第百九話 鏡の意図
現代日本における理科の実験、あるいは雑学に近い知識によって、ガラスのドラゴンはパーティーに駆逐された。
広間には、素足で歩けば大怪我は避けられないほどの、夥しい量のガラスの破片が散らばっている。
その中心には、ラグビーボールのような形状・サイズの魔石、そして一枚の丸鏡だけが残された。
魔物の気配を感じなくなった一行は警戒を解き、異形のドラゴンが残した戦利品をあらためている。
「何だぁ……? こんな鏡が素材だってのか?」
バルカスが小さな丸鏡に触れると、突如鏡は巨大化して本来の姿を表した。
大の男が両手で抱えなければ持ち運べないサイズ感に。
裏面を見ると、ご丁寧に自立させるための金属製のスタンドが備え付けられていた。
「これは……変形機能があるってことかしら? どんな効果があるのか見てみましょうか」
マンナは素材の物理的、あるいは魔法的効果を探るため、パーティーが順番に鏡の前に立つことを提案する。
「うーん、罠だったらどうするかな」
しかし、トゥイは現時点で効果を確認することに消極的だ。
セミーンはトゥイと同意見、ガッタはマンナと同意見で意見が割れる。
ここでバルカスが、砦での戦闘や国主導のダンジョンアタックによって培われた知見から、罠の可能性が低いことを説明する。
「罠はあるかもしれねえが、それは呪いか……あるいはミミック的なもんだろうな。モンスターが残す素材の中には確かに呪われているものもある。だが、呪いは木札で何とかなるだろうし、ミミックならぶっ潰すだけだろ?」
これに対してトゥイが反論する。
「普通はそうだけどさ、あのモンスター、明らかにアキちゃんへの悪意から生まれてるじゃない? 一般的なダンジョンの常識で考えるのは危険だと思う」
亜希も何か言いたいが、何を言うべきかがまったく思いつかない。
ここで、全員の意見を総括するように、ノアがバルカス、トゥイに意見を述べる。
「賛成・反対の意見は分かりました……その上で私は、やっぱり調べてみた方がいいと思うんです。ざっと見る限り、魔力的に闇魔法の重さとか、禍々しい何かは感じなくて、むしろ光属性を感じます。だから私は、魔王が何らかの意図でこの素材を混ぜ込んでモンスターを生成しただけだと考えています」
ノアは続ける。
「で、これを素材として混ぜ込むと仮定した場合、呪いを込めるのは無理だと思うんです」
トゥイがノアの仮説に耳を傾ける。
「光魔法には呪いがないと?」
「うーん、厳密には『戒め』があるので、可能性はゼロじゃないんですけど、まず鏡に呪いってのが難しい気がするんですよ。トゥイさん、光属性の鏡に加呪できます?」
「僕の力じゃ無理だね。百発百中で反射されるよ。相性が悪い。……僕が言ってるのは、魔王の次元で話をした場合に、凡人が想定できない呪いが加呪されている可能性があるってこと」
一般知識として、魔王は闇属性だと理解されているが、実はそう単純なものではないとトゥイは語る。
「魔王はさ、世界の”理”を変える力があるからこそ、今なお警戒されてるんだ。光属性でも呪いがかけられているリスクは否定できない。だからこそ、今あえて鏡を確認する必要はないし、マジックバッグ行きでいいんじゃないかな」
各々の白熱した会話を聞きながら、洋市はかつて働いていた職場での不毛な議論を思い出していた。
Webサイトのコンセプト設計についてメンバーそれぞれが熱量をぶつけている中、すでにそのアイデアが別サイトで採用されているのを知っていて、しかも守秘義務の観点から共有できないというもどかしさ。
しかし、一度会話を終わらせる必要があると判断した洋市は、意を決して言葉を発した。
「あの……皆さん、今鏡に映ってますけど、特に何の反応もないみたいですよ?」
「「「え?」」」
バルカス、トゥイ、ノアが現在の立ち位置を確認する。
セミーン、ガッタ、マンナもそれにならう。
喧々囂々と討議しているうちに、彼らは無意識に大鏡の正面近くへと移動しており、遠近の差はあれど洋市、亜希以外のほぼ全員が鏡に映っていたのだった。
「…………」
「…………」
「…………」
