第十二話
洋市が見た魔物たちは、かつて自分が追われた巨大オオカミほどではないが、獰猛さを前面に押し出したオオカミの群れであった。
見る限り、湖の生き物ではなく、近くに餌となる何かがあるのではないかと勘繰っているような動きである。
五匹。
家族なのか仲間なのか、複数体の魔物の姿を見て、洋市も不安を感じる。
大丈夫、隠密スキルが仕事をしてくれているなら、きっと自分の姿は見えないはず。
洋市はそう言って亜希を安心させたかったが、どうやら群れはこちらに少しずつ近づいているようだ。
「……臭いは、消せないか?」
「えっ?」
洋市の独り言に亜希が反応する。
「私?確かに今日はお風呂入ってないけど、でもそんな……」
「違います。そういうレベルの話じゃなくて、柔軟剤とかシャンプーとか香水とか、そういうことなんじゃないでしょうか」
洋市は独り身だが、それでも女性をケアする心意気はあるつもりだった。
言い回しはやや乱暴だが、亜希が臭いから見つかる、という仮説は否定できたかもしれない。
「私は、おそらく風景とは同化できると思います。しかし、一緒にいる人の臭いまでは誤魔化せない。多分そういうことなんでしょう。このままここにいてください。私が戦ってみます」
「えっ?でも格闘技とか習ってないって……」
「人間相手じゃないなら、色々と試したいことがあります。ちょっと待っててください」
不思議なことに、洋市はあまり不安を感じていなかった。
かつて巨大オオカミに追われていたときは、命の危機をヒリヒリと肌が感じていたのに、今はそれがなくむしろ“勝てる”相手だと本能が自覚しているのが分かった。
陰蛇を倒したことで自信が付いたのか、それともレベルアップによるものなのか、洋市は頭の中で考えながら群れに迫る。
1匹がゴブリンの存在に気付き吠えるのと同時に、他の4匹は姿勢を低くして今にも飛び掛かろうとしている。
「隠れないで出てきたら、隠密もクソもないか」
最初に吠えた一匹が洋市に飛び掛かる。
洋市はその姿をしっかりと見据え、がっぽりと開いた口の中に手を入れるように右手を突き出し、自分の爪をオオカミの舌に突き立てた!
マンガで得た知識だが、犬系の動物は舌をつかまれると、身体の構造上何もできなくなるらしい。
後にそれはフェイクだという意見も聞いたが、洋市には別の意味で試したいことがあった。
「グゥウ!?」
戸惑ったオオカミだが時すでに遅く、洋市は爪から毒を投与していく。
同時に、左手で閉じようとする口を力づくで開いて、腕がダメージを受けるのを防ぐ。
「この毒は爬虫類以外には効くのかね」
オオカミは自分の舌をつかむゴブリンの腕を噛み切ろうとするが、思うように身体が動かないようだ。
身体がしびれているのか、次第に口を閉じようとする力が弱くなっていく。
『できるかな?』
洋市はオオカミの顔を左手で押さえながら、戸惑いながら右手を口から出し、その鋭い爪をナイフ代わりにして首にチョップした。
首筋は鶏むね肉のような柔らかい感触を残しつつ切れ、オオカミは血を流してその場に倒れた。
「ガァアア!!」
「グゥオン!!」
「グゥワァ!!」
「ギャアァ!!」
仲間を倒された四匹は、怒るように唸り声をあげるが、飛び掛かってはこない。
自分たちも同じようにやられる可能性があると思っているのか、と洋市は思った。
『……あのでっかい蛇になったら、戦いが楽になるかな?』
そう考えていると、胸の紋章が赤く光り始めた。
直感的に、人間に戻ったときと同じルールなんじゃないかと思った洋市は、右手で光に触れてみた。
すると、自分の身体の感覚が、少しずつゴブリンのそれとは変わり始めるのを感じた。
手足はまるで寝袋に閉じ込められたような、しかし動かそうと思えば袋の中で動かせそうな感覚になり、身体をくねらせると自分が大きく波打つようだ。
目線の高さも変わった。
つい先ほどまで、正面でオオカミたちを見据えていたはずなのに、だんだん自分がマンションのベランダから犬を見ているかのような視点になった。
このとき、洋市はかつて自分が毒で倒した大蛇(陰蛇)に変化していた。
自分の姿は、湖面を見ると確認できた。
犬、もといオオカミたちはその変化に戸惑っているようで、飛び掛かるべきなのか、それとも逃げるべきなのか判断しかねているようだった。
そのような中、人間なら絶対に考えないようなことを、大蛇になった洋市は自然と考えていた。
『……食べちゃおうか』
あの4匹を丸呑みしよう。
そう考えた洋市は、身体の胸の部分に力を溜めて、一気に解き放つイメージでオオカミたちに飛び掛かった!
20メートル弱はあろうかという巨体が、大口を開けて超速で自分たちに近づいてくる状況を、オオカミたちの頭は正しく処理できていなかった。
急なことで動けなかったオオカミたちを一気に丸呑みし、洋市は少しお腹が膨れるのを感じた。
蛇の身体になると味覚が弱まるのか、臭みやえぐみのようなものは口の中に残っていない。
しかし、お腹の中で暴れられるような様子はない。
『このままゴブリンの姿に戻れるかな?』
そう思い、頭の中でゴブリン姿の自分を想像するが、紋章が光るなどの反応がない。
消化できるまでは戻れないのだろうと、洋市は仮説を立てた。
『しばらく大人しくしていよう』
この近くには人が住んでいる可能性もあるし、大きな姿が目立たないようにしよう。
洋市はそう考え、長い身体を何とか平地に収まるよう、うねうねと身体を動かす。
『そういや、あの蛇ってどうなったんだろうな?まだやっつけてそんなに時間が経ってないはずなんだけど』
ふと、亜希の姿が気になり目をやると、口を大きく開けたまま呆然と座っているのが見えた。
『……変身を解いてから色々と説明しよう』
そう思い、周囲に注意を向けながら、ゴブリンの身体に戻れるタイミングを待つことにした。
> 勇気の欠片(小):獲得5
> クエスト【契約・隣人の盾】継続中
> 受託条件:倉橋亜希の身辺警護(48時間継続)
> 報酬:1時間経過。人間形態維持+10分(968/970分)
> 陰蛇時スキル「うわばみ」獲得




