第百五話 まがい物のレイス
ダンジョン第二層。
一見する限り、誰もが平和な日常を過ごしているであろう、石造りの町並みの奥にある教会。
教会の扉の前では、バルカスをはじめとした魔王の刺客討伐パーティーが、陣形を組み直して戦闘に備えていた。
かつてこの町を自らの手で破壊したという十字架を抱えながら、それでもバルカスは今を守るためにパーティーを鼓舞する。
「奴らが何を仕掛けてくるかは分からねえ、だが……ユニコーンの雷は角を刈らなきゃ止まらねえ!行くぞ!!」
洋市は、おそらく『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と似たような意味のことをバルカスが言ったのだと瞬時に理解し、所定の位置についてバルカスの指示に従う。
バルカスが意を決して教会の重厚な扉を一気に開くと、そこには人間社会の一般的な営みが催されていた。
広々とした会衆席のベンチには、町の家々から出てきた青白い人間のシルエット──レイスらしき存在が座り、まさに満員御礼の様相であった。
彼らは何か言葉を発する様子もなく、ただ一様に正面に掲げられた巨大なステンドグラスに向かい、静かに祈りを捧げているようだ。
洋市は自然とステンドグラスに目が行く。
そこには、優し気な男性のようでもあり、気丈な女性のようでもある、どこか中性的な美しい人間の姿があった。
ノアは一目見て正体を看破しつつ、その美しさに息を呑んだ。
「……サイラ様のステンドグラスなんてあったんだ……」
洋市は反射的に聞き返す。
「サイラ?」
ノアはステンドグラスを見つめつつも、自分の過去の発言を補足する。
「亜人種と呼ばれている人たちが信仰する神の中でも、特に信奉者が多い一柱よ」
続けてノアは、魔王のような邪悪さはまったくないと説明する。
「魔王も一時期は尊敬を集める存在ではあったけど、やがて世界の破壊に傾いたから、魔族の中でも評価が分かれた。でもサイラ様を崇めるサイラ教徒たちは、あくまでも対話による共存を目指していた……つまり、彼らは信徒なの?」
ノアが独り言ちつつ疑問を抱いたのとほぼ同時に、それまで青く輝き、どこか静謐な雰囲気をたたえていたレイスたちの様子に変化があった。
彼らは祈りらしきものを終えた後、一斉にベンチから立ち上がり、ゆっくりと列を成して教会の扉へと移動する。
襲い掛かるものと警戒したパーティーだったが、一切の敵対行為も、強烈な魔力も殺意も感じない。
ただ、当たり前の日常が終わったかのように、青白い人々はパーティーをすり抜けて、自分たちの家へと帰ろうとしているようだった。
『……本当に……過去の住民の魂なのか……?』
町の雰囲気や教会の荘厳さから、トゥイは過去に存在していた住民の魂が集まったものと想像していたが、その動きには何の警戒心もない。
それどころか、レイス特有の怖気も感じられず、まるで『出来損ないのアンデッド』のように思えてしまった。
結局、一行は帰宅する青白い人々を、ただ見送り続けた。
しかし、青白い人影の最後尾が扉の外へ出た瞬間、空気が変わる。
バアァァンッ!!
