第百十四話 分散と遭遇
教室の廊下側にある窓、そこから見える風景は、さながらスマホゲームの宣伝をそのまま反映させたようなものだった。記者や動画撮影者のような出で立ちをしたゾンビたちは、言葉にならないうめき声を上げて、大雨の日の濁流のように校内へと雪崩れ込む。
「……さて、どうすっかな」
バルカスはゾンビたちのスピード感から、それほど事態を深刻視することなく、窓枠に手をかけて鋭い目で群れを観察していた。現段階なら迎え撃つことが最善に思えるが、あえて無視し、窓から飛び降りて別ルートを探ることもできる。
当面は素材と今後の戦況安定のため、バルカスは戦闘を想定して眉間に皺を寄せる。
「数だけは多いな……まともに平地でぶつかりゃあ消耗も激しくなる。ま、ここは廊下におびき寄せといて、狭い場所で戦い続けるのが定石だな」
バルカスが目を見開いて戦術を確定した後、その後方ではノアが杖を構え、精霊に祈りを捧げるような安らかな表情で、深く精神を集中させて詠唱していた。
『──火の精霊よ、悪しき汚れた者共を天より降り注ぐ裁きの炎で焼き尽くし給え。すべてを灰燼に帰すその御力、清々しや、炎の雨!』
ノアが詠唱を終えると、窓の外の空が夕焼けのように燃え、やがてその炎は天から地に振り注ぐ。
夕焼けは炎となって地面のゾンビに振りかかり、一同は油を塗った木人形のように燃え上がった!
「ギャァァァァァァッ!!」
「グェェェェェ……」
「ホォォォォッ!!」
おそらく自然界で遭遇することのないであろう、唐突な炎の雨を浴びたゾンビたちは、苦悶に満ちた、一部は恍惚とした叫びをあげて次々と黒焦げになっていく。校門前で群れていたゾンビの大半は、瞬く間に燃えカスとなった。
現代日本の小学校で起こるはずのない出来事に、洋市と亜希は、まさに目の前でイリュージョンショーを観たような気持ちになり興奮する。しかし、バルカスはノアの一手を予想していたかのように無感動であり、一言だけ、ノアの方を見て確認する。
「魔力は大丈夫か?」
「問題ありません。マンナが魔力ポーションをどっさり買い込んでくれたので!」
ノアは眉に力を入れて笑顔を見せ、まさにプロ冒険者としての貫録を見せた。
洋市は、二人のやり取りに冒険者、そして兵士としての”プロ意識”を見て内心痺れる。
そして、この二人のために自身も役に立ちたいという気持ちから、この階層の終着点について考察を展開する。
「バルカスさん、次の階層への入口ですが、仮にこの学校を本階層の終着点とした場合、屋上にあるものと考えられます」
「根拠は?」
「一般的に小学校には地下室が設けられていないところが多く、屋上は学校に通う生徒が”基本的に行けない”場所だからです。ミナ、つまり魔王の刺客もそれを知っているので、何か仕掛けるならその辺りかと」
バルカスは洋市の意見にほう、とつぶやいた後、目を上下させて状況分析を行う。
そして一つの仮説をパーティーメンバーに伝達した。
「靄に導かれてここまで来た流れを考えると、おそらく屋上が次階層への入口、もしくはボスが待ち受ける箇所だと考えられる。よって上に行くが、異論のある者は?」
誰も首を横に振らない。
バルカスは決断し、力強い声で指示を出す。
「アサンの水源、ヨウイチ、アキの六名で屋上まで向かえ!ゾンビは俺とトゥイでやる!!」
すかさずノアが反論する。
「大丈夫です!大規模魔法を使う隙さえもらえれば、一気にゾンビを下へ押し流して……」
「久しぶりに全力を解放しておきてえ。俺たちは現役から離れてるから、加減が分からねえと大変だからな」
そう言って悪い笑みを見せるバルカス。
「ゾンビ退治にはそれほど時間はかからないよ。すぐ合流するから」
普段の飄々とした雰囲気とは違う研ぎ澄まされた表情のトゥイも、今まさにやる気であった。
「「行ってこい!!」」
歴戦の猛者から力強い言葉を受け、バルカス、トゥイ以外のメンバーは二人に軽く一礼した後、一気に階段を駆け上がっていく。
上へ上へと進んでいく間に、ゾンビたちの断末魔を洋市たちは下から聞いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バルカスは咆哮とともに、自らの身体で練り上げた闘気を解放し、バスタードソードを赤く染め上げていく。階下にひしめくゾンビに向けて、赤い剣が振り下ろされると、ゾンビたちは光に焼かれるようにその姿を失っていく。
「ヒイィィィィ……」
「アァァァァァ……」
通路が生まれた瞬間、トゥイは自らの周囲に円月輪のような黒い刃を幾重にまとわせながら、さらに下にいるゾンビの中に飛び込んでいく。獲物が来たと喜ぶゾンビたちは、たちまち身体が文字通り散り散りになり、トゥイの行く手を阻むことができない。
『さーて、ボスは一番下かな?』
一階まで階段を降りていくと、教室へとアクセスする階段とは別の、おそらく地下へと向かう階段があった。バスタードソードを振り続けたバルカスも、一階に向かうまでにゾンビたちを一掃して追いついた。
そして玄関。
「……あるじゃねえか」
「……あったね」
ゾンビの群れを率いていたと思われるモンスター・エルダーリッチは、その骸骨の瞳を力強く光らせ、一般的な校舎にはない地下室につながっていると思しき階段から、重だるそうに足を引きずってきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
階段を埋め尽くしていたゾンビたちが、バルカスの闘気とトゥイの黒刃によってことごとく駆逐されていた頃。
アサンの水源メンバー、亜希をおぶった洋市は階段を一気に駆け上がる。
「すみません、洋市さん」
「いいんです、この方が早いですから」
鍛え抜かれた冒険者や、身体強化したゴブリンの足に比べて、亜希の足は遅い。
そこで洋市は亜希をおぶって走り抜けていたのだった。
一行は最上階へと到達し、少し錆びついた横開き扉は、セミーンが力任せに押し開けた。
全員が屋上へと辿り着き、フェンスに囲まれた空間を認識したとき、瞬時に周囲の空間が歪んだ。
『!!』
魔力的な空間への干渉が行われたことを把握し、ただちにそのスポットに目を向けるノアとガッタ。
他メンバーも同じ方向を向くと、屋上スペースの中央にあたる広い部分に黒い渦が生まれて消える。
渦が完全に消え去った後、突如パーティーのターゲット・ミナが現れた。
「楽しんでる?」
まるでテーマパークのアトラクションの感想でも聞くような、軽いトーンの声。
しかし、その姿は禍々しい殺気を帯びている。
ラスボスの登場に、扉を抜けた面々は驚きと警戒心を隠せなかった。
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