第百話 戦闘準備
木曜日。
洋市と亜希は、洋市の自宅にあるワープポイント「パキラ」を経由し、死闘の森入口の砦へと戻ってきていた。
当初の取り決め通り、月火水は須田市での仕事、それ以外は異世界での活動としており、その方針に変更はなかった。
いったんは砦の中で活動するので、とりあえず洋市は人間の姿である。
魔王刺客戦の深刻さについて深く知らされないままやって来た亜希は、海外旅行で飛行機に乗るようなテンションで、防壁の端、目立たない場所で百均ショップの購入品を紹介する。
「これ、頼まれていたグッズです!一応、皆さんの分の耳栓もあります!」
亜希がポシェットタイプのマジックバッグ から取り出したのは、マンナから依頼された各種お役立ちグッズ。
そして、飛行機の絵や安眠している女性のパッケージに入っている、様々な形状をした耳栓だった。
まずは耳栓を配布しようと、色鮮やかなパッケージから最もメジャーなスポンジ状の耳栓を取り出す。
「ちょっと触ってみてください」
ムニムニとしたその独特の質感に、異世界の一同は戸惑いを隠せなかったが、ノアとマンナはその性能を一触して看破した。
「……すごいなこれ。こんなに柔らかくて頼りないのに、耳に入れるとちゃんと膨らんで、ぴったり耳の穴を塞ぐ仕組みになってる!」
「笛の音が完璧に聞こえなくなるかはともかくとして、戦闘中の違和感はほぼないわね」
二人は、それぞれに現代日本の耳栓を高く評価した。
一方、その横ではセミーンとガッタが各種グッズに興味を示している。
マンナがリクエストしていた防犯ブザー、小型のLEDライトといったグッズのパッケージを、まじまじと見つめている。
「開けましょう」
二人が開け方に戸惑っているのを察した洋市は、代わりにパッケージを開封する。
プラスチックのカバーと台紙を剥がし、裏に記載された説明を簡単に読み上げる。
「この防犯ブザーという道具は、下部にある紐を引っ張ると大きな音が出る仕組みになっています。試しに鳴らしてみたいんですが、結構大きな音なので……」
セミーンは軽く頷いてから、ノアの土魔法に頼る案を出す。
「ノアに土魔法で小屋作ってもらって、そこで音出して試してみるか」
ガッタは洋市がパッケージを開封しているのを真似て、要領よく自らの爪でパッケージを開ける。
「なあヨウイチさん、こいつはどうやって使うんだ?」
洋市は念のため、説明部分を読んでから電池を入れる。
「これで、この出っ張りを押すと……」
白色の灯りがつく。
意外にも光量が強いことに洋市は驚いたが、それはガッタも同様だった。
「へぇー、その変な形の石を入れたら光るのか。魔石とは違う構造なんだろ?」
「ええ、電池といって、電気を中に蓄えているんです」
ガッタの純粋な質問に、洋市が現代日本ではなかなか口にする機会がない一般常識を伝える。
たまに静電気に悩まされるガッタは、電気という概念こそ知っていたが、それを簡単に実用化する技術が洋市たちの世界にあることに感心していた。
その他諸々のグッズを確認しながら、どこか遠足の準備でもしているかのような、少し浮ついたテンションの六人。
しかし、そこへ歴戦の戦士たち二人が近づいてくると、周囲の空気は一気に冷たくなる。
地面からせり上がるような強烈なプレッシャーを感じ、談笑していた全員が言葉を失った。
現れたのは、砦の守備隊長であるバルカスと、現冒険者ギルド職員、かつては暗躍の機会が多かったバンピールのトゥイだった。
バルカスの眉間には太い皺が乗り、眼光は猛禽類、または凶獣のそれ。闘気は汗が蒸発するかのように肩の上を漂い、只者ではない強烈なエネルギーを発している。
まるで、集合前に魔物を一匹狩ったかのような佇まいに、洋市たちは声が出なかった。
それ以上に恐怖を体現していたのがトゥイ。
トゥイの目は赤い光と若干の潤みを帯びており、殺気に近い研ぎ澄まされた波動が周囲を威嚇する。
近づいたものは片っ端から首がなくなってもおかしくないような、剣呑とした威容に六人は背筋が凍る。
洋市目線から見て、二人の顔つきは、まるでVシネマの主役級かと思うほどに鋭くキマっていた。
言葉を一切発しないにもかかわらず、その場を一気に引き締めるほどの静かな覚悟が、彼らの背中からひしひしと伝わってくる。
死線をくぐった戦士たちの狂気、といってもいい、その只者ではない雰囲気に、洋市と亜希は思わず背筋を伸ばし、猛烈な場違い感を覚えていた。
