第百十三話 事件の真相と疑念
須田市須往町第二小学校。
小高い丘の上にそびえ、多くの子供たちが元気に坂道を登りながら通学する、スポーツに力を入れている小学校として知られる。一行は、靄を避けながらゆるやかな坂道を登り続け、校門を抜けて校舎内へ足を踏み入れた。
校舎は、おそらくミナが小学生だった頃の雰囲気を残しており、玄関は下駄箱が整然と並んでいる。
その先には、中庭を映し出すガラス扉と窓がある。
洋市も亜希も、小学生時代を過ごした年代こそ違うが、ともにどこか郷愁を誘われる光景であることに変わりなかった。一方、アルトヤ界に生を受けた面々は、その人工的かつ洗練されたデザインに興味を惹かれていた。
「まったく無駄がないな。刑務所みたいだ」
セミーンは、その無骨ともいえる装飾のなさに、遠慮のない感想を述べた。
「……否定はしませんが、実際には子供がたくさんいるので、落書きや傷なんかもたくさんあるんですよ」
洋市が小学生として生きていた時代、小学校は子供の自由な遊び場の一つであり、下駄箱もまた”小さな事件”が起こるフィールドであったとセミーンに説明する。
軽い雑談の後、一行は周囲を注意深く見渡す。しかし、廊下の奥や一部の階段にはアクセスできず、相変わらず不自然な靄がかかっているため通ることができない。
「他の場所は作れないのか、それとも作る気がないのか……奴さんは『こっちへ来い』と言わんばかりだな」
バルカスは、この空間を構築した創造主の意図を、あからさまに感じていた。もっとも、自分が同じように敵を誘うなら、やはり目的に即して無駄なものは作らないだろうなと洋市は思った。
洋市たちは唯一靄が晴れている階段を上り、すぐに三階の廊下へと辿り着く。しつらえた舞台のように、ある教室の扉だけが開け放たれており、何者かの気配を感じる。
「ヨウイチ、あの部屋、全員で一気に入れるのか?」
バルカスは、教室のサイズ感について念のため確認をとる。
「マジックバッグのような空間になっている可能性もありますが……一般的には八名の大人が入っても、十分なスペースがあります」
洋市の見立てを聞いたバルカスは他メンバーに指示を出し、隊列を崩さず一気に全員でなだれ込んだ。
教室内には五人の女子児童と、一人の小柄な少女──おそらくミナがいた。
女子たちはミナを取り囲むようにして、冷笑しながら口撃を加えている。
「また学校来たの?」
「もう顔見たくないんだけど」
「早く死ねよ」
聞く側が怒りを感じてしまうような心無い言葉を、女子たちはミナにかけ続ける。しかし、当のミナは虚空を見つめたまま、全員の発言が聞こえていないかのように振舞う。
ミナの無反応さに苛立った一人が、ミナの肩を強く突き飛ばした、次の瞬間──。
ミナは折りたたんでいた電工ナイフの刃を素早く戻し、突き飛ばした女子の胸元に突き立てた。
周囲の女子たちが悲鳴を上げる間もなく、ミナはナイフを引き抜き、返り血も構わず次々と他の女子たちも切り付けていく。さらに、恐怖で動けなくなった女子たちの背中を刺し貫き、教室の床には赤黒い血だまりがどんどん広がっていく。
その光景を見たバルカスは、一瞬自分の過去がフラッシュバックするが、顔を殴って正気を取り戻す。
その間に、一部の女子たちは教室の出入口へと逃げようとする。
しかし、彼女たちの足は動かない。
床に伸びた自身の“影”に絡め取られ、ただ恐怖に支配され叫ぶのみ。
自分の肩を突き飛ばした女子にとどめを刺した後、ゆっくりと立ち上がるミナ。
爛々と光る赤い瞳は、真っすぐに亜希を見据えていた。
殺意!!
亜希は咄嗟にスマホを構え、結界を発動させようとする。
しかし、ミナの反応の方がわずかに早い。
ガキインッ!!
