第百一話 ダンジョン第一層~前哨戦と訓練
魔王刺客戦に向けて、メンバーそれぞれが準備を一通り終えた後。
一行はトゥイの瞬間移動で、バンパイアワイバーンの巣穴、新ダンジョン入口前に到着していた。
「帰りはアキちゃんのスマホ?だっけ?その魔道具でワープできると助かるよ」
トゥイに促され、亜希は入口の場所を記憶する。
すると、アプリ『アルトヤ界観光ガイド』に“新ダンジョン”の単語が記録された。
洋市は登録された名前が気になり尋ねる。
「名称は何ですか?」
「“新ダンジョン”って書いてますね」
亜希も首を傾げながら、なぜこの名称なんだろうと疑問に思ったが、自分なりの考えを伝える。
「多分、私の頭で記憶している名前がそのまま反映されるんじゃないですか?」
「ああ、その線が強いかもしれませんね」
よくよく考えれば、ワープポイントの名称が“パキラ”である時点で、もう色々とおかしいのだ。
洋市はあえて深く考えず、この場所について記憶した。
> 名称「新ダンジョン」を記憶
> マッピングがLv.2にアップ
久しぶりにスキル【マッピング】のレベルアップのアナウンスが聞こえ、マッピングは『自分が記憶した場所が増えることによりレベルアップする』スキルだと、改めて理解する。
洋市、亜希の会話が終わったところで、バルカスが指揮を執る。
「各自、隊列を組め。入るぞ!」
鍾乳洞にほのかな光がともる幻想的な風景の中、一行は第二層に向かう。
その道中、実際に洋市の戦い方を見た経験があるガッタ、マンナが、第二層にある教会までのわずかな時間で、洋市と亜希に戦い方をレクチャーすることを提案した。
特に、亜希はこれまで急ピッチで緊急事態に巻き込まれる中、自分の得物の使い方さえよく知らないまま戦いに臨むことになる。
だからこそ、できる限り戦闘に慣れてもらいたいというマンナの思惑があった。
亜希の手には、レッドリザードの革をエビルトレントの樹液でコーティングした、特注品の鞭が握られている。
「そう、力任せに振るんじゃなくて、手首のスナップを利かせるの!」
マンナの指示が飛ぶ。
「手首を素早く引き戻して!自分の周囲を守るように素早く振るのよ!」
隊列の中心で、あえて手を出していない他の面々に見守られながら、亜希はコウモリ型の魔物からの攻撃を避けるように鞭を振るう。
最初はペチッ、ペチッという弱々しい音が鳴り響くに過ぎなかったものが、次第にパンッ、パンッ、という破裂音へと変わる。
しかし、空を自由に飛ぶコウモリに、亜希の鞭はなかなか当たらない。
そこでマンナは一時的に指導方針を変えた。
自らの鞭で魔物を牽制しつつ、右手側の一部スペースだけ鞭の勢いを弱め、少し隙を見せてコウモリに狙うポイントを限定させる。
果たしてコウモリはポイントに飛び込み、そこをマンナが打ち据えた。
鞭による激しい一撃を食らい、コウモリは地面でジタバタしており、そこを固いブーツで踏みつけてとどめを刺した。
マンナが亜希に質問する。
「今の分かった?」
亜希は首をかしげる。
「うーんと……マンナさんの右手側に少しスペースがあったような……」
「そう!そういうことよ。近づいてくる相手に隙を見せて、油断しているところに鞭を当てるイメージ。鞭を強烈に振って倒す方法はまだアキちゃんには難しいから、軌道を意識して振るのが大切」
自分の見立てを評価された亜希は、その後も見よう見まねで少しずつコツを掴もうとする。
数回目の挑戦で、ようやく鞭の先端がコウモリの翼を掠め、コウモリはコウモリは体勢を崩して地面に墜落した。
「よし!」
大きく振りかぶって鞭を当て、とどめを刺そうとする亜希。
しかし、コウモリは危機をただちに察知して、空へと逃げて行ってしまった。
「く、くそっ!」
「焦らないで!もう一度……来る!」
マンナのアドバイスに従って、亜希はもう一度鞭を振るう。
コウモリの顔に鞭が当たる。
脳震盪を起こしたのか、コウモリは地面でピクピクしており、そこに亜希が落ち着いて鞭を打ち据えとどめを刺した。
『……やった……』
静かに手ごたえを感じる亜希。
マンナは拍手をして亜希をねぎらいつつ、過度な自信を持たないよう注意する。
「筋はいいと思う。ただ、第一層での戦いは訓練だと思って。最低限、鞭を使う場合は自分を守ることだけに集中してね」
「……は、はい」
亜希は、鞭を振るうだけで精一杯の自分と、すでに自分を守りつつ多くの魔物を屠っている洋市とを比較して、どうしても落ち込みを隠し切れない。
そんな彼女の両肩に、マンナは自分の両手を乗せて励ました。
「アキちゃん。ヨウイチさんは特別なの。人間の身体と、魔物の身体は基礎体力が違うの。だから比べちゃダメ」
マンナのフォローを聞いた亜希は、見た目からして違う緑色のゴブリンという存在の強さの秘密について、自分なりに納得した。
もっとも、これはマンナなりの方便であり、マンナ自身も人間・魔物それぞれの基礎体力など把握していない。
「この戦いが終わったら、ギルドの武器講座を受けてみるといいわ。それに、今回アキちゃんにはアキちゃんの役割があるはずよ。今は自分の戦いだけに集中して」
「私の役割……ですか……」
「そう。結界で自分の身を守りつつ、タイミングを合わせて笛を吹くっていう、大事な仕事。それも作戦における立派な役割分担。それがアキちゃんの戦いよ」
『私の……戦い……』
亜希はマンナの言葉を心の中で反芻する。
そうだ。
自分が今やるべきことは、鞭で敵を倒すことではない。
まず、作戦通りに結界を張って笛を思いっきり吹くこと。
ミナと話すこと。
そして、可能であれば誤解を解き、戦闘を回避すること。
ここまでが、私の戦い。
亜希は、自分の頑張るべきポイントをまとめつつ、ミナとの再会に向けて心を整えようとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
亜希がマンナから指導を受けている中、前衛では洋市がガッタからレクチャーを受けていた。
主に敵の効率的な倒し方、素材を残しやすいとどめの刺し方である。
鍾乳洞の暗がりから飛来する大型のコウモリ。
それを迎え撃つように、洋市はマチェット型のナイフを構える。
ガッタのアドバイスと実演を思い出しながら──。
──────────
「ヨウイチさん、空を飛んでる奴は追いかけるな。自分たちの近くまで飛び込んできてから心臓を刺すのが理想。無理なら首を刈る」
そう言って、ガッタは新しい得物のミスリルメイスを構える。
ゆっくりと、羽音を鳴らして近づくコウモリ型の魔物を迎え撃つように、あえて構えずに、片手でメイスをブラブラともてあそぶ。
危機はないと判断したのか、魔物はガッタの首筋めがけて急降下した!