ここで、ノアが場の引き締まった空気を読み、咳ばらいをしてから今回の仮称「魔王刺客戦」に関するスケジュールを確認する。
「え……えー、では皆さん揃いましたので予定を共有します。まずはトゥイ職員の瞬間移動で、バンパイアワイバーンの巣穴まで移動。この時点でアキちゃん、新しいダンジョンに魔石でワープできるように場所を記録して」
亜希が素直な様子で返事をする。
「はい、分かりました」
「隊列は、先頭にバルカス隊長とセミーン。アキちゃんを真ん中にして、周りをヨウイチ、ガッタ、マンナ、そして私で囲む。トゥイ職員はあくまでも同行者ってことで、必要に応じて遊撃をお願いします」
それぞれが役割分担と隊列を確認して頷く。
「第一層の鍾乳洞、そして第二層のアンデッド廃墟を攻略後、小休止を挟んでから教会で魔王の刺客に再アタックする流れになります」
ここでノアは、洋市に過去の戦闘について確認する。
「ヨウイチ。前回はさ、一応あの女に『とどめを刺すところ』まではいったんだよね?」
「はい、セミーンさんからラーニングした催涙毒が効いたようです」
洋市は、禍々しい地雷系女子とフレンチキスを交わした苦い思い出を頭に浮かべる。
あの時は、自分も毒の影響を少なからず受けていたため、今度は魔法として手のひらあたりから発動できればいいな、と思っていた。
セミーンは、洋市の攻撃が通った理由について、自分の考察を共有する。
「実際に戦ってみないと分かんねえけど、最初の戦闘では俺たちの攻撃が通らず、ヨウイチの攻撃が効いたんだ。おそらく、ヨウイチはゴブリンの姿で魔王の呪いを受けているから、あの刺客の女と『属性』が同類だと思う。あとは純粋な力比べになるから、その点でダメージが通りやすかったんじゃないか」
セミーンの考察にトゥイが同意する。
「正解だろうね。ゴブリン自体は無属性だけど、ゴブリンスカウトなら闇属性だと思う。でも闇魔法は使えないかな。僕の見立てではヨウイチ君に闇魔法の適性は感じない」
洋市が素朴な疑問を口にする。
「属性と適性は違うんですか?」
「うん、簡単にいうと、属性は身体・物理的特性、適性は精神・魔法的特性だね。詳しい話はギルドの有料講座を受けてね!」
冗談交じりに講座の案内をするトゥイだったが、もはや洋市には赫目の吸血鬼による押し売りレベルのプレッシャーに感じられる。
洋市は精一杯の愛想笑いをした。
セミーンとトゥイの話を聞いたノアは、その大きな瞳を上下左右に動かしながら考えをまとめると、意外な決断を下した。
「……よし、やっぱり今回はヨウイチがメインアタッカーね」
聞いてない、という顔をする洋市。
「ちょっと待ってください。私は戦闘のプロでは……」
死闘の森で魔物を一緒に片付け、洋市の立ち回りが素人であることを知っているガッタがニカッと笑う。
「大丈夫だよ、確かに戦闘訓練は受けてなさそうだけど、全然動けてっから。トドメ刺すところまで行ったんなら任せるぜ」
まだ悩み顔の洋市に、バルカスはゴブリンの身体的特性からアドバイスする。
「ゴブリンスカウトって時点で、少なくとも人間種より基礎体力はあるんだよ。気にしねえで【隠形】使って首だけ刈る勢いで動け。支援は俺たちが命懸けで引き受ける」
覚悟の決まった応援に、洋市もさすがに断りにくくなった。
「……できる限りのことはします」
プロジェクトでスター級の働きを期待されている状況を、何とか洋市は受け入れてノアに回答した。
『あの人には、聞いておきたいこともあるからな』
おそらく亜希の同僚「ミナ」であろう地雷系女子。
彼女がなぜあそこまで亜希に憎しみを抱いているのか。
その根源にあるものを、洋市は自分のために、そしてほかならぬ亜希のために聞き出したいと思っていた。
亜希もまた、手に汗を握りつつ、スマホから流れる自動翻訳音声を聞き取っていた。
『……やっぱり分からない、私、ミナちゃんに何をしたんだろう?』
自分にどんな非があったのか。
そしてそれが、なぜ自分を殺したいと思うほどの憎しみに発展したのか。
逃げずに自分の耳で確かめたかった。
洋市と亜希は、ほぼ共通の目的を胸に秘めたまま、再び死線に飛び込む覚悟を決めた。
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