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☆第二章本編完結済/120話突破☆【ゴブリンマン】~40代限界フリーランスはゴブリンになっても人間味と仕事が欲しい~  作者: 広瀬
第二章 ゴブリンマン活躍編

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第百十話 悪意の根拠

 ガッタから「このダンジョンは亜希を苦しめるためにできている」という仮説を聞かされ、思わぬ指摘に涙が止まらない亜希。

 その様子を見たガッタは、言い出しっぺの責任を取るかのように、亜希にとって少し厳しい言葉を投げかけた。


「俺さ、一つだけアキちゃんの様子で気になってたところがあんだよ。アキちゃんが悪いってわけじゃないけど、たまになんか臭いがするんだ」


 意外なところで自分の体臭を指摘され、そんなことでここまで憎まれてたまるかという気持ちが生まれ、目に力が入る亜希。

 しかし、ガッタはそんな亜希の気持ちをあえて無視して話を続ける。


「多分な、アキちゃん本来の臭いじゃない……なんつーか、アキちゃんが変な汗かいてるっていうか、そのせいで臭いっていうのかな。その臭いがたまに漂う感じがあんだよ。あと、無意識なんだろうけど暗い顔するときもあるしな」


 獣人の鼻はとても鋭く、臭いによって病気や体調不良を嗅ぎ分けることもできるほど。

 つまるところ、ガッタは亜希の対人ストレスによる臭いを看破したわけだが、持ち前の率直さでそれを口にした結果、デリカシーの欠片もない発言になってしまった。


 そして亜希自身も、ガッタの指摘に思い当たる節があった。

 それも、自分自身が久しく忘れていたことで。


 ガールズバーでジャージを脱ぎ、チアガール姿で勤務するようになってから、亜希は自身に向けられる視線に対して敏感になった。

 ほとんどの人は好奇心から目が行くようなイメージだったが、中には亜希に性的な視線を向ける男性もいて、亜希は嫌悪感に耐えながら勤務するうちに感覚が鈍麻していった。


 次第に歪んだ好意をいなす度胸も身につけていったが、その感覚の鈍麻は、ともすれば他キャストから向けられる悪意にすら無頓着になるほどだったのかもしれない。

 Cheers! は、たまたま良いキャストに恵まれていたが、ミナだけは例外だった。


 さりげなくでも、何か声を掛けていれば。

 彼女の出していたSOSを見逃していなければ。

 今のような事態にはならなかったのかもしれない。


「ガッタさん……私……」


 そこまで言った後、亜希は自分が働いている職場の概要や、そこで受けた視線についてガッタに説明した。


「うーん、なんだろうな。こっちでいう夜館とか娼館とか、そんな感じの店にいるってことか? アキちゃんはそんな風に見えないけどなあ」


「そ、そこまでのサービスはやってないので……何ていうか、セクシーな服で接待する感じで……おさわりとかそういうのは……」


 亜希の言いたいことを理解したセミーンが、ガッタに例をあげる。


「あれだよあれ、アサンシャの”旅情酒場”みたいなとこで働いてんだよ」

「あー分かった、でもあそこ男も接客するぞ?」

「いろんな趣味の奴がいるからな、地下なんかひどい……」

「止めなさい!!」


 話が変な方向にヒートアップしそうになったので、慌ててマンナがそれを止める。


「危機感持ちなさいよアンタたち! ……とにかく、亜希ちゃんが何らかの悪意にさらされていることも、魔王の刺客が亜希ちゃんに恨みらしきものを持っていることも分かったわ。だったらなおさら、亜希ちゃんは現状をこの鏡で確認した方がいいわね」


