第百二話 ダンジョン第二層~拭えぬ過去との邂逅
訓練がてら、第一層での戦闘を終えた一行は、無事に第二層へと進むことができた。ほのかな光で照らされた鍾乳洞のフロアを抜け、第二層へと足を踏み入れると、洋市は想定外の風景を目にする。
「街が……できてる……」
そこには石造りの町があった。
かつて廃墟だったはずの町は、完全に人の気配を取り戻し、家の壁も、街道の石畳も、石造りのベンチもすべて新品同然の美しさだった。
洋市たちがこのバンパイアワイバーンの巣穴に潜ったとき、第二層は美しい夜空の下に廃墟が広がっていた。しかし、今はまるで祭りの前のように、町全体から活気を感じる。
立ち並ぶ家は、何らかの石細工で飾り付けがなされており、扉には何かメッセージボードのようなものが取り付けられている。ガラス窓からは暖かな灯りが漏れ、家族の団欒が聞こえてくるようだ。
もっとも、家の外に誰かが出ている様子はない。
「えっ!? 何ここ?メッチャ素敵じゃないですか!」
第一層の暗い雰囲気と打って変わって、ヨーロッパの旧市街のような街並みを見た亜希は、つい先ほどまでの緊張感を失い観光気分だ。
「なにこれ……この前アタックしたときと全然……違う……」
ダンジョン内であるにもかかわらず、一見平和的な風景を目の当たりにして、ノアは戸惑いを隠せない。
『……殺気をまったく感じねえ。少なくとも今のところは。あの女、何かしたのか?』
セミーンは、冒険者の油断を誘うにしては芸が細かすぎることを警戒している。
ガッタ、マンナも顔を見合わせ、この状況が理解できない様子だ。
しかし、パーティーの中には、この街に既視感がある者が二人いた。
『……クソが……』
戦闘前、猛禽類のような鋭い眼光を見せていたバルカスの目は勢いをなくし、その額からは脂汗がにじみ出る。
『……悪趣味だね』
バルカス以上に暗い夜道を渡り、今もなお赫い瞳を光らせるトゥイもまた、ダンジョンらしからぬ何か仄暗い意図を感じて顔をしかめる。
ここでようやく、明らかに様子がおかしい二人の姿を見て、ノアが声をかける。
「あの……バルカスさん、トゥイさん、大丈夫ですか?」
しかし、やはり二人は言葉を発することができない。耳元のノアの声さえ届いていないようで、二人はまるで石像にでもなったかのようにその場から動かない。
ノアが困惑し、パーティーメンバーが動きあぐねる中、不意に家々のドアが開く。すると、中から人の形をした青白い存在が次々と姿を現した。
「……レイス?」
ノアはアンデッドモンスターの一種・レイスが具現化したものと推測する。
しかし、彼らはどうにも敵意がなさそうに見える。
目をこらすと彼らはきちんとした服を着ており、近くで見れば顔の造作まではっきり見てとれるほど精巧である。洋市から見れば、まるでお化け屋敷のアトラクションに登場する、全身タイツを着た幽霊のようだった。
パーティーメンバーの動揺をよそに、亡霊らしき青白い人々は、まるで生気あふれる他人がそばにいないかのように、同じように家々から出てきた者同士で会釈する。これから祭りか何かに参加するのか、各々は同じ場所を目指してゆっくりと歩き始めた。
百鬼夜行のようなおどろおどろしさはない、どこか整然としたその行列は、どうやら教会の方を目指しているらしい。
一見すると、不気味にしか見えない光景。
一方で、昔の人々の生活を偲ばせる、神秘的な風景でもあった。
言葉が出ず、見ているものの神秘性に圧倒される洋市と亜希。
戦闘はないと判断し、いったん緊張を解くアサンの水源メンバー。
だが、バルカスとトゥイは、未だ緊張感をまとい佇む。
何かを思い出すように、あるいは振り払ったはずの過去に怯えるように。
洋市の体感で五分ほどが経過した頃、バルカスはふぅぅ──、と長く息を吐く。
深呼吸とは違う、心の底に沈んだ重い岩をゆっくりと持ち上げるような、苦しげな呼気だった。
トゥイはバルカスの背中をさする。
「大丈夫? 僕から話す?」
無言でバルカスは首を振った。
そして、血がにじんだ拳を振るい、その手でわずかに震える膝を叩いた後、覚悟を決めたように他のメンバーに向き直って話し始める。
「このダンジョンにある町は……かつてこの森にあった町の名残だ。国が……いや、俺が……破壊した……町の……」
最後、消え入りそうな声で絞り出されたその告白に、アサンの水源の面々、そして洋市と亜希は一斉に目を見開く。拳を強く握りしめ、沈痛な面持ちのバルカスは、それ以上声を発せずうなだれた。
その様子を見たトゥイが、バルカスの二の句を継ぐ。
