第百四話 今と少し先
唐突な過去のフラッシュバックに、バルカスは固く拳を握りしめ、沈黙することしかできずにいる。
トゥイはその惨劇の真相について把握しているが、魔王の刺客と戦わなければならない状況において、それを話すのは逆に戦意を失わせるものと判断した。
「先に言っておくよ。この件で悪と断じられる存在がいるとしたら、僕であり、僕にそれを強制した国の上層部だ。バルカスさんは──」
「悪くねえ、って話は通じねえよ」
過去の記憶を振り払い、冷静に話ができる精神状態を取り戻したバルカスが、トゥイの発言を否定する。
「……僕がバルカスさんの感情を奪い、戦闘をけしかけたのは事実だよ」
バルカスは、トゥイが意図的に隠している情報にスポットを当てる。
「自分だけ悪者になるんじゃねえよ。結局お前だって、母親の命を握られてたようなもんだろうが」
「! ……知ってたの?」
「後で調べたんだ。お前が暗部を辞めて死闘の森で冒険者やってるとき、どういう経緯でそうなったのか知りたくてな」
事件のあと、バルカスはトゥイが冒険者として金欠気味だった様子から、何か事情があって以前の職を辞したものと仮説を立てた。
軍務省のパイプを使って調査を進めた結果、暗部は所属中に身内を人質に取られるルールがあると知り、人知れぬ場所で壁を殴っていたのだった。
トゥイは、バルカスが自身の事情を把握していたことに驚きを隠せない。
驚きで言葉を失うトゥイを横目に、バルカスはパーティーメンバーに向けて静かに語り掛ける。
「俺たちの過去は、今回の戦いに直接関係ねえ。作戦の立案者も別件で引っ張られて今も幽閉中だ。結局、俺達にまで処分が及ぶことはなかったが、だからといって忘れていい話じゃねえからな」
そう言った後、バルカスはアサンの水源、洋市、亜希に険しい顔で信を問うた。
「今、これ以上、お前らに俺たちの過去について詳しく語るつもりはねえ。だが、俺たちは過去に“悪”と断罪されても仕方ねえことをしてるのは事実だ。もし……お前らが俺とトゥイ、二人と組んで戦うのに不満があるなら、今回の戦いはまず俺たち二人でやるつもりだ。現時点での希望を聞かせてくれ」
バルカスからの唐突な問いかけに、洋市と亜希は戸惑いを隠せなかった。
現代日本で平和に生きてきた二人にとって、バルカスとトゥイが経験した任務の内容はあまりにも重く、救いのない過去の出来事を判断するための物差しがなかった。
かろうじて二人にできたのは、悲痛な表情で立ち尽くすことだけ。
しかし、レゾルグ王国が正義だけでできた理想的な国家でないことを知るアサンの水源メンバーは、過去ではなく“今”を見ていた。
リーダーであるノアが、少し事務的な口調でパーティーの意向を述べる。
「本件においてアサンの水源は、バルカス隊長の指揮のもと戦闘に参加します。また、過去の事件が本件に直接関係するものではないと理解しています。よって、パーティーとしては戦闘放棄の意思はありません」
その後、いつもの調子で明るく言い放った。
「過去は過去、今は今ですよ。それに、レゾルグ王国が清廉潔白な国だなんて、国民は絶対思ってませんから!」
マンナがノアの発言に吹き出す。
「……ぷっ、そうだよね。試験には落ちるわ、ギルドカード事件の首謀者の疑いをかけられるわ、あなた結構国に裏切られてるわよね」
ガッタもマンナに同調する。
「はは、うちのリーダーは貧乏くじ引きやすいよなあ!」
セミーンは、バルカスの仕事ぶりやアサンの水源への配慮に感謝を示す。
「バルカスさん、ウチらはバルカスさんの味方だ。俺たちがこの森に来てから名を挙げられたのは、バルカスさんの執り成しがあってこそだからな。冒険者は今と少し先だけ見ればいい、そうだろ?先輩?」
同意を求められた元冒険者のトゥイは、セミーンを凝視した後、ニヤリと笑った。
「……ふふ、そうだったね。冒険者養成所の格言、忘れてないんだね。僕は職員なのに、今の今まで忘れていたような気がするよ」
互いの信頼感が少しずつ固まってきているパーティーの中。
洋市と亜希は、未だ答えを見い出せていなかった。
