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5. 聖女降臨

「アンシェルさまぁ」








 マーガレット嬢が階段を駆け下りると、魔法陣の外に立っていた殿下に縋りつく様に声を掛けた。





 さすが、空気クラッシャーだ。この緊張感のある場面を、軽くぶっ壊す脳内花畑。


「ああ……マーガレット嬢か」

「アンシェル様、一体何が起こったのでしょう? わたしとっても驚きました」


 ウルウルの瞳で殿下を見上げるマーガレット嬢だが、何故か殿下は一歩下がると手を掛けられていた腕を引き抜いた。


 おやあ? あらあら? もしかして?


「アンシェル殿下。まずはこの場を落ち着かせるのが先決かと」


 お兄様の声だ。私以外に向けられるいつもの冷静な声だが、この場を収めることが第一だもんね。


「そ、そうだな。それでは、ああ、立てるか?」


 アンシェル殿下が、魔法陣に囲まれた女子高校生に話し掛ける。

 ええっと、彼女、聖女様の名前はなんて言ったっけ? あの聖女ゲームのヒロインには自由に名前が設定できたはず。私がやっていた時のデータがそのまま残っているのなら、彼女の名前は決まっている。


 もしも、誰か別の人がこちらのゲームの世界に来たのだったら……確証は無いけど、賭けてみる価値はあると思う。



『少しでもゲームを有利に動かす必要があるなら、私の出番は()()でしょう!?』


 私は一瞬目を瞑り、そして大きく息を吸う。ここが勝負所だと決意した。








美奈子(みなこ)様!?」







 私は、前世の()()()彼女(聖女)に向かって叫んだ。











「何で……? 何で私の名前を知っているの?」


 やっぱり!! 彼女は私だ。聖女ゲームの方にいる私だ。

 真っ直ぐに私を見詰める彼女と、彼女の視線の先に立っている私を周囲が驚いた様に見ている。


「シレリア? お前は彼女を知っているのか?」

 少し乾いた声で、隣にいるお兄様が尋ねてきた。今までは表に出て来たことの無いモブの妹が、いきなりこんなスペシャルな場面に躍り出たのだから。

 私はお兄様の質問に答えず笑顔を向けてから、アンシェル殿下に向かって一歩前に出た。


「君は? フェリウスの妹君ではないか? 何故、君が彼女の名を知っているのだ?」

「初めてお目に掛かります。フェリウス・ウォーレン・バーバリンドの妹の、シレリアと申します」

 私は、アンシェル殿下の前に立つと、腰を落としてカーテシーで挨拶をした。今までのゲームのルートで、攻略対象の妹がわざわざ殿下に挨拶するなんてシチュは無かった。

 つまり、この悪役公爵令嬢とヒロイン男爵令嬢と聖女様の出現したこの場面に、私は存在する理由がないはずだ。でも、敢えてその三つ巴に飛び込んだ。


 ゲームを有利に、私の思うエンディングに導くために。


「君がシレリア嬢か。初めて会ったな。いつもはフェリウスが宝物の様に仕舞い込んでいて、今まで会った事がなかったな。そうか、君がシレリア嬢か」

 そう言えばそうだった。お兄様は随分前からアンシェル殿下の側近となっていたけれど、直接言葉を交わせる感じでは無かった。ちゃんと紹介された事も無かったし。


「シレリア嬢、何故君は彼女の名前を知っているのだ? 彼女は何者なのだ?」

 顔を上げる様に促され、改めて質問された。




「殿下。この方は、異世界から転移された聖女様です。名前はミナコ。美奈子様とおっしゃいますわ」

 私はそう言うと、魔法陣の真ん中に向かって歩みを進めた。ここにいるすべての人間が動きを止めている中で、私はできるだけ優雅に滑る様に聖女の元に向かった。


「シレリア!」

 後ろからお兄様の声が聞こえた。心配性のお兄様が慌てた様に駆け寄ってくる気配がした。

「シレリア嬢?」

 これはアンシェル殿下の声だ。

 

 ぺたりと床に座り込んだままの、彼女の華奢な身体を支える。そして、ギュッと握り込められた手にふわりと触れた。


「大丈夫ですわ。美奈子様」

 怯えた表情で見上げる聖女に、出来る限り優しく声を掛けた。私は味方だと、そう思って貰える様に。


「アンシェル殿下。美奈子様は、この国に出現された異世界の聖女様ですわ」

「何故、君にソレが判るのだ? それは確かなのか?」

 フェリウスお兄様が魔法陣の中に足を踏み入れて、私の背に寄り添った。うん。安定の安心感だな。ならば、ここは一発かましていこう。私はストーリーを導くストーリーテラー、いやメインキャラになるんだから。


