ゴン太の身の上と事の真相に辿り着いた記憶
マサオ君の説明によると、我が家のゴン太の実際は雑種犬どころかスルーギというモロッコ原産のサイトハウンド犬種なのだそうだ。
優れた視覚を持ち、視線が捕らえた獲物は逃さない。
本気で走ったスルーギを追い越せるのはチーターぐらい。
聞けば聞くほど、間抜けで可愛いだけの我が家の犬が、王族の風格を持った偉そうなものに見えて来た。
「いいえ。このひょろがり君はうちの可愛い雑種よ!!」
我慢できなくなった私は立ち上がると窓へと突進し、ナオキ君とマサオ君から奪うようにしてゴン太を掻き抱く。ゴン太はすごく喜び、……ああ、べちょべちょ顔を舐めるの止めてえ。って、ゴン太が剥がれなくなった!!
ああ、興奮しすぎて発情しかけている!!
「あ、あ、ちょっと、ゴン太、ゴン太ったら、お客さんの前よ」
ナオキ君とマサオ君から馬鹿笑い声が弾けた。
そして彼らは私を笑った代償として、ゴン太をぺりっと私から剥がしてくれた。
「ありがとう。ナオキ君、マサオ君」
「ひょろがり君なんて呼ぶから、男を見せたくなったのかもよ」
「ハハハ。このあばらが浮いた状態こそ健康だって印なのが、スルーギなのになあ。ゴン太。ああ君は毛艶もいいし、お父さんに可愛がられているんだねえ」
ゴン太はマサオ君に応えるように口吻を上に向けて、ひと声だけワンと鳴いた。
なんだかとっても誇らしそうで、初めて家族に真実の姿を認識されたことを喜んでいるような錯覚を受けた。
「ねえ、あなた。あなたはゴン太を拾ったそのまま我が家の犬にしちゃったけど、そんなに珍しい犬だったなら、元の飼い主に一言あった方が良かったんじゃなかったの?」
母は十年前のことながら、ゴン太が入手が難しい犬と聞いて心配になったようだ。今さらだが、泥棒と名指しされたらどうしようと、そんな考えだ。
「――すまん」
父は私や母とは一切目を合わせず、顔だって背けたままだ。
一体どうしたのかと思えば、買っちゃった、と小さく呟く。
「ゴン太は拾ったんじゃなくて、買った。チュニジア料理店を経営しているサイディさんと一緒に購入した。どうしても欲しくて、ごめん」
私と母は父ではなく、父が物凄く欲しくて買ったらしいゴン太を見返す。
ゴン太はにぱっと犬笑いをした。
「昔のことだし。ねえ、お母さん」
「なずなは黙って。ねえあなた。――この子はいったいいくらだったのかしら」
父は私達から顔を背けたまま答えたが、私の耳は瞬間的に遠くなった。
犬一匹に八十万?
幻聴よね?
「あなた?」
「こいつ自体の値段と、日本に連れて来るまでのあれやこれやで。マイクロチップを埋め込んだ上で二回の狂犬病予防注射の摂取、そして百八十日待機させたのにまた検査して、ようやく日本に到着しても検査と留め置き。それでも二人で折半したからこれだけで済んだんだ!!狂犬病が無い国が九か国しかないのがいけないんだ!!」
逆切れた父が経緯をさらに語った所によると、完全に父が全部悪かった。
父の親友サイディさんは日本に帰化している人だが、やはり故郷の思い出もあり、幼少期に実家で飼っていた愛犬との写真を眺めてホームシックに罹ったそうだ。父はそんな友人を慰めつつ話を聞くうちに、彼が飼っていた犬と同じ犬種がどうしても欲しくなったそうだ。
「お父さんの気持はわかりますよ。日本でもブリーダーがいる似た犬のサルーキではなくスルーギこそを望んだのは、手に入らないからこそ、ですよね」
「え、似た犬がいたの?」
ペット業界に詳しいマサオ君の言葉に対し、父今さらである。
父は本気で犬種も詳しくないまま、お取り寄せしようよ? なんて悪魔な囁きをサイディさんにしたんだね。
それで父のせいで無駄に高い買い物をする事になったサイディさん、可愛い犬のお陰で元気になったと父には感謝ばかりだそうで、良い人過ぎる。
全く父は、と思いながらゴン太を見れば、ゴン太可愛い。
彼は無駄じゃない。
私は東京の大学に行ったから正味四年くらいしか一緒にいないけど、我が家のゴン太は私にはかけがえのない弟である。ゴン太可愛い。
「家族に内緒でギャンブルとか借金だったり、というわけでもなく、ゴン太だし、いいんじゃない?」
「あなたは黙ってなさい」
口を出した私を母は当たり前なセリフを返したが、それで忘れていた記憶がパッと蘇ったからおかしなものだ。
放課後の学校近くのバス停前。
ゴン太を散歩させている父の姿が遠くに見える。
父は自営の人だから、普通の勤め人よりも時間の自由が利く。
繁忙期は寝る間も無いけどね。
そして父に感謝していても、当時の私は高校生という年齢上父親を無視したかった。無視するどころか、学校の近くにまで来るんじゃない、と父を罵倒したかったぐらいだ。
そんな薄情な娘の後ろで、父への嘲りが聞こえた。
「あれ犬? 変な犬。痩せすぎてるし、寄生虫でもいるんじゃね」
「それよか、こんな平日にフラフラしてるおじさんこそやばいわ」
「黙れよ」
私は父を嘲った少女二人を一瞥すると、父へと駆け寄った。
「お父さん、数学わかんないとこ教えて。お父さんは公認会計士なのに、娘の私は数学が弱くて悲しいわ」
「ええ~今は数字が見たくないなあ。なあ、ゴン太。今日は遊ぶんだよな」
「わふ」
思い出したのはそれだけの思い出。単なる日常の一コマだったから、特に気にも留めていなかった高校時代の記憶だ。だけど、最近のあれやこれやの謎が全部分かってしまったような記憶であった。
「ああ。思い出した。優香と知り合う前、優香と優香の友達がゴン太を散歩してるお父さんを馬鹿にしたんだわ。優香の友達があのセリアだった。それでもって私は彼女達に黙れって言ってた。わざとお父さんが公認会計士だって自慢したりしちゃった。ええ!!それだけで私に成りすましたり、婚約者やワンピースを盗んだりしたの!!」
不明だった過去との接点を思い出したのは良いが、あんまりにも理解しがたいとかえって不安になるものだと知った。
※高校時代のなずなの口が悪いのは女子高生だからです。
不良だからじゃありません。




