明日も明後日も世界は壊れないから
綾乃は私を相談女と罵った。
私は相談と称して男性を誘惑し、友人知人の男を寝取って来た毒婦らしい。
私は大きく深呼吸してから綾乃へと向き直る。
「例えば?」
「何が!!」
私が綾乃の暴言に怯むどころか、冷静に聞き返して来た事で彼女こそ怯んだ。
きっとちょっと前の私ならば、こんな綾乃の言いがかりでも自分はそんな風に見えたのかもと落ち込み、何も言い返せなくなっていただろう。
でも今の私は違う。
絶対に違うって言ってくれる親友のちえがいる。
私に頼られないのは自分が頼りないからって、勝手に落ち込んじゃうナオキ君。
頼って俺の手の平に乗ってくれって、それってどうなのってことを平気で言ってくるマサオ君。
お父さんお母さんは、ご近所がってところで揺らぐけど、最終的には私の言い分を聞いてくれるし支えてくれる。
だから、私こそが簡単にへこまされたらいけないのだ。
私はじっと綾乃を見つめる。
それで私は彼女の言葉をしっかりと否定した。
「私は誰かの恋人を奪った事なんて無いよ」
「奪ったよ。友人だったら私を盛り立てるはずじゃない。私を褒めて間を取り持とうとするものじゃない。だけど、あんたは我聞さんを横取りした」
「付き合ってたの? あの時は達郎君は彼女はいないって言ってたけど、彼は優香と二股できる人だしね」
「彼はそんな人じゃない。優香と二股したのは優香だからじゃない。我聞さんは悪くない。優香が誘えば仕方がない話よ」
「仕方ないって。もしかして、優香を達郎君に紹介したりとか、した?」
綾乃はふいっと顔を背ける。
私も立ち上がり、綾乃へと手を伸ばす。
バシ。
私の手は振り払われ、私は勢いよく後ろへと倒れ……。
ナオキ君が私を支えてくれた。
そしてもちろんマサオ君もいるが、彼は私達から数歩離れた場所にてスーツ姿の男性二人を左右に並べて立っていた。一人は弁護士先生で、もう一人は三人の女性を惑わせていたらしい、我聞達郎だ。
彼は浅はかかもしれないけど、性根が腐っているわけではない。私と綾乃の会話を聞き、弁護士から事の次第の説明を受けたからか、真っ青な顔だ。
「おまえ、お前のせいで、俺となずなが台無しになったのかよ」
前言撤回。
自分の下半身のせいだと思い至らない点で、腐っているかも。
「新庄!!俺がお前になんか思った事なんか一度もないよ。それであいつを俺に紹介して、俺の人生台無しにしてくれたのかよ!!」
「我聞さんの人生を台無しにって、そんなこと考えるわけ無いわ」
「じゃあどうして、他の男と付き合ってる優香を紹介したんだ。あいつのお腹の子は、俺の子かどうかわかんないじゃないか!!」
「だって、そうなるはず無かったの。そうなるはず無かったのよ。そのはずだったのに、あいつはいつも奪ったらそこで終わりなくせに、なんで結婚までするの」
「不倫でできたガキをどうにかしたかったからだろ!!畜生!!お前のせいで、お前のせいで俺の人生台無しだよ!!」
達郎は激高したまま綾乃へと向かったが、隣にマサオ君がいるのだ。
彼は簡単にマサオ君に引き戻され、ついでに耳元に何かを囁かれた。それは多分恐ろしい声で恐ろしい内容の一言だったのだろう。最初に見た時よりも青白い顔になって、足元がよろよろとよろめいている。
私はもう一度綾乃を見返した。
彼女は今まで達郎に対し、どんな女性を演じてどんな風に思われていたのだと自分で考えていたのだろうか、と思った。全てが粉々になったような顔だ。
優香と達郎の結婚式の日、散々に私を追い詰めて二人の結婚式に出席させたかったのは、私がこんな顔をしているのを見たかったのかもしれない。
あるいは。
「綾乃。もしかして、我聞さんと優香の結婚式に私を参加させたかったのは、優香の結婚式を私に台無しにさせたかったから? 我聞さんに結婚を踏み止まらせたかったからなのかな?」
だから、達郎の親友で、本来だったら私と達郎の式でスピーチするはずだった田端さんが、綾乃と一緒に私の部屋に来たのだろうか。
「なずな」
「なずなちゃん、余計なことは」
「なずなさん!!」
「綾乃が望んだ通りに私がなんてするわけ無いよ。ナオキ君に出会ってなくて、マサオ君のことも知らなくて、一人ぼっちであなたに責められて式に出席することになっても、私は絶対に式を台無しにしようなんてしなかった。だって、達郎とはもう無い、もの。優香にキスした口で私に迫ったと考えただけで、すっごく気持ち悪い。二度とないって気持ちだもの」
「あんたは」
「私が落ち込んでいたのは、友人を全部失ったって思ってたからよ。決して、二股男との結婚が駄目になったからじゃないわ!!結婚前にだらしがない男だってわかって幸運ってぐらいじゃないの!!」
「そこまでにしようか」
マサオ君の静かな声に私はひくって固まった。
そうだここはホテルのレストランだ。
声だけで恐怖を感じるって、マサオ君はそんな声が出せるんだ。
流石魔王様。
そしてどれほど怖い声なのかは、私だけでなく、周囲のざわめきも一瞬で音が消えたことで誰もが理解していると思う。
落とした針の音が物凄く響きそうなほどに、ものすごく静まり返っている。
恐ろしき魔王様の声にビクついた私は足元を揺らがせ、でも私は倒れるどころか、しっかりして安心ばかりの温かさによって支えられていた。
ナオキ君。
彼はくすっと可愛らしく笑うと、オーバーキルだよ、と囁いた。
「オーバーキル?」
「うん。ほら、二股男が再起不能な顔してる。これから前途多難な彼は、別れた恋人に癒しを求める気だったのに、気持ち悪いって振り払われたからね」
私は達郎へと視線を動かした。
一度は結婚を考えた相手が、人生が破綻した顔で床に尻を付けている姿は、ざまあ見ろと思うよりも哀ればかりだった。
「でも、手を取ってやろうなんて思わないんだな」
「ナオキ君。私の気持を勝手に代弁しないで」
「ふふ。なずなさんの気持を読み違えてなかったなんて嬉しい」
「ナオキ君はいつだって読み違えて無いよ。だから好き」
うん、やっぱり、ナオキ君が。
あ、私の一言で、ナオキ君が誇らしそうな笑顔に。
笑顔からキラキラの光があふれ出て、ふわっと白い羽が周りに舞っているような幻覚を私に見せる。
「ナオキ君」
「ふふふ、……ふう」
どうしてそこで急に落ち込む。
うん、わかってたけど。
彼は自分が敵わないと思い込む存在を思い出し、その彼に私が心移りする未来まで勝手に考えて落ち込んじゃったのだろう。
「ナオキ君。明日も明後日も、世界が滅ぶことなんて無いからね。ゆっくり私達はお互いを見つめて行こう?」
「世界がたった今滅んじゃえばいいのに。そうしたらなずなさんの一番が俺のままなのにな」
ナオキ君は私に両腕を回し、私の肩に顔を埋めた。
ひゃっ。
びっくりしたけど私は逃げるどころか抱き返す。
だってナニコレ、何でナオキ君はこんなに可愛いの。




