第百話-② 作戦会議
戦闘に関する方針が決まったところで、ガッタが自分のマジックバッグから防具を二種類取り出した。
「ヨウイチさん、アキちゃん、これ、防具屋からもらってきたわ」
ハンスルの防具屋で、数日前に頼んだ新しい防具。
一週間と聞いていたが、思いのほか早く出来上がっていたようだ。
「もうできたんですね」
洋市が素直な感想をガッタに伝える。
「バンパイアワイバーンの素材が市場に出回ったから、それを使って防具をこしらえようとする奴が増えたんだ」
ガッタの言葉足らずな説明では、残念ながら洋市は事情を理解することができなかった。
話を聞いていたバルカスが、先ほど防具屋で聞いた経緯を手短に説明する。
「早い話がよ、誰かがこしらえたバンパイアワイバーン革の防具を防具屋が買い取って、その中から半端なパーツを使ってヨウイチとアキちゃんのサイズに合わせて組み直したんだ。一から革を調整する必要がない分、予定よりずっと早く仕上がったそうだ」
「なるほど、それで」
「俺が着てる鎧みたいなモンだ。鎧を作らせた奴の種族はよく分かんねえけど、冒険者がいざ出来上がった防具を装備してみたら、破壊衝動やら落ち込みやらが激しかったらしくてな。結局手放すしかなかったってわけだ」
洋市はバルカスの説明に懸念を抱いた。
「鎧を着るだけでそうなったんですか?」
「あーそっからか。この鎧は闇属性の魔力を纏ってるから、属性が闇に近い奴しか装備するのに適さないんだ。俺は昔ちょっとあって闇属性なんだ、人間種だけどな」
トゥイが二着の軽鎧を見てアドバイスする。
「ヨウイチくんは、さっき言った通りゴブリンスカウトだから、闇属性に引っ張られず着用できる。アキちゃんの分は僕が魔力を吸って属性の影響を中和するよ 」
翻訳機能で自分を気遣ってくれたことを理解し、亜希はトゥイにペコリと頭を下げる。
未だ赫い瞳のトゥイには、気軽に話しかけることができなかった。
トゥイが亜希の鎧に手を触れると、黒い気体のようなものが、鎧からトゥイの身体にまとわりつき、やがて心臓の方へと吸収されていった。
「これで大丈夫、ヨウイチくん、アキちゃん、着てごらん」
トゥイにすすめられて、洋市と亜希はそれぞれの新しい防具を早速身に着けてみる。
『これはゴブリンにならないと駄目だな』
ノアに変身の許可をもらい、ゴブリンに変身すると、洋市はローブを脱いで鎧を装着する。
革鎧のため、上部は防弾チョッキの要領で上からかぶるようにして、下部は腰回り、膝部分、足部分を個別に身に着けていく。
『……何だろう、馴染んでいるのが肌で分かる』
例えるなら、寝苦しい夜に、麻のパジャマで寝た時の心地よさ。
自分の身体にマッチすると一瞬で分かる快適さを、洋市は確かに感じていた。
一方、亜希は装備自体が少し重く感じるのか、どこか「防具に着られている」ようなぎこちなさを覚えていた。
「……うーん、ちょっと重い気も……するなあ」
少し身体をバタバタさせて、何とか鎧を馴染ませようとする亜希を見て、マンナが優しい微笑みを浮かべてアドバイスする。
「無理やり合わせなくていいの、自然な動きをしているうちに馴染むから。アキちゃんならダンジョンを歩いているうちに慣れるわよ」
ここから、各メンバーは本格的な最終確認に入った。
「この『防犯ブザー』ってやつ、紐を抜くだけでこんなにデカい音が鳴るのか……。しかも魔力ゼロで使えるなんてな」
ノアが作った小さな土塊の小屋で、セミーンは防犯ブザーを実際に鳴らし、その効果を確かめた。
プラスチック製の小さな防犯ブザーは、セミーンの大きな手の中では、まるで小石のようだった。
にもかかわらず、危機感を煽る音を全方位に鳴らす様子から、その使い勝手の良い設計思想に強い興味を示す。
彼のような屈強な重戦士であっても、いざという時の陽動や合図に使えるグッズは、いくらあっても損はない。
一方、マンナは首に下げた百均のホイッスルを、セミーンと同じ場所で軽く吹く。
ピーッ、という歯切れよく甲高い音が、土の壁に反射して鳴り響く。
「この『ホイッスル』もいいわね。息を吹き込むだけで自分の位置が伝えられるし、魔物相手なら一時的な足止めにも使えるかもね」
複数のアイテムを同時に使用する場面が多いマンナにとっては、よりスピーディーに利用できるアイテムの方が魅力的なようだ。
ノアは『世迷いの笛』対策として、亜希が買ってきた耳栓を、魔法を使って戦える職種のメンバー全員に配って回っている。
耳栓をつけるのは、ガッタ、ノア、トゥイ、洋市となった。
「いつ、誰が使うんですか?」
世迷いの笛を誰が吹くのか、いつ吹き始めるのか分からない洋市は、ノアに耳栓を詰めるタイミングを聞いた。
「判断は私がする。あのホイッスルって笛を私が鳴らしたら、その時点で今回はアキちゃんに吹いてもらう」
「えっ、わ、私!?」
