しばらくはこのままで
あの後の私達はどうしたか。
私はナオキ君を選んだつもりなんだけど、ナオキ君が兄を超えられない自分という自身を超えられないようで、結局何も変わらなかった。
じゃあ、変わらないならば、私だって自分を変えないわよ。
恋人未満で求愛してくれている男性達とのシェアハウスは、私の倫理観から許せはしない行動。だから、まずは私は実家に帰る。それでしばらくは友人としてナオキ君とマサオ君と接して、ナオキ君の意識改革を試みる。そう決めた。
私はマサオ君に匿ってくれたお礼と、彼の家を出る事を伝えるために彼に呼びかけたはずだった。お話があるのって。
「――仏壇からごはんを下げるの手伝ってくれる?」
私が何を言うか察したのか、仏壇の世話をぶっこんで来た!
これでは出て行きますって言えないし、手伝いたくないなんて言えません!
私は、ハイ、と答えるしかなく、そのままマサオ君の後をついて行く。
けど、ぎりぃと私は奥歯を噛みしめる。ナオキ君が変わらないのは、変えたくない人がいるからこそだって私こそ知っていたはずなのに、と。
仏壇が置いてあるのは、この広いお家の北側にある和室だ。
仏壇は真っ黒な黒檀で、とっても中が豪華絢爛金ぴかなものであるが、先祖代々なものでは無くてマサオ君が柚葉さんの為にだけ買ったものだという。
お母様や母方の祖父母の仏壇は墓締めついでに菩提寺に納めていたのだそうだ。なのに柚葉さんの仏壇を新しく買ったので、仏壇について寺と少々揉めたと彼は笑う。
「寺に納めた仏壇を引き取れって?」
「違う違う。宗派違いの仏壇に経を上げさせる気かって、怒られたの。だけどさあ、俺はこの金ぴかな仏壇に惚れちゃったんだ。扉を閉めたら真っ黒なのに、開けたらどどーんと金ぴかミニ極楽浄土が出現だ。柚葉だってこっちを選ぶ」
仏壇の中は金ぴかで、観音様?に掛け軸に金色の金属でできた造花みたいなのもあるし、金ぴかの小さなシャンデリアみたいなのもぶら下っている。
確かにミニチュアハウスとか大好きなマサオ君が惹かれちゃうのわかる。
でも。
「そりゃ怒られますよ」
「うん。うちは釈迦だろって。阿弥陀如来は違うでしょって。それなら本尊変えるって真ん中の仏像掴んで捨てようとしたら、また怒って。なんてことをって。でも経は上げてくれたね」
「なんて罰当たりな!」
「罰当たり。おばあちゃんみたいだ」
マサオ君は笑いながら腰を下ろした。
あれれ、仏壇の世話は、と思えば、マサオ君の目的はこの部屋のちゃぶ台に置いてあるガラスケースの中身であったようである。
ガラスケースの中には、改築される前の彼の家の模型が入っているのだ。彼のお母さんが生きていた時代の日本家屋である。
この模型を作り上げたのは、亡くなった彼の奥さん、柚葉さんだ。
「俺にこれを贈ってくれた時にさ、お前はこれが狙いだったんだろ、って言って笑ってたの。ひでえよな、俺への評価が」
「あの」
「百円ショップ店員だったんだよ、柚葉はね。そこの商品を売るための見本としてね、そんな材料だけで駄菓子屋とか的屋とかの出店のミニチュアを作り上げていたんだ。天才だよ。一目惚れだった。その日からその店に通いつめ、柚葉の作品をただ眺めていたんだ。毎日毎日。そんな俺にあいつが声をかけ、俺は初対面のあいつに当たり前のように求婚した」
「情熱的ですね」
「ああ。情熱って俺には無いから、こういう熱中できる趣味と技を持つ人は尊敬だ。俺は太陽の光で体を温めなきゃ動けない爬虫類と一緒なんだと思うよ。生き生きとしている人から熱を貰わなきゃ死んでしまうって奴なんだろうな」
マサオ君はそう言って笑い、子供が玩具を自慢するみたいにして、ガラスケースを模型から取り除いた。それで――模型の屋根を持ち上げた。
模型は屋根を外して全ての部屋の様子を確認することができる仕様だったのだ。
和洋折衷な内部の部屋はどこもかしこも懐古的で、自分もミニチュアになって探検したいほど。電話台があれば黒電話が乗っているし、ちょっと洋風な応接間にはソファセットだって置いてある。日当たりが良さそうな庭に面したサンルームには、白いピーコックチェアが置いてある。そして――私は涙が零れ落ちた。
建物も内装も違っても、じつは間取りは同じだった。
だったら、マサオ君の部屋は、ミニチュア模型の部屋の位置と一緒のはずだ。
それでマサオ君の部屋に当たるそこには、銀に輝く指輪が住人になっていた。
たぶん、いえ、絶対に、柚葉さんが嵌めていた結婚指輪だ。
「あなたは――私に恋なんかしていないじゃないですか」
「ふふ。恋はしているよ。君には惹かれている。でもね――ごめんね。なずなちゃん。――俺が立ち直るまでまだまだ時間が必要なんだ。だから」
「ナオキ君が必要なんですよね。わかります」
「それだけじゃないよ。君こそ必要だ」
「え?」
彼は天井に顔を向け、夢見るように瞼を閉じる。
彫りが深いために陰りがあった目元に灯りが照らされ、影を失ったために彼の顔が若く幼く錯覚してしまう。ナオキ君と同じぐらい、もっと幼く?
「楽しいんだよ。君やナオキといると、まるで十代の頃かそこら、幼いナオキを可愛がるだけで良かった時代にいるみたいで、俺は楽なんだ。だから」
ゆっくりと瞼を開け、マサオ君は私を見つめる。
憧れの何かを見つめるような視線で。
なんて、攻撃をしてくるんだこの人は。
「――お願いだ」
ううう!!
断れない。いえ、断るの。断るつもりだったでしょう!
恋人でもない独身男性二人が住む家に同居なんて、しちゃいけないの!
「――はい」
「ありがとう」
私はいつまでも兄離れできないナオキ君の気持を知った。
兄を超えられないと思い込む彼の思考だって理解した。
だって私こそ、マサオ君が望む限り、マサオ君家から出られそうもないわって、ガクブルしているんだもの。