 マンナの提案を聞いた亜希は、現在の自分が何らかの問題を抱えている可能性を否定できなかった。

 一呼吸置いて、亜希は意を決して自ら『看破の鏡』の正面へと進み出る。


 しかし、洋市のような異様な変化は見られない。

 ただ、いつも通りのボブカットの自分が映っているだけ。


「……何も、変わってませんよね?」


 亜希が振り返ると、彼(・)女(・)以(・)外(・)の全員が、各々の表情で驚きを隠さずにいた。


「アキ……ちゃん……見えないのね……」


 ノアは両手で口を覆いながら、自分の目に見えているものを疑う。

 鏡面から見える亜希の背後には、無数の「眼球」が不気味に浮かび上がり、時折まばたきさえしている。


 鏡面右下には、亜希の肌を舐め回すような視線。

 左下には、爛々とした好奇の視線。

 右上には、ぱちりとした複数個の女性の目。

 そして左上には、おそらくアサンの水源メンバーや洋市のものと思しき瞳。


 仕事柄、多くの人たちの視線を感じながら勤務している弊害なのか、あるいは心に刻まれた情報の顕在化なのか、鏡に映った瞳の多さは異常だった。


 しかし、誰もが狂気を感じざるを得なかったのが、亜希の胴体に位置する巨大な「血走った一つ目」であった。


 一つ目は、まるで亜希の胴体に血管を巡らせるようにして、鏡前の亜希を睨みつけている。

 困惑している様子の亜希を鏡から見て、心なしか目を細める一つ目は、まるで亜希の不幸を心から喜んでいるようだ。


 その瞳には、何者かの底知れぬ憎悪が見て取れた。


「……呪いだよね、これは……」


 トゥイはその赫い瞳で、瞳の正体を重苦しい声で看破する。


「アキちゃん、君はおそらく、極めて強力な呪いに冒されている状態だ。上側の穏やかな視線……おそらくヨウイチくんやノアっち、向こうの世界の仲間たちの優しさが防波堤になって、何とか呪いの侵食を食い止めている状態だね」


「私に……呪い……ですか?」


「うん。好奇の視線や性的な視線は、正直そこまでの脅威じゃないし、基本的にはこういう神(・)話(・)級(・)の(・)魔(・)道(・)具(・)であっても可視化されないと思うんだ。ヨウイチくんたちの視線もそうだ。だから彼女……魔王の刺客によるものの影響だと思う」


 トゥイは続ける。


「単純に考えれば、この手の呪いは術者を倒した後、適切に浄化すれば解呪できる。だから魔王の刺客を倒せば……」


 トゥイは亜希に希望を持たせようと試みたが、とうとう亜希の心の悲しみは限界まで膨らんでしまった。


「……何でなの……」


 ポロポロと、大粒の涙が亜希の頬を伝って服を濡らす。


「ごめんなさい……私、本当に何も心当たり……ない……なんで……そこまで恨まれ……いけない……? 私、ミナちゃん……何をしたの……ッ……うぅっ……うっ……」


 亜希は顔を覆い、たまらずしゃがみこんで泣き出し、やがてその声は号泣へと変わった。


 理不尽な悪意や濡れ衣。

 亜希はそう思った、思いたかった。


 しかし、そこまでの憎悪をかけられる以上、やはり自分が何かをしていることは疑いないと亜希は思わざるを得なかった。

 問題は、今泣いている場所は死闘の森の新ダンジョンであり、ひとたび心折れれば先へ進むのは難しくなる。


 まして、限られたメンバーで、ともすれば世界の命運を握る重大な戦いに臨む状況。

 自力で戦う術を持たない駆け出しの冒険者が、大事な戦闘の前に戦意を失うことは、パーティーの全滅リスクを大幅に高める危険要素であった。


 ノア、バルカス、トゥイは、このまま彼女を連れて次へ進むべきか、冷徹な決断を迫られることになる。

 そんな中、洋市はどこか冷静に、まるで理不尽な悪意の正(・)体(・)を熟知しているかのように、冷ややかなトーンで亜希を突き放した。


「亜希さん。誰もが身に覚えのないことで疑われ、苦しめられる可能性があります。それは現代日本でもそうです。しかしこの場合、最終的に呪いを掛けた相手を倒すことで解決する可能性があるなら、これは亜希さん自身の戦いでもあります」