「オラァッ!!」
まるで野球の球をバットで打ち返すように、ガッタは魔力を込めたメイスを上手に首だけに叩きこむ。
首を失ったコウモリ型の魔物は、素材の翼と魔石を落として消えていった。
「ま、俺がやるならこんな感じかな。セミーンは……あんな風だな」
自分たちの先を歩くセミーンの姿に目をやると、何らかのスキルを発動中なのか、数匹のコウモリたちが彼の前に集まるようにホバリングしている。
セミーンは、あえてコウモリたちの攻撃を鎧兜で受け止めながら、大斧で首や翼を薙ぎ払う。
「……あれは、コウモリを引き寄せているんですか?」
洋市がガッタに質問する。
「ああ。確か【誘導】だったかな?そんな感じのスキルを使ってる」
洋市は、セミーンの『あえて自分に敵を引き付けるやり方』に効率性を感じつつも、自分がやる場合を想像すると身体が震えた。
そんな洋市の様子を見て、ガッタは戦闘における一つの心理を洋市に共有する。
「最終的にはそいつなりのやり方ってのが一番いい。同時に、行き詰まりを感じたら人のやり方を学ぶのがいい、ってとこかな。まあこれも受け売りだけどな」
自らの新しい武器、ミスリルメイスを触りながら、ガッタはニカッと笑う。
「俺は昔、魔術師見習いで杖を使って戦ってた時期もある。今は基本剣だけど、メイスも使えないわけじゃない。相手や状況に合わせて柔軟に戦い方を変えられると、いろんな場面で便利だぞ」
その言葉は、フリーランスとして行き詰まりを感じていた洋市の胸に深く突き刺さった。
──────────
コウモリ型の魔物は、洋市の構えが定まらずマチェットが揺らいでいるのを見て、目の前の存在を怯える弱者だと判断したようだ。
深く飛び込もうとしてきたところを、
『いける!』
洋市はゴブリンの優れた動体視力で狙いすまし、コウモリの胴体を一突きした。
コウモリは少しの間バタバタした後、やがて素材の牙と魔石を残した。
ガッタが横で拍手する。
「そんな感じだ。他の魔物も、基本的には自分が隙を見せるか、または魔物の隙を突くか。これだけで狩りが効率的になるぜ」
ガッタの誉め言葉に軽く会釈しながら、洋市はかつての『自分の戦い方』を振り返る。
自分が生業としているWebライティングの世界。
かつて、月収100万円を実現していた過去。
あの頃の洋市は、得意なジャンルに特化し、専門性を高めることが課題だった。
もし、それだけにとどまらず、他の知識を吸収していたら、今の状況にも変化があったかもしれない。
SEO分野だけでなく、小説やエッセイなどクリエイティブな分野に。
ライティングだけでなく、ディレクションやマーケティング全般に。
あるいは、Webサイト制作やLP制作に。
今や、自分の中では底辺といっても差し支えないレベルに、本業の収入は落ち込んでいる。
変化を受け入れなければ、死あるのみ。
皮肉にも、洋市はゴブリンという異物への適応を試みる中で、自分の失敗に改めて気付かされた。
『命懸けの戦いの中で、生き残るために学ぶことは……きっと、これからの仕事や生き方にも活かせるはず。これが俺の闘いなんだ』
マチェットを鞘にしまい、アイテムを集めながら、洋市は改めてダンジョンでのミッション達成を決意する。
自分のやるべきことを全うする「私の戦い」を見据える亜希。
厳しい実力主義の世界で生き残るために「俺の闘い」を模索する洋市。
そして、ミナの存在。
『ミナちゃん……何から聞けば助けられるんだろう……』
『……彼女は、翔と違って助かる見込みがあるんだろうか……』
二人は改めて、それぞれが成すべきことを強く意識し、第二層の教会で待っているであろう魔王の刺客──ミナ──との再戦に向けて、限られた時間を活かして戦闘経験を積んだ。
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