しかし、亜希がかつて魔王に操られた翔によって命を奪われかけたこと。
そして、今も亜希を狙うミナの存在があること。
この現実を無視するわけにはいかなかった。
遅ればせながら洋市が口を開く。
「……私とアキは、正直過去の出来事はよく分かりません。しかし、少なくとも今は戦うために来ています。ですから、このままともに向かわせていただきます」
亜希も、洋市の発言の後で静かに頷く。
バルカスとトゥイ以外の全員が、魔王の刺客との戦いに臨むことを了承した。
それを聞いて、バルカスの瞳には再び光が宿った。
三十年前の出来事は、今なおバルカスの心に暗い影を落としている。
それでも、バルカスはこのメンバーでなら、前に進める気がした。
自らの過去と向き合うには、今、同じ失敗を繰り返さないこと。
バルカスは鞘から出した自らの剣を構えて握りしめ、それができるかどうか問いかけ、少なくとも自分は味方に剣を振るうことはないと確信した。
『誰が、どんな過去を背負ってようが、俺たちのやるべきことは変わらねえ。教会に行った魂の群れと向き合ってでも……俺たちは戦って勝たなきゃならねえ』
トゥイもまた、その赫い瞳に力を込め、場合によっては刺し違えてでも刺客を仕留めようと覚悟した。
『彼らには、まだ未来がある。僕たちのような生き方は……絶対にさせない!』
メンバー各々が互いの信頼感を醸成した後、一行は敵のいない街道を進んでいく。
精巧な、人のシルエットをした魂らしき存在は、引き続き一つの場所を目指して進み、次々と教会の扉の中へ入っていく。
不思議と、邪悪な雰囲気は感じない。
どこか静謐な、それでいてダンジョンには似つかわしくない、不思議な感覚。
だが。
「……奥に何かあるな。多分、教会がボスの居場所じゃねえぞ」
バルカスは、長年の戦闘経験から得られる勘で、さらに下の層があることを看破した。
──────────
「あーあ、つまんねーの」
ダンジョン深層。
自分を狙う敵を待つ“地雷系女子”ことミナは、パーティーが仲違いしなかったことに不満だった。
「ねー、アンタの言ったとおりにしたんですけど、でもアイツらなんかスポ根的に気合い入っちゃってんですけど!?」
ミナは虚空に向かい、誰かに対して文句を言っている。
しかし、返事はない。
「……っていうか、別にあのオッサンたち悪いことしてないじゃん。何であんなに昔のことでビクビクしてんだろ、マジ意味分かんない」
唐突に、ミナの頭の中に声が響く。
【コレデイイ ソノママ 待テ】
『!!』
お告げのように聞こえた、誰かの声。
「ねーえ! そうやってお告げみたいにさー、いきなり声かけてくるの止めてくんない!? マジでビックリするから!!」
何者かが再びミナに声をかける。
【モウ “力”ハ イラナイカ?】
言葉の意味を正しく理解したミナは、背筋を震わせた後、これまでの無礼な態度を改める。
「──はいはいはい、分かりました! 分かりましたって! 魔王サマ!」
魔王、と呼ばれた存在は、ともすれば気が緩むミナの気を引き締める。
【アレハ 小細工ニ 過ギナイ コレカラガ 本番ダ 励メ】
「はいはい」
【“ハイ”ハ 一回デ イインダッタナ オ前タチノ 国デハ】
「……はい」
異世界の存在に、現代日本のルールで叱られたミナは、ぶすっとした表情になり口を動かすのを止めた。
そして過去を振り返り、このような状態になったのは、亜希のせいだと邪気を強める。
『アタシがこんなことをしてるのは、結局のところアキのせい……アキさえいなくなれば、アキさえ……』
まるで呪文のように、亜希への憎しみが止まらない様子のミナ。
その表情は、いつしか歪んだ笑顔へと変わっていく。
『まあいいや……アタシがアイツを殺っちゃえば、あとはアイツに代わってアタシが“アキ”を演ればいいんだから。カンタンなことだよねェ』
その小さな身体には不釣り合いな、黒檀をさらに黒く染めたような色合いの玉座に座り、ミナは闇に染まり切った妄想を続けていた。
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