「私には判るのですわ。何故なら、私の魔力が告げているのですもの」


 天下の宝刀。バーバリンド公爵家に受け継がれる魔力を理由にして、アンシェル殿下に真っすぐ視線を向けた。


「ええ、バーバリンドの光属性魔力がです。私に流れる光属性の聖なる魔力が、この方を聖女と認めているのです。そうでなければ、お名前など判る訳がございません。そうでございましょう?」


 王国で、唯一引き継がれている光属性の魔力。それが、我がバーバリンド公爵家にはあるのだ。この力は、代々女系に引き継がれているのだけれど、公爵家の直系の女子にしか現れない稀有な能力だった。


 以前のゲームの中では、お兄様は私の加護を受けていたせいで、男爵令嬢ヒロインちゃんからの天然チートの魅了? の影響を受けにくかった。お兄様ルートは、ヒロインちゃんの無自覚魅了魔力の影響を受けることなく、真実の彼女の姿に愛を感じていたんだ。そして、最終的に魅了の魔力を失ったヒロインちゃんの、ありのままを愛するヒーローとしてハッピーエンドになるんだった。このハピエンルートには、私の姿はほとんど現れなかった。


 だってモブだったから。


「とにかく、今は聖女様を安心させてあげなければ。美奈子様、私と一緒に行きましょう」

 両手を引いて聖女様を立ち上がらせる。少しふらついているけど、そうね、さすがお兄様だ。しっかり彼女を支えてくれている。


「アンシェル殿下。ここは私、シレリア・アーマンダ・バーバリンドにお任せ頂けませんでしょうか? 我がバーバリンド公爵家が、全力で聖女様をお支えします。まずは、少しお休み頂いた方が宜しいと思いますので。ねっ、お兄様もそう思いますでしょう?」


 光属性魔力の、今世ただ一人の持ち主である()でなければ言えない。


「そうだな。アンシェル殿下、この場は私達にお任せ頂きましょう。バーバリンドが責任を以てお預かりしましょう。殿下はこの場を収めて頂き、皆にパーティーの継続をお願い致します」


 卒業パーティーはまだ始まったばかりだ。ああ、聖女様出現で皆忘れているかもしれないけど。


「そうですわ。殿下には生徒会長でもある責もありますもの。ここは私達にお任せください。ご報告はちゃんとさせて頂きますから、ご安心くださいませ」


 アンシェル殿下は、はっとした様に目を見張った。えっ? 忘れてたの? もしかして?


「判った。ここはバーバリンドに任せよう。フェリウス、シレリア嬢、彼女の事をよろしく頼む。彼女が聖女ならば、我が国の宝になるお方だ。しっかりと世話を頼む」


 よし、聖女様を我が陣営に確保したぞ。


 そうしたら、次の一手だ。


「クラリッサ様」


 私は少し離れた所に佇むクラリッサ様に声を掛けた。彼女を、このままここに残していてはいけない。婚約破棄は中断されているけど、辛い思いをするのは確実だから。それに、この状況でアンシェル殿下とのハピエンルートは無さそうだ。だったら次のルートの為にも変化が必要だ。


「クラリッサ様、同じ公爵家としてバーバリンドにご協力頂けませんか? 私だけでは、聖女様が頼りなく感じるでしょう。それに、王家への報告にはバーバリンドと同等家格である、グランドル公爵家に証人になって頂くことが必要かと」


 そうでしょう? とばかりにアンシェル殿下に視線を向けると、何か言いたそうな表情が一瞬見えた。でもそれは一瞬の事で、無言でゆっくりと頷いた。公平な目は必要だってことだ。


 今まで話した事も無いクラリッサ嬢を、真っ直ぐ見詰めてそう言った。決して変な事を言っている訳じゃない。


「クラリッサ様は、王国の図書館、頭脳と言われているグランドル公爵家の、()()()()を持った方です。ぜひ、お力をお貸し下さいな」


 さあ、クラリッサ様。この場から、退場できる理由が出来ました。どうしますか?





「……判りましたわ。我がグランドル家もご協力させて頂きましょう」


 クラリッサ様は少し考えた風だったが、すぐにそう返事をしてくれた。私の言った言葉以上の意味を察してくれたようだ。





「それでは、アンシェル殿下。聖女様をお預かりしますね」



 私は、お兄様、クラリッサ様、そして聖女様と一緒にパーティー会場から抜け出したのだ。



 ああ、そう言えばマーガレット嬢の事忘れてた。



 この後、殿下とマーガレット嬢(男爵令嬢ヒロインちゃん)がどうなったかは……




 まあ、後で聞けばいいか。って言うか、今はソレどころじゃないかっ!?















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