第百七話 影法師と割り算
第二層の洞穴の先、螺旋状になっている石の階段を下りると、第三層には倉庫のような広大なスペースが出現した。遠くに目をこらせば、おそらく第四層への階段が見えるが、周囲には何もなく、地面も壁も天井も岩でできている。
にもかかわらず、なぜか照明はあるようで、天井にはランプとも蛍光灯とも見える丸い光がいくつか点いている。洋市の印象としては「石山の中に掘った洞窟状の倉庫」だったが、何も置かれていないのが気になった。
『……普通に考えれば、まっすぐ進んでよさそうなもんだが、多分トラップか何かがあるんだろう』
そう思う洋市のそばで、マンナは自分のマジックバッグから一枚の木札を取り出した。
その木札をノアに渡すと、ノアはそれに魔法による火を点け、勢いよく燃え始めた札を遠くに投げる。
札がどんどん燃えていくにつれて、だんだんとダンジョンの全容が見えてきた。先ほどまで何もなさそうに見えた広い空間には、透明に近いガラスのような仕切りがあり、それらは複雑な迷路を形作っていた。
「遊園地のミラーハウスみたいだ……」
亜希は幼少期、親に連れられて遊びに行った遊園地にある、鏡だらけの迷路のアトラクションを思い出していた。遠くを見ていたバルカスは、通路が出現した段階で、ノア、マンナに確認を取る。
「単純な鏡迷路ってわけじゃねえよな?」
「はい。おそらく選ぶ通路によってトラップが用意されているほか、宝箱が配置されている可能性があります」
「あとは、鏡からモンスターが出現する可能性も否定できないわね」
ふむ、とバルカスは息を吐き、顎に親指と人差し指を銃型にして当てながら、隊列について検討する。
「セミーン、今回は一番後ろにつけ。俺は前に立つ。バックアタック対策だ」
「分かりました」
鏡迷路ということもあり、予期せぬ場所から敵が出現した場合に備え、バルカスとセミーンが縦になる配列となった。
「ガッタとトゥイはアキちゃんの左右につけ、今回はヨウイチを遊撃にする」
いきなり難易度が高そうな配置になり驚く洋市。
「あの……私でよろしいのですか?」
「今回はその方がいい。動き方としては、パーティーに関係なく敵が出たら真っ先に叩いていい。それで苦戦しそうならマンナ、ノアがサポートに回れ」
マンナとノアは大まかな指示を理解しつつ、基本的な隊列について確認する。
「じゃあ、私はヨウイチさんのそばでいいかしら?」
「同じ斥侯だからな。トラップや宝箱の見極めをレクチャーしてやってくれ」
「うーん……それなら私はアキちゃんのそばにいます。遠距離から魔法でサポートできるので」
「それでいこう。決まりだな」
こうして、全員の配置と役割が決まったところで、一行は透明な鏡に仕切られた迷路を進む。
迷路は入り組んでおり、ところどころに行き止まりがある。
都度、マンナが何らかの細工がないかどうか、洋市と一緒に確認していく。
十数回目の確認中、行き止まりの鏡が割れ、何者かが登場した。
それは、洋市そっくりの姿をしたゴブリンだった!
