第十話
自分の情報がどんどん拡散されているのを見て、洋市は、パキラの揺らぎに入る前に、つまりは異世界(アルトヤ界)に行く前に、記事を書いておかなかったことを後悔した。
『ゴブリンマンという名称を先に取られた!』
パキラの揺らぎに気付かなければ、そのまま自分の存在について公表する(宣伝する)記事をブログに上げようと思っていた。
現在、自分の部屋にあるPCは、管理画面を開いたまま、おそらく時間経過のためロックされているだろう。
『ま、まあいいか、落ち着いたら後で記事をアップすればいい。そして事態の経緯を説明してファンを作ろうか』
洋市は、現在の自分の身に起こっていることを、つとめて冷静に考えようとしていた。
鋭い爪が付いた指で画面をスクロールしながら、隣でその様子を見守っている亜希に声をかけた。
「倉橋……さん、自分の動画?も出回っているみたいなんですけど、心当たりありますか?」
亜希は申し訳なさそうにしながら、自分のスマホを見せて話し始めた。
「浅井さんが窓から私の部屋に侵入したところを“Want”の配達員が目撃したらしくて、その様子をスマホで撮影していたらしいんです。そのときは、正義の味方というよりは、変態か泥棒かって感じだったみたいですけど……」
Want。
確かフードデリバリーサービスだ。
見せてもらった動画を観ると、確かに自分が羊プリントのパジャマを着て、ベランダの窓を割っている様子が撮影されていた。
間の悪いところにいたものだ、と洋市は思った。
しかし、自分が同じ立場だったら、やっぱりカメラを回しているんじゃないだろうか。
亜希は続ける。
「これだけじゃないんです。浅井さんがパトカーに乗るときも、野次馬の高校生がライブ配信をしていたみたいで……。その子が『本物のモンスターだ、目が光ってる!』って紹介した動画が、TukTukでバズってるんです」
TukTuk。
タイの企業が提供している動画配信アプリだ。
バズってるだと!
けしからん!
俺が、俺こそがバズりたかったのに!
洋市は名も知らぬ高校生に激しく嫉妬しつつも、自分がその撮影対象であったことを思い出し、逆に恥ずかしさが生まれた。
そうだ、今はそんなことに怒っている場合ではない!
「……しばらくは“こすられる”んだろうな」
こすられる、つまりはネタにされ続けることを洋市は危惧した。
おそらく、この手のネタは、最初こそ『コスプレ野郎の正義』として拡散されるだろうが、やがて都市伝説的に消化されていくだろう。
しかし、そこまで有名になっているのに、周囲は特段騒がしい雰囲気ではない。
洋市は亜希に質問した。
「じゃあ、なんで今はこのマンションの周囲に人がいないんでしょうか」
亜希が答える。
「多分ですけど、世の中の人は“浅井さんが私を助けた”とは思っていないんだと思います。動画では窓から侵入した姿しか撮影されていなかったので。私も……あのときは取材が受けられる状態ではありませんでしたし、何も話していません」
なるほど。
少し状況が見えてきた。
洋市は当時の状況を思い出すように、口に右手をを当てながら考えていた。
確か、自分が警察に移動するときは、パトカーか何かに乗っていたような気がする。
亜希さんもそうだろうが、俺が目立ったから亜希さんの存在に周囲が気付かなかった。
最近は、被害者の取材についてシビアな意見が多いから、メディアも動画配信者も亜希さんに対する取材は難しいのだろう。
だから、ゴブリンという見た目の自分の存在だけが大いに目立ったというわけだ。
洋市はそこまで考えてから、大きく息を吐いた。
その時点で自分が失踪した(異世界に行った)から、情報が更新されていないんだ。
当然、警察も個人情報は合意なしに公表することはないだろう。
だから、結果としてこのマンションは無事なのだと、洋市は判断した。
少し落ち着いたところで、洋市は窓から自分の姿を撮影されないよう、亜希にカーテンを閉めるよう指示した。
亜希がリビングのカーテンを閉め終えた後、洋市は亜希から持ち掛けられた相談について話を進めることにした。
「それで、ボディガードというのは?具体的に何かマズいことが起こったんですか?」
「あの、私が昔付き合っていた、浅井さんがボコボコにしてくれた男は翔っていうんですけど、男友達が多いんです。それで、今色々とSNSで騒がれてて……」
そう言うと、亜希は再びスマホを操作し、問題の画面を見せた。
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@kazu_king_01
ゴブリンの格好してる変態が
偉そうにしてんじゃねえぞ
どうせあの女の客だったんだろ
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@ryu-ji_Suda_City
翔の仇討ちに行く奴募集
ゴブリンも女もまとめてボコって動画アップしたら、俺らの方がバズるんじゃね?