いきなり重要任務を任命され驚く亜希。
「最初はマンナにやってもらおうと思ってたんだけど、戦闘状況の変化に対応する中で満足に吹けなかったら困ると思って。アキちゃんは結界が張れるから、その中で吹いてくれればいいわ。別にしっかり音程取る必要ないから!」
ノアから笛を手渡され戸惑う亜希だが、よく見るとゴージャスなデザインのリコーダーのような造りとなっている。
亜希は小学校の頃を思い出しながら、何を弾こうか一生懸命考え始める。
『……エーデルワイス、蛍の光、威風堂々、ボレロ……あー、結構忘れてるかも』
そもそも指使いも今一つ覚えていないので、亜希は練習しようと音を出す。
そこで慌ててノアが練習を止める。
「待って待って!練習しなくて大丈夫だから、本当に音なんか適当でいいから!最悪指押さえないで息だけ吹きこめばいいから!」
「えっ、あっ、はい!」
演奏技術が求められていないことを、亜希は少しだけ残念に思いつつも、戦闘中に冷静に演奏するのは難しいと納得した。
ノアが改めて、耳栓を装着すべきメンバーに、具体的な指示を伝える。
「耳栓装着対象者は、私が戦闘中にホイッスルで合図を出したら、これを耳の奥までしっかり詰めてください。魔力器官への影響が出るまで数秒かかるから、アキちゃんが笛を吹くのと耳栓を詰めるのは同じタイミングで大丈夫です。相手の出方次第だけど、準備時間を作るために、ヘイトはセミーンが少しでも集めておいて」
セミーンが懸念点をノアに伝える。
「動きをどう止める?俺だけじゃ限界があるぞ。あっちは全体攻撃ができる」
ノアは前回の戦いで得た情報をもとに、セミーン固有の“武器”の活用法について検討する。
「セミーンの催涙毒って、遠くに飛ばせるよね。ヨウイチも至近距離で食らわせたら行動不能にできたっていうし、刺客の方で『セミーンが催涙毒を使える』って情報がなければ、同じようにできるんじゃない?」
「対策されてたらどうする?同じ手を食うとは思えねえぞ?」
「対策にも限界があるでしょ。おそらく元は人間種だから、魔物になったとしても極端に属性を変化させるのは難しいと思う。ゴブリンのヨウイチが食らったようにね」
なるほどな、と納得するセミーン。
ノアの説明を聞いていた洋市は、催涙毒がゴブリン特効であることを伝えるべきか迷ったが、人間種にも効果があることを思い出して黙っていた。
「話が少し散らばったから整理しねえか?」
耳栓の話や世迷いの笛、催涙毒の話などが順不同に出てきたことで、バルカスが作戦の整理を提案した。
ノアは頷いてから全員を見渡した後、戦闘全体の流れについて再度説明を開始した──。
作戦会議終了後。
砦はいつものように、死闘の森で稼ごうとする冒険者や、砦を守る兵士たち、広場の露店で商売をする者で賑わっている。
そのざわめきを遠くに聞きながら、防壁の端で一行は淡々と準備を進める。
出発時間となる午前十一時まで、各々は出発前の最終確認を行っていた。
ガッタは新しく用意した得物『ミスリルメイス』の使い勝手を確認し、疑似的な光属性を生み出すためのイメージ作りに余念がない。
バルカスはレンタル品の鎧の着心地を確認しつつ、使い慣れたバスタードソードを背中に背負った。
トゥイはローブ内の暗器を一つひとつ取り出しながら、ノアからシェアされた情報に基づき使い勝手の良さそうなものだけを残し、他のものを魔法で出現させた亜空間へと収納した。
洋市はその様子を見てうらやましさを感じつつ、マチェット・クナイ型のナイフを腰に巻き直し、鞘から抜いた際に鎧が傷つかないように位置を調整した。
セミーンはきれいな布で鎧兜を乾拭きしつつ、細部にガタがきていないかチェックする。
男たちが黙々と準備する中、マンナ、ノアは亜希のケアに回る。
「アキちゃんは、とにかく結界を張り続けることに集中して。確かヨウイチがそばにいれば発動できるんだったよね?」
亜希は、最近洋市と一緒に実験を行った結果を伝える。
「はい。前回は身体に触れて魔力をもらう感じで使ったんですけど、私たちの世界で試したときは、洋市さんの姿が見えていれば、少し遠くにいても発動できました」
マンナはダンジョンにおける教会のスペースを思い出し、距離的に支障はないと判断する。
「誰かの姿を見失うほど広い空間じゃないから、その点に関してはきっと大丈夫だけど、隠形で姿が見えなくなる瞬間が危ないわね」
亜希は緊急時の発動条件についても共有しつつ、淡い期待感を言葉にする。
「1日1回だけなら自動で発動するらしいので、洋市さんが【隠形】を使った時点でとどめを刺してくれれば……!」
結局、最後は洋市頼みになる可能性が高い。
三人は、ゴブリン姿の洋市を見つめ、静かな期待を胸に抱いた。
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