『なっ……!!』
突然のことに驚く洋市だったが、瞬時に自分とモンスターを見間違えられたら大変だと焦る。
ただちにマチェットを構え、自分のルックスそっくりのゴブリンに切りかかる。
しかし、ゴブリンは素早く身をかわし、洋市の後ろに回って蹴りを入れる。
「グハッ!!」
無防備な背中に蹴りが入った洋市は、たまらず割れた鏡の前に吹き飛ばされた。
様子を見ていたバルカスが、一気に距離を詰めて洋市を蹴ったゴブリンの頭をつかむ。頭を鷲掴みにしたまま、地面に思いっきり叩きつけた後、ゴブリンの胴体とは逆の方に身体を避け、そのまま両手で首を絞める。
「ガ……ギウゥ……」
苦しんでいるゴブリンを見て、マンナが洋市に叫ぶ。
「今よ!」
洋市はブンブンと首を振って気を取り直し、刃渡りがマチェットよりも短いクナイに持ち替え、バルカスに動きを止められている間に鎧の隙間を突いてゴブリンの胸を刺した。その後完全に脱力したゴブリンは、魔石と手鏡のようなアイテムになって消えた。
急に自分のそっくりさんと戦うことになり、焦りを隠せなかった洋市は、心臓の鼓動が止まらない。
バルカスが洋市をなだめるようにアドバイスする。
「あの魔物はお前の影法師だ。魔力によって具現化されたもので、一応モンスター名としては“鏡写し”とか“影写し”とかって呼ばれてる。ダンジョンによっては影だけで出てくる奴もいるんだ」
洋市は、自分と瓜二つの分身のような存在を、どう見極めるのかが気になった。
「先ほどの戦闘は一瞬でしたが、複数名の……鏡写しが出たらどうするんですか?」
「見分け方があんだよ。そんなに難しくねえから、次にまた出たら教えてやる」
洋市たちは再び隊列を組み直し、来た道を戻り別のルートへと進んだ。
別ルートから少し進んだところには、鏡で囲まれた小部屋があった。
全員が小部屋の中に入ると、突如入口が閉じる。
「来やがったぜ!複数体だ!」
前後左右の鏡に映ったパーティーは、それぞれ鏡の中から実体を持って飛び出してきた!
瞬間、バルカスが指示を出す。
「いいか!自分の分身だけを相手にしろ!倒したら他のメンバーの補助に向かえ!見分けがつかなかったら簡単な割り算の問題を出せ!」
指示を聞いたパーティーは、まず自分の分身を倒すべく動き出す。
洋市はぽつねんとする亜希を守るため、バルカスの指示通り、すぐそばにいる亜希に割り算の問題を出す。
「10÷2=?」
「えっ?洋市さ……5!」
「正解です。私のそばにいてください」
バルカス、トゥイ、セミーン、マンナ、ガッタ、ノアは、それぞれの分身と戦闘を繰り広げている。
そこで空いたスペースには、洋市と亜希の姿を模した影法師がいる。
彼らは言葉を発することも、怯えることもない。
注意深く様子を見ると、全身が少しくすんでいるように見える。
『多分、これが見分け方か』
洋市の影法師はマチェットを、亜希の影法師は鞭を構え、走って距離を詰めてきた!
「【結界】発動します!」
洋市の魔力を使い、亜希は二人を守る結界を展開する。
影法師は、難しいことはできないようで、ただひたすら結界を壊そうと武器を振り回している。
『こりゃ簡単だな』
洋市は結界の破壊に夢中になっている影法師たちの後ろに回り、静かに素早くマチェットを振り下ろした。気付けば、他の面々もそれぞれの影法師を倒していたようだ。
全員がもとの隊列を組もうとする前に、バルカスがその場で指示を出す。
「止まれ!一名ずつ割り算に答えろ!正解を出した者から隊列に戻れ!」
バルカスが簡単な割り算の問題を出し、メンバーはそれに答えていく。
パーティーメンバーは、各々の問題を解いた後、再びもとの隊列に戻る。
洋市はバルカスに質問した。
「なぜ割り算なんですか?」
「詳しい理由は知らねえが、影法師の知能は限定的なんだ。高レベルの個体は真似た奴の人格を高度に再現できるが、どういうわけか複雑な計算はできねえんだとよ。で、分からない計算の最低ラインが、割り算の問題らしい」
洋市はおそらく、影法師の中で他者と均等に何かを分かち合うという概念が存在しないのかもしれないと推察した。
異世界独特のルールに触れた後、一行はさらに奥へと迷路を攻略する。
やがて、下層への階段が見えると、その手前にある広間から強烈なプレッシャーが感じられた。
「……中ボスだね」
トゥイが呟き、赫い瞳孔を向けたその先には、鏡でできたドラゴンのようなモンスターが殺気を充満させていた。
その表面に、亜希の顔をいっぱいに映して。
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