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@Mina_GBS
あの女、店でも「ストーカーに狙われてる」とか言って同情買っておねだりしてたし。
ゴブリンの格好させて部屋に男連れ込んでたとか、趣味悪すぎ。きも。
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@No_Limit_Sho
【拡散希望】
警察に捕まった翔は、実はこの女に騙されてた。
変質者が窓から突っ込んできて、一方的にボコられただけ。
警察もグルなのか? 須田市警に抗議の電凸よろしく。
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@anonymous_999
ゴブリンのあれ、どう見てもスタントだろ
窓の割れ方も不自然だし、最近のAI生成かプロモーションじゃねえの?
騙されてる情弱ども多すぎ
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翔とつながりが深いらしい人物の投稿や、騒ぎに乗じてインプ稼ぎに投稿しているアカウントの投稿などを見て、洋市は少し気が重くなった。
事実は小説より奇なり、というが、洋市自身はその事実に困惑しながら行動している。
この苦労をお前らに分からせたい。
洋市は、投稿した全員を一発ぶん殴って、頭の中をフラットにしてから事情を説明したい気持ちだった。
その中で、一人だけ女性らしき人物の投稿が目に留まった。
「……この女性らしきアカウントって、ひょっとしてお店の?」
「多分、新しく入った子だと思います。最近は黙り込んじゃうことが多くて、正直あんまり接客が上手とはいえないタイプなんですけど、以前働いていたお店では人気があったって自称してました」
「それで逆恨みを?」
「私が色々とサポートしたり、指導したりするのが気に入らなかったとか、そんな感じなんでしょうかね」
一般的に、ガールズバーはキャスト同士の中がいいと聞く。
キャバクラなど、他のお店と違って競争が少ないとされるからだ。
しかし、過去に働いていたお店の空気を引きずったまま働き始めたのであれば、それが軋轢になってしまう可能性は十分ある。
あるいは、翔という人物に個人的な好意を抱いていたのかもしれない。
洋市は亜希に質問した。
「この女性が音頭を取った可能性はありますか?例えば、翔という人の友人が付き合っていた、とか」
「うーん……分かりませんけど、私も結局お客さんと付き合うことになっちゃったし、その可能性はあるかもしれません」
各個撃破を検討するよりも、まずこの女性に話を聞いてから、人物を特定した方が早いかもしれない。
洋市は淡々と、誰から先に潰すべきかを考えていた。
かつての自分なら、絶対に想定しなかった暴力的な解決を、ゴブリンのメンタルは自然と導き出してしまうようだ。
洋市にはもう一つ聞いておきたいことがあった。
「自分が住んでいる隣の部屋、つまり私の部屋に身を潜めていたのは、襲撃から逃れるため?」
「……ご明察です。鍵が開いていたので、気が付いたら鍵をかけて中に入っていました。まだ誰かが私の部屋に来たわけじゃないんですが、怖くて……」
ここまで話してようやく、洋市は亜希の姿に目を留めた。
薄茶色のボブカット、くりんとした大きい瞳、肉付きはあるが通った鼻、太ってはいないが丸みを帯びたボディと、確かにガールズバーでは人気を集めやすいルックスかもしれない。
同時に、今はその瞳は暗く、顔もどこか青白いように思う。
大人の男が庇護欲を掻き立てられるのは、どこか致し方ない部分はあるだろうと洋市は思った。
そういえば……
『人助けをすると、人間に戻れる時間が延びるんだったな。それに倉橋さんは俺がもともと人間であることは分かっているはず。だったらいっそ、こっちの事情に巻き込んでしまうか』
だが、ガールズバーの勤務がある亜希にとって、自由に行動するのは難しい。
おそらく、職場は休んでいるのだろうが、いつまでも休めるわけではない。
「職場には連絡したんですか?」
「はい。それで一応、明後日までお休みをいただいてます」
「では、その間までボディガードをご希望ですか?」
「えっ!?受けてくれるんですか!?」
「私はプロではないので、警備会社や探偵の水準であなたを守ることはできません。ただ、ちょうどいい避難場所というか、事態を打開できそうな方法は思いつきます」
「それはどういう……」
「行ってから説明します。とりあえず、お部屋に戻って、できる限りの旅支度を整えてください」
そう洋市に言われた亜希は、周囲の目を気にしつつ散らかりっぱなしの部屋に戻り、リュックに着替えや充電器、封を開けていないペットボトルなどを詰め込んだ後、洋市の部屋に再びやってきた。
「準備終わりました!」
「では行きましょう」
えっ?という亜希の声を無視して、洋市は亜希の手をつなぎながら、パキラの揺らぎに手を伸ばした。
> 勇気の欠片(小):消費2
> クエスト【契約・隣人の盾】開始
> 受託条件:倉橋亜希の身辺警護(48時間継続)
> 報酬:1時間ごとに「人間形態維持+10分」。対象の安全確保時に大量ボーナス。




