返し、ノアから聖杖を受け取って、校門が見える方に向かって杖を構える。
しかし、何も起こらない。
「……ええと……」
戸惑う亜希に、ノアがあっ、と何かを思い出したような顔をする。
「そうだよね、あのね、今言うことを頭の中で想像して」
ノアは、次のことを亜希に説明する。
洋市の手から亜希の身体に白い光が回るイメージ。
自分の身体を回る光が、杖先端の水晶に到達するイメージ。
水晶が光り輝いたら、敵を見据えて光線を放つイメージ。
「できそう?」
ノアの問いかけに、亜希は力強く頷いた。
「やってみます!!」
数分後。
「……できたんですけど……これじゃあ……」
「……ま、まあ、初めてだしね……これは……また今度……」
残念ながら、魔法というものをきちんと使ったことがない亜希にとって、杖から光線を出すイメージを明確にするのは難しかった。
少年マンガなど、魔力による戦闘シーンでも読んでいればイメージがつかみやすかったのかもしれないが、亜希は読んでも少女マンガ、女性向け雑誌ばかりだったため、魔法をどう使うのか感覚として落とし込めずにいた。
結果、数分の訓練では、か細い糸のような光を遠くに照射するにとどまった。
「……すみません、役立たずで……」
「いや、違うよアキちゃん! ぶっつけ本番はさすがに無理があったんだ! これは……マンナ、どうする?」
新たな使い手の候補として、オールラウンドな働きができるマンナの名をノアが上げると、マンナは首を振った。
「杖は苦手なの。ナイフとは勝手が違うから。魔法の心得もないし」
「そっか、じゃあセミーン、使ってみる?」
ノアから聖杖を渡されたセミーンは、マジックバッグから魔石を取り出して左手で握り、右手で握った杖を構え、亜希と同じく玄関から校門に向かって光線の発射を試みる。
セミーンは魔力の概念を理解しているため、イメージを明確にして太い光線を放つことができた。
ただ、この程度の出力でよいか判断がつかなかったため、ノアに確認を求める。
「使えそうか? 実戦で」
「いいんじゃない? 相手の出方にもよるけど、あの闇の鞭は切り裂けるレベルだと思う」
「ノアが持った方がいいんじゃねえのか?」
「最初はそのつもりだったし、今後はそうしたいけど、今回の戦いでは四属性メインで魔力を使いたいから」
「そうか、じゃあもらっとく」
セミーンが聖杖を装備すると、鎧兜に淡い光が灯った。
「こいつぁ……光属性付与ってことか。じゃあ俺は引き続き盾役でいいな?」
「うん、至近距離で使って!」
聖杖の持ち主が決まったところで、マンナは地下への階段を指さし、バルカスにフォーメーションの確認を取る。
「多分、そこの階段を降りたところが最深層だと思うんだけど、隊列はどうします?」
「んまあ、今回はセミーンが先頭でもいいだろうな。トゥイは洋市と同じように遊撃で。後ろは俺がやるわ」
「では、私とガッタでノアを守れば?」
「そう考えると少し薄いか」
検討の末、最深層での隊列は以下の通りとなった。
先頭にセミーン、バルカス。
後方にトゥイ。
ノアのそばには結界要員として亜希が付く。
そしてノアの右にガッタ、左にマンナ。
洋市は遊撃である。
隊列が決まった段階で、バルカスが作戦を再確認する。
「ノア、奴さんと会ったんだろ? 作戦は変えるのか?」
「変えません」
端的な説明に留めたのは、会話をミナに聞かれている可能性が高いから。
事実、ミナは全てお見通しである。
「じゃ、行くか」
各々はポーション類を飲み干した後、最深層への階段へと歩を進めた。
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