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元婚約者が浮気相手と結婚式を挙げた日に私は王子様と出会った  作者: 蔵前
第二部第六章 対策会議に全員集合!

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何も考えずに手の平で踊ってくれ

 私とナオキ君に自分の手の平の中にいてくれと言ったマサオ君は、私達ではなく、上条家の今から見える中庭を見つめていた。

 マサオ君の手の平から外れたら、私とナオキ君はああなるだろうという風に。


 上条家の元気なラブラドールレトリーバーは、好きに敷地内を駆け巡れるが絡まることが無いように仕立てられていたはずのロープに何故か絡まり、ドアノブで自殺しようと試みた人みたいな恰好になっている。


「え、やば」

「え、どうやったらああなるの?」


 思わず呟いた私とナオキ君にマサオ君は、だろ? という感じで頷き、その後は真剣な顔を顕さんへと顔を向ける。


「とりあえず、(あきら)。お前は愛犬の救助に行け」


「え、何、マサオさん。って。うちの馬鹿犬ううう。レトリーバーのくせに賢さが一ミリも見えない奴なのはなんでだ!!」


「ラブドールって枕詞がついているからだな」


「兄さん。ラをわざと忘れないであげて!!カナダのラブラドル州原産の犬って知ってるくせに!!」


「きゃわん」


「あああ。うちの馬鹿子が!!」


 顕さんは立ち上がり、居間を飛び出して行った。

 私達はそこで笑い出しかけたが、しかし、マサオ君の呟くような言葉で消えた。


「ほんと、すぐに助けられるように目の届く場所にいて欲しいよ。大事な人を四六時中見つめていられたらって思う。それでも妻を死なせてしまっただろうな」


 ちえの家の居間は、しん、と静まり返ってしまった。


「に、兄さんのせいじゃない」


「そうかな。俺は柚葉が病院に診てもらったというから、それで済ませてしまったんだよ。あいつが受診したのは産科で赤ん坊が無事かどうかだけで、打ち付けた自分の頭についてはコブが出来たぐらいで流していたなんて思わなかった」


 マサオ君の告白は、彼の懺悔で後悔だった。

 誰も慰める事なんかできない、彼がずっと抱えている傷だった。

 彼がナオキ君に甘くて、ナオキ君に過保護なのは、彼の亡くなった妻への後悔ばっかりだからなのだろうか。


「俺はまだ妻を亡くして二年ですからね、時間が欲しいんですよ」


 ナオキ君とマサオ君が私を好きだと告白してくれた時、私がナオキ君を選んだのにナオキ君が逃げちゃった時にマサオ君が言ったセリフだ。

 私がマサオ君を選ぶのが正しいと逃げたナオキ君の言葉を茶化し、自分こそまだ時間が欲しいから私はまだ選ばなくていいよと言ってくれたのだ。


 マサオ君はきっと、安易な判断で大事なものを失うなと、あの日の私に伝えたかったのかもしれない。だから逃げたナオキ君を待っていてあげて、と。

 マサオ君の過保護は、彼の心の傷の現れなのだ、きっと。


「だから俺はつい過保護になるんだろうな。つい勝手に動いちまう」


 マサオ君は言葉と止めると、私を真っ直ぐに見返した。

 それから、悪いな、と言った。


「悪いって、あの」


「俺さ、全部やっちゃったんだ」


「やっちゃった、とは?」


 マサオ君はハハハと乾いた笑いをあげる。

 やるせなさそうな? 雰囲気はそれだけでマサオ君に似合っていて、ヤバいって足の指が丸まった。なんて色気。だけどやっぱりマサオ君。次に続いた彼の告白で違う意味で指先が丸まるどころか背筋に二本三本の冷気を突きさされた。


「なずなちゃんを騙ったブログに関しては権利侵害でプロバイダーに開示の訴えを出してある。その先の追い落としの準備も万全だ。なずなちゃんの部屋に突撃しようとした件は未遂で刑事では弱いということで、大家としてアパートの敷地内に不法侵入した損害請求で動いている。芹亜がなずなちゃんの名前を騙っての不倫の案件は、今まさにうちの顧問弁護士によって責められていることだろう」


「すごい。もう仕返しというか、なずなの名誉のために色々と動かれていらっしゃったのですね」


 ちえは私と違ってマサオ君の手腕に惚れ惚れって声を上げたが、私は喜ばしいと感じるよりも心臓バクバクで不安ばかりが募ってます。

 裁判所で事務しているから、なんとな~く経費が見えたんですよ。


 一体、おいくら掛けました?

 百万? は絶対に越えていますよね。

 私はそのお使いになった弁護士費用、絶対に払えませんよ? マサオさん!!


「なずなちゃん。心配いらないよ」


 そのセリフとは、マサオ氏は私の思考を読んだのか。

 そして彼は私が顔を上げ、必死な目で彼を見つめ返した事ですべて報われた、なんて笑顔になった。


「ぜんぶ俺の勝手だ。自己満足だ。君は何も気にせず、俺の手の平にいてくれ。頼むよ。俺もそれほど万能じゃ無いからな」


 私は引きつった笑い顔を作るしかなかった。

 だって、こういう場合、なんて返事をするもの?


 自分のことは自分で出来ます。


 そんな風に突っぱねるには、私は自分のことに無頓着すぎて芹亜や優香にやりたい放題にされているばかりだった。自分のことをマサオ君が守ってくれるまで、何一つ自分の尊厳を守れなかったのだ。


 それに、マサオ君が私の為に出したであろう経費、これは自分のためのものだから自分で支払うって言い切るには高額すぎる。


 でも。

 ああ、頭の中で茶々ちゃんがプイプイ訴えてくる。私の子、私の責任。

 私は足を組み直して座り直した。

 正座だ。

 それからマサオ君を真っ直ぐに見つめ返す。


 マサオ君が私の為に使ってくれた伝手やお金は、私自身の価値だと彼が考えてくれてのことならば、私こそ自分の価値を守らなきゃだ。


「俺の手の中で守られるってのは、嫌かな?」


「嫌です。私は自立していたいです。でも、マサオ君がしてくれたことは感謝しか無いです。だけど、本当なら自分でしなきゃいけなかったことです。だから、掛かった経費は私に払わせて下さい」


 私はマサオ君に深々と頭を下げる。

 何年かかるかわかんないけど、私の名誉のためなのだから私が今回掛かった弁護士費用とか払うべきなのだ。


「え、嫌」


「え?」


 がばっと顔を上げる。

 マサオ君は、玉こんにゃく二個目を齧っていた。

 なんだか苛立ちをぶつけるように、猛獣が肉を齧るようにして。

 端正な顔の頬をハムスターみたいに膨らませ、もっきゅもっきゅと。


「マサオ君?」


「やだよ」


 なんだか子供っぽく不貞腐れてる。

 じっと見つめていると、彼は、さらに言い募った。


「俺の美点は金があることだけじゃねえか」

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