気まずさを隠せないバルカス、トゥイ、ノアの三名。
さすがにフォローが必要と、マンナは全員の前で声を上げた。
「さ、さあさあ、大丈夫って分かったんだから、実際に映って調べてみない?」
全員がおずおずと頷き、さっそく自分たちの姿を映し始めるのだった。
パーティーの面々は、それぞれ順番に鏡の前に立ち、戦闘でやや疲れた顔と汚れた装備を映している。
しかし、映った姿は彼らの現在の姿でしかなく、一般的な鏡との違いは分からない。
「映り方が細かい鏡……ってわけでもなさそうだけどな」
セミーンは鎧兜の意匠を確かめながら、鏡としての質を確認している。
順番が変わり、ゴブリン姿の洋市が鏡の正面に立つ。
鏡の表面が一瞬波打ち、波が収まった頃、その姿は異形へと変質していた。
「……これは……」
思わず声を漏らす洋市。
鏡の中に映っていたのは、緑色の姿をしたゴブリン”だけ”ではなかった。
右上半身は、現代日本人の中年フリーランス『浅井洋市』の姿。
左上半身は、もはや見慣れてしまった緑色の『ゴブリン』の姿。
そして下半身は、彼が身に宿すもう一つの姿、光沢のある黒の鱗に覆われた『陰蛇』のそれであった。
「な、なんじゃこりゃ……!」
洋市自身も、そのエキセントリックなルックスに驚愕するしかなかった。
鏡を覗き込んだノアは息を呑み、聖都での受験の過去からある伝説を思い出した。
「これ……多分『看破の鏡』だ! 魔王戦時代、人間の姿に変装して街に潜り込もうとした魔族を狩るために使われてた……魔道具……だ……」
古代遺産級の希少価値の高さに気付くとともに、血塗られた歴史を紐解き絶句するノア。
「そんなものが……では、私の今の姿は、変身できる姿全てを示したもの……」
「歪だけどね。魔王の呪いの影響があるから、そういう見え方になるんだと思う」
現代日本のテレビゲームの世界観で登場しそうなマジックアイテムに、洋市は自分の姿の醜さ以上に、そのギミックに興奮していた。
もっとも、須田市でゴブリン姿が映し出されるのは洋市だけだろうが。
好奇心の塊であるノアも、現代の知識や技術では解明できそうもない術理が隠されていると目を輝かせる。
「この仕組みを研究して、ただの鏡に機能を追加できたら……商業ギルドで……」
希望に燃えるノアにマンナが空気を入れる。
「魔法省に勘付かれるわ。この鏡だけを有効に使うべきよ。富裕層向けの使用人チェックや希少素材の真贋判定、それを砦の非公式なサービスとして……」
バルカスが暴走する二名にツッコミを入れる。
「お前らよお、よく公僕の前でそんな話できるよなぁ?」
呪いがないと分かると、途端に現金な反応を示す女性陣を見ながら、セミーンはいつものように冷静に状況を検討する。
「あえて素材に光属性の鏡を使った理由は何だ? そもそも魔王はどこにいて、どこからこんなものを仕入れた? 何のために……?」
セミーンの疑問に対して、ガッタは単純明快に言い放つ。
「そりゃ、魔王が今いる場所だろ。どこかは知らねえけど。んで、理由はアキちゃんだ」
「……どういうことだ?」
「大体、変なんだよこのダンジョンは最初から。バルカスさんやトゥイさんに対する嫌がらせもそうだけど、普通のダンジョンと違って誰かの意思が入り込んでる。んで、一番苦しめたい相手は誰かっていうと……」
「アキだってのか?」
「ああ。仲間割れして一番困るのも、ドラゴンが不快な思いをさせたのも、結局はアキちゃんだろ?属性より使い道を考えて素材を選んでるんじゃないか?こっからは想像だけど、次もアキちゃんにまつわる“何か”が用意されてると思うぜ」
ガッタの単純かつ残酷な推測は意外にも的を射ており、場は一気に静まり返った。
『やっぱり……私のせいで……どうしよう』
亜希は不安を隠し切れず、その目には涙が溢れ始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ページ下部からの評価(☆)、ブックマーク、ご感想など、いつも大変励みになっております。
これからも『ゴブリンマン』をよろしくお願いいたします。