危機を察知したアプリがオートで結界を発動したため、亜希の心臓に刃が突き刺さることはなかった。 しかし、ミナの電工ナイフからは物理法則を無視するように黒い影が伸び、結界の一点に無数の連撃を浴びせようとする。
キンキンキンと連続した金属音が鳴る中、亜希は目の前の黒い影が自分の心臓を狙っていることに戦慄する。洋市は身体強化された身体でただちに床を蹴り、重い蹴りをミナに叩き込んだ。
同時に、短時間で執拗な攻撃を受けたことにより、結界が消失する。
その隙を影は見逃さなかった。
「きゃっ!」
亜希が鋭い痛みを感じ右頬を押さえると、右手には血がびっしりと付いていた。
「アキちゃん、動かないで!」
ノアが素早く亜希のそばに寄り、無詠唱で生み出した精霊水で傷口を洗い流す。
瞬く間に傷はふさがり、傷跡も消え去ったが、未だ亜希はショックで右頬を押さえている。
一方、洋市に蹴り上げられたミナは、場の重力が反転したかのように教室の天井に立っていた。ニタリと不気味な笑みを浮かべた彼女は呪詛らしきものをつぶやき、自分が殺した死体や影に縫われている少女たちを操る。
彼女たちの両手は、もはや人間のそれではなく、カマキリのような漆黒の刃をまとっている。
少女たちは亜希ではなく洋市に狙いを定め、虚ろな目のまま切り付ける!
さながら『いじめっ子の指示』に従い、いじめられっ子を痛めつけようとする子供たちのようだ。
洋市は複数の殺意を感じ、ただちに応戦しようとするが、その状況を放置するパーティーメンバーはここにはいない。
「無視してんじゃねえよ!!」
ガッタがオオカミのような咆哮を上げ、火属性の魔力を込めたミスリルメイスで少女の一人の頭を吹き飛ばす。
「俺とトゥイは攻撃、その他は陣形を崩すな!セミーン、アキちゃんを守るように敵を誘導しろ!!」
バルカスとスキル【隠形】で隠れたトゥイは、まず洋市に向かう女子を叩くため動き出す。セミーンは冷静に戦斧を構え、スキル【誘導】を発動しながら、その重厚な鎧兜で少女たちの刃を受け止める。
マンナは敵の隙を突き、軽鎧に仕込んでいた手投げナイフを使って、少女たちの関節を正確に撃ち抜いていく。ノアは万一に備え、大規模魔法の詠唱準備を行っている。
パーティー全員の連携によって、少女たちの攻撃はことごとく無力化され、やがて魔石と何らかの素材になって消えていった。
戦況が落ち着くと、天井に立って笑っていたミナの姿は、忽然と消え去っていた。
「……本物ではないだろうな」
少しずつ警戒を解きながら、洋市は教室内を見回しながらも、過去に読んだゴシップ記事の内容を思い出して違和感を覚える。
『確か記事では、事件の現場はトイレだったはずだ。本当は教室だったのか?』
所詮はゴシップ記事なのか、と、洋市は取材の質の低さを残念に思う一方で、ミナの記憶が錯乱している可能性も否定しなかった。
一方、亜希は小さい頃に見たテレビのニュースを思い出していた。洋市と同じように、事件現場がトイレだったと思い出したが、他に『少女M』のイニシャルの正体も今日正しく理解した。
「……あの『少女M』って、ミナちゃんだったんだ……」
亜希は、自分の身近に殺人犯がいたことに驚きを隠せない。
もっとも、まだ幼い子供たちの事件について、怖気を感じていたのは二人だけではなかった。
「なあヨウイチ、お前らの国は……その……内戦とかあるのか?」
内戦における少年・少女兵の存在や、魔族の残党狩りなどの例を思い浮かべたセミーンが、苦い顔をして洋市に質問する。
洋市は、セミーンの意図を少しだけ理解できたように思い、自国の特殊性を簡潔に説明する。
「日本の地方都市……例えば私たちが暮らす須田市という場所は、時に協調性というものを異常なまでに重視することがあります。ある生き方のセオリーからはみ出した者に対しては、たとえ子供であっても容赦なく排斥する場面も珍しくありません。私はそれを人間が産む狂気の一つと理解していますが、もちろん狂気だけでこの殺意を社会が正当化することはありません」
洋市が重々しく説明すると、異世界の住人たちは、洋市たちが暮らす世界の得体の知れなさに言葉を失った。
突如、トゥイ が隠形を解いた姿で、教室内の面々に伝達する。
「下から来る! 集団!!」
トゥイの警告を聞き、各々が廊下の窓を見ると、校門と玄関の間に無数の人が集まってきている。彼らは日本語とは思えないうめき声を倍音で出しながら、まるでゾンビのように群れていた。
よく見ると、カメラやマイクを手にした新聞記者のような者もいれば、自撮り棒を使ってスマホによる撮影をしている動画撮影者のような者もいる。
集団は不気味な叫び声を上げながら、今まさに校舎へと雪崩れ込もうとしていた。
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