唐突に、教会の扉が力強く閉まる。
後ろに陣取っていたノアが取っ手を持って引っ張るが、まったく扉は動かない。
「どういうこと!?」
緩和のあとの急な緊張。
ノアはもちろん、洋市、亜希をはじめとする他メンバーも戸惑いを隠せない。
「……強いプレッシャー! みんな教会の中央に集まって!」
トゥイが強力なプレッシャーを建物の外から感じ、全員がはぐれないように陣形を整えるよう指示を出す。
気付けば、教会の窓からは、先ほど外に出たはずの青白い人々が不気味に膨らんでいるのが見える。
「クソが! ハメられたぞ!! あいつら教会ごと俺たちを潰す気だ!!」
バルカスは、高まるプレッシャーと壁が軋むような音から、敵の意図に確信を抱く。
事態が飲み込めず戸惑う洋市と亜希。
トゥイは自身の反省も込めて、推測される状況を言語化する。
「勘が鈍ってるね……! よく考えたらレイスが通り過ぎたのに、誰も精神をかき乱されていない! ってことは、彼らはレイスじゃなかった!」
洋市が不安を隠せず質問する。
「だとしたら、あれは何なんですか!?」
「ただの魔力だよ、圧縮されまくってるけどね! ダンジョン内の魔力を一時的に極限まで圧縮した後、膨張させて僕たちを教会ごとペシャンコにするつもりなのさ!」
トゥイの言葉が事実であると証明するように、教会の外にいる青白い人々は、まるで自らが人間のまがい物であると暴露するように、人の形を失い風船のように膨張していく。
とうとう窓から人型のシルエットが目視できなくなり、ただの青白い塊がダンジョンの闇を纏い始め、いよいよ教会の壁や天井がミシミシと悲鳴を上げる。
やがて、外の塊たちは一つにまとまっていき、さらに醜く膨張していく。
教会の四方、そして上からくるとてつもない魔力のプレッシャーは、戦闘経験の浅い洋市でも強烈に感じられた。
そして直感する。
このままでは全員が壁に押しつぶされる。
危機感を覚えつつも、誰もが次の一手にうろたえる中、現実感のなさからプレッシャーをあまり感じていない亜希が機転を利かせる。
彼女は洋市の背中に触れ、洋市の魔力を使って結界を張る準備をした。
「皆さん、私と洋市さんのそばに!!」
亜希の澄んだ声に、メンバー全員は互いの肩が触れ合うほど固く身を寄せ合った。
中央で守られている亜希は、スマホアプリ『アルトヤ界観光ガイド』の画面から、緑色のボタンをタップして結界を発動させる。
亜希を中心として、淡い光を放つ半径5mの物理結界が展開される。
光に包み込まれた者たちは、全員が結界の中で顛末を見守る。
ついに教会の天井はプレッシャーに耐えられず崩れ落ち、壁もひび割れながら結界に向かって迫る。
仮に今から教会を脱出しても、強大な魔力の塊に押し返され、最終的には潰れてしまうであろうことは全員が容易に想像できた。
ギギギ、メキメキと、木造の壁は断末魔に近い軋み音を鳴らし、とうとう崩壊した壁や瓦礫が結界に触れる。
小さな瓦礫は結界と魔力の間で押しつぶされ砂になるが、魔力そのものは結界に干渉しており、ジジジ、と魔力同士が接触し合う音が鳴る。
亜希は不安げな表情を隠せないが、結界が破壊された際に再度結界を張れるよう、スマホ画面と結界の様子を交互に確認する。
マンナは最悪の事態を想定し、全員が結界ごと「迷宮抜けの札」で脱出できるよう、左手に札をしっかりと握りしめる。
結界と強力な魔力の狭間で、とうとう教会はそのすべてが砂のようになってしまった。
とりあえず、教会と心中する可能性はなくなったが、一難去ってまた一難。
結界はまだ破壊されていないものの、その白い光は薄くなり、次第に透明になっていく。
明らかに結界の強度は限界を迎えていた。
『どうしよう、完全に結界が壊れる前に、また発動できないの!?』
亜希は焦りを行動で示すように、すがるような思いで、スマホ画面の結界発動ボタンを何度も狂ったようにタップし続ける。
しかし、ボタンはグレーのままで、まだ押せる状態にはなっていない。
瞬時、教会という障壁がなくなった魔力が、小さき者にとどめを刺そうと一気に膨張する!
「来るぞ!!」
バルカスの鋭い警告とともに、とうとう魔力の塊は完全に一つに融合する。
それは、結界に守られたパーティーをすっぽりと包み込み、次の瞬間、一気に大爆発を起こした。
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