「だって……洋市さん……わたし、ほんとうに!! 身に覚えがないんです!!!」


 泣き叫ぶ亜希に対し、洋市は冷たい目を遠くに向け、自分の発言を補足する。


「そこが、ミナさんの狙いかもしれませんよ?」

「え……?」


 亜希は唐突な洋市の推測に、涙に濡れた顔を上げ、呆然とゴブリンの縦に割れた瞳孔を見つめる。


「私が言いたいのは、亜希さんが『どうして』と悩み、苦しむこと自(・)体(・)が呪いの効果なんだとしたら、そこには何の理由もないのかもしれない、ということです」


「……どういう、ことですか?」


「小学生のいじめと同じです。自分が一方的な被害者であると怯え、泣き叫ぶ亜希さんの姿を見て、ミナさんが愉悦感を得るための……単なる“遊び”に過ぎない可能性もある」


 洋市の理路整然とした仮説を聞き、これまでまったく心当たりのなかった亜希の頭に、ミナの底意地の悪い性格が浮き彫りになった。


 異常なまでの自分に対するこだわり。

 意味不明にしか感じられない悪意。


 その異常な執着がすべて、自分の心をもてあそぶだけの悪趣味なゲームだったとするならば。


 洋市の仮説を自分が受け入れた瞬間、これまで感じていたミナに対する悲しみと怯えは、急速にヒートアップしていた心を冷やす。


「……何それ」


 亜希は乱暴に涙を拭き取ると、ゆっくりと立ち上がった。


「勝手に憎しみをぶつけるようなことをして……それがただの遊びだって……いうんですか?」


 筋が通らない、理不尽な行動に感じる幼さ。

 そして、異世界という極限の環境でそれを行い、自分を苦しめようとする性格の悪さ。


 ミナの悪意の根拠をそのように解釈した瞬間、亜希の中に眠っていた何か、荒ぶる心が目覚めた。

 突如、亜希は虚空に向かって中指を立て、どこにも見えないミナに向かって叫んだ。


「っざけんじゃねえよ、バーカ!! 絶対アンタひっぱたいてやるから!!!」


 いつもの明るく気丈な亜希からは想像もつかない、どこかヤンキーじみた雰囲気を思わせる、攻撃的な発言が彼女の口から吐かれた。

 思わぬ一面に戸惑う洋市をよそに、バルカスはガハハ、と豪快に笑った。


「いいぜアキちゃん!! 冒険者はそうでないとよ! 行儀よく生きようなんて奴は冒険者に向いてねえからな!!」


 亜希の瞳に強烈な怒りと戦意が宿ったのを見て、一行は魔石と鏡の回収後、行軍の続行を決断した。



 ──────────



 一方その頃、ダンジョンの最深部。

 黒檀を黒く染めたかのような玉座 に深く腰掛ける“魔王の刺客”ことミナは、不機嫌そうに舌打ちをした。


「違ぇよバカ、全部な」


 洋市の推論が的外れだと言わんばかりに、そして亜希の逆ギレを嘲笑うかのように、にやけながら乾いた声で罵った。

 ミナにはミナなりに、亜希を激しく憎むだけの理由があった。


 それは、ガールズバーでの人気や協力者の存在といった、単なる嫉妬ではない。

 もっと根源的な、もはや出自に関わるほどに残酷な因縁。


「アイツにとってアタシが誰なのか、ホントのこと教えたら、どんな顔するかなァ……」


 ミナは自らの唇を舌でなめずり、歪み切った悦びとともに顔をほころばせる。


「アンタが幸せなのは、アンタのために犠牲になってる誰かがいるだけだってこと、気付けてないだけなんだよ単細胞」


 亜希が虚空でミナに悪態を突く中、ミナはただその爛漫さに呆れ、そして『必ず殺す』という誓いを改めて立てる。


 そして、魔王がミナの負の感情をさらに浸食しながら、満足げに口角を上げていることを、彼女は全く知らずにいるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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これからも『ゴブリンマン』をよろしくお願いいたします。

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