「……今から三十年くらい前かな、国が公的には認めていない話」
時系列を伝えた後、トゥイは事情を話し始めた。
「三十年前、僕は内務省直属の暗部だった。表向きは冒険者として仕事をしてたから、バルカスさんとはその縁で知り合ったんだ。当時の死闘の森ってね、今以上に死の気配に満ちていたっていうか、メチャクチャ強い冒険者たちが強い魔物を求めてやってくるような場所だったんだよ」
レゾルグ王国の歴史を知るノア、マンナは、相づちを打つように首を縦に振る。
その様子を見てトゥイが説明を続ける。
「ある意味、一番景気がいい時期だったんだよ。魔物を間引くだけで素材・魔石の大量回収が見込めるし、指定討伐個体がいれば特別報酬も入るし。そんな時代に、ある冒険者が森の奥深くで不思議な町を発見した」
ちょうど今、パーティーがアタックしているダンジョンの入口がある山間。そこには当時、非常に良質な石材、あるいは魔石の採掘が期待できる巨大鉱床があった。鉱床の手前には、千人単位の住人が暮らす石の街が、外界と完全に隔絶されて存在していたとトゥイは話す。
「彼らの生活は、その鉱床から『マハタイト』を採掘し、それを売ることで成り立っていた。売先は死闘の森を抜けた先にある国々・地域とされている」
洋市が聞き慣れない鉱石の名前を質問する。
「マハタイトって、どんな鉱石なんですか?」
トゥイが重い話の息継ぎのように答える。
「簡単にいえば魔物避けだよ。マハタイトって石は、魔物の魔石と反応し合って、その近くにいる魔物の動きを鈍らせるんだ。魔王戦時代、死闘の森の砦はマハタイトを大量に使って建築されたんだってさ」
魔王戦当時の冒険者・兵士たちは、森で魔物や魔族と戦闘中に形勢が悪化すると、砦に逃げ込んで魔物の動きを鈍らせる戦法を採用していた。この戦い方は、現代の砦でも引き続き採用されており、それゆえに砦は定期的に補修されている。
しかし、バルカスやトゥイの現役時代、砦は長年の使用による経年劣化が著しく、門のガタつきや塀の欠けなど、放置すれば危機的状況を招きかねない状態だった。
そんな事態を重く見た当時の内務省は、マハタイトが採れるらしい鉱床を見つけたとあって、何とか人を遣って大量に採掘できるようにしたかった。
そこで、最初は特使として文官が兵を連れて町へ交渉に向かい、住民にこの土地がレゾルグ王国の管轄であること、町の税金を免除して仕事も与えることを丁寧に説明した。
しかし、住民たちは生活基盤であるマハタイトの採掘権を奪われると反発し、頑なに要求を拒否したらしい。
ここで、洋市が根本的な疑問を口にする。
「そもそも、どうして彼らは隠れ住む必要があったんですか?犯罪者の集まりだったとか、何か事情が?」
トゥイは少し目を伏せるようにして、声を絞り出す。
「町で暮らしていた人たちは……元魔族なんだ」
トゥイによれば、一口に魔族といっても様々な人種が存在する。中には、人間種や獣人種といった、人口が多い種族と見た目があまり変わらない者もいる。
額に小さな角が生えていたり、肌の色が青白かったり、瞳孔が縦に割れていたり、その違いは色々であるが、それでも人間種と大差ない身体つきの者も多い。しかし、彼らは見た目や魔力の質などで差別を受けてきた歴史があり、今でこそ人種の分類は進んでいるが、それでも根深い差別意識が残る地域は多いのだという。
トゥイが歴史を踏まえ補足する。
「ある時期から、魔族に分類される膨大な人種を一つひとつ区分するのは、非効率的・差別的って意見が出たんだ。そんなわけで、長命種でない旧魔族は、現代では亜人種って呼ばれてるよ。僕からすれば十分差別的な呼称だけどね……ともかく、彼らはその出自ゆえに迫害を長年恐れ、森の奥深くで他の亜人種とコミュニティを築いていたんだ」
その後、内務省は粘り強く交渉を続けたが、結局歩み寄りは見られなかった。
最終的に国は、もっともらしい理由をでっち上げ、鉱床奪取の工作を図った。
理由は、至極分かりやすい、まっとうであるがゆえに胡散臭いもの。
森に住む元魔族が国家への反乱を企て、意図的に周辺の治安を悪化させている、そんな濡れ衣。
「非道だよね……で、メインでこの仕事を担当したのが当時暗部に属していた僕。協力者が……当時は異名も何もない、バルカス青年だったんだよ」
少し潤んだトゥイの瞳は、その背中に永遠に拭えない汚れをまとうバルカスを